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第4章:過去の呪縛、絆の証明
第99話:世界の傷跡
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王都を出発してから数日が過ぎた。
一行の旅は順調だった。ケンジが描き出したロードマップに忠実に従い、着実に北東の目的地、魔法都市アイドスへとその駒を進める。街道を外れ、獣道を進む道程は決して楽ではなかったが、仲間たちの心は不思議と軽かった。
明確な「手がかり」を掴んだこと。
そして、その困難な目標に共に立ち向かう仲間がいること。
その事実が、彼らの心にこれまでにないほどの力強い推進力を与えていた。
その穏やかだったはずの旅の空気が一変したのは、一行が広大な平原を抜けて再び深い森の中へと足を踏み入れた瞬間だった。
「…お待ちください」
最初に異変に気づいたのは、常に後方で全体の状況を把握していたケンジだった。彼の鋭い制止の声に、仲間たちはいっせいに足を止め、警戒態勢に入る。
「どうした、ボス?」
シーナが低い声で問う。
「…いえ…」
ケンジは険しい表情で、目の前に広がる森の一点を見つめていた。
「…今、一瞬だけ、森の景色が…」
彼の言葉は途中で途切れた。
なぜなら、そのありえない現象が、再び仲間たちの目の前で繰り広げられたからだ。
彼らが見つめるその先。
青々と生い茂っていたはずの森の木々。その一部分、半径数十メートルほどの領域が、何の予兆もなく、ぐにゃりと歪んだのだ。
そして歪んだ空間は、次の瞬間、まるで質の悪い絵画のように、その解像度を失い始めた。木の幹が、葉が、その間を飛び交っていたはずの鳥の姿さえもが、色とりどりの四角いブロック――ピクセルのようなものへと分解され、ノイズとなって明滅する。
それはまるで、この世界という名の映像が乱れたかのような、不気味で非現実的な光景だった。
「…な…、なんですの、あれは…!?」
ルリエルが信じられないといった表情で叫ぶ。
「…幻術…?いいえ、違うわ!マナの流れが完全に消失している…!まるで、あの空間だけが世界から切り取られてしまったみたいに…!」
その異常な現象は、ほんの数秒間だけ続いた。
そして、ピクセル化した空間は再び元の森の風景へと戻っていく。まるで何もなかったかのように。
だが。
仲間たちは確かに見ていた。
その森の一部が元に戻った時、そこにあったはずの数本の木々と、飛び交っていたはずの鳥たちの姿が、完全に消え失せているのを。
倒れたのではない。
燃えたのでもない。
ただ、最初からそこに何も存在していなかったかのように、綺麗さっぱりと「消えて」いたのだ。
そのあまりにも恐ろしい光景に、一行はただ言葉を失って立ち尽くす。
凍り付いた空気を破ったのは、シーナのひどくかすれた声だった。彼女の顔からは血の気が引いていた。
「…『削除領域(デリーテッド・ゾーン)』…」
その聞き慣れない単語に、仲間たちの視線がいっせいに彼女へと集まる。
「…間違いない」
シーナは震える声で続けた。
「あたしがまだガキだった頃、裏社会の連中から聞いたことがある。世界の果てには、時々、世界が壊れて、何もかもが消えちまう、呪われた土地があるんだ、と…」
彼女はゴクリと喉を鳴らした。
「そこでは、大地も、魔物も、そして人間さえもが、何の、前触れもなく、ただ、消える。殺されるんじゃない。最初から存在しなかったことにされるんだ。裏社会の連中は、そいつをそう呼んでた。すべてが、『削除』される領域、だと…」
その荒唐無稽な、しかし目の前の現象と完全に一致する説明に、仲間たちの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
これが世界の崩壊。
これが、彼らがこれから対峙しなければならない、世界の「傷跡」。
ゴードンとガイは無言で仲間たちの前に立ちはだかり、その巨大な盾を構えた。
