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第2章:赤いタスクと二つの正義
第56話:PMが救う勇者の命
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絶望的な轟音と断末魔の悲鳴が支配する谷底は、もはや戦場ではなく、一方的な処刑場と化していた。狂乱した親ワイバーンは、その巨体を暴風と変え、侵入者たちを蹂躙する。岩をも砕く尾の一撃が、かろうじて立っていた騎士を容赦なく弾き飛ばし、命を刈り取っていく。
「総員、退くな! 勇者の名の下に、ここで食い止めるのだ!」
地獄の中心で、ガイだけがなおも必死に叫んでいた。だが、その声はもはや、仲間を鼓舞する英雄のそれではなかった。崩壊した戦線を前に、ただ自らの正義だけを叫ぶ、孤独な敗残兵の慟哭だった。
その無力で悲劇的な光景を、崖の上から駆け下りてきたケンジとゴードンは、その目に焼き付けていた。
「ゴードンさん!」
ケンジの鋭く短い号令が飛ぶ。
「ポジション・アルファ! 生存者の前に、防衛線を構築! ワイバーンの敵意(ヘイト)を、強制的に引き付けてください!」
「―――承知した」
ゴードンの短い返答。だが、その一言に戦士として仲間を守る者としての彼の魂のすべてが込められていた。
次の瞬間、鋼鉄の巨人が動いた。
彼は、ケンジの言葉を待たず巨大な身体を砲弾と化して戦場の中心へと突進する。足が大地を蹴るたび地面がわずかに揺れた。
「グルオオオオッ!」
ワイバーンが倒れていたガイの仲間に、とどめの一撃を食らわさんと巨大な顎を開いたその刹那。
「オオオオオオオオオオッ!!!」
ゴードンの、ドワーフの戦士としての誇りを込めた雄叫びが、ワイバーンの咆哮さえもかき消すように、谷底に響き渡る。それは、自らの存在をこの戦場における最大の脅威として、敵に認識させるための古の戦技だった。
ワイバーンの、怒りに燃える赤い瞳が、初めてゴードンという新たな侵入者を捉える。
そして、ゴードンはワイバーンと、絶望に打ちひしがれるガイの仲間たちとの間に、まるで山脈が隆起するかのように立ちはだかった。
ズゥン、と地響きのような音を立てて、彼はその巨大な盾を、地面に深く突き立てる。
それはもはや単なる防具ではない。二度と仲間を失わないという、彼の揺るぎない覚悟そのものが具現化した、絶対不可侵の城壁だった。
ワイバーンの巨大な尾が、薙ぎ払うようにゴードンを襲う。「ゴッ」という肉と骨が砕けるような鈍い音が響き渡る。凄まじい衝撃がゴードンの巨体を揺るがし、足元の地面が放射状にひび割れていく。
だが、ゴードンは一歩も引かなかった。
「ぐ…、おおおおおおっ…!」
全身の骨がきしむ音を聞きながら、その全神経を盾の一点に集中させる。ワイバーンの常軌を逸した膂力が、盾を通じて彼の全身を苛む。だが、彼の心は折れなかった。
(二度と…、失うものか…ッ!)
