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第1章:炎上プロジェクトと問題児(エリート)たち
第11話:完璧なガントチャートと絶望的な現実
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翌朝。宿屋の食堂に集まったパーティメンバーの前に、ケンジは目の下に達成感の隈を浮かべ、意気揚々と姿を現した。その腕には、ずっしりと重い羊皮紙の巻物が抱えられている。
「皆さん、おはようございます。これより、本日実行する『ゴブリン討伐プロジェクト』に関する朝のブリーフィングを開始します」
まるで役員会議のプレゼンターのように、ケンジは朗々とした声で宣言した。そして、一晩かけて作り上げた彼の最高傑作、「プロジェクト計画書」をテーブルの上に広げる。
「な、なによ、これ…」
最初に驚きの声を上げたのはルリエルだった。無理もない。広げられた羊皮紙には、蜘蛛の巣のように緻密な線と米粒のような小さな文字が、余白なくびっしりと書き込まれていたのだから。
ケンジは、彼女の反応を称賛だと解釈する。
「ふふふ。驚かれましたか。これは、今回のプロジェクトの全工程を時間軸に沿って可視化した、ガントチャートです」
彼は自信満々に、その複雑怪奇な図表を指し示した。
「ご覧ください。我々の行動はすべて15分単位で管理されます。09:15に森林へ浸透、11:00には敵の本拠地を発見。1時間の昼食休憩と最終確認の後、13:00に強襲を開始し、15:00には作戦を完了させる予定です。完璧なスケジュールでしょう?」
その言葉に、ルリエルは思考を完全に停止させたようだった。ガントチャート…クリティカルパス…マイルストーン…。彼女の美しい瞳は、ケンジが発する魔術の詠唱めいた言葉の羅列に、ぐるぐると渦を巻き始める。
ケンジは次に、壁際で腕を組むゴードンへ向き直る。
「ゴードンさん。あなたには最重要ミッションである『前線維持(タンク役)』をアサインします。このRACIチャートによれば、あなたは戦闘における実行責任者(R)であり、私がその承認責任者(A)となります。よろしいですね?」
「…………」
ゴードンは何も言わない。ただ、その石のような瞳で、羊皮紙の複雑なマス目とケンジの顔を交互に見比べる。そして数秒の沈黙の後、重々しく、一度だけ頷いた。
(よし! 伝わっている!)
ケンジは内心でガッツポーズをした。この寡黙なドワーフは、言葉は少なくとも、論理的な思考は理解できる信頼に足る男だと。
その時のケンジは、もちろん知る由もなかった。ゴードンが、目の前の男がとても真剣な顔で話しているから、とりあえず相槌を打っておくのが礼儀だろうと考えていただけだということを。
そして最後に、ケンジはシーナへ視線を移した。彼女だけが、退屈そうにも、感心したようにも見えず、ただ冷めた目で、じっとプレゼンを聞いていた。
「…というわけで。この計画書通りに進めれば、リスクは最小限に抑えられ、我々のプロジェクトは99.8%の確率で成功します。何か、質問はありますか?」
ケンジはプレゼンの締めくくりとして、自信満々に問いかけた。
すると、それまで沈黙を保っていたシーナが、すっと手を挙げる。
「…はい、ボス。一つだけ、聞きたいんだけどさ」
彼女の声は、妙に落ち着いていた。
「その、あんたが、一晩寝ないで作ったらしい、完璧で、緻密で、素晴らしい計画書については、よーく分かったよ」
彼女は一度言葉を切ると、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、そして残酷なほど的確な質問を投げかけた。
「で。その、あんたが作った完璧なスケジュール通りに、ゴブリンどもが、きっかり動いてくれるっていう“保証”は、一体、どこにあるんだい?」
その一言は、鋭い刃のように、ケンジの自信に満ちた心を深く、正確に抉った。
保証。
そんなもの、あるわけがない。
「そ、それは…! もちろん、不確定要素です! ですから、そのためのリスク対策も、この通り…」
慌ててリスク一覧表を指さすケンジ。だが、シーナは鼻で笑った。