だが、彼らも分かっていた。
この見えざる消滅の力の前には、自分たちの鋼鉄の守りなど何の意味もなさない、ということを。
彼らは今、自分たちの常識が一切通用しない、根源的な恐怖と対峙していたのだ。
『削除領域(デリーテッド・ゾーン)』。
シーナの荒唐無稽で、しかし目の前の現実と完全に一致する説明が、一行の心に根源的な恐怖を植え付けた。
彼らが今対峙しているのは、もはや剣や魔法で対処できるような魔物ではない。
それは、世界の理そのものが崩壊していく、その始まりの光景。抗いようのない終末の兆候だった。
仲間たちが、その巨大な恐怖を前にして言葉を失っている中で、ケンジだけは違った。
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考は、この未知なる現象を、ただ一つの「情報」として冷静に分析していた。
(…削除、領域…)
彼の脳内で、あの神の仕様書【創世の仕様書】のページが高速でめくられていく。
そして、彼の思考は、一つの項目でぴたりと止まった。
【第三章:エラー管理プロトコル】
そこに記されていた、あの禍々しい一文。
『―――定義:【魔王プロセス】とは、…システム上に発生した、穢れ(バグ)を、定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である』
『―――プロセス詳細:…対象領域における、過剰な、生命(データ)を、物理的に削除(デリート)することで…』
削除(デリート)。
削除領域(デリーテッド・ゾーン)。
その二つの言葉が、ケンジの頭の中で結びついた瞬間、彼の背筋を氷のように冷たい戦慄が駆け抜けた。
(…まさか…)
彼は、悟ってしまったのだ。
この世界の恐ろしい真実を。
目の前で起きているこのピクセル化現象。
それは、ただの世界の不安定化などではない。
これは「魔王プロセス」そのものが、すでに発動しているということの証明なのだ。
仕様書に記された通り。
暴走した世界の自動メンテナンス機能が、今まさにこの世界の「穢れ(バグ)」を、一つ、また一つと、「削除」し始めているのだ。
それは、もはや「予兆」などという生易しいものではなかった。
それはすでに始まってしまっている、世界の自動削除。
緩やかな世界の死、そのものだった。
ケンジはゆっくりと顔を上げた。
その表情は血の気を失い、真っ白だった。
彼は、恐怖に震える仲間たちへと向き直る。
そして、自らがたどり着いてしまった絶望的な結論を告げた。
「…皆さん。聞いてください」
その静かで、そして重い声に、仲間たちがハッとしたように彼へと視線を向ける。
「シーナさんの言う通りです。これは『削除領域』。ですが、それはただの呪われた土地などではない」
ケンジの瞳が仲間たちの一人一人を射抜く。
「これは、暴走した魔王プロセスによる、『世界の自動削除』の始まりです。あの、仕様書に書かれていた通りの…」
その言葉の意味を、仲間たちはいっしゅんだけ理解できなかった。
だが、やがて言葉が示す恐ろしい未来の光景に気づき、絶望に顔を歪ませていく。
ケンジは続けた。
その声は、もはやただのリーダーではない。
世界の終わりまでのタイムリミットを宣告する預言者の響きを持っていた。
「我々の旅は、もはやただ世界の謎を解き明かすためのものではありません。これは、世界の崩壊そのものとの時間との戦いです。この『削除領域』が世界全体を覆い尽くす前に、我々は、その大本の原因であるシステムの暴走を止めなければならない」
その言葉は。
彼らがこれまで漠然と抱いていた危機感を、揺るぎない現実としてその胸に刻み込んだ。
彼らは今、改めて認識したのだ。
自分たちが背負っている、使命の巨大で絶望的な重さを。
一行の間に言葉はない。
だが、その心は、確かに一つになっていた。
絶望している暇などない。
ただ進むしかないのだ。
世界の終わりよりも早く。
ケンジは北東の空を見据えた。
その先には、彼らの目的地、魔法都市アイドスがあるはずだ。
