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第4章:過去の呪縛、絆の証明
第116話:地熱コアの“デッドロック”
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兄からのあまりにも痛切な拒絶。
ゴードンの重い告白によって、グリムフォージの巨大な城門は、物理的な扉であると同時に彼らの心を分断する壁と化した。野営地の空気は、燃え尽きた焚き火の灰のように冷たく、重かった。
「…このままでは、埒が明きませんわ」
ルリエルが焦燥に満ちた声で呟く。
「ミレット村のタイムリミットは刻一刻と迫っています。ですが、あのボルガンという方がいる限り、私たちは地熱コアに近づくことさえできない…」
「いっそ、裏から潜入するか?」
シーナが短剣の手入れをしながら、物騒な提案をする。「どんな堅牢な要塞にも、必ず鼠一匹が通れる穴はあるもんだ」
だが、ケンジはその提案に静かに首を横に振った。
「ダメです。ボルガン殿の態度は、個人的な感情だけではない。この国の掟、そして民を守るという警備隊長としての強い責任感に根差している。我々がそれを破れば、彼らドワーフ全体の敵となるだけです」
八方塞がり。
彼らが導き出したはずの次なるマイルストーンは、そのスタートラインに立つことさえできずにいた。誰もがこの膠着した状況をどう打開すべきか答えを見つけ出せずにいた、まさにその時だった。
最初に異変に気づいたのは、ゴードンだった。
彼はその巨大な身体を弾かれたように起こすと、険しい表情で大地に耳を当てた。
「…どうした、ゴードン?」
ケンジが問う。
「…音が、おかしい」
ゴードンが絞り出すように言った。
「いつも聞こえている、炉の音が乱れている。まるで、苦しんでいるかのように…」
その言葉の意味を仲間たちが理解するよりも早く、その「異変」は彼らの五感を直接、暴力的に襲った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
地響き。それはただの地震などという生易しいものではなかった。大地そのものが断末魔の悲鳴を上げているかのような、低く不気味な振動。足元の岩盤が激しく揺れ、周囲の崖から大小の岩石がパラパラと崩れ落ちてくる。
「な、なんだッ!?」
シーナが叫び、仲間たちが一斉に臨戦態勢をとる。
そして地響きと同時に、凄まじい熱波が固く閉ざされたはずのグリムフォージの城門の隙間から、奔流となって溢れ出してきた。空気そのものが陽炎のように揺らめき、まるで巨大な炉の前に立っているかのように、肌を焼くほどの熱気が彼らを襲う。
「これは…!」
ルリエルが驚愕に目を見開く。「魔力ではない…!純粋な熱エネルギーの暴走…!」
「…コアだ」
ゴードンが戦慄に満ちた声で呟いた。彼の顔から血の気が引いている。
「…地熱コアが、呻いている…」
その言葉を肯定するかのように、門の向こう側、地下王国の奥深くから、これまで聞いたこともない甲高い金属音の警報が、いくつも、いくつも鳴り響き始めた。
それはこのドワーフの国が今まさに未曽有の危機に瀕していることを告げる、絶望的なファンファーレだった。
明らかに異常事態が発生していた。それも、彼らの想像を遥かに超える最悪の形で。
地熱コアの断末魔の呻きが、地下王国全体を揺るがし続ける。
その絶望的な状況を前にして、ケンジたちがなすすべもなく立ち尽くしていた、まさにその時だった。
ギギギギギ……ッ!