「対策? 『速やかな撤退と計画の見直し』? そりゃ、ただの“逃げる”ってことだろうが。あんたの計画は、全部、敵が、あんたの都合のいいように動いてくれるっていう、甘っちょろい前提の上に成り立ってるんだよ。そんなものは、ただの紙切れさ」
痛烈で、反論のしようもない正論だった。
ケンジの顔から血の気が引いていく。ルリエルは、いつの間にか意識を取り戻し、「確かに、そうよね…」とシーナの意見に同調し始めている。ゴードンは相変わらず無言で頷いている(おそらく、話の内容は理解していない)。
ケンジが徹夜で作り上げた、完璧なはずのプロジェクト計画書。それは、実行される前に、たった一つの、シンプルな質問によって、その前提を完全に覆されてしまった。
食堂が、再び気まずい沈黙に包まれる。チームの全員が、プロジェクトマネージャーの次の一手を待っていた。
(…まずい)
ケンジの背中に、じわりと冷たい汗が流れた。プロジェクトの前提条件に対する根本的な疑義。これを論理的に覆すのは不可能だ。ここで曖昧な返答をすれば、リーダーとしての正当性が失われ、求心力は完全に失墜するだろう。
彼は、前世で幾度となく、この種の「正論」という名の抵抗勢力と戦ってきた。ここで、折れるわけにはいかない。
ケンジは、一度ゆっくりと目を閉じ、そして、開いた。彼の目に宿っていたのは、もはや狼狽の色ではない。自らの信念を貫き通そうとする、管理者の揺るぎない覚悟の色だった。
「シーナさん。あなたの指摘は、正しい」
ケンジはまず、静かに、そしてはっきりと、彼女の正しさを認めた。その意外な言葉に、シーナは少し驚いたような顔をする。
「ゴブリンがこの計画通りに動く保証は、どこにもありません。それは、このプロジェクトが抱える最大のリスクです」
彼はそこで言葉を切ると、より強い口調で続けた。
「しかし! だからといって、計画そのものが無意味だということには、断じてなりません!」
ケンジの声が食堂に響き渡る。
「計画とは、不確定な未来に対する、我々が持ちうる唯一の武器です。予測不能な敵を相手にするからこそ、我々は予測可能な自分たちの動きを完璧に定義し、制御する必要がある」
彼はテーブルの上のガントチャートを指さした。
「たとえ計画通りに進まなくとも、基準となるプロセス(手順)があることで、我々は混乱せず、即座に次善の策を打つことができる。私が徹夜で作り上げたのは、ただのスケジュール表ではない。あらゆる不測の事態に対応するための、チームの“共通言語”なのです!」
それは、彼のプロジェクトマネージャーとしての揺るぎない哲学だった。
彼の気迫に、ルリエルとシーナは思わず押し黙る。ケンジは、その隙を逃さなかった。彼はあらかじめ用意していた、各メンバー用の役割と行動計画が記された羊皮紙の写しを、一人ひとりに手渡していく。
「ゴードンさん、これがあなたの担当タスクと、行動タイムラインです」
「ルリエルさん、こちらを。特に、あなたの魔力の“コスト管理”については、厳守をお願いします」
「シーナさん、あなたの分です。索敵ルートと、報告のタイミングを、頭に入れておいてください」
それは、もはや提案や相談ではなかった。リーダーから、チームメンバーへの、明確な「指示」だった。
「出発までに、各自、自分の役割を完全にインプットしておくこと。いいね、これは決定事項です。異論は認めません」
シーナは「ちっ」と小さな舌打ちをすると、ひったくるように羊皮紙を受け取った。ルリエルは大げさにため息をつきながらも、しぶしぶ、それに目を通し始める。ゴードンは相変わらずの無表情で、羊皮紙を受け取ると、そこに書かれた理解不能な図表を、ただじっと見つめていた。
誰も、賛成はしていない。だが、誰も反対もしなかった。ケンジの、常軌を逸したとも言えるその気迫が、一時的に彼らの反発を封じ込めていた。
そして、数時間後。
王都の城門を、四人のパーティがくぐり抜けていく。先頭を歩くのは、数枚の羊皮紙を聖書のように大事に抱えたケンジ。その数歩後ろを、三人の仲間たちが、それぞれ全く別の方向を見ながら、気まずそうについていく。
