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第3章:偽りの繁栄と経済戦争
第93話:裸の王様と黒い渦
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街が死んでいく。ケンジたちがその地獄絵図の中心部へ向かうわずかな時間の中でも、フラックスの狂乱じみた活気は急速にその熱を失い、冷たい死の気配へと変わっていった。天を突くアルタイル商会の本部ビル。その頂点から溢れ出す黒い渦は、まるで空に開いた巨大な傷口のように不気味な脈動を繰り返している。そしてその傷口から流れ出す虚無のオーラが、街全体を静かに、しかし確実に蝕んでいく。
市民たちの悲鳴がこだまする。だがそれも長くは続かない。黒い渦の影響下に入った人々は、悲鳴を上げる気力さえも奪われ、次々とその場に崩れ落ちていく。その瞳から光が消え、ただミレット村で見たあのうつろな抜け殻へと変わり果てていく。
その阿鼻叫喚の地獄の中を、たった一つの秩序が逆流していった。ケンジのパーティだった。
「ゴードンさん、ガイさん! 前衛を! 瓦礫の落下に注意してください!」
ケンジの鋭い声が飛ぶ。ゴードンとガイは巨大な盾を頭上に掲げ、降り注ぐ建物の破片から仲間たちを守りながら強引に道を切り開いていく。ルリエルがその後ろで防御障壁を展開し、黒い渦から放たれる生命力を吸い取る冷たい波動を必死に防いでいた。シーナがそのさらに前を影となって駆け抜け、最も安全で最短のルートを仲間たちへと示していく。
彼らはもはやパニックに陥る市民たちには目もくれなかった。非情なのではない。彼らは理解していた。この大元の蛇口を締めない限り、この街に溢れ出す絶望の濁流は決して止まらないのだと。
やがて一行は、すべての元凶であるアルタイル商会の本部ビルの麓へとたどり着いた。ビルはもはや原型を留めていない。内側から黒い何かに食い荒らされるように、その美しい白亜の壁は至る所が崩落していた。
「レプスは、どこだ!」
ガイが怒りに満ちた声で叫ぶ。「この事態を引き起こした元凶を討ち取らねば!」
「無意味です、ガイさん!」
ケンジがその言葉を一喝のもとに遮った。彼の瞳はもはやレプスという個人など見てはいなかった。「レプスはもはや重要ではありません! 彼はただ自らが起動させたプログラムの暴走に飲み込まれただけの最初の犠牲者に過ぎない! 我々の本当の敵は彼ではない!」
ケンジはビルの地下へ続く入り口を指し示した。そこからはもはや生命力を吸い上げるなどというレベルではない。世界そのものを無に帰そうとするかのような、圧倒的な負のエネルギーが噴き出していた。
「―――暴走するアーティファクト、そのものです!」
仲間たちは頷くと一斉にその闇の中へと突入した。地下へ続く螺旋階段を駆け下りる。階下へ行けば行くほどその不吉な波動は強くなっていく。そして彼らはついにたどり着いた。すべての元凶が眠る最深部の祭壇へ。
そこに広がっていたのはもはやこの世の光景ではなかった。部屋の中央に存在するはずのアーティファクトは形を失い、ただ純粋な闇の球体――小型のブラックホールとなって空間を歪ませながら回転している。そこからはあらゆる音を飲み込むかのような不気味な静寂と、魂を凍てつかせる絶対零度の冷気だけが放たれていた。そしてその闇の球体に半身を飲み込まれ、もはや人としての原型を留めていないレプスの亡骸が、まるでオブジェのように張り付いていた。
その圧倒的な虚無の力を前にして、仲間たちは一瞬だけ動きを止めた。だがケンジだけは違った。彼はその絶望的な光景を前にして、最後の、そして最大の賭けに出た。
(―――見つけ出す…!)
ケンジはその精神のすべてを研ぎ澄ませる。(この暴走するシステムのどこかに必ずあるはずだ…!)
(僅かな矛盾。プログラムの綻び。すべての始まりとなった、たった一行のエラーコード…!)
