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第2章:赤いタスクと二つの正義
第32話:最初の実地テスト
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血のように赤いタスクが羊皮紙に刻まれた、あの不吉な夜から三日が過ぎた。ケンジたち一行は国王への報告のため、王都へと続く街道を東へ向かっていた。秋の始まりを告げる乾いた心地よい風が、一行の頬を撫でていく。道端には名も知らぬ小さな花が可憐に咲き乱れ、空はどこまでも高く青く澄み渡っていた。どこまでも続く未舗装の道は、まるで彼らのこれからを祝福しているかのようだ。その静寂の中、蹄の音だけが規則正しく響いていた。
だが、この穏やかな静けさが長くは続かないことを、ケンジは本能的に察していた。胸の奥で、まだ見ぬ脅威への予感がざわついていた。
先頭を歩くのはシーナ。彼女は斥候として完璧に機能していた。数分おきに森の影から滲み出すようにケンジの元へ戻り、簡潔に、しかし必要な情報を的確に報告する。
「ボス。この先500メートル。道に異常なし。魔物の気配も今のところはない」
ケンジが手元の羊皮紙にメモを取りながらそう答えると、シーナは「ふん」と鼻を鳴らして再び森の闇へと溶け込む。その口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、その行動からはKPTミーティングで決定された「報告・連絡・相談の徹底」というルールを遵守しようとする、プロとしての強い意識が感じられた。彼女はもはやケンジの指示を待つだけでなく、自らの判断でタスクをこなし、その結果をフィードバックしていた。
ケンジの隣では、ルリエルが杖の先で地面を突きながら歩いている。風が吹くたびに彼女の指先からは豆粒ほどの小さな光の玉が生まれ、風に乗ってふわりと消えていった。
「…ライト…。もう、飽きましたわ、こんな地味な魔法…」
誰に言うでもなく不満を口にするが、彼女は練習を止めなかった。KPTで彼女自身が掲げた「低コスト魔法の習得」という課題。天才を自称する彼女にとって屈辱的な訓練だったが、文句を言いながらも確かに実行していた。その指先から発せられる光の粒は、彼女の魔法に対するひたむきな情熱と、チームへの貢献という新たなプライドの光でもあった。
そしてケンジのすぐ隣を歩くのはゴードン。彼はいつも通り寡黙だった。だが、その兜の奥の瞳は常に左右の森の奥深くを油断なく見据え、その巨大な身体はいつでもケンジの前に立ちはだかれるように完璧な距離を保っている。彼の鎧が風を受けて微かに軋む音は、ケンジにとって何よりも頼もしい守護の音だった。彼はもはやただの指示待ちの兵士ではない。自らの意志でチームの頭脳を守るという最も重要な役割を理解し、完璧に実行する守護者(ガーディアン)へと進化していた。
ケンジはそんな仲間たちの変化を感じながら、このチームの未来に静かな満足感を覚えていた。あのKPTミーティングは間違っていなかった。彼らは変わろうとしている。ただの寄せ集めから、本当の「チーム」へと。もちろん、課題はまだ山積みだ。ケンジの手元にある「課題管理票」には、あの不吉な赤いタスクが重い現実として刻まれている。だが不思議と絶望はなかった。この仲間たちと一緒なら、どんな困難なプロジェクトもきっと乗り越えていける。ケンジの胸には前世では決して感じることのなかった、温かく力強い希望が灯り始めていた。彼らの旅路はまだ始まったばかりだった。
その穏やかな空気が唐突に引き裂かれたのは、一行がちょうど開けた草原地帯に差し掛かったその時だった。
「―――ッ! 止まれ!」
