ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第1章:炎上プロジェクトと問題児(エリート)たち

第12話:計画(プラン)と現実(リアル)、あるいは炎上の始まり

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王都を出発して数時間後、佐藤健司率いる一行は、目的地である「ウィスパーウッド」の入り口に到着した。
「囁きの森」という詩的な名とは裏腹に、目の前の光景は優雅さとはかけ離れている。天を突くようにそびえ立つ黒々とした木々が鬱蒼と生い茂り、昼間だというのに森の内部は薄暗い影に沈んでいる。湿り気を帯びた空気は、腐葉土と微かな獣の匂いが混じり合い、淀んでいた。

ルリエルは不快そうに眉をひそめ、シーナはプロの目で油断なく周囲を観察している。ゴードンは、いつも通り岩のように静かだった。

「…よし」

ケンジは喉を鳴らし、腕に抱えていた「プロジェクト計画書」を地面に広げた。

「皆さん、これより我々のプロジェクトは、計画通り、フェーズ1に移行します」

クライアントの前でプレゼンをするかのように、真剣な表情で仲間たちを見回す。

「フェーズ1の目標は、『隠密浸透および敵情偵察』。ゴブリンたちの正確な数、拠点、戦力を、我々が損害を被ることなく完全に把握することです。いいですね、このフェーズでは決して戦闘は行いません。あくまで情報収集に徹してください」

彼は念を押すように繰り返し、それぞれのメンバーに具体的なタスクをアサインしていく。

「シーナさん。CSO(最高安全責任者)として、先行偵察をお願いします。計画書に記載したルートAに沿って進んでください。敵斥候との接触を避けつつ、15分以内に敵本拠地の位置を特定。その後、所定の合図で状況を報告してください」

「はいはい、了解だよ、ボス」

シーナは面倒くさそうに返事をすると、影が揺らめくように音もなく森の闇へと溶け込んでいった。その動きは、まさしくプロのものだった。

次に、ケンジはルリエルへと向き直る。

「ルリエルさん。リードエンジニアとして、あなたはシーナさんの後方支援を。ただし、いかなる状況においても、計画書で許可された、威力10以下のサイレント系魔法以外の使用を固く禁じます。あなたの魔力は、このプロジェクトにおける最も重要なリソースです。無駄なコストの発生は絶対に避けてください」

「……威力10以下ですって? 私のこの偉大な魔力を、猫を驚かす程度のことに使えと、そう言うの?」

ルリエルは心外だと言わんばかりに唇を尖らせる。

「これは、命令です。プロセスへの準拠をお願いします」

ケンジが有無を言わせぬ強い視線でそう告げると、ルリエルは舌打ちをしながらも、しぶしぶとシーナの後を追って森へと入っていった。

最後に、ケンジはゴードンを見る。

「ゴードンさん。CTO(最高技術責任者)として、あなたは私と共にこの場で中央待機。あそこに見えるポイントBの岩陰を確保し、シーナさんたちからの報告を待ちます。万が一、不測の事態が発生した場合は、あなたが我々の最後の防衛ラインとなります」

「…承知した」

ゴードンは短く答えると、巨大な戦斧を背負ったまま指定された岩陰へ移動し、再び沈黙の石像と化した。

すべてが計画通りだった。メンバーは不満を漏らしながらも、今のところ彼の指示に従っている。ケンジは自分の腕の中にある計画書を見下ろした。その緻密な記述は、まるで未来を約束する預言の書のようにも思えた。
彼は、前世では決して持つことのできなかった、確かな手応えを感じていた。

「――フェーズ1、開始」

ケンジは静かに、しかし確かな自信を込めて作戦の開始を宣言した。

作戦開始から5分。
ケンジがポイントBの岩陰で、ストップウォッチ代わりに自らの脈拍で時間を計りながら最初の報告を待っていた、その時だった。すべての歯車が、一斉に、そして壮大に狂い始めたのは。

最初の逸脱者は、先行偵察を担当していたシーナだった。
彼女は、ケンジの指示通り、音もなく影から影へと渡り歩き、森の奥深くへと浸透していた。その動きはエリートと呼ぶにふさわしい、完璧な隠密行動だった。
(…ふん。あのボス、口うるさいだけあって、ルート設定のセンスは悪くない)
彼女は、ケンジが指定したルートAが、ゴブリンの斥候が配置されているであろう獣道を巧みに避けた、極めて安全な道筋であることをプロとして認めていた。

