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第1章:炎上プロジェクトと問題児(エリート)たち
第27話:PMのインシデント報告
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女神の手放しの賞賛と、どこか見当違いの自己評価が脳内で一方的に繰り広げられる中、ケンジはただ黙々と羽ペンを走らせていた。
彼女の陽気な独演会は、彼にとって、もはや前世で聞き慣れた中身のない役員会議のBGMと大差なかった。
『――というわけで、今回の勝利は、ひとえにあなたをスカウトした私の素晴らしい人選のおかげ、ということなのよ! これで私、やっと主神様に良い報告ができるわ!』
女神がちょうどそんな自己PRの最高潮に達した、その時だった。
「女神様」
ケンジは、ペンを走らせる手を止めることなく、静かに、しかしはっきりとその祝賀ムードの会話に水を差した。
『ん? なあに、ケンジさん! もしかしてボーナスのおねだり? いいわよ、考えてあげなくも…』
「お言葉の途中、大変恐縮ですが」
ケンジは女神の言葉を、丁寧な、しかし一切の躊躇のない口調で遮った。
そして彼は、まるでクライアント企業の重大な過失を指摘する時のような、冷徹なビジネスマンの顔で告げたのだ。
「つきましては、今回のゴブリン討伐プロジェクトに関する、公式なインシデント報告書を後ほど提出させていただきます」
『…………はい?』
女神の脳天気な声のトーンがわずかに固まった。
『インシデント報告書…? なあに、それ? 美味しいの?』
「インシデント。すなわち、プロジェクトの正常な進行を妨げた『好ましくない事象』のことです」
ケンジは淡々と説明を続ける。彼の声には感情が一切乗っていない。
「今回のプロジェクトでは、当初の計画を大幅に逸脱する極めて深刻なインシデントが複数確認されました。それらのご報告と、原因究明、および再発防止策の策定を、システム管理者であるあなたに正式に要求するものです」
『え…、ええと…?』
女神の声から、陽気さが急速に失われていく。
ケンジはそんな彼女の動揺を意にも介さず、課題管理票を指でなぞりながら報告を続けた。
「第一に、敵戦力の初期見積もりの致命的な甘さについて」
『ひっ…!』
「我々に提供された事前情報では、ゴブリンの戦力は『斥候数体』とのことでした。しかし、実際に我々が遭遇したのは、指揮官(チャンピオン)を含む一個大隊規模の兵力。このあまりにもかけ離れた情報の乖離が、我々パーティを壊滅寸前にまで追い込んだ最大の原因であると分析しています」
「だ、だってそれは、その…! 世界のあちこちでバグが発生していて、情報がリアルタイムで更新されなかったというか…!」
女神がしどろもどろに言い訳を始める。
しかし、ケンジはそれを許さない。
「第二に、アサインされたリソースの問題点について」
『うっ…!』
「提供されたパーティメンバーは、確かに個々のスキルレベルは高い。しかしチームとして機能させるにはあまりにも多くの課題を抱えています。そもそもチーム編成(アサイン)の段階で、各メンバーの性格的特性や協調性を考慮に入れるべきだったのではないでしょうか。この点も、プロジェクトの遅延とリスク増大の一因です」
『そ、それは、ほら! 今、神界もリソースが枯渇気味で、最高のメンバーを揃えるのが、その、難しくて…! あなたなら、多少問題のあるメンバーでも、うまくマネジメントできるかなって、思って…!』
「期待、ということですか。PMへの過度な期待と責任の丸投げは、プロジェクトを失敗させる典型的な要因です。ご注意ください」
ケンジの容赦ない正論の追撃。
それはもはや報告ではなく、査問に近かった。
女神の声は完全に震えていた。
『そ、そんな…! そんなインシデント報告書なんて正式に提出されたら、私、主神様に、なんて言い訳すれば…! また始末書書かされるじゃないの…!』
そのあまりにも人間臭い悲鳴。
やはりこの女神もまた、中間管理職だったのだ。
ケンジは内心でため息をついた。
だが、彼は決してその追及の手を緩めはしなかった。
プロジェクトマネージャーは時に、悪魔にならなければならないのだ。すべてはプロジェクトを成功させるために。