最初に異常を察知したのは、先行していたシーナ。背筋が氷のように冷たくなる感覚――それは昔、仲間を失ったあの瞬間に似ていた。彼女は弾かれたように後方へ跳躍すると、パーティの一番前に立ちはだかり、二本の短剣を抜き放つ。その表情は、ケンジが見たこともないほど険しいものだった。
「どうしました、シーナさん!?」
ケンジが即座に問いかける。
「…分からない。だが何かが来る。それもかなりの数だ…!」
彼女はプロの盗賊としての全神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を探っていた。だが、その眉間には深い困惑の皺が刻まれている。彼女の勘が、これまでの魔物とは違う、異質な何かを告げていた。
「…おかしいな。さっきまで何の気配もなかったはずだ。風の匂いも地面の振動も何も…。まるで空間から直接湧いて出てきたみたいに…」
その瞬間、耳鳴りのような高周波音が響いた。一行が立っている草原の空間そのものが、まるで映像が乱れたかのようにぐにゃりと歪み始める。赤、青、緑のデジタルノイズのような光が走り、その歪みの中心から何かが這い出してくる。それは犬に似ていたが、身体は黒い煙でできているかのように輪郭が曖昧で、その両目だけがバグったプログラムのエラーコードのように不気味な赤い光を放っていた。
「…な、なんだ、あれは!?」
ルリエルが驚愕に声を上げる。ケンジの視界(UI)が即座にその未知の敵の情報を表示した。
【敵ユニット:グリッチハウンド】
【クラス:アノマリー】
【特性:空間跳躍、予測不能行動】
「空間跳躍……予測不能……厄介なタグばかり並びやがって」
ケンジが不吉な名前に戦慄したその刹那、一体のグリッチハウンドがその身体を再びノイズへと変え、フッと姿を消した。そして次の瞬間、それはルリエルのすぐ真後ろに、音もなく出現していた。恐怖よりも先に、背後を許した自分への怒りがルリエルの胸に湧き上がる。
「―――ッ!?」
ルリエルがその殺気に気づき振り返るよりも早く、グリッチハウンドの鋭い爪が彼女の無防備な背中へと迫る。
「ルリエル!」
シーナの悲鳴に近い叫び。だがその絶体絶命の危機を救ったのはゴードンだった。彼はケンジからの指示を待つまでもなく、その巨大な身体をルリエルの前に滑り込ませ、鋼鉄の大盾で一撃を受け止めていた。
この一撃を通せば、全てが終わる――。
ガギンッ!と甲高い金属音。グリッチハウンドの爪はゴードンの盾に深い傷跡を刻み込むと、再びその身体をノイズへと変え、距離をとる。だが、悪夢はそこからだった。
草原のあちこちで、空間がぐにゃりと歪み始める。歪みの中心からまず赤い光が滲み出し、耳障りな電子音が響くと、次々とグリッチハウンドたちが姿を現した。その数は十体以上。彼らは一斉にその身体をノイズへと変え、現れては消え、消えては現れる予測不能な動きでパーティの周囲を飛び回り始めたのだ。
「くっ…! ちょこまかと…!」
ルリエルが苛立ちに杖を構える。だが、彼女の得意とする範囲攻撃魔法は、この神出鬼没な敵にはあまりにも相性が悪い。どこを狙えばいいのかまったく分からないのだ。シーナもまた、その短剣を構えたまま動けずにいた。彼女の俊敏な動きをもってしても、この瞬間移動のような敵の動きを捉えることは不可能だった。ゴードンはパーティの中央で盾を構え全方位を警戒しているが、いつ、どこから攻撃が来るか分からず、その額には脂汗が滲んでいる。これでは守り切れない。
ケンジは理解した。このグリッチハウンドこそが、あの「赤いタスク」――魔王プロセスの異常活性化がもたらした最初の「成果物」なのだと。世界のバグが今、実体を持って彼らに牙を剥いている。そしてこの敵は、これまでの常識が一切通用しない、まったく新しい脅威なのだ。以前の彼らであれば、この時点で完全にパニックに陥っていただろう。
だが、今の彼らはもう違う。ケンジは迫りくる無数の脅威を冷静に見据えながら、その口の端にかすかな笑みを浮かべた。