彼らの目の前で、数時間前に固く閉ざされたはずのグリムフォージの巨大な城門が、悲鳴のような軋みを上げながら、内側からこじ開けられた。
そして、その隙間から転がり出てくるように現れたのは、一体のドワーフ。その姿を見た瞬間、一行は我が目を疑った。
ボルガンだった。
だがその姿は、先ほどまでの警備隊長としての揺るぎない威厳に満ちたそれとは、似ても似つかないものだった。
完璧に編み込まれていたはずの髭は乱れ、その一部は熱によって焦げている。鋼鉄の鎧は煤で汚れ、その顔には血の気が失せ、どうしようもない焦りが浮かんでいた。彼の瞳にはもはや、弟への怒りもよそ者への侮蔑もない。ただ、自らの故郷が今まさに滅びようとしているのを目の当たりにした、指導者としての純粋な恐怖だけが宿っていた。
彼はケンジたち一行の姿を認めると、そのプライドも何もかもをかなぐり捨てたかのように、魂からの叫びを上げた。
「―――地熱コアの圧力が、制御不能に陥ったッ!!」
その絶叫が、荒涼とした岩場に響き渡る。
「炉の圧力を示す計器がすべて振り切れている! 緊急停止用の冷却弁も、安全装置も、何一つ作動しない! このままでは…、このままではコアが暴走する…ッ!」
ボルガンのパニックに満ちた報告。それは、彼がこれまで絶対の真理として信じてきた、伝統と経験則に裏打ちされたグリムフォージの完璧な「レガシーシステム」が、今、完全にその機能を停止したことを意味していた。
「長老たちが古文書に記された緊急停止の儀式を試している! だが、それも時間の問題だ!」
ボルガンは乱れた息を整えるのももどかしく、続けた。その視線はもはやケンジたちを「よそ者」として見てはいなかった。ただ、藁にもすがるような思いで、目の前の、自分たちとは違う知識を持つ者たちへと向けられていた。
「原因が、分からんのだ…! 何が起きているのか、我々には、さっぱり…!」
その悲痛な叫び。
仲間たちが、そのあまりの事態の急変に言葉を失う中、最初に動いたのはゴードンだった。
彼の心から、兄への個人的な確執は完全に消え失せていた。ただ一人のドワーフとして、職人として、故郷の危機を前にして、その血が騒いでいた。
「…圧力計の数値は!?」
ゴードンが、鋭く、そして専門的な問いを投げかける。
「エネルギーの逆流は確認したか!? 予備の排熱口は開いているのか!?」
そのあまりにも的確な問いに、ボルガンはハッとしたように弟の顔を見つめた。そうだ。目の前のこの男は、掟を破った裏切り者である前に、この国で最も地熱コアの構造に精通した、天才的な技術者だったのだ。
「…ダメだ! すべて試した! だが、圧力が下がるどころか、指数関数的に上昇し続けている…!」
「何だと…!?」
兄弟が専門家として危機的な問答を交わす。その横で、ケンジの思考はプロジェクトマネージャーとして超高速で回転していた。
(原因不明の機能不全…。伝統的な対応策が、すべて通用しない…)
彼の脳裏に、これまでの経験がアラートを鳴らす。
(…これは、単なる故障ではない。システムそのものが、予測不能な矛盾を起こしている…!)
ケンジは一歩前に出ると、絶望に顔を歪めるボルガンへと、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで告げた。
「ボルガン殿。我々を、その地熱コアの制御室へ案内してください」
そのあまりにも冷静な言葉。ボルガンは、驚いたようにケンジの顔を見つめ返した。
「…何を言っている! あそこは今、いつ爆発してもおかしくない危険地帯だぞ!」
「だからです」
ケンジは静かに答えた。
「このままでは、あなたの故郷は確実に失われる。ですが、僕たちならば、まだやれることがあるかもしれない」
その言葉には、一切の感情も、根拠のない希望もなかった。ただ、未知のシステムトラブルを前にした、プロジェクトマネージャーとしての揺るぎない自信だけが宿っていた。
ボルガンはそのケンジの、そしてその後ろに立つゴードンの、真剣な瞳に一瞬だけ躊躇した。
だが、彼にはもう選択肢は残されていなかった。
「……分かった」
彼は絞り出すように言った。
「…来い! ぐずぐずするな!」
ボルガンはそう吐き捨てると踵を返し、再び地獄と化した自らの故郷へと駆け出していった。