「原因の究明と再発防止策の策定は、システム管理者であるあなたのタスクです。私はプロジェクトマネージャーとして、発生した事象とその分析結果を事実として報告するまで」
彼はそこで一度言葉を切ると、最終通告を突きつけた。
「報告書は明朝までに正式な書面として提出しますので、然るべきご対応をよろしくお願い申し上げます」
それは、部下が上司に対して使う言葉とは到底思えなかった。
それは無能な取引先に対して最後通牒を突きつける、冷徹なビジネスマンの言葉だった。
女神の陽気なトーンは完全に消え失せていた。
後に残されたのは、ただ絶望的な沈黙とか細いすすり泣きの声だけだった。
ケンジの冷徹なまでの、そして一切の妥協を許さない業務的な追及。
それによって、女神の陽気な仮面は完全に剥がれ落ちていた。
彼女のテレパシーを通じて伝わってくるのは、もはや賞賛の響きではない。
それは、言い訳と自己保身と、そして上司に叱責されることへの純粋な恐怖。
(…やれやれ。神様というのも大変だな)
ケンジは内心でため息をついた。
彼が前世で何度も見てきた中間管理職の悲哀がそこにはあった。
彼は最後の一押しとして、静かに、しかし明確に告げた。
「それでは、報告書の提出を前提として、今後の再発防止策についての具体的なアクションプランを可及的速やかにご提示ください。よろしいですね?」
その言葉が引き金だったのか。
あるいは、もう彼女の心の器が限界だったのか。
それまでしどろもどろに言い訳を繰り返していた女神の声が、ぷつりと途絶えた。
そして数秒の沈黙の後、ケンジの脳内に響いてきたのは、これまでとはまったく質の違う、か細く、そして震えるような声だった。
『……うぅ……』
それは、まるで迷子の子供のようなすすり泣きだった。
『…ごめんなさい…。その通りです…。全部私の管理不行き届きでした…』
あまりの態度の変化に、ケンジは戸惑いを隠せない。
彼女は続ける。その声は、どこか遠くを見ているかのように虚ろだった。
『…よかった…。本当に、よかった。あなたが勝ってくれて。あの子たちが無事で、本当に、よかった…。でも…』
でも?
その言葉に、ケンジは嫌な予感を覚えた。
女神の声のトーンが変わる。
それは、もはや叱責を恐れる管理職の声ではない。
それは、自らが管理する世界の未来を本気で憂う、神としての悲痛な響きだった。
『……実はね、ケンジさん』
『もう一つだけ…。いえ、もっとずっと大きくて、そしてどうしようもない、緊急案件が、あるんだけど……』
緊急案件。
その言葉に、ケンジのPMとしての本能が鋭く反応した。
「…!それはどういう…?具体的な内容を教えてください。すぐに課題管理票に起票します」
しかし、女神はかぶりを振るかのように弱々しく言葉を続けた。
『………ごめん。まだ言えないの』
「言えない? なぜです!状況の把握と情報の共有はプロジェクト管理の基本です!それを怠れば…!」
『違うの!言いたくないとか、そういうことじゃなくて…!』
女神の声が、悲痛な叫びとなって響く。
『今のあなたたちには、まだ早すぎるのよ…!今、それを話してしまったら、あなたたちはきっと希望を失ってしまう…。せっかく手に入れた、あの小さな勝利の輝きも、チームの絆も、全部、絶望で塗りつぶされてしまうから…!』
その言葉のあまりの重さに、ケンジは息をのんだ。
一体何が待ち受けているというのだ。
このゴブリンとの死闘さえもが、「小さな勝利」に過ぎないというのか。
ケンジがさらに問いかけようとする、その前に。
『…ごめんね、ケンジさん。本当に、ごめん…』
女神はそう呟くと、一方的に通信を切った。
嵐のように現れ、そして嵐のように去っていく。
ケンジの頭の中に、再び宿屋の静寂が戻ってきた。
彼は一人、その場に立ち尽くす。
そして、ゆっくりと手元にある、自らが作り上げた「課題管理票」へと視線を落とした。
そこには、彼らが死に物狂いで乗り越え、そしてこれから克服しようとしている、数々の課題が並んでいる。
それは、確かに困難で、そして重いリストだった。
だが。
女神の最後の言葉を聞いた今、そのリストがまるで子供の落書きのように些細なものに思えてしまった。
ケンジは予感していた。
このゴブリン討伐というプロジェクトは。
自分たちが今、立っているこの場所は。
――巨大な氷山の、ほんの水面から見えていた一角に過ぎないのだと。