彼らの間に会話はない。そこにあるのは、不穏で、どこか滑稽で、いつ破裂するとも分からない時限爆弾のような、緊張感だけだった。
ケンジの完璧なはずのプロジェクトは、その成功を誰一人信じていないチームメンバーと共に、破綻の足音を響かせながら、ゴブリンが住む「ウィスパーウッド」へと、その第一歩を踏み出したのだった。
「皆さん、おはようございます。これより、本日実行する『ゴブリン討伐プロジェクト』に関する朝のブリーフィングを開始します」
まるで役員会議のプレゼンターのように、ケンジは朗々とした声で宣言した。そして、一晩かけて作り上げた彼の最高傑作、「プロジェクト計画書」をテーブルの上に広げる。
「な、なによ、これ…」
最初に驚きの声を上げたのはルリエルだった。無理もない。広げられた羊皮紙には、蜘蛛の巣のように緻密な線と米粒のような小さな文字が、余白なくびっしりと書き込まれていたのだから。
ケンジは、彼女の反応を称賛だと解釈する。
「ふふふ。驚かれましたか。これは、今回のプロジェクトの全工程を時間軸に沿って可視化した、ガントチャートです」
彼は自信満々に、その複雑怪奇な図表を指し示した。
「ご覧ください。我々の行動はすべて15分単位で管理されます。09:15に森林へ浸透、11:00には敵の本拠地を発見。1時間の昼食休憩と最終確認の後、13:00に強襲を開始し、15:00には作戦を完了させる予定です。完璧なスケジュールでしょう?」
その言葉に、ルリエルは思考を完全に停止させたようだった。ガントチャート…クリティカルパス…マイルストーン…。彼女の美しい瞳は、ケンジが発する魔術の詠唱めいた言葉の羅列に、ぐるぐると渦を巻き始める。
ケンジは次に、壁際で腕を組むゴードンへ向き直る。
「ゴードンさん。あなたには最重要ミッションである『前線維持(タンク役)』をアサインします。このRACIチャートによれば、あなたは戦闘における実行責任者(R)であり、私がその承認責任者(A)となります。よろしいですね?」
「…………」
ゴードンは何も言わない。ただ、その石のような瞳で、羊皮紙の複雑なマス目とケンジの顔を交互に見比べる。そして数秒の沈黙の後、重々しく、一度だけ頷いた。
(よし! 伝わっている!)
ケンジは内心でガッツポーズをした。この寡黙なドワーフは、言葉は少なくとも、論理的な思考は理解できる信頼に足る男だと。
その時のケンジは、もちろん知る由もなかった。ゴードンが、目の前の男がとても真剣な顔で話しているから、とりあえず相槌を打っておくのが礼儀だろうと考えていただけだということを。
そして最後に、ケンジはシーナへ視線を移した。彼女だけが、退屈そうにも、感心したようにも見えず、ただ冷めた目で、じっとプレゼンを聞いていた。
「…というわけで。この計画書通りに進めれば、リスクは最小限に抑えられ、我々のプロジェクトは99.8%の確率で成功します。何か、質問はありますか?」
ケンジはプレゼンの締めくくりとして、自信満々に問いかけた。
すると、それまで沈黙を保っていたシーナが、すっと手を挙げる。
「…はい、ボス。一つだけ、聞きたいんだけどさ」
彼女の声は、妙に落ち着いていた。
「その、あんたが、一晩寝ないで作ったらしい、完璧で、緻密で、素晴らしい計画書については、よーく分かったよ」
彼女は一度言葉を切ると、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、そして残酷なほど的確な質問を投げかけた。
「で。その、あんたが作った完璧なスケジュール通りに、ゴブリンどもが、きっかり動いてくれるっていう“保証”は、一体、どこにあるんだい?」
その一言は、鋭い刃のように、ケンジの自信に満ちた心を深く、正確に抉った。
保証。
そんなもの、あるわけがない。
「そ、それは…! もちろん、不確定要素です! ですから、そのためのリスク対策も、この通り…」
慌ててリスク一覧表を指さすケンジ。だが、シーナは鼻で笑った。
「対策? 『速やかな撤退と計画の見直し』? そりゃ、ただの“逃げる”ってことだろうが。あんたの計画は、全部、敵が、あんたの都合のいいように動いてくれるっていう、甘っちょろい前提の上に成り立ってるんだよ。そんなものは、ただの紙切れさ」
