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第2章:赤いタスクと二つの正義
第54話:リアルタイム・リスク対応
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天へと舞い上がった親ワイバーンの怒りが、風鳴りの山を絶望で染め上げた。
一瞬の滞空の後、その巨体は巨大な隕石と化し、眼下の谷間にいた勇者ガイのパーティへと襲いかかる。
それはもはや戦闘ではない。ただ一方的な蹂躙だった。
「聖なる光よ、奴を討て!」
ガイの勇猛な号令が響く。聖剣が神々しい光を放ち、天を突く光の刃となってワイバーンを迎え撃つ。だが、その「正義」の光は、あまりにも無力だった。
ワイバーンは、光の刃を鬱陶しい虫でも払うかのように巨大な翼の一振りで弾き返す。翼から放たれた暴風の衝撃波が、ガイの仲間である騎士たちを木の葉のように吹き飛ばした。鋼鉄の鎧が、悲鳴のような音を立てて岩肌に叩きつけられる。
「魔法障壁、最大展開!」
魔術師が悲鳴に近い声で叫び、蒼い光の壁を展開する。だがワイバーンはその障壁に目もくれず巨体ごと突進した。
バリイン、とガラスが砕ける音。障壁は粉々に砕け散る。
魔術師は信じられないといった表情を浮かべたまま、後方へと吹き飛ばされた。
戦線は、開戦からわずか数十秒で完全に崩壊していた。
彼らが信じた絶対的な勇者の力。民衆を熱狂させた輝かしい正義。
それらは、子を奪われんとする母親の純粋な怒りの前には何の意味もなさなかった。
「くっ…! なぜだ…! なぜ、聖剣の力が…!」
ガイは脂汗を滲ませながら必死に剣を構え直す。瞳には焦りと自らの正義が通用しないことへの困惑が浮かんでいた。
その地獄のような光景をケンジたちは崖の上からただ呆然と見下ろしていた。
「…嘘だろ…」
シーナの唇から乾いた声が漏れる。裏社会で数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女だが、これほどまでの一方的な力の差を見せつけられたのは初めてだった。
「あいつら…全滅するぞ…!」
「なんて、無謀な…」
ルリエルは青ざめた顔で惨状を手で覆う。彼女の目には、ガイたちの姿が、かつて自分たちが陥ったゴブリンに包囲された時の絶望と重なって見えていた。
ゴードンは何も言わない。だが、その巨大な身体はわなわなと震えている。盾を握る拳は、血が滲むほどに固く握りしめられていた。
そして、ケンジ。
彼の心の中では、ただ一つの無慈悲な事実だけが確定していた。
(…終わった)
彼が仲間たちと共に掴みかけた希望。
ワイバーンを救い、誰も傷つけずに問題を解決するという理想の未来。
そのすべてが、今、目の前で音を立てて崩れ去っていく。
ケンジの視界に、冷酷な赤い文字が浮かび上がる。
【プロジェクト・マイグレーション:目標達成確率0%。ステータス:失敗(FAILED)】
彼が心血を注いで作り上げた計画は、実行される前にその存在価値を完全に失った。ケンジたちの計画は、勇者ガイというたった一つのリスクによって、完全に実行不可能となったのだ。
崖の上に、言葉を失った四人の仲間たち。眼下で繰り広げられる一方的な殺戮。そして、嘲笑うかのように風鳴りの山の不吉な風の音だけが響く。
「どうするんだ、ボスッ!?」
シーナの悲鳴に近い叫び声がケンジの耳を打つ。いつもの不敵な笑みもプロとしての冷静さも完全に消え失せていた。
「ケンジさん! このままでは、あの人たちが…!」
ルリエルも青ざめた顔でケンジに助けを求める。ガイへの怒りよりも目の前で失われていく命への純粋な哀れみで満たされていた。