その水面の下には、どれほど巨大で、どれほど冷たく、そしてどれほど絶望的な本体が眠っているのか。
今のケンジには、まだ知る由もなかった。
彼女の陽気な独演会は、彼にとって、もはや前世で聞き慣れた中身のない役員会議のBGMと大差なかった。
『――というわけで、今回の勝利は、ひとえにあなたをスカウトした私の素晴らしい人選のおかげ、ということなのよ! これで私、やっと主神様に良い報告ができるわ!』
女神がちょうどそんな自己PRの最高潮に達した、その時だった。
「女神様」
ケンジは、ペンを走らせる手を止めることなく、静かに、しかしはっきりとその祝賀ムードの会話に水を差した。
『ん? なあに、ケンジさん! もしかしてボーナスのおねだり? いいわよ、考えてあげなくも…』
「お言葉の途中、大変恐縮ですが」
ケンジは女神の言葉を、丁寧な、しかし一切の躊躇のない口調で遮った。
そして彼は、まるでクライアント企業の重大な過失を指摘する時のような、冷徹なビジネスマンの顔で告げたのだ。
「つきましては、今回のゴブリン討伐プロジェクトに関する、公式なインシデント報告書を後ほど提出させていただきます」
『…………はい?』
女神の脳天気な声のトーンがわずかに固まった。
『インシデント報告書…? なあに、それ? 美味しいの?』
「インシデント。すなわち、プロジェクトの正常な進行を妨げた『好ましくない事象』のことです」
ケンジは淡々と説明を続ける。彼の声には感情が一切乗っていない。
「今回のプロジェクトでは、当初の計画を大幅に逸脱する極めて深刻なインシデントが複数確認されました。それらのご報告と、原因究明、および再発防止策の策定を、システム管理者であるあなたに正式に要求するものです」
『え…、ええと…?』
女神の声から、陽気さが急速に失われていく。
ケンジはそんな彼女の動揺を意にも介さず、課題管理票を指でなぞりながら報告を続けた。
「第一に、敵戦力の初期見積もりの致命的な甘さについて」
『ひっ…!』
「我々に提供された事前情報では、ゴブリンの戦力は『斥候数体』とのことでした。しかし、実際に我々が遭遇したのは、指揮官(チャンピオン)を含む一個大隊規模の兵力。このあまりにもかけ離れた情報の乖離が、我々パーティを壊滅寸前にまで追い込んだ最大の原因であると分析しています」
「だ、だってそれは、その…! 世界のあちこちでバグが発生していて、情報がリアルタイムで更新されなかったというか…!」
女神がしどろもどろに言い訳を始める。
しかし、ケンジはそれを許さない。
「第二に、アサインされたリソースの問題点について」
『うっ…!』
「提供されたパーティメンバーは、確かに個々のスキルレベルは高い。しかしチームとして機能させるにはあまりにも多くの課題を抱えています。そもそもチーム編成(アサイン)の段階で、各メンバーの性格的特性や協調性を考慮に入れるべきだったのではないでしょうか。この点も、プロジェクトの遅延とリスク増大の一因です」
『そ、それは、ほら! 今、神界もリソースが枯渇気味で、最高のメンバーを揃えるのが、その、難しくて…! あなたなら、多少問題のあるメンバーでも、うまくマネジメントできるかなって、思って…!』
「期待、ということですか。PMへの過度な期待と責任の丸投げは、プロジェクトを失敗させる典型的な要因です。ご注意ください」
ケンジの容赦ない正論の追撃。
それはもはや報告ではなく、査問に近かった。
女神の声は完全に震えていた。
『そ、そんな…! そんなインシデント報告書なんて正式に提出されたら、私、主神様に、なんて言い訳すれば…! また始末書書かされるじゃないの…!』
そのあまりにも人間臭い悲鳴。
やはりこの女神もまた、中間管理職だったのだ。
ケンジは内心でため息をついた。
だが、彼は決してその追及の手を緩めはしなかった。
プロジェクトマネージャーは時に、悪魔にならなければならないのだ。すべてはプロジェクトを成功させるために。
「原因の究明と再発防止策の策定は、システム管理者であるあなたのタスクです。私はプロジェクトマネージャーとして、発生した事象とその分析結果を事実として報告するまで」
彼はそこで一度言葉を切ると、最終通告を突きつけた。
「報告書は明朝までに正式な書面として提出しますので、然るべきご対応をよろしくお願い申し上げます」
