ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

YY

文字の大きさ
52 / 156
第2章:赤いタスクと二つの正義

第52話:嵐の前の乱入者

しおりを挟む
風鳴りの山に、風はなかった。

いや、正確には、ルリエルが紡ぎ出すあまりにも強大で、そして穏やかな魔力の奔流が山を吹き荒れる魔力乱流そのものを静かに統べていたのだ。その力は、まるで母なる大地の鼓動のように乱れた空気に秩序をもたらし世界を濃密な静寂で包み込んでいく。

崖の上に立つ四人のパーティ。彼らの心は、今、完全に一つになっていた。

その中心にいるルリエルの表情に、もはや苦悶はない。翡翠の瞳は穏やかに閉じられ、唇には確かな自信を湛えた微笑みを浮かべている。彼女の身体から放たれる黄金色の光は、もはや制御不能の奔流ではなく、彼女の意志によって完璧に統御された、生命の輝きだった。それは、仲間からの絶対的な信頼という、最強の燃料を得て、初めて到達した、天才の領域。

その魔法を支えるように、ゴードンとシーナが、彼女の両翼を固める。ゴードンの心にあった過去のトラウマという氷は、ケンジの言葉と仲間との絆によって、完全に溶けていた。彼の心からルリエルへと流れ込むのは、もはや疑念ではない。「仲間を、この手で、必ず守り抜く」という、ドワーフの戦士としての、純粋で揺るぎない「守護」の意志。シーナの心にあった仲間への不信という棘もまた、抜き去られていた。彼女がルリエルに送るのは、冷徹な観察眼からくる「警戒」の感情だけではない。「この、馬鹿正直で、どうしようもない仲間たちを、死なせはしない」という、彼女なりの不器用な「覚悟」。

そして、その全てをケンジが静かに見守っていた。彼の視界(UI)に表示されるグラフは、美しい緑色の安定曲線を描き続けている。

【TEAM COHESION LEVEL: 100% (STABLE)】
【PROJECT STATUS: PHASE 1, COMPLETE】

計画は、完璧に遂行されていた。

眼下のワイバーンの巣の上空に、その奇跡は顕現していた。

黄金色の光で構築された、完璧な巣の幻影。それは、もはや単なる偽物ではなかった。母親ワイバーンが最も安心できるはずの、温かく、穏やかな光に満ちた理想郷。まるで、ワイバーンが産み落とされた日の陽光のように、その幻影は安らぎの魔力を放っていた。その抗いがたいほどの安堵の波動に、ついに、巣の主が、その巨体を現す。

グルル…と低い喉を鳴らし、親ワイバーンが、ゆっくりと巣から飛び立つ。その瞳に宿っていたはずの、侵入者への激しい敵意と恐怖は、幻影が放つ穏やかな光によって、完全に中和されていた。彼女は、自らの子らが待つはずの、あの温かい光の中へと、吸い寄せられるように、ゆっくりと、しかし確実な翼運びで、飛んでいく。

作戦は、成功した。彼らは、ワイバーンを傷つけることなく、その注意を、巣とは完全に逆の方向へと引きつけることに成功したのだ。

「…よし」

ケンジの唇から、安堵の息と共に、小さな声が漏れる。彼は仲間たちへと視線を送った。ルリエルは穏やかに微笑み、シーナは「まあ、当然だな」とでも言うように、不敵に口の端を吊り上げている。ゴードンは、ただ、力強く、一度だけ頷いた。言葉はなくとも、彼らの間には、これ以上ないほどの達成感と、揺るぎない連帯感が満ちていた。

ワイバーンが山の稜線の向こうへと消え、巣が完全に無防備になった。

「ゴードンさん、シーナさん。これよりフェーズ2に移行します。巣から、ヒナたちを運び出すための最終準備に入ってください」

ケンジの静かな、しかし確信に満ちた声が、崖の上に響いた。ワイバーンが飛び去ったのを確認してからの、完璧なタイミングでの指示だった。作戦は、寸分の狂いもなく、彼の描いたガントチャート通りに進行している。

「承知した」
「はいよ、ボス」

ゴードンとシーナは、短く応えると、すぐさま行動に移った。ゴードンは背負っていた荷物の中から、特殊な素材で作られた運搬用の箱を取り出す。頑丈ながらも内部は柔らかい羽毛で満たされていた。シーナは、その箱に、ヒナたちが体温を失わないように、魔法で温められた石をいくつか手際よく配置していく。その動きには、一切の無駄も、迷いもない。彼らは、自らに与えられたタスクを、完璧に理解し、実行していた。