彼はスキル【プロジェクト管理】を再び最大出力で発動させた。彼の視界が情報の奔流に飲み込まれる。闇の球体から放たれる無数のエラーログが彼の思考を焼き切ろうとする。だが彼は屈しなかった。その情報の嵐の中から、彼はただ一点だけを探し続けていた。この暴走するシステムが持つ唯一の「脆弱性(バグの起点)」を。
そして彼は見つけ出した。
闇の球体のその表面。無数の黒が渦巻く流れの中に、たった一点だけ。まるで血の一滴のように点滅する微かな深紅の光を。そこだけがシステムの流れに逆らうように不規則なパルスを放っていた。これだ。ここがすべての始まり。そしてすべての終わりの場所。
ケンジの瞳がカッと見開かれた。彼の震える指先がその一点を正確に指し示す。彼の口から仲間たちへ最後の指示が放たれた。それはもはやただの声ではなかった。それは世界の終わりを覆す唯一の希望の光だった。
「―――そこだッ!!!!」
ケンジの魂を振り絞るかのような絶叫。それがこの絶望的な戦場における、唯一にして最後の攻撃命令だった。彼の震える指先が指し示したその先。虚無の闇が渦巻く暴走したアーティファクトの表面に点滅する、たった一点の深紅の脆弱性。
そのあまりにもか細い希望の光を、仲間たちが見逃すはずもなかった。彼らの心はもはや完全に一つ。ケンジという絶対的な指揮官の言葉だけを信じていた。
「今ですッ!」
ケンジの最後の号令が響き渡る。それと時を同じくして、二つの巨大な力が動いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
最初に動いたのはゴードンだった。彼の巨大な身体が大地を爆ぜさせるほどの勢いで前方へ突進する。その全身から放たれるのはもはやただの闘気ではない。仲間と世界を守り抜くという揺るぎない覚悟そのものが、純粋な力となってその身体に宿っていた。彼の狙いはアーティファクトそのものではない。その周囲に渦巻く、触れるものすべてを無に帰す不可視の防御障壁だ。
ゴードンの戦斧が閃光となって振り下ろされる。彼の戦士としての生涯のすべてを込めた渾身の一撃。
バリィィィィィィィィィンッ!!!!
空間そのものが砕け散るかのような甲高い悲鳴。黒い渦の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ほんのコンマ数秒だけその守りをこじ開けた。
ゴードンが命がけで作り出した一瞬の隙。
それをルリエルが見逃すはずもなかった。
彼女はすでにその詠唱を完了させていた。その翡翠の瞳に宿っているのはもはや敵を滅ぼさんとする破壊の意志ではない。狂ってしまった世界の理をあるべき姿へと修正しようとする、治癒師としての慈愛の光だ。
彼女の杖の先端に収束していたのは炎でも氷でも雷でもない。ただ純粋な、そしてどこまでも清らかな「秩序」そのものとも言うべき蒼い魔力の奔流だった。
「―――その歪みを正しなさいッ!」
ルリエルの凛とした声と共に放たれた一筋の光の槍。それはゴードンがこじ開けた亀裂の中を寸分の狂いもなく突き進み、ケンジが指し示したあの深紅の脆弱性へと吸い込まれるように着弾した。
それは攻撃ではなかった。
それは暴走するシステムエラーの流れを強制的に逆流させ、正常な状態へと導くための、精密で美しい魔法のカウンタープログラムだった。
ケンジの指示は、システムの暴走を「止める」ための、完璧な修正パッチだったのだ。
その瞬間、世界から音が消えた。
祭壇の中心で断末魔の悲鳴を上げていたアーティファクトの甲高い絶叫が、ぴたりと止まる。空間を歪ませ、すべてを飲み込もうとしていた黒い渦が、その回転をゆっくりと止めていく。そしてその絶対的な闇の色が、まるで夜が明けていくかのように薄らいでいった。