ゴードンは言葉を発しなかった。だが巨大な盾を構え直すガキンという金属音が何よりも雄弁に彼の意志を物語る。「指示をくれ」と。この絶望的な状況にあっても彼のケンジへの信頼は微塵も揺らいでいなかった。
仲間たちの恐怖、哀れみ、そして信頼。
三者三様のあまりにも重い感情が、濁流のようにケンジという一点へと流れ込んでくる。
(…ああ。そうだ)
ケンジの心の中で、何かがカチリ、と音を立てて切り替わった。
プロジェクトは失敗した。計画は崩壊した。
だが、俺はプロジェクトマネージャーだ。
計画が破綻した時、その破片を拾い集め、新たな道を切り拓くことこそが俺の本当の仕事じゃないか。
ケンジは仲間たちの叫びには答えなかった。
彼はゆっくりと目を閉じる。
そして、その意識の最も深い場所で、自らの唯一無二の権能を最大出力で起動させた。
(―――スキル発動、【プロジェクト管理 -絶対遵守-】)
その瞬間、ケンジの世界から音が消えた。
崖の端から舞い上がる岩塊の音が耳を突き刺す。風に乗って、焦げた匂いが鼻をかすめた。だがケンジの脳内では、すべてが遠い残響音のようだ。シーナの悲鳴も、ワイバーンの咆哮も、分厚いガラスの向こう側のようにくぐもって聞こえる。心を支配していた焦りや絶望のノイズは、綺麗さっぱりと消え失せていく。
ケンジの視界から現実の風景が分解されていった。
すべてが光の粒子へと変わり、再構築されていく。
彼の目の前に広がったのは、もはや絶望的な戦場ではない。
黒い背景に、青白い光の線で描かれた、広大な三次元の戦略盤。その盤上に膨大な情報がリアルタイムで完璧に整理されて表示される。
ケンジの思考は、超高速で稼働するスーパーコンピュータへと変貌していた。
その背後でシーナの手が小刻みに震える。ルリエルの唇がわずかに動き、助けを求める声が出そうになった。だがケンジの頭の中では、すべてが冷静な計算へと変換されていく。
【友軍ユニット:パーティ“サンクチュアリ”】
リーダー:勇者ガイ|HP: 45/100|STATUS: 混乱・疲弊(中)
騎士A|HP: 10/100|STATUS: 戦闘不能
魔術師B|HP: 5/100|STATUS: 戦闘不能、意識不明
パーティ戦力:30%以下に低下。指揮系統:崩壊。全滅までの予測時間:65秒。
その無慈悲な分析結果を、ケンジは瞬時に理解した。彼らが自力で立て直すのは不可能だ。
次にワイバーンのヘイト(敵意)の方向が赤い光の線となって可視化される。最も太い線は、ガイへと向かっていた。
【PRIMARY HATE TARGET: 勇者ガイ(ヘイト値:9,800)】
だがケンジが見ていたのはそれだけではない。ワイバーンから自分たちがいる崖の上に向かって細いが急速に太さを増していく第二の赤い線が伸びていた。
【SECONDARY HATE TARGET: 未知の侵入者(ケンジパーティ)(ヘイト値:3,500 / 毎秒上昇中)】
分析は冷徹な結論を弾き出す。
ワイバーンはガイたちを排除した後、100%の確率で自分たちを次のターゲットとする。
そして最後に。
ワイバーンの巣を示す洞窟のアイコンのさらに奥深く。これまで表示されていなかった、小さな重要な青い光の点が明滅していた。
【最重要保護対象(KEY OBJECTIVE):ワイバーンのヒナ(三体)】
STATUS: 危険。
親個体の狂乱による、巣の崩落の可能性:高。
ロストまでの予測時間:180秒。
すべてのリスクが可視化され、数値化され、そして分析された今。
もはや抗いがたい運命などではない。解決すべき、ただの複雑で極めて難易度の高い「課題」に過ぎなかった。