ルリエルは、詠唱を続けながらも、魔力の出力を、ケンジの指示通りに、維持モードへと移行させる。彼女の表情は穏やかで、その額には玉のような汗が浮かんでいるが、それはもはや苦痛によるものではなく、強大な魔力を制御下に置いていることへの、心地よい集中からくるものだった。

すべてが、順調だった。

このままいけば、あと数十分後には、この困難なプロジェクトは、誰も傷つくことなく、最高の形で完了する。ケンジの心に、これまで感じたことのないほどの、静かで、しかし確かな満足感が広がっていた。

その、完璧な調和が支配していた空間に、最初の不協和音が響いたのは、まさに、その瞬間だった。

ピリッ、と。

まるで空気が張り詰めた糸のように、一度だけ、微かに震えた。それは、魔力乱流とは明らかに質の違う、異質な波動。

「…ッ!?」

最初にその異常を感知したのは、術者であるルリエルだった。彼女が展開していた穏やかな魔力の結界に、遠方から、鋭い針で突き刺すような、攻撃的な魔力が干渉してきたのだ。

「な、何ですの…、今の…?」

彼女の顔から、穏やかな微笑みが消える。

ほぼ同時に、ケンジの視界(UI)が、これまで見たこともない、未知のエラーコードを吐き出した。

【警告:外部からの高エネルギー干渉を検知】
【干渉源:特定不能。属性:神聖】

「神聖属性…? まさか…!」

ケンジの脳裏に、王都で見た、あの男の姿が浮かび上がる。民衆の歓声を浴び、その腰に、神々しい光を放つ聖剣を携えた、もう一人の勇者。

その、ケンジの最悪の予感が、現実のものとなるのに、一秒とかからなかった。

山の向こう。
彼らが、親ワイバーンを誘い込んだ、幻影が浮かぶ、その方角の空が。

―――閃光に、包まれた。

それは、もはや「光」などという生易しい現象ではなかった。天と地を繋ぐ、巨大な光の柱。純粋なまでの、神聖なエネルギーの奔流。そのあまりの輝きに、昼間であったはずの世界が、一瞬、完全に白く塗りつぶされる。崖の上にいた四人は、思わず腕で顔を覆った。

光は、一瞬で収まった。だが、その後に訪れたのは、耳をつんざくような、凄まじい轟音だった。

ドゴォォォォォォォォンッ!!!

大地が揺れ、崖の岩肌から小石が音を立てて崩れ落ちる。爆風が遠くの木々を巨大な手で薙ぎ倒すかのように揺らし、不気味なざわめきを立てた。その衝撃波は、まるで生き物のように崖を駆け上がり、彼らの身体を容赦なく叩きつけた。

「な、なんだ、今のはッ!?」

シーナが、驚愕に目を見開いて叫ぶ。その声は、轟音の余韻にかき消されそうだった。

「今の光…、間違いない…。聖剣の輝きだわ…!」

ルリエルは、信じられないといった表情で光が迸った方角を睨みつけている。彼女の結界があの衝撃波で、わずかに揺らいだ。

ゴードンは、すでにケンジとルリエルの前に立ちはだかり、その巨大な盾を構えていた。彼の兜の奥の瞳には、怒りと、そしてケンジが抱いたものと同じ、最悪の予感が宿っていた。

ケンジは、ただ、呆然と、その光景を見つめていた。

彼のプロジェクトマネージャーとしての冷静な思考が完全に停止していた。外部からの、予期せぬ、そしてあまりにも破壊的な乱入者。リスク管理票の、どこにも記されていなかった最悪のイレギュラー。彼の完璧なはずだったプロジェクト計画書は、今、この一撃によって、その前提を根底から覆されようとしていた。

絶望的な轟音の余韻が、ケンジの耳元で嘲るように響く。

(…いや)

彼の心が、叫ぶ。

(まだだ。まだ、終わらない)

彼の完璧な世界が崩れ去ろうとしている。だがケンジは、その破片を拾い集め、新たな計画を立てようと思考を再起動させていた。

これは、計画の失敗ではない。

新しいフェーズの始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...