彼の横顔には、これまでにないほどの焦燥と、悲壮なまでの決意が刻まれていた。
彼らの本当のデスマーチが、今、始まった。
一行の旅は順調だった。ケンジが描き出したロードマップに忠実に従い、着実に北東の目的地、魔法都市アイドスへとその駒を進める。街道を外れ、獣道を進む道程は決して楽ではなかったが、仲間たちの心は不思議と軽かった。
明確な「手がかり」を掴んだこと。
そして、その困難な目標に共に立ち向かう仲間がいること。
その事実が、彼らの心にこれまでにないほどの力強い推進力を与えていた。
その穏やかだったはずの旅の空気が一変したのは、一行が広大な平原を抜けて再び深い森の中へと足を踏み入れた瞬間だった。
「…お待ちください」
最初に異変に気づいたのは、常に後方で全体の状況を把握していたケンジだった。彼の鋭い制止の声に、仲間たちはいっせいに足を止め、警戒態勢に入る。
「どうした、ボス?」
シーナが低い声で問う。
「…いえ…」
ケンジは険しい表情で、目の前に広がる森の一点を見つめていた。
「…今、一瞬だけ、森の景色が…」
彼の言葉は途中で途切れた。
なぜなら、そのありえない現象が、再び仲間たちの目の前で繰り広げられたからだ。
彼らが見つめるその先。
青々と生い茂っていたはずの森の木々。その一部分、半径数十メートルほどの領域が、何の予兆もなく、ぐにゃりと歪んだのだ。
そして歪んだ空間は、次の瞬間、まるで質の悪い絵画のように、その解像度を失い始めた。木の幹が、葉が、その間を飛び交っていたはずの鳥の姿さえもが、色とりどりの四角いブロック――ピクセルのようなものへと分解され、ノイズとなって明滅する。
それはまるで、この世界という名の映像が乱れたかのような、不気味で非現実的な光景だった。
「…な…、なんですの、あれは…!?」
ルリエルが信じられないといった表情で叫ぶ。
「…幻術…?いいえ、違うわ!マナの流れが完全に消失している…!まるで、あの空間だけが世界から切り取られてしまったみたいに…!」
その異常な現象は、ほんの数秒間だけ続いた。
そして、ピクセル化した空間は再び元の森の風景へと戻っていく。まるで何もなかったかのように。
だが。
仲間たちは確かに見ていた。
その森の一部が元に戻った時、そこにあったはずの数本の木々と、飛び交っていたはずの鳥たちの姿が、完全に消え失せているのを。
倒れたのではない。
燃えたのでもない。
ただ、最初からそこに何も存在していなかったかのように、綺麗さっぱりと「消えて」いたのだ。
そのあまりにも恐ろしい光景に、一行はただ言葉を失って立ち尽くす。
凍り付いた空気を破ったのは、シーナのひどくかすれた声だった。彼女の顔からは血の気が引いていた。
「…『削除領域(デリーテッド・ゾーン)』…」
その聞き慣れない単語に、仲間たちの視線がいっせいに彼女へと集まる。
「…間違いない」
シーナは震える声で続けた。
「あたしがまだガキだった頃、裏社会の連中から聞いたことがある。世界の果てには、時々、世界が壊れて、何もかもが消えちまう、呪われた土地があるんだ、と…」
彼女はゴクリと喉を鳴らした。
「そこでは、大地も、魔物も、そして人間さえもが、何の、前触れもなく、ただ、消える。殺されるんじゃない。最初から存在しなかったことにされるんだ。裏社会の連中は、そいつをそう呼んでた。すべてが、『削除』される領域、だと…」
その荒唐無稽な、しかし目の前の現象と完全に一致する説明に、仲間たちの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
これが世界の崩壊。
これが、彼らがこれから対峙しなければならない、世界の「傷跡」。
ゴードンとガイは無言で仲間たちの前に立ちはだかり、その巨大な盾を構えた。
だが、彼らも分かっていた。
この見えざる消滅の力の前には、自分たちの鋼鉄の守りなど何の意味もなさない、ということを。
彼らは今、自分たちの常識が一切通用しない、根源的な恐怖と対峙していたのだ。