脳裏に蘇る、守れなかった妹の姿。あの日の無力感が、今、目の前の仲間たちを守るための、燃え盛る燃料となっていた。
ゴードンの、無謀でありながら英雄的な姿を、ガイとその仲間たちは、ただ信じられないといった目で見ていた。どこの誰とも知れない一人のドワーフの戦士が、あの絶望的な力の化身を、たった一人で食い止めている。
ゴードンが作り出した、わずか数秒の奇跡のような時間。それが、崩壊した戦場に、か細い一本の活路をこじ開けたのだ。
ケンジの指揮のもと、地獄の戦場を再構築するための反撃の狼煙は、今、確かに上がった。
ゴードンが作り出した鋼鉄の城壁。その無謀でありながら絶対的な覚悟に満ちた防衛線を起点として、ケンジの指揮する反撃のオーケストラが、その演奏を開始する。
「ルリエルさん!」
ケンジの、戦場に響き渡る明瞭な声。
「フェーズ2、プラン『ディスラプト』に移行! 攻撃魔法は厳禁! 補助魔法に徹し、敵を徹底的に攪乱してください!」
「了解ですわッ!」
崖の上で、魔力の逆流によるダメージからかろうじて立ち直ったルリエルが力強く応える。彼女の瞳にもはや涙はない。そこにあるのは、この作戦の成否を左右する重要なタスクを必ずやり遂げるという、天才魔術師としての強い意志だった。
彼女は杖を天に掲げる。だが、その先に集まるのは、敵を殲滅するための灼熱の炎でも、貫き凍らせる氷の槍でもない。
「踊りなさい、大地の悪戯(アース・トリップ)!」
ルリエルの詠唱と共に、狂乱するワイバーンが踏みしめる地面が、生き物のようにぬるりと粘性を帯びた泥へと変化する。巨体はバランスを崩し、その猛烈な突進が、確かに鈍った。
ワイバーンが苛立ちに満ちた咆哮を上げ、泥から足を引き抜こうとする隙を見逃さない。
「響きなさい、幻惑の残響(エコー・ボイス)!」
谷間の岩という岩が巨大なスピーカーになったかのように、四方八方からワイバーンの威嚇の声を模倣した甲高い偽りの音を響かせ始めた。ワイバーンは自らの声に惑わされ混乱したように首を振り真の敵を見失う。
それは、KPTミーティングを経て彼女が血の滲むような努力の末に習得した、低コストで戦場の流れを支配するための高度な戦術魔法の数々だった。派手さはない。だが一つ一つが確実に絶対的な強者であるワイバーンの感覚を狂わせていく。
そして、ルリエルが作り出したわずか数秒の黄金よりも貴重な混沌。
その混沌の中を一筋の影が疾風となって駆け抜けた。
「シーナさん!」
「言われなくてもッ!」
ケンジの指示とシーナの行動は、もはや完全に一体化していた。彼女のタスクは、ガイのパーティの生存者を、ゴードンが作り出した安全地帯(セーフティゾーン)へと救出すること。
彼女はまず最も近くで倒れていた盾を砕かれた騎士へと駆け寄る。
「おい、生きてるか! 立てるなら立て!」
シーナの容赦のない、しかし生命力に満ちた声。騎士は、朦朧とした意識の中でその声に導かれるように必死に身体を起こそうとする。シーナは、その腕を掴むと、信じられないほどの力で引きずり、ゴードンの盾の影へと文字通り放り込んだ。
「次!」
休む暇もなく彼女は魔力を使い果たして倒れている魔術師へと向かう。その背後では、ルリエルの放つ閃光魔法が炸裂しワイバーンの視界を白く染め上げていた。
この統率の取れた、自分たちの常識からかけ離れた戦い方。
救出されたガイの仲間たちは、ただ呆然と、その光景を見つめることしかできなかった。
彼らが知る戦闘とは、勇者が先陣を切り圧倒的な武力で敵を打ち破り仲間たちがそれを支援するという単純明快なものだった。
だが、今、目の前で繰り広げられているのは、なんだ?