ケンジの思考は、その膨大な情報の奔流の中から、一つの活路を見つけ出していた。
あまりにも無謀だが、唯一の希望。
その選択は、全員の運命を左右するものだった。
一瞬の滞空の後、その巨体は巨大な隕石と化し、眼下の谷間にいた勇者ガイのパーティへと襲いかかる。
それはもはや戦闘ではない。ただ一方的な蹂躙だった。
「聖なる光よ、奴を討て!」
ガイの勇猛な号令が響く。聖剣が神々しい光を放ち、天を突く光の刃となってワイバーンを迎え撃つ。だが、その「正義」の光は、あまりにも無力だった。
ワイバーンは、光の刃を鬱陶しい虫でも払うかのように巨大な翼の一振りで弾き返す。翼から放たれた暴風の衝撃波が、ガイの仲間である騎士たちを木の葉のように吹き飛ばした。鋼鉄の鎧が、悲鳴のような音を立てて岩肌に叩きつけられる。
「魔法障壁、最大展開!」
魔術師が悲鳴に近い声で叫び、蒼い光の壁を展開する。だがワイバーンはその障壁に目もくれず巨体ごと突進した。
バリイン、とガラスが砕ける音。障壁は粉々に砕け散る。
魔術師は信じられないといった表情を浮かべたまま、後方へと吹き飛ばされた。
戦線は、開戦からわずか数十秒で完全に崩壊していた。
彼らが信じた絶対的な勇者の力。民衆を熱狂させた輝かしい正義。
それらは、子を奪われんとする母親の純粋な怒りの前には何の意味もなさなかった。
「くっ…! なぜだ…! なぜ、聖剣の力が…!」
ガイは脂汗を滲ませながら必死に剣を構え直す。瞳には焦りと自らの正義が通用しないことへの困惑が浮かんでいた。
その地獄のような光景をケンジたちは崖の上からただ呆然と見下ろしていた。
「…嘘だろ…」
シーナの唇から乾いた声が漏れる。裏社会で数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女だが、これほどまでの一方的な力の差を見せつけられたのは初めてだった。
「あいつら…全滅するぞ…!」
「なんて、無謀な…」
ルリエルは青ざめた顔で惨状を手で覆う。彼女の目には、ガイたちの姿が、かつて自分たちが陥ったゴブリンに包囲された時の絶望と重なって見えていた。
ゴードンは何も言わない。だが、その巨大な身体はわなわなと震えている。盾を握る拳は、血が滲むほどに固く握りしめられていた。
そして、ケンジ。
彼の心の中では、ただ一つの無慈悲な事実だけが確定していた。
(…終わった)
彼が仲間たちと共に掴みかけた希望。
ワイバーンを救い、誰も傷つけずに問題を解決するという理想の未来。
そのすべてが、今、目の前で音を立てて崩れ去っていく。
ケンジの視界に、冷酷な赤い文字が浮かび上がる。
【プロジェクト・マイグレーション:目標達成確率0%。ステータス:失敗(FAILED)】
彼が心血を注いで作り上げた計画は、実行される前にその存在価値を完全に失った。ケンジたちの計画は、勇者ガイというたった一つのリスクによって、完全に実行不可能となったのだ。
崖の上に、言葉を失った四人の仲間たち。眼下で繰り広げられる一方的な殺戮。そして、嘲笑うかのように風鳴りの山の不吉な風の音だけが響く。
「どうするんだ、ボスッ!?」
シーナの悲鳴に近い叫び声がケンジの耳を打つ。いつもの不敵な笑みもプロとしての冷静さも完全に消え失せていた。
「ケンジさん! このままでは、あの人たちが…!」
ルリエルも青ざめた顔でケンジに助けを求める。ガイへの怒りよりも目の前で失われていく命への純粋な哀れみで満たされていた。
ゴードンは言葉を発しなかった。だが巨大な盾を構え直すガキンという金属音が何よりも雄弁に彼の意志を物語る。「指示をくれ」と。この絶望的な状況にあっても彼のケンジへの信頼は微塵も揺らいでいなかった。
