ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第3章:偽りの繁栄と経済戦争

第80話:「仕様バグ」の闇市場

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交易都市フラックスは、昼夜を問わずその喧騒に支配されていた。一行が拠点として確保した安宿の分厚い扉を閉めても、壁一枚隔てた熱気は、まるで巨大な心臓の鼓動のように部屋の空気を絶え間なく震わせ続けていた。

部屋の中央には、詳細な地図が広げられたテーブル。それを囲む四人の顔には、深い疲労と、それ以上に重い緊張の色が浮かんでいる。

「…ダメだ」

最初に沈黙を破ったのは、表層的な調査を終えて戻ったばかりのガイだった。琥珀色の瞳に焦りが隠せない。

「仲間を使って衛兵や役人に探りを入れたが…。誰も何も知らない。この街の異常な繁栄を誰もが当然のこととして受け入れている。それを疑う者を排除しようとする空気さえある」

「ええ…」

ルリエルも青ざめた顔で頷く。

「私も街のマナの流れを探ってみましたけれど…。あまりにも巨大で、そして複雑すぎる…。まるで巨大な迷宮のよう。とても中心など、特定できませんわ…」

ゴードンは何も言わない。だが、固く組まれた腕が、この膠着した状況へのもどかしさを雄弁に物語っていた。

表立った調査では何も掴めない。敵は正体を、この街の狂乱じみた活気の中に巧みに隠している。残された時間は刻一刻と失われる。ミレット村の人々を蝕む死の砂時計は、止まることなく流れ続けているのだ。

その重く、焦燥感に満ちた空気を断ち切ったのは、黙って報告を聞いていたケンジだった。

「…分かりました」

彼は静かに頷くと、地図の中心部を指先で叩いた。

「これより、フェーズ4、『根本原因特定』の第二段階へと移行します」

そのあまりに冷静な声に、仲間たちの視線が一斉に彼へと集中する。

「表層的な調査が不可能であることは、これで証明されました。ならば、次に取るべき手段は一つしかありません」

ケンジはそう言い、部屋の隅にいる一人の少女に視線を向けた。壁にもたれかかったまま、静かに短剣の手入れをしていたシーナへと。

「シーナさん」

その呼びかけに、シーナはゆっくりと顔を上げた。翡翠の瞳には、状況をすべて見透かしたような、プロとしての冷徹な光が宿っていた。

「…やっと、あたしの出番ってわけかい、ボス」

ケンジは頷いた。その表情は、もはやただのリーダーではない。チームで唯一、この困難なタスクを遂行できるスペシャリストに、最重要ミッションを託す指揮官の顔だった。

「はい。この街の裏の情報を探ってください。この偽りの繁栄の裏で、何が動いているのか。誰がこの異常なシステムを作り、利益を得ているのか。そのすべてを白日の下に晒してください」

あまりにも危険で、無茶な依頼。だがケンジの声には微塵の迷いもない。彼はシーナの能力を完全に信頼していた。

「…いいだろう」

シーナは短剣を鞘に収め、音もなく立ち上がる。そして、ケンジの目の前に進み、小さな手のひらを差し出した。

「ただし、プロの仕事には、それなりの対価が必要になるぜ?

この街の裏社会は王都とは訳が違う。口を割らせるには、それなりの『潤滑油』がいるんだ」

そのいつも通りの金銭要求。だが、そこに以前のような個人的な焦りの色はない。それは、ただプロジェクトを成功させるための必要経費を要求する、プロの交渉だった。

ケンジは微笑み、用意していたずっしりと重い革袋を彼女の手に置いた。

「予算は、あなたの裁量に一任します。必要なものはすべて使ってください。あなたの判断が最優先です」

その絶対的な信頼の言葉に、シーナは満足げに口の端を吊り上げた。

「シーナ、本当に、一人で大丈夫ですの…?」

ルリエルが心配そうに声をかける。

「…何かあれば、すぐに合図を」

ゴードンが低い声で付け加える。

仲間たちの心からの気遣いに、シーナはふ、と笑うと、背を向けた。

「…心配、すんな。ここは、あたしの庭みたいなもんだ」

それだけを言うと、まるで影が揺らめくように音もなく扉を開け、狂乱の喧騒の中へと身を投じた。後に残されたのは、彼女が残していったかすかな自信の匂いと、仲間たちの無事を祈る重い沈
黙だけだった。

シーナが宿屋の重い扉を静かに閉めた瞬間、彼女の纏う空気は完全に変わった。仲間たちの前で見せていた不器用な優しさや、か弱い素顔。それらすべてが、脱ぎ捨てた上着のようにその場に置き去りにされる。フードを深く被り、顔を影の中へと完全に隠した彼女は、路地裏の闇へと足を踏み出す。その瞬間、彼女はもはや「ケンジのパーティのシーナ」ではなかった。裏社会の冷たい掟の中だけで生きる、一匹の孤高の影。プロの盗賊としての顔に戻っていた。