(…なるほど。面白い)
これは絶望的な危機ではない。これは自分たちが積み上げてきた「学び」を試すための、最高の「実地テスト」だ。ケンジの脳裏に、この危機を乗り越えるための新たなプロジェクトが立ち上がっていく音が聞こえた。彼らの成長は、今まさに試されようとしていた――そして、失敗は許されない。
だが、この穏やかな静けさが長くは続かないことを、ケンジは本能的に察していた。胸の奥で、まだ見ぬ脅威への予感がざわついていた。
先頭を歩くのはシーナ。彼女は斥候として完璧に機能していた。数分おきに森の影から滲み出すようにケンジの元へ戻り、簡潔に、しかし必要な情報を的確に報告する。
「ボス。この先500メートル。道に異常なし。魔物の気配も今のところはない」
ケンジが手元の羊皮紙にメモを取りながらそう答えると、シーナは「ふん」と鼻を鳴らして再び森の闇へと溶け込む。その口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、その行動からはKPTミーティングで決定された「報告・連絡・相談の徹底」というルールを遵守しようとする、プロとしての強い意識が感じられた。彼女はもはやケンジの指示を待つだけでなく、自らの判断でタスクをこなし、その結果をフィードバックしていた。
ケンジの隣では、ルリエルが杖の先で地面を突きながら歩いている。風が吹くたびに彼女の指先からは豆粒ほどの小さな光の玉が生まれ、風に乗ってふわりと消えていった。
「…ライト…。もう、飽きましたわ、こんな地味な魔法…」
誰に言うでもなく不満を口にするが、彼女は練習を止めなかった。KPTで彼女自身が掲げた「低コスト魔法の習得」という課題。天才を自称する彼女にとって屈辱的な訓練だったが、文句を言いながらも確かに実行していた。その指先から発せられる光の粒は、彼女の魔法に対するひたむきな情熱と、チームへの貢献という新たなプライドの光でもあった。
そしてケンジのすぐ隣を歩くのはゴードン。彼はいつも通り寡黙だった。だが、その兜の奥の瞳は常に左右の森の奥深くを油断なく見据え、その巨大な身体はいつでもケンジの前に立ちはだかれるように完璧な距離を保っている。彼の鎧が風を受けて微かに軋む音は、ケンジにとって何よりも頼もしい守護の音だった。彼はもはやただの指示待ちの兵士ではない。自らの意志でチームの頭脳を守るという最も重要な役割を理解し、完璧に実行する守護者(ガーディアン)へと進化していた。
ケンジはそんな仲間たちの変化を感じながら、このチームの未来に静かな満足感を覚えていた。あのKPTミーティングは間違っていなかった。彼らは変わろうとしている。ただの寄せ集めから、本当の「チーム」へと。もちろん、課題はまだ山積みだ。ケンジの手元にある「課題管理票」には、あの不吉な赤いタスクが重い現実として刻まれている。だが不思議と絶望はなかった。この仲間たちと一緒なら、どんな困難なプロジェクトもきっと乗り越えていける。ケンジの胸には前世では決して感じることのなかった、温かく力強い希望が灯り始めていた。彼らの旅路はまだ始まったばかりだった。
その穏やかな空気が唐突に引き裂かれたのは、一行がちょうど開けた草原地帯に差し掛かったその時だった。
「―――ッ! 止まれ!」
最初に異常を察知したのは、先行していたシーナ。背筋が氷のように冷たくなる感覚――それは昔、仲間を失ったあの瞬間に似ていた。彼女は弾かれたように後方へ跳躍すると、パーティの一番前に立ちはだかり、二本の短剣を抜き放つ。その表情は、ケンジが見たこともないほど険しいものだった。
「どうしました、シーナさん!?」
ケンジが即座に問いかける。
「…分からない。だが何かが来る。それもかなりの数だ…!」