リーダーらしき男は、後方で指示を出すだけ。
盾役のドワーフは、ただひたすらに壁に徹している。
そして、エルフの魔術師は、敵を倒すことなく地面を泥に変えたり意味のない光や音を出しているだけ。
だが、その一見、何の意味もなさないかのような連携が自分たちが束になっても敵わなかった狂乱のワイバーンを完璧に手玉に取っていた。
それは、彼らの知る「勇者」の戦いではなかった。
それは、個々の役割(タスク)を完璧に理解し実行するプロフェッショナルの集団による冷徹なまでの「プロジェクト」の遂行だった。
シーナの神業のような救出劇によって、ガイの仲間たちは、次々とゴードンの盾の背後へと運び込まれていく。
戦場には、もはや、自らのプライドと砕け散った正義だけを支えに立ち続ける男の姿だけが残されていた。
「総員、退くな! 勇者の名の下に、ここで食い止めるのだ!」
地獄の中心で、ガイだけがなおも必死に叫んでいた。だが、その声はもはや、仲間を鼓舞する英雄のそれではなかった。崩壊した戦線を前に、ただ自らの正義だけを叫ぶ、孤独な敗残兵の慟哭だった。
その無力で悲劇的な光景を、崖の上から駆け下りてきたケンジとゴードンは、その目に焼き付けていた。
「ゴードンさん!」
ケンジの鋭く短い号令が飛ぶ。
「ポジション・アルファ! 生存者の前に、防衛線を構築! ワイバーンの敵意(ヘイト)を、強制的に引き付けてください!」
「―――承知した」
ゴードンの短い返答。だが、その一言に戦士として仲間を守る者としての彼の魂のすべてが込められていた。
次の瞬間、鋼鉄の巨人が動いた。
彼は、ケンジの言葉を待たず巨大な身体を砲弾と化して戦場の中心へと突進する。足が大地を蹴るたび地面がわずかに揺れた。
「グルオオオオッ!」
ワイバーンが倒れていたガイの仲間に、とどめの一撃を食らわさんと巨大な顎を開いたその刹那。
「オオオオオオオオオオッ!!!」
ゴードンの、ドワーフの戦士としての誇りを込めた雄叫びが、ワイバーンの咆哮さえもかき消すように、谷底に響き渡る。それは、自らの存在をこの戦場における最大の脅威として、敵に認識させるための古の戦技だった。
ワイバーンの、怒りに燃える赤い瞳が、初めてゴードンという新たな侵入者を捉える。
そして、ゴードンはワイバーンと、絶望に打ちひしがれるガイの仲間たちとの間に、まるで山脈が隆起するかのように立ちはだかった。
ズゥン、と地響きのような音を立てて、彼はその巨大な盾を、地面に深く突き立てる。
それはもはや単なる防具ではない。二度と仲間を失わないという、彼の揺るぎない覚悟そのものが具現化した、絶対不可侵の城壁だった。
ワイバーンの巨大な尾が、薙ぎ払うようにゴードンを襲う。「ゴッ」という肉と骨が砕けるような鈍い音が響き渡る。凄まじい衝撃がゴードンの巨体を揺るがし、足元の地面が放射状にひび割れていく。
だが、ゴードンは一歩も引かなかった。
「ぐ…、おおおおおおっ…!」
全身の骨がきしむ音を聞きながら、その全神経を盾の一点に集中させる。ワイバーンの常軌を逸した膂力が、盾を通じて彼の全身を苛む。だが、彼の心は折れなかった。
(二度と…、失うものか…ッ!)
