ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

YY

文字の大きさ
103 / 156
第4章:過去の呪縛、絆の証明

第104話:“技術的負債”の告白

しおりを挟む
魔法都市アイドス。
この街の「審判」が、彼らの歩みを止めてから三日が経った。

安宿の一室に、重苦しい沈黙が満ちている。
「…もう三日だ」
ゴードンが苛立たしげにテーブルを叩いた。
「このままでは埒が明かん!
我々には時間がないのだ」
「分かっていますわ」
シーナがフードの奥で小さく呟く。
「でも、ルリエルが…」
彼女の言葉は、ルリエルの部屋の前に置かれた、手つかずの食事の盆で途切れた。

あの日、管理局でシルヴィアにその存在そのものを断罪されて以来、ルリエルは自室に閉じこもってしまった。誰が声をかけても扉を開けることはなく、ただか細い声で「一人にしてください」と繰り返すだけ。部屋からは、あれほど好きだった魔法の訓練の気配も一切感じられなかった。

彼女の心は完全に折れていた。
天才魔術師としての誇りも、アイデンティティも、すべてを粉々に打ち砕かれ、自らの殻に閉じこもってしまったのだ。

「…無理もない」
ガイが重々しくため息をつく。
「彼女にとって、あのシルヴィアという女の言葉は死の宣告にも等しかったのだろう。自らのすべてを否定されたのだからな」

その言葉に誰もが押し黙る。
そうだ。彼らには感傷に浸っている時間など残されていない。だが、このチームの心臓とも言うべきルリエルが完全にその機能を停止してしまった今、彼らはどうすることもできずにいた。

そのあまりにも重く、そして出口の見えない空気。
その中心で、ケンジはただ黙って腕を組み、思考を巡らせていた。彼の視線は、ルリエルの閉ざされた扉と、テーブルの上に広げられたロードマップとを交互に往復している。

ロードマップの上には、赤いインクでこう記されていた。
【マイルストーン1:マナ・レギュレーターの調査】
【担当リソース:ルリエル(魔法解析)、ゴードン(物理防衛)、シーナ(潜入)、ケンジ(指揮)】

その計画の根幹を成すはずの「リソース」が、今、完全に機能不全に陥っている。ケンジの脳内で、彼のスキルが冷徹な分析結果を弾き出す。

【警告:主要リソース(ルリエル)のパフォーマンスが著しく低下】
【要因:外部ステークホルダー(シルヴィア)からの否定的評価によるモチベーションの喪失】
【現状のリスクレベル:カテゴリーA(高)】
【予測:このまま放置した場合、プロジェクトの遅延、および失敗に繋がる可能性、極めて大】

ケンジは静かに目を開けた。
そうだ。これはもはやルリエル個人の感情の問題ではない。これはプロジェクト全体の成否を左右する、極めて重大な「リスク」なのだ。
そして、そのリスクを管理し、排除することこそが、プロジェクトマネージャーである自分の仕事。
彼は静かに立ち上がった。その表情にはもはや迷いはない。そこにあるのは、チームが抱える最も困難な問題に正面から向き合おうとする、リーダーとしての揺るぎない覚悟だけだった。

その決意に満ちた表情に、気づいた仲間たちが訝しげに彼を見つめる。

「…ボス?」

「少し席を外します」
ケンジはそれだけを告げると、仲間たちの制止を振り切り、ルリエルの固く閉ざされた部屋の扉の前へと向かった。
そして、その扉を三度、軽くノックする。その音はどこまでも事務的で、そして一切の感情を排した響きを持っていた。

「…ルリエルさん。ケンジです」

中から返事はない。
だがケンジは構わなかった。
彼は扉の向こう側にいる傷ついた少女に、ではなく。
プロジェクトの遅延を引き起こしている一人の「リソース」に対して語りかけるかのように続けた。

「10分後、下の共有ルームにて1on1ミーティングを実施します。議題は、あなたの担当タスクである『魔法解析』の進捗遅延に関する問題点の共有と、その対策についてです。必ず出席してください。これは業務命令です」

1on1ミーティング。
ヒアリングシート。
業務命令。
そのあまりにも無機質で、そしてこの世界には不釣り合いな言葉の羅列。
部屋の中で息を殺していたルリエルは、その言葉の意味を理解できず、ただ困惑するだけだった。
だが、その声に込められた有無を言わせぬ響きだけは、彼女の心の奥にまで確かに届いていた。

ケンジは仲間たちが待つ共有ルームへと戻る。
そして、彼が行ったのは驚くべき行動だった。

彼はテーブルの上の地図や資料をすべて片付けると、その表面を布で丁寧に拭き清めた。
そして懐から一枚の真新しい羊皮紙と定規、そして削りたての羽ペンを取り出す。
彼はその羊皮紙の上に、まるで設計図でも引くかのように正確な線を引いていった。
仲間たちはただ呆然とその光景を見守っていた。

今、この一刻を争う状況で、一体何をしているのか、と。

やがて、ケンジの手によって完成したのは、一枚の完璧なフォーマットの「書類」だった。
その一番上にはこう記されている。

【タスク遅延に関する個人ヒアリングシート(担当:ルリエル殿)】
そして、その下にはいくつかの項目が並んでいた。
『1.現状の課題認識の共有』
『2.目標値との乖離(かいり)分析』
『3.根本原因(ルートコーズ)の特定』
『4.改善に向けたアクションプランの策定』

そのあまりにも異様で、そしてどこまでも彼らしい「準備」。
それを見つめる仲間たちの脳裏に、一つの共通の想いが浮かんでいた。
(…ボスは、本気だ…)
彼はルリエルを慰めようとしているのではない。
彼はプロジェクトマネージャーとして、この問題を「解決」しようとしているのだ。

やがて。
約束の10分後。
部屋の扉がゆっくりと開かれ、ルリエルがその姿を現した。
彼女の顔は蒼白で、その翡翠の瞳は赤く腫れ上がっている。その姿はひどくか弱く、そして痛々しかった。
彼女は部屋の中のその異様な雰囲気と、そしてテーブルの上に広げられた謎の「書類」に気づき、戸惑ったように足を止めた。

「…これは一体何ですの…?」

ケンジはそんな彼女の戸惑いには構わず、自らの正面の椅子を指し示した。その表情には一切の感情が浮かんでいない。ただ、これから重要な会議に臨むビジネスマンの顔があるだけだった。

「座ってください、ルリエルさん。これよりミーティングを開始します」

そのあまりにも事務的な声に促されるままに、ルリエルはおそるおそるその椅子へと腰掛ける。彼女の心の中には、反発と困惑と、そしてほんのわずかな好奇心が渦巻いていた。

ケンジは手元のヒアリングシートにペンを走らせながら、最初の質問を投げかけた。
それは、彼女の心を気遣う優しい言葉などでは断じてなかった。

「まず、現状の課題認識から始めます。あなたの担当タスクである『魔法解析』は、この三日間、その進捗が完全に停止しています。これにより、プロジェクト全体のスケジュールに致命的な遅延が発生している。この事実に対するあなたの認識は、僕のそれと一致していますか?」

そのあまりにも冷徹で、そして一切の言い訳を許さない問い。
それが、ルリエルがこれから挑むことになる、あまりにも奇妙で、そしてあまりにも真摯な「面談」の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...