彼女はプロの盗賊としての全神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を探っていた。だが、その眉間には深い困惑の皺が刻まれている。彼女の勘が、これまでの魔物とは違う、異質な何かを告げていた。
「…おかしいな。さっきまで何の気配もなかったはずだ。風の匂いも地面の振動も何も…。まるで空間から直接湧いて出てきたみたいに…」
その瞬間、耳鳴りのような高周波音が響いた。一行が立っている草原の空間そのものが、まるで映像が乱れたかのようにぐにゃりと歪み始める。赤、青、緑のデジタルノイズのような光が走り、その歪みの中心から何かが這い出してくる。それは犬に似ていたが、身体は黒い煙でできているかのように輪郭が曖昧で、その両目だけがバグったプログラムのエラーコードのように不気味な赤い光を放っていた。
「…な、なんだ、あれは!?」
ルリエルが驚愕に声を上げる。ケンジの視界(UI)が即座にその未知の敵の情報を表示した。
【敵ユニット:グリッチハウンド】
【クラス:アノマリー】
【特性:空間跳躍、予測不能行動】
「空間跳躍……予測不能……厄介なタグばかり並びやがって」
ケンジが不吉な名前に戦慄したその刹那、一体のグリッチハウンドがその身体を再びノイズへと変え、フッと姿を消した。そして次の瞬間、それはルリエルのすぐ真後ろに、音もなく出現していた。恐怖よりも先に、背後を許した自分への怒りがルリエルの胸に湧き上がる。
「―――ッ!?」
ルリエルがその殺気に気づき振り返るよりも早く、グリッチハウンドの鋭い爪が彼女の無防備な背中へと迫る。
「ルリエル!」
シーナの悲鳴に近い叫び。だがその絶体絶命の危機を救ったのはゴードンだった。彼はケンジからの指示を待つまでもなく、その巨大な身体をルリエルの前に滑り込ませ、鋼鉄の大盾で一撃を受け止めていた。
この一撃を通せば、全てが終わる――。
ガギンッ!と甲高い金属音。グリッチハウンドの爪はゴードンの盾に深い傷跡を刻み込むと、再びその身体をノイズへと変え、距離をとる。だが、悪夢はそこからだった。
草原のあちこちで、空間がぐにゃりと歪み始める。歪みの中心からまず赤い光が滲み出し、耳障りな電子音が響くと、次々とグリッチハウンドたちが姿を現した。その数は十体以上。彼らは一斉にその身体をノイズへと変え、現れては消え、消えては現れる予測不能な動きでパーティの周囲を飛び回り始めたのだ。
「くっ…! ちょこまかと…!」
ルリエルが苛立ちに杖を構える。だが、彼女の得意とする範囲攻撃魔法は、この神出鬼没な敵にはあまりにも相性が悪い。どこを狙えばいいのかまったく分からないのだ。シーナもまた、その短剣を構えたまま動けずにいた。彼女の俊敏な動きをもってしても、この瞬間移動のような敵の動きを捉えることは不可能だった。ゴードンはパーティの中央で盾を構え全方位を警戒しているが、いつ、どこから攻撃が来るか分からず、その額には脂汗が滲んでいる。これでは守り切れない。
ケンジは理解した。このグリッチハウンドこそが、あの「赤いタスク」――魔王プロセスの異常活性化がもたらした最初の「成果物」なのだと。世界のバグが今、実体を持って彼らに牙を剥いている。そしてこの敵は、これまでの常識が一切通用しない、まったく新しい脅威なのだ。以前の彼らであれば、この時点で完全にパニックに陥っていただろう。
だが、今の彼らはもう違う。ケンジは迫りくる無数の脅威を冷静に見据えながら、その口の端にかすかな笑みを浮かべた。
(…なるほど。面白い)
これは絶望的な危機ではない。これは自分たちが積み上げてきた「学び」を試すための、最高の「実地テスト」だ。ケンジの脳裏に、この危機を乗り越えるための新たなプロジェクトが立ち上がっていく音が聞こえた。彼らの成長は、今まさに試されようとしていた――そして、失敗は許されない。
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