黒い渦は霧散していく。その下に隠されていたフラックスの街並みが再び姿を現し始めた。渦に飲み込まれ抜け殻となっていた市民たちの身体に、わずかに血の気が戻っていく。
そしてすべての元凶であったアーティファクト。その黒曜石のような結晶体から禍々しい光が完全に消え失せた。それはもはや世界の理を狂わせる禁断の遺物ではない。ただの静かな石塊へと戻っていた。
戦いは終わった。
後に残されたのは完全な静寂と、その中心で満身創痍のまま立ち尽くす五人の仲間たちの姿だけだった。
彼らは悪を討ち滅ぼしたのではない。ただ一つの巨大なバグを修正しただけだった。
市民たちの悲鳴がこだまする。だがそれも長くは続かない。黒い渦の影響下に入った人々は、悲鳴を上げる気力さえも奪われ、次々とその場に崩れ落ちていく。その瞳から光が消え、ただミレット村で見たあのうつろな抜け殻へと変わり果てていく。
その阿鼻叫喚の地獄の中を、たった一つの秩序が逆流していった。ケンジのパーティだった。
「ゴードンさん、ガイさん! 前衛を! 瓦礫の落下に注意してください!」
ケンジの鋭い声が飛ぶ。ゴードンとガイは巨大な盾を頭上に掲げ、降り注ぐ建物の破片から仲間たちを守りながら強引に道を切り開いていく。ルリエルがその後ろで防御障壁を展開し、黒い渦から放たれる生命力を吸い取る冷たい波動を必死に防いでいた。シーナがそのさらに前を影となって駆け抜け、最も安全で最短のルートを仲間たちへと示していく。
彼らはもはやパニックに陥る市民たちには目もくれなかった。非情なのではない。彼らは理解していた。この大元の蛇口を締めない限り、この街に溢れ出す絶望の濁流は決して止まらないのだと。
やがて一行は、すべての元凶であるアルタイル商会の本部ビルの麓へとたどり着いた。ビルはもはや原型を留めていない。内側から黒い何かに食い荒らされるように、その美しい白亜の壁は至る所が崩落していた。
「レプスは、どこだ!」
ガイが怒りに満ちた声で叫ぶ。「この事態を引き起こした元凶を討ち取らねば!」
「無意味です、ガイさん!」
ケンジがその言葉を一喝のもとに遮った。彼の瞳はもはやレプスという個人など見てはいなかった。「レプスはもはや重要ではありません! 彼はただ自らが起動させたプログラムの暴走に飲み込まれただけの最初の犠牲者に過ぎない! 我々の本当の敵は彼ではない!」
ケンジはビルの地下へ続く入り口を指し示した。そこからはもはや生命力を吸い上げるなどというレベルではない。世界そのものを無に帰そうとするかのような、圧倒的な負のエネルギーが噴き出していた。
「―――暴走するアーティファクト、そのものです!」
仲間たちは頷くと一斉にその闇の中へと突入した。地下へ続く螺旋階段を駆け下りる。階下へ行けば行くほどその不吉な波動は強くなっていく。そして彼らはついにたどり着いた。すべての元凶が眠る最深部の祭壇へ。
そこに広がっていたのはもはやこの世の光景ではなかった。部屋の中央に存在するはずのアーティファクトは形を失い、ただ純粋な闇の球体――小型のブラックホールとなって空間を歪ませながら回転している。そこからはあらゆる音を飲み込むかのような不気味な静寂と、魂を凍てつかせる絶対零度の冷気だけが放たれていた。そしてその闇の球体に半身を飲み込まれ、もはや人としての原型を留めていないレプスの亡骸が、まるでオブジェのように張り付いていた。
その圧倒的な虚無の力を前にして、仲間たちは一瞬だけ動きを止めた。だがケンジだけは違った。彼はその絶望的な光景を前にして、最後の、そして最大の賭けに出た。
(―――見つけ出す…!)
ケンジはその精神のすべてを研ぎ澄ませる。(この暴走するシステムのどこかに必ずあるはずだ…!)
(僅かな矛盾。プログラムの綻び。すべての始まりとなった、たった一行のエラーコード…!)
