ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第4章:過去の呪縛、絆の証明

第109話:失敗しても構いません

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絶望が伝染していく。
ルリエルの砕け散った心から溢れ出したそれは冷たい霧のようにプラットフォームに広がり仲間たちの心を蝕んでいく。ゴードンは鋼鉄の篭手を血が滲むほど握りしめシーナはフードの奥で忌々しげに舌打ちを繰り返す。怒りと無力感がさらにルリエルを追い詰める負のスパイラル。

その混沌の中心でケンジはただ一人静かに立っていた。
彼の脳裏ではプロジェクトマネージャーとしての思考が冷徹な分析を続けていた。
(…ダメだこのままではチームの士気(モラール)が完全に崩壊する)
(ルリエルの精神的負荷は許容量を超えたタスクの継続は不可能)
(プロジェクトは失敗だ撤退し計画をゼロベースで見直すべきか…?)

彼のスキル【プロジェクト管理】が弾き出すいくつもの合理的な選択肢。そのどれもが「ルリエルというリソースを一度切り離し代替案を模索する」という非情な結論を示唆していた。

だが。
彼の耳の奥で魂の奥でシーナのあの言葉が警鐘のように鳴り響く。

『―――正しさだけじゃ人の心は救えねえんだよボス』

そうだ。
俺はまた同じ過ちを犯すところだった。
俺がやろうとしていたことはあの監視室の向こうで冷たい視線を送るシルヴィアのやり方と何が違う?
心を「リスクファクター」として扱いその問題を「タスク」として管理しようとする。あまりにも傲慢で人間味のないそのやり方こそが彼女を追い詰めた元凶ではなかったか。

ケンジのプロジェクトマネージャーとしての完璧な仮面。その下に隠されていた一人の人間としての心が叫んだ。
違う。俺が今すべきことはそんなことじゃない。

ケンジは動いた。
その一歩はこれまでのどの指示よりも重くそして確かな意味を持っていた。

彼は仲間たちの怒りと監視室からの侮蔑の視線をその身に受けながら静かに絶望の淵にいる一人の少女の前へと進み出た。そして彼女の前にゆっくりと膝をつく。その震える小さな肩と自らの目線を合わせるために。

その手には彼が心血を注いで作り上げてきたこのプロジェクトのすべてが記された分厚い羊皮紙の計画書が握られていた。成功確率KPIリスク管理票ガントチャート。彼が信じてきた「正しさ」のすべてがそこに詰まっている。

仲間たちは息をのんだ。彼がその計画書を広げルリエルに最後のそして最も合理的な指示を下すのだと誰もが思った。

だがケンジは、その計画書を広げなかった。

彼は自らの魂そのものとも言うべきその羊皮紙の束をまるで過去の自分との決別を誓うかのように静かに水晶の床の上へと置いた。
パラリと数枚のページが風にめくれる虚しい音が響く。
彼は自らの最強の武器であったはずの「論理」と「計画」を自らの意志で手放した。
この危機を乗り越えるために必要なのはもはや紙の上の正しさではないと彼はようやく魂で理解したのだ。

空になった両手。
彼はその手でルリエルの冷たくなった手をそっと包み込んだ。

「ルリエルさん」

その声は驚くほど穏やかで温かかった。
「聞いてください」

ルリエルは涙に濡れた瞳でおそるおそる彼の顔を見上げた。そこにいたのはもはやプロジェクトの進捗を管理する冷徹なマネージャーではない。ただ仲間の痛みに寄り添おうとする一人の不器用な男の顔がそこにあった。

「失敗しても構いません」

そのあまりにも信じがたい一言が静寂に満ちた祭壇に響き渡る。
監視室のシルヴィアの完璧なポーカーフェイスに初めて純粋な「理解不能」という亀裂が走った。仲間たちもまた信じられない思いで彼を見ていた。

ケンジは彼らの困惑を気に留めることなくただルリエルの瞳だけを見つめて続けた。

「もしこの作戦が失敗したとしても。そのリスクは僕が責任をもって管理します。マナ・レギュレーターが暴走する?結構です。管理局に頭を下げて別の修復チームを編成してもらう。世界の終わりが来る?上等です。その時は僕たち全員で別の方法を探しましょう」

彼の言葉はどこまでも真剣だった。
「だから成功確率や効率なんてものは今はすべて忘れましょう」

彼はそこで一度言葉を切った。そして自らの過ちを告白するように静かにそして誠実に告げた。

「…僕が間違っていました」
「僕はあなたを追い詰めてしまった。あなたの心を『課題』として扱いそれを解決すべき『タスク』としてしか見ていなかった。その痛みに本当の意味で寄り添うことができていなかった。…本当に申し訳ありませんでした」

ケンジは深く深く頭を下げた。
それはリーダーが部下に示す謝罪ではなかった。一人の人間がもう一人の傷ついた人間の心に対して捧げる最大限の敬意と懺悔の形だった。

ルリエルの心臓がドクンと大きく鳴った。
彼女を縛り付けていた卒業試験の悪夢。シルヴィアの嘲笑。そして自らの無力さへの絶望。そのすべてがケンジのあまりにも真っ直ぐで温かい言葉によってゆっくりと溶かされていくのを感じていた。

彼は私を「欠陥品」だとは言わなかった。
彼は私を「リスク」だとは言わなかった。
彼はただ私の痛みを自分の痛みとして受け止めそしてそのすべてを背負うとそう言ってくれたのだ。