『削除領域(デリーテッド・ゾーン)』。
シーナの荒唐無稽で、しかし目の前の現実と完全に一致する説明が、一行の心に根源的な恐怖を植え付けた。
彼らが今対峙しているのは、もはや剣や魔法で対処できるような魔物ではない。
それは、世界の理そのものが崩壊していく、その始まりの光景。抗いようのない終末の兆候だった。
仲間たちが、その巨大な恐怖を前にして言葉を失っている中で、ケンジだけは違った。
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考は、この未知なる現象を、ただ一つの「情報」として冷静に分析していた。
(…削除、領域…)
彼の脳内で、あの神の仕様書【創世の仕様書】のページが高速でめくられていく。
そして、彼の思考は、一つの項目でぴたりと止まった。
【第三章:エラー管理プロトコル】
そこに記されていた、あの禍々しい一文。
『―――定義:【魔王プロセス】とは、…システム上に発生した、穢れ(バグ)を、定期的にクリーンアップする、自動メンテナンス機能である』
『―――プロセス詳細:…対象領域における、過剰な、生命(データ)を、物理的に削除(デリート)することで…』
削除(デリート)。
削除領域(デリーテッド・ゾーン)。
その二つの言葉が、ケンジの頭の中で結びついた瞬間、彼の背筋を氷のように冷たい戦慄が駆け抜けた。
(…まさか…)
彼は、悟ってしまったのだ。
この世界の恐ろしい真実を。
目の前で起きているこのピクセル化現象。
それは、ただの世界の不安定化などではない。
これは「魔王プロセス」そのものが、すでに発動しているということの証明なのだ。
仕様書に記された通り。
暴走した世界の自動メンテナンス機能が、今まさにこの世界の「穢れ(バグ)」を、一つ、また一つと、「削除」し始めているのだ。
それは、もはや「予兆」などという生易しいものではなかった。
それはすでに始まってしまっている、世界の自動削除。
緩やかな世界の死、そのものだった。
ケンジはゆっくりと顔を上げた。
その表情は血の気を失い、真っ白だった。
彼は、恐怖に震える仲間たちへと向き直る。
そして、自らがたどり着いてしまった絶望的な結論を告げた。
「…皆さん。聞いてください」
その静かで、そして重い声に、仲間たちがハッとしたように彼へと視線を向ける。
「シーナさんの言う通りです。これは『削除領域』。ですが、それはただの呪われた土地などではない」
ケンジの瞳が仲間たちの一人一人を射抜く。
「これは、暴走した魔王プロセスによる、『世界の自動削除』の始まりです。あの、仕様書に書かれていた通りの…」
その言葉の意味を、仲間たちはいっしゅんだけ理解できなかった。
だが、やがて言葉が示す恐ろしい未来の光景に気づき、絶望に顔を歪ませていく。
ケンジは続けた。
その声は、もはやただのリーダーではない。
世界の終わりまでのタイムリミットを宣告する預言者の響きを持っていた。
「我々の旅は、もはやただ世界の謎を解き明かすためのものではありません。これは、世界の崩壊そのものとの時間との戦いです。この『削除領域』が世界全体を覆い尽くす前に、我々は、その大本の原因であるシステムの暴走を止めなければならない」
その言葉は。
彼らがこれまで漠然と抱いていた危機感を、揺るぎない現実としてその胸に刻み込んだ。
彼らは今、改めて認識したのだ。
自分たちが背負っている、使命の巨大で絶望的な重さを。
一行の間に言葉はない。
だが、その心は、確かに一つになっていた。
絶望している暇などない。
ただ進むしかないのだ。
世界の終わりよりも早く。
ケンジは北東の空を見据えた。
その先には、彼らの目的地、魔法都市アイドスがあるはずだ。
彼の横顔には、これまでにないほどの焦燥と、悲壮なまでの決意が刻まれていた。
彼らの本当のデスマーチが、今、始まった。
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