彼はスキル【プロジェクト管理】を再び最大出力で発動させた。彼の視界が情報の奔流に飲み込まれる。闇の球体から放たれる無数のエラーログが彼の思考を焼き切ろうとする。だが彼は屈しなかった。その情報の嵐の中から、彼はただ一点だけを探し続けていた。この暴走するシステムが持つ唯一の「脆弱性(バグの起点)」を。
そして彼は見つけ出した。
闇の球体のその表面。無数の黒が渦巻く流れの中に、たった一点だけ。まるで血の一滴のように点滅する微かな深紅の光を。そこだけがシステムの流れに逆らうように不規則なパルスを放っていた。これだ。ここがすべての始まり。そしてすべての終わりの場所。
ケンジの瞳がカッと見開かれた。彼の震える指先がその一点を正確に指し示す。彼の口から仲間たちへ最後の指示が放たれた。それはもはやただの声ではなかった。それは世界の終わりを覆す唯一の希望の光だった。
「―――そこだッ!!!!」
ケンジの魂を振り絞るかのような絶叫。それがこの絶望的な戦場における、唯一にして最後の攻撃命令だった。彼の震える指先が指し示したその先。虚無の闇が渦巻く暴走したアーティファクトの表面に点滅する、たった一点の深紅の脆弱性。
そのあまりにもか細い希望の光を、仲間たちが見逃すはずもなかった。彼らの心はもはや完全に一つ。ケンジという絶対的な指揮官の言葉だけを信じていた。
「今ですッ!」
ケンジの最後の号令が響き渡る。それと時を同じくして、二つの巨大な力が動いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
最初に動いたのはゴードンだった。彼の巨大な身体が大地を爆ぜさせるほどの勢いで前方へ突進する。その全身から放たれるのはもはやただの闘気ではない。仲間と世界を守り抜くという揺るぎない覚悟そのものが、純粋な力となってその身体に宿っていた。彼の狙いはアーティファクトそのものではない。その周囲に渦巻く、触れるものすべてを無に帰す不可視の防御障壁だ。
ゴードンの戦斧が閃光となって振り下ろされる。彼の戦士としての生涯のすべてを込めた渾身の一撃。
バリィィィィィィィィィンッ!!!!
空間そのものが砕け散るかのような甲高い悲鳴。黒い渦の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ほんのコンマ数秒だけその守りをこじ開けた。
ゴードンが命がけで作り出した一瞬の隙。
それをルリエルが見逃すはずもなかった。
彼女はすでにその詠唱を完了させていた。その翡翠の瞳に宿っているのはもはや敵を滅ぼさんとする破壊の意志ではない。狂ってしまった世界の理をあるべき姿へと修正しようとする、治癒師としての慈愛の光だ。
彼女の杖の先端に収束していたのは炎でも氷でも雷でもない。ただ純粋な、そしてどこまでも清らかな「秩序」そのものとも言うべき蒼い魔力の奔流だった。
「―――その歪みを正しなさいッ!」
ルリエルの凛とした声と共に放たれた一筋の光の槍。それはゴードンがこじ開けた亀裂の中を寸分の狂いもなく突き進み、ケンジが指し示したあの深紅の脆弱性へと吸い込まれるように着弾した。
それは攻撃ではなかった。
それは暴走するシステムエラーの流れを強制的に逆流させ、正常な状態へと導くための、精密で美しい魔法のカウンタープログラムだった。
ケンジの指示は、システムの暴走を「止める」ための、完璧な修正パッチだったのだ。
その瞬間、世界から音が消えた。
祭壇の中心で断末魔の悲鳴を上げていたアーティファクトの甲高い絶叫が、ぴたりと止まる。空間を歪ませ、すべてを飲み込もうとしていた黒い渦が、その回転をゆっくりと止めていく。そしてその絶対的な闇の色が、まるで夜が明けていくかのように薄らいでいった。
黒い渦は霧散していく。その下に隠されていたフラックスの街並みが再び姿を現し始めた。渦に飲み込まれ抜け殻となっていた市民たちの身体に、わずかに血の気が戻っていく。
そしてすべての元凶であったアーティファクト。その黒曜石のような結晶体から禍々しい光が完全に消え失せた。それはもはや世界の理を狂わせる禁断の遺物ではない。ただの静かな石塊へと戻っていた。
戦いは終わった。
後に残されたのは完全な静寂と、その中心で満身創痍のまま立ち尽くす五人の仲間たちの姿だけだった。
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