痛烈で、反論のしようもない正論だった。
ケンジの顔から血の気が引いていく。ルリエルは、いつの間にか意識を取り戻し、「確かに、そうよね…」とシーナの意見に同調し始めている。ゴードンは相変わらず無言で頷いている(おそらく、話の内容は理解していない)。
ケンジが徹夜で作り上げた、完璧なはずのプロジェクト計画書。それは、実行される前に、たった一つの、シンプルな質問によって、その前提を完全に覆されてしまった。
食堂が、再び気まずい沈黙に包まれる。チームの全員が、プロジェクトマネージャーの次の一手を待っていた。
(…まずい)
ケンジの背中に、じわりと冷たい汗が流れた。プロジェクトの前提条件に対する根本的な疑義。これを論理的に覆すのは不可能だ。ここで曖昧な返答をすれば、リーダーとしての正当性が失われ、求心力は完全に失墜するだろう。
彼は、前世で幾度となく、この種の「正論」という名の抵抗勢力と戦ってきた。ここで、折れるわけにはいかない。
ケンジは、一度ゆっくりと目を閉じ、そして、開いた。彼の目に宿っていたのは、もはや狼狽の色ではない。自らの信念を貫き通そうとする、管理者の揺るぎない覚悟の色だった。
「シーナさん。あなたの指摘は、正しい」
ケンジはまず、静かに、そしてはっきりと、彼女の正しさを認めた。その意外な言葉に、シーナは少し驚いたような顔をする。
「ゴブリンがこの計画通りに動く保証は、どこにもありません。それは、このプロジェクトが抱える最大のリスクです」
彼はそこで言葉を切ると、より強い口調で続けた。
「しかし! だからといって、計画そのものが無意味だということには、断じてなりません!」
ケンジの声が食堂に響き渡る。
「計画とは、不確定な未来に対する、我々が持ちうる唯一の武器です。予測不能な敵を相手にするからこそ、我々は予測可能な自分たちの動きを完璧に定義し、制御する必要がある」
彼はテーブルの上のガントチャートを指さした。
「たとえ計画通りに進まなくとも、基準となるプロセス(手順)があることで、我々は混乱せず、即座に次善の策を打つことができる。私が徹夜で作り上げたのは、ただのスケジュール表ではない。あらゆる不測の事態に対応するための、チームの“共通言語”なのです!」
それは、彼のプロジェクトマネージャーとしての揺るぎない哲学だった。
彼の気迫に、ルリエルとシーナは思わず押し黙る。ケンジは、その隙を逃さなかった。彼はあらかじめ用意していた、各メンバー用の役割と行動計画が記された羊皮紙の写しを、一人ひとりに手渡していく。
「ゴードンさん、これがあなたの担当タスクと、行動タイムラインです」
「ルリエルさん、こちらを。特に、あなたの魔力の“コスト管理”については、厳守をお願いします」
「シーナさん、あなたの分です。索敵ルートと、報告のタイミングを、頭に入れておいてください」
それは、もはや提案や相談ではなかった。リーダーから、チームメンバーへの、明確な「指示」だった。
「出発までに、各自、自分の役割を完全にインプットしておくこと。いいね、これは決定事項です。異論は認めません」
シーナは「ちっ」と小さな舌打ちをすると、ひったくるように羊皮紙を受け取った。ルリエルは大げさにため息をつきながらも、しぶしぶ、それに目を通し始める。ゴードンは相変わらずの無表情で、羊皮紙を受け取ると、そこに書かれた理解不能な図表を、ただじっと見つめていた。
誰も、賛成はしていない。だが、誰も反対もしなかった。ケンジの、常軌を逸したとも言えるその気迫が、一時的に彼らの反発を封じ込めていた。
そして、数時間後。
王都の城門を、四人のパーティがくぐり抜けていく。先頭を歩くのは、数枚の羊皮紙を聖書のように大事に抱えたケンジ。その数歩後ろを、三人の仲間たちが、それぞれ全く別の方向を見ながら、気まずそうについていく。
彼らの間に会話はない。そこにあるのは、不穏で、どこか滑稽で、いつ破裂するとも分からない時限爆弾のような、緊張感だけだった。
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