仲間たちの恐怖、哀れみ、そして信頼。
三者三様のあまりにも重い感情が、濁流のようにケンジという一点へと流れ込んでくる。
(…ああ。そうだ)
ケンジの心の中で、何かがカチリ、と音を立てて切り替わった。
プロジェクトは失敗した。計画は崩壊した。
だが、俺はプロジェクトマネージャーだ。
計画が破綻した時、その破片を拾い集め、新たな道を切り拓くことこそが俺の本当の仕事じゃないか。
ケンジは仲間たちの叫びには答えなかった。
彼はゆっくりと目を閉じる。
そして、その意識の最も深い場所で、自らの唯一無二の権能を最大出力で起動させた。
(―――スキル発動、【プロジェクト管理 -絶対遵守-】)
その瞬間、ケンジの世界から音が消えた。
崖の端から舞い上がる岩塊の音が耳を突き刺す。風に乗って、焦げた匂いが鼻をかすめた。だがケンジの脳内では、すべてが遠い残響音のようだ。シーナの悲鳴も、ワイバーンの咆哮も、分厚いガラスの向こう側のようにくぐもって聞こえる。心を支配していた焦りや絶望のノイズは、綺麗さっぱりと消え失せていく。
ケンジの視界から現実の風景が分解されていった。
すべてが光の粒子へと変わり、再構築されていく。
彼の目の前に広がったのは、もはや絶望的な戦場ではない。
黒い背景に、青白い光の線で描かれた、広大な三次元の戦略盤。その盤上に膨大な情報がリアルタイムで完璧に整理されて表示される。
ケンジの思考は、超高速で稼働するスーパーコンピュータへと変貌していた。
その背後でシーナの手が小刻みに震える。ルリエルの唇がわずかに動き、助けを求める声が出そうになった。だがケンジの頭の中では、すべてが冷静な計算へと変換されていく。
【友軍ユニット:パーティ“サンクチュアリ”】
リーダー:勇者ガイ|HP: 45/100|STATUS: 混乱・疲弊(中)
騎士A|HP: 10/100|STATUS: 戦闘不能
魔術師B|HP: 5/100|STATUS: 戦闘不能、意識不明
パーティ戦力:30%以下に低下。指揮系統:崩壊。全滅までの予測時間:65秒。
その無慈悲な分析結果を、ケンジは瞬時に理解した。彼らが自力で立て直すのは不可能だ。
次にワイバーンのヘイト(敵意)の方向が赤い光の線となって可視化される。最も太い線は、ガイへと向かっていた。
【PRIMARY HATE TARGET: 勇者ガイ(ヘイト値:9,800)】
だがケンジが見ていたのはそれだけではない。ワイバーンから自分たちがいる崖の上に向かって細いが急速に太さを増していく第二の赤い線が伸びていた。
【SECONDARY HATE TARGET: 未知の侵入者(ケンジパーティ)(ヘイト値:3,500 / 毎秒上昇中)】
分析は冷徹な結論を弾き出す。
ワイバーンはガイたちを排除した後、100%の確率で自分たちを次のターゲットとする。
そして最後に。
ワイバーンの巣を示す洞窟のアイコンのさらに奥深く。これまで表示されていなかった、小さな重要な青い光の点が明滅していた。
【最重要保護対象(KEY OBJECTIVE):ワイバーンのヒナ(三体)】
STATUS: 危険。
親個体の狂乱による、巣の崩落の可能性:高。
ロストまでの予測時間:180秒。
すべてのリスクが可視化され、数値化され、そして分析された今。
もはや抗いがたい運命などではない。解決すべき、ただの複雑で極めて難易度の高い「課題」に過ぎなかった。
ケンジの思考は、その膨大な情報の奔流の中から、一つの活路を見つけ出していた。
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