ケンジのその前代未聞の「マネジメント」に最も衝撃を受けていたのは監視室のシルヴィアだった。彼女の紫水晶の瞳が信じられないものを見るように大きく見開かれている。
(…何を言っているのこの男は…?)
失敗を許容する?リスクを自ら引き受ける?非効率を肯定する?
それは彼女が信じてきたこのアイドスの完璧な秩序と論理とは真逆の思想。あまりにも非合理的で感情的でそして理解不能な狂気の沙汰だった。

だがその狂気が今奇跡を起こそうとしているのを彼女はただ呆然と見つめることしかできなかった。

ケンジはゆっくりと顔を上げた。
そしてルリエルの心に最後のそして最も大切な言葉を届けた。
それは彼が前世では決して口にすることのできなかった不器用でしかし本物の言葉だった。
「あなたはあなたのままでいい。ただあなたの心が感じるままにやってみてください」

ケンジが紡ぎ出したあまりにも不器用でそしてあまりにも誠実な言葉。それはルリエルの凍てついていた心に確かな温もりを灯した。彼女を縛り付けていた過去の呪いがその言葉の熱によってゆっくりと溶けていくのを感じていた。

だが彼女の心に巣食う最後の恐怖はまだ完全には消えてはいなかった。
(でももしまた失敗したら…?)
私のこの弱さがこの人たちのすべてをまた台無しにしてしまうかもしれない。その拭いきれない不安が彼女の指先から再び力を奪おうとしたその瞬間だった。

ケンジはゆっくりと立ち上がった。そしてルリエルの向こう側この作戦の成否を固唾をのんで見守るかけがえのない仲間たちの方を振り返った。その表情にはもはやプロジェクトマネージャーとしての冷静さだけではない。一つのチームを率いるリーダーとしての揺るぎない信頼の光が宿っていた。

「あなたは一人じゃありません」

ケンジの声が静かにしかし力強く祭壇に響き渡る。

「我々全員があなたのサポートチームです」

その言葉はKPIでもなければタスク指示でもない。ただ純粋な仲間としての絆の宣言だった。

彼は鋼鉄の城壁のようにルリエルを守っていたゴードンへと視線を向ける。
「ゴードンさんはあなたの盾です。どんな失敗が起きようともその衝撃から必ずあなたを守り抜いてくれる」
ゴードンはその言葉に力強く頷くと巨大な戦斧の柄を水晶の床にゴンと一度だけ打ち鳴らした。それはありとあらゆる脅威から仲間を守るという寡黙な戦士の何よりも雄弁な誓いの音だった。「…そうだ。俺たちは、お前を守るための壁だ。何も心配するな」

次にケンジは影の中で静かに佇むシーナを見つめた。
「シーナさんはあなたの目です。あなたが集中を乱し見失ってしまった道筋を必ず見つけ出し照らしてくれる」
シーナはふとフードの奥で不敵に笑った。彼女は一歩前に出るとまだ涙の跡が乾いていないルリエルの頬をその指先で優しく拭う。「ま、そういうこった。だからとっとと終わらせちまえ天才サマ。あたしたちはあんたがしくじった時のための保険だよ。最強の、な」そのぶっきらぼうな言葉には彼女なりの最大限の優しさと信頼が込められていた。

そしてケンジは自らの胸を指し示した。
「そして僕はあなたの羅針盤です。もしあなたが道に迷い心が折れそうになったなら僕が必ず進むべき道を示します」

一人ではない。
そのあまりにもシンプルでそしてあまりにも温かい真実。
ケンジの言葉ゴードンの覚悟シーナの信頼。それらすべてが黄金色の光となってルリエルの心に流れ込んでいく。彼女を縛り付けていた最後の恐怖の鎖がその温かい光によって完全に砕け散った。

監視室のシルヴィアは信じがたい光景をただ呆然と見つめていた。彼女の完璧な論理の世界では到底理解し得ない現象。失敗を許容し仲間を信じるというあまりにも非合理的な感情論が今奇跡を起こそうとしている。その事実に彼女の紫水晶の瞳は信じられないものを見るように大きく見開かれていた。

ルリエルはゆっくりと顔を上げた。
涙はもう流れていなかった。
その翡翠の瞳に宿っていたのはもはや絶望ではない。自らの弱さも過去の痛みもすべてを受け入れそして仲間と共に乗り越えていこうとする覚醒の光だった。

彼女は仲間たち一人ひとりの顔を見回した。そしてはにかむようにしかし心の底から微笑んだ。

「…ありがとう、ございます。皆さん…」

彼女は再びマナ・レギュレーターへと向き直る。
震えていた指先がぴたりと止まった。
彼女はゆっくりと両手を掲げる。

その指先に再び魔力の光が灯った。
それはもはやあの時のようなか弱く頼りない光ではない。
小さくしかしどこまでも安定し澄み切った完璧な光の点。
彼女がこれほど焦がれそして恐れていた「精密」な魔力の輝きが今確かにそこに存在していた。

作戦は再開された。
いや今本当の意味で始まったのだ。
一人の天才の孤独な戦いではなく。
四つの心が一つになったチームの戦いとして。
彼女の瞳はもう迷わない。
その先にある世界の未来だけをまっすぐに見つめていた。
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