それは、部下が上司に対して使う言葉とは到底思えなかった。
それは無能な取引先に対して最後通牒を突きつける、冷徹なビジネスマンの言葉だった。
女神の陽気なトーンは完全に消え失せていた。
後に残されたのは、ただ絶望的な沈黙とか細いすすり泣きの声だけだった。
ケンジの冷徹なまでの、そして一切の妥協を許さない業務的な追及。
それによって、女神の陽気な仮面は完全に剥がれ落ちていた。
彼女のテレパシーを通じて伝わってくるのは、もはや賞賛の響きではない。
それは、言い訳と自己保身と、そして上司に叱責されることへの純粋な恐怖。
(…やれやれ。神様というのも大変だな)
ケンジは内心でため息をついた。
彼が前世で何度も見てきた中間管理職の悲哀がそこにはあった。
彼は最後の一押しとして、静かに、しかし明確に告げた。
「それでは、報告書の提出を前提として、今後の再発防止策についての具体的なアクションプランを可及的速やかにご提示ください。よろしいですね?」
その言葉が引き金だったのか。
あるいは、もう彼女の心の器が限界だったのか。
それまでしどろもどろに言い訳を繰り返していた女神の声が、ぷつりと途絶えた。
そして数秒の沈黙の後、ケンジの脳内に響いてきたのは、これまでとはまったく質の違う、か細く、そして震えるような声だった。
『……うぅ……』
それは、まるで迷子の子供のようなすすり泣きだった。
『…ごめんなさい…。その通りです…。全部私の管理不行き届きでした…』
あまりの態度の変化に、ケンジは戸惑いを隠せない。
彼女は続ける。その声は、どこか遠くを見ているかのように虚ろだった。
『…よかった…。本当に、よかった。あなたが勝ってくれて。あの子たちが無事で、本当に、よかった…。でも…』
でも?
その言葉に、ケンジは嫌な予感を覚えた。
女神の声のトーンが変わる。
それは、もはや叱責を恐れる管理職の声ではない。
それは、自らが管理する世界の未来を本気で憂う、神としての悲痛な響きだった。
『……実はね、ケンジさん』
『もう一つだけ…。いえ、もっとずっと大きくて、そしてどうしようもない、緊急案件が、あるんだけど……』
緊急案件。
その言葉に、ケンジのPMとしての本能が鋭く反応した。
「…!それはどういう…?具体的な内容を教えてください。すぐに課題管理票に起票します」
しかし、女神はかぶりを振るかのように弱々しく言葉を続けた。
『………ごめん。まだ言えないの』
「言えない? なぜです!状況の把握と情報の共有はプロジェクト管理の基本です!それを怠れば…!」
『違うの!言いたくないとか、そういうことじゃなくて…!』
女神の声が、悲痛な叫びとなって響く。
『今のあなたたちには、まだ早すぎるのよ…!今、それを話してしまったら、あなたたちはきっと希望を失ってしまう…。せっかく手に入れた、あの小さな勝利の輝きも、チームの絆も、全部、絶望で塗りつぶされてしまうから…!』
その言葉のあまりの重さに、ケンジは息をのんだ。
一体何が待ち受けているというのだ。
このゴブリンとの死闘さえもが、「小さな勝利」に過ぎないというのか。
ケンジがさらに問いかけようとする、その前に。
『…ごめんね、ケンジさん。本当に、ごめん…』
女神はそう呟くと、一方的に通信を切った。
嵐のように現れ、そして嵐のように去っていく。
ケンジの頭の中に、再び宿屋の静寂が戻ってきた。
彼は一人、その場に立ち尽くす。
そして、ゆっくりと手元にある、自らが作り上げた「課題管理票」へと視線を落とした。
そこには、彼らが死に物狂いで乗り越え、そしてこれから克服しようとしている、数々の課題が並んでいる。
それは、確かに困難で、そして重いリストだった。
だが。
女神の最後の言葉を聞いた今、そのリストがまるで子供の落書きのように些細なものに思えてしまった。
ケンジは予感していた。
このゴブリン討伐というプロジェクトは。
自分たちが今、立っているこの場所は。
――巨大な氷山の、ほんの水面から見えていた一角に過ぎないのだと。
その水面の下には、どれほど巨大で、どれほど冷たく、そしてどれほど絶望的な本体が眠っているのか。
今のケンジには、まだ知る由もなかった。
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