フラックスの夜は狂乱じみた活気に満ちている。だが、表通りから一本入った路地裏は、まるで世界の法則が違うかのように深く、冷たい闇に沈んでいた。壁には得体の知れない染みが浮かび上がり、地面には汚水が淀んでいる。時折聞こえてくるのは、酔っ払いのうめき声か、あるいは絶望に打ちひしがれた誰かのすすり泣きか。この街の光が強ければ強いほど、その下の影もまた深く、濃くなる。シーナは、その影の中をまるで水の中を泳ぐ魚のように、音もなく、滑るように進んでいった。
彼女が向かったのは、街の最も猥雑な地区にある一軒の酒場だった。『金色の鼠』。そのふざけた名前とは裏腹に、この店はフラックスの裏社会に生きる者たちの情報交換の拠点として知られている。軋む扉を開け、中へ入る。店内は安酒と汗、そして諦めの匂いで満ちていた。薄暗いランプの下で、様々な人種のがらず者たちが虚ろな目で酒を呷っている。

シーナは、その喧騒には目もくれず、カウンターの一番奥へと向かう。そこに、小柄な老人が背を丸めて座っていた。

「…一杯、くれるかい」

老人の隣に腰掛けると、バーテンダーに声をかける。老人は一瞥も寄こさない。だが、その耳がわずかにシーナの方へと向けられているのを、彼女は見逃さなかった。

「…景気は、どうだい、フクロウ」

シーナは運ばれてきたエールを一口飲むと、誰に言うでもなく呟いた。

その名前に、老人の肩がわずかに震える。彼はフラックスの裏社会で最も腕の立つ情報屋だった。

「…何の用だ」

フクロウは顔を向けないまま低い声で答えた。

「お前さんのような上玉が、こんなドブ鼠の巣に来るとはな。よほどのヤマでもあるのかい?」

「まあね」

シーナは笑い、革袋から金貨を数枚取り出し、カウンターの上に滑らせる。チャリン、と乾いた音が響いた。フクロウの目が初めて金貨へと向けられる。

「この街のこと、少し教えてもらおうかと思ってね」

シーナは続けた。

「ここ一年で、随分と羽振りが良くなったじゃないか。一体何があったんだい?どこかのお貴族様が、金鉱でも掘り当てたのかい?」

その無邪気な問いに、フクロウは鼻で笑うと金貨を懐へとしまい込んだ。

「…金鉱ねえ。まあ、あながち間違いでもないかもしれんがな」

彼はようやく、鋭い目をシーナへと向けた。

「お前さん、知らないのかい?この街の今の王様を」

「王様?」

「ああ。ここ半年で、この街の裏も表もすべてを牛耳るようになった化け物がいるんだよ」

フクロウは声を潜めた。その瞳には畏怖と、わずかな嫉妬の色が浮かんでいる。

「―――『アルタイル商会』。聞いたことあるかい?」

アルタイル商会。

その名に、シーナは眉をひそめた。聞いたことがない。それもそのはずだ。

フクロウは続ける。

「無理もねえ。そいつらが現れたのは、本当にごく最近のことだ。それまではどこにでもいる、しがない行商人の集まりだった。だが、ある日を境に、そいつらは化けた。まるで悪魔にでも魂を売ったかのように、な」

フクロウの話によれば、アルタイル商会はこの半年間で、驚異的な勢いで勢力を拡大させていた。扱う商品はどれも最高級品ばかり。そして、その価格はありえないほど安い。他の商会は太刀打ちできず、次々と潰れていった。今やこの街の経済は、完全にアルタイル商会という一つの組織に独占されているのだ、と。

「…面白い話だね」

シーナはエールを飲み干した。

「だが、あたしが知りたいのは、そんな表の話じゃねえ。その商会がどうやってそんな馬鹿げた商売を成り立たせているのか。その『タネ』の話だよ」

その核心を突いた問いに、フクロウの顔から笑みが消える。

「…その先は有料だぜ、嬢ちゃん。それも、かなり高い」

シーナは黙ってさらに数枚の金貨をカウンターに置いた。フクロウは金貨を一瞥すると、首を横に振る。

「…足りねえな。その情報は、俺の命がかかってる」

その言葉に、シーナはふ、と笑い、懐からもう一つの小さな革袋を取り出す。そして、その中身をフクロウの目の前にぶちまけた。転がり出たのは金貨ではない。数粒の、黒く不気味な輝きを放つ薬草の種だった。

「…ッ!?」

フクロウの目が驚愕に見開かれる。

「そ、それは…、『忘却の種』…!?なぜ、お前が、それを…!」

「あんたが先月、とある貴族の屋敷から盗み出した代物だろう?」

シーナは冷たく言い放った。

「これが衛兵の手に渡ったらどうなるか。あんたなら分かるよな?」

フクロウの顔から血の気が引いていく。彼は観念したように、深く、深くため息をついた。

「…分かった。話す。だからそいつはしまってくれ…」

フクロウは周囲を警戒するように見回すと、シーナの耳元に口を寄せ、囁いた。それは、この街の繁栄の根幹を揺るがす、あまりにも禁断の噂だった。

「…アルタイル商会は持っているらしい。街の誰もが噂している。このありえない繁栄をもたらした『奇跡の遺物』を、な…」

奇跡の遺物。

胡散臭い響き。だが、フクロウの声は真剣だった。

「誰もその正体を見た者はいない。だが噂では、その遺物はアルタイル商会の本拠地の地下深くに隠されていて…。その力によって、この街は無限の富を生み出し続けているのだ、と…」

シーナはその情報を頭の中で反芻する。アルタイル商会。奇跡の遺物。点と点が繋がり、一つの禍々しい輪郭を結び始めていた。彼女は、ついにこの街の歪みの中心にたどり着いたのだ。
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