その、油断がいけなかったのかもしれない。

ふと、彼女の視界の端に、薄暗い森の中で青白く発光する、奇妙な苔が映ったのだ。
(…あれは、『月光苔(ムーンライト・モス)』!?)
シーナは思わず息をのんだ。満月の夜にしか光らないとされ、高名な錬金術師たちが高値で取引するという、幻の薬草。こんな場所に群生しているなんて。

彼女の頭の中で、天秤が激しく揺れ動く。
片方には、プロジェクトの成功と仲間との連携。
そして、もう片方には、このゴブリン討伐の基本報酬の数十倍はあろうかという莫大な利益。
天秤は、一瞬で傾いた。

(…ボスには、15分以内に報告しろって言われてるんだ。まだ、時間は十分ある)

彼女は悪魔の囁きに従った。本来のタスクである「索敵」を一時中断し、音もなくその幻の薬草へと吸い寄せられていった。

二人目の逸脱者は、その後方支援を担当していたルリエルだった。
彼女は、ケンジから厳命された「威力10以下のサイレント系魔法」という屈辱的な制約に、心の底からうんざりしていた。
(なによ、威力10ですって? 私のこの偉大な魔力を、まるで赤子の玩具のように…!)
不満を募らせながら退屈な森の中を進んでいた、その時。彼女の鋭いエルフの目が、前方の茂みに潜む一体のゴブリンの斥候を捉えた。そのゴブリンは、ちょうど月光苔に夢中になっているシーナの姿を発見したところだった。

(…!)

計画書によれば、このような「不測の事態」に遭遇した場合、交戦は避け、即座に後方のケンジに報告することになっている。だが、ルリエルはそうしなかった。

(ちょうどいいわ。私の魔術が、決して“玩具””ではないことを証明してあげる)

彼女は不敵に微笑むと、杖を構えた。ケンジに指示された威力10の睡眠魔法ではない。彼女が選んだのは、威力30の、速射性に優れた炎の魔法弾(ファイアボルト)。

(これくらいなら、一瞬で終わるから、音も大して響かないでしょう)

彼女は楽観的に判断した。
しかし、彼女は忘れていた。自らの、致命的なまでの魔力コントロールの雑さを。
彼女の杖の先から放たれたのは、小さな魔法弾ではなかった。それは、凝縮された魔力が暴発した、もはや小規模な「火球(ファイアボール)」とでも言うべき灼熱の塊だった。

轟音。閃光。

火球はゴブリンの斥候を、悲鳴を上げる暇さえ与えず、その周囲の木々や下草ごと完全に消し炭にした。薄暗かった森が、一瞬、真昼のように明るく照らし出される。

そして、最後の逸脱者は、ケンジと共に岩陰で待機していたゴードンだった。

凄まじい爆発音と森を揺るがす衝撃に、ケンジは血の気が引くのを感じた。

「なっ…! 今のは、ルリエルさんか!? なんてことを…!」

ケンジは即座に待機命令を解除し、現場へと駆けつけようとした。

「ゴードンさん、計画はすでに破綻しました! ただちにルリエルさんたちの援護に…!」

しかし、ゴードンは動かなかった。彼は爆発のあった方向を一瞥すると、再び正面を見据え、微動だにしない。

「ゴードンさん!?」

「……俺の任務は、『ポイントBの岩陰を確保し、不測の事態に備える』ことだ」

ゴードンは平坦な声で答えた。

「今が、その“不測の事態”だ。そして、俺は、ここにいて、“備え”ている。これは、計画通りの行動だ」

「なっ…!?」

ケンジは絶句した。彼のあまりにも石頭で融通の利かない、そして、ある意味では完璧に論理的な「指示の遵守」の前に、ケンジの言葉は完全に意味を失っていた。

先行偵察役は、任務を放棄し、私利私欲に走る。
後方支援役は、命令を無視し、戦端を開く。
そして、予備戦力は、計画に固執するあまり、目の前の危機に対応しない。

ケンジの頭の中で、プロジェクト管理ツールの課題管理票(バックログ)が、真っ赤な「致命的エラー」の文字で埋め尽くされていくのが見えた。

彼の完璧なはずのプロジェクトは、たった三分で、三人のあまりにも自由すぎる「エリート」たちの手によって、修復不可能なまでに炎上していた。
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