脳裏に蘇る、守れなかった妹の姿。あの日の無力感が、今、目の前の仲間たちを守るための、燃え盛る燃料となっていた。
ゴードンの、無謀でありながら英雄的な姿を、ガイとその仲間たちは、ただ信じられないといった目で見ていた。どこの誰とも知れない一人のドワーフの戦士が、あの絶望的な力の化身を、たった一人で食い止めている。
ゴードンが作り出した、わずか数秒の奇跡のような時間。それが、崩壊した戦場に、か細い一本の活路をこじ開けたのだ。
ケンジの指揮のもと、地獄の戦場を再構築するための反撃の狼煙は、今、確かに上がった。
ゴードンが作り出した鋼鉄の城壁。その無謀でありながら絶対的な覚悟に満ちた防衛線を起点として、ケンジの指揮する反撃のオーケストラが、その演奏を開始する。
「ルリエルさん!」
ケンジの、戦場に響き渡る明瞭な声。
「フェーズ2、プラン『ディスラプト』に移行! 攻撃魔法は厳禁! 補助魔法に徹し、敵を徹底的に攪乱してください!」
「了解ですわッ!」
崖の上で、魔力の逆流によるダメージからかろうじて立ち直ったルリエルが力強く応える。彼女の瞳にもはや涙はない。そこにあるのは、この作戦の成否を左右する重要なタスクを必ずやり遂げるという、天才魔術師としての強い意志だった。
彼女は杖を天に掲げる。だが、その先に集まるのは、敵を殲滅するための灼熱の炎でも、貫き凍らせる氷の槍でもない。
「踊りなさい、大地の悪戯(アース・トリップ)!」
ルリエルの詠唱と共に、狂乱するワイバーンが踏みしめる地面が、生き物のようにぬるりと粘性を帯びた泥へと変化する。巨体はバランスを崩し、その猛烈な突進が、確かに鈍った。
ワイバーンが苛立ちに満ちた咆哮を上げ、泥から足を引き抜こうとする隙を見逃さない。
「響きなさい、幻惑の残響(エコー・ボイス)!」
谷間の岩という岩が巨大なスピーカーになったかのように、四方八方からワイバーンの威嚇の声を模倣した甲高い偽りの音を響かせ始めた。ワイバーンは自らの声に惑わされ混乱したように首を振り真の敵を見失う。
それは、KPTミーティングを経て彼女が血の滲むような努力の末に習得した、低コストで戦場の流れを支配するための高度な戦術魔法の数々だった。派手さはない。だが一つ一つが確実に絶対的な強者であるワイバーンの感覚を狂わせていく。
そして、ルリエルが作り出したわずか数秒の黄金よりも貴重な混沌。
その混沌の中を一筋の影が疾風となって駆け抜けた。
「シーナさん!」
「言われなくてもッ!」
ケンジの指示とシーナの行動は、もはや完全に一体化していた。彼女のタスクは、ガイのパーティの生存者を、ゴードンが作り出した安全地帯(セーフティゾーン)へと救出すること。
彼女はまず最も近くで倒れていた盾を砕かれた騎士へと駆け寄る。
「おい、生きてるか! 立てるなら立て!」
シーナの容赦のない、しかし生命力に満ちた声。騎士は、朦朧とした意識の中でその声に導かれるように必死に身体を起こそうとする。シーナは、その腕を掴むと、信じられないほどの力で引きずり、ゴードンの盾の影へと文字通り放り込んだ。
「次!」
休む暇もなく彼女は魔力を使い果たして倒れている魔術師へと向かう。その背後では、ルリエルの放つ閃光魔法が炸裂しワイバーンの視界を白く染め上げていた。
この統率の取れた、自分たちの常識からかけ離れた戦い方。
救出されたガイの仲間たちは、ただ呆然と、その光景を見つめることしかできなかった。
彼らが知る戦闘とは、勇者が先陣を切り圧倒的な武力で敵を打ち破り仲間たちがそれを支援するという単純明快なものだった。
だが、今、目の前で繰り広げられているのは、なんだ?
リーダーらしき男は、後方で指示を出すだけ。
盾役のドワーフは、ただひたすらに壁に徹している。
そして、エルフの魔術師は、敵を倒すことなく地面を泥に変えたり意味のない光や音を出しているだけ。
だが、その一見、何の意味もなさないかのような連携が自分たちが束になっても敵わなかった狂乱のワイバーンを完璧に手玉に取っていた。
それは、彼らの知る「勇者」の戦いではなかった。
それは、個々の役割(タスク)を完璧に理解し実行するプロフェッショナルの集団による冷徹なまでの「プロジェクト」の遂行だった。
シーナの神業のような救出劇によって、ガイの仲間たちは、次々とゴードンの盾の背後へと運び込まれていく。
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