それは、彼が自らの誇りである伝統の完全な敗北を認めた瞬間。そして、彼が最も危険視していたはずの革新という名の異分子に、国の、そして民のすべての命運を託した苦渋の決断だった。
ゴードンの重い告白によって、グリムフォージの巨大な城門は、物理的な扉であると同時に彼らの心を分断する壁と化した。野営地の空気は、燃え尽きた焚き火の灰のように冷たく、重かった。
「…このままでは、埒が明きませんわ」
ルリエルが焦燥に満ちた声で呟く。
「ミレット村のタイムリミットは刻一刻と迫っています。ですが、あのボルガンという方がいる限り、私たちは地熱コアに近づくことさえできない…」
「いっそ、裏から潜入するか?」
シーナが短剣の手入れをしながら、物騒な提案をする。「どんな堅牢な要塞にも、必ず鼠一匹が通れる穴はあるもんだ」
だが、ケンジはその提案に静かに首を横に振った。
「ダメです。ボルガン殿の態度は、個人的な感情だけではない。この国の掟、そして民を守るという警備隊長としての強い責任感に根差している。我々がそれを破れば、彼らドワーフ全体の敵となるだけです」
八方塞がり。
彼らが導き出したはずの次なるマイルストーンは、そのスタートラインに立つことさえできずにいた。誰もがこの膠着した状況をどう打開すべきか答えを見つけ出せずにいた、まさにその時だった。
最初に異変に気づいたのは、ゴードンだった。
彼はその巨大な身体を弾かれたように起こすと、険しい表情で大地に耳を当てた。
「…どうした、ゴードン?」
ケンジが問う。
「…音が、おかしい」
ゴードンが絞り出すように言った。
「いつも聞こえている、炉の音が乱れている。まるで、苦しんでいるかのように…」
その言葉の意味を仲間たちが理解するよりも早く、その「異変」は彼らの五感を直接、暴力的に襲った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!
地響き。それはただの地震などという生易しいものではなかった。大地そのものが断末魔の悲鳴を上げているかのような、低く不気味な振動。足元の岩盤が激しく揺れ、周囲の崖から大小の岩石がパラパラと崩れ落ちてくる。
「な、なんだッ!?」
シーナが叫び、仲間たちが一斉に臨戦態勢をとる。
そして地響きと同時に、凄まじい熱波が固く閉ざされたはずのグリムフォージの城門の隙間から、奔流となって溢れ出してきた。空気そのものが陽炎のように揺らめき、まるで巨大な炉の前に立っているかのように、肌を焼くほどの熱気が彼らを襲う。
「これは…!」
ルリエルが驚愕に目を見開く。「魔力ではない…!純粋な熱エネルギーの暴走…!」
「…コアだ」
ゴードンが戦慄に満ちた声で呟いた。彼の顔から血の気が引いている。
「…地熱コアが、呻いている…」
その言葉を肯定するかのように、門の向こう側、地下王国の奥深くから、これまで聞いたこともない甲高い金属音の警報が、いくつも、いくつも鳴り響き始めた。
それはこのドワーフの国が今まさに未曽有の危機に瀕していることを告げる、絶望的なファンファーレだった。
明らかに異常事態が発生していた。それも、彼らの想像を遥かに超える最悪の形で。
地熱コアの断末魔の呻きが、地下王国全体を揺るがし続ける。
その絶望的な状況を前にして、ケンジたちがなすすべもなく立ち尽くしていた、まさにその時だった。
ギギギギギ……ッ!
彼らの目の前で、数時間前に固く閉ざされたはずのグリムフォージの巨大な城門が、悲鳴のような軋みを上げながら、内側からこじ開けられた。
そして、その隙間から転がり出てくるように現れたのは、一体のドワーフ。その姿を見た瞬間、一行は我が目を疑った。
ボルガンだった。
だがその姿は、先ほどまでの警備隊長としての揺るぎない威厳に満ちたそれとは、似ても似つかないものだった。
完璧に編み込まれていたはずの髭は乱れ、その一部は熱によって焦げている。鋼鉄の鎧は煤で汚れ、その顔には血の気が失せ、どうしようもない焦りが浮かんでいた。彼の瞳にはもはや、弟への怒りもよそ者への侮蔑もない。ただ、自らの故郷が今まさに滅びようとしているのを目の当たりにした、指導者としての純粋な恐怖だけが宿っていた。
彼はケンジたち一行の姿を認めると、そのプライドも何もかもをかなぐり捨てたかのように、魂からの叫びを上げた。
「―――地熱コアの圧力が、制御不能に陥ったッ!!」
その絶叫が、荒涼とした岩場に響き渡る。
「炉の圧力を示す計器がすべて振り切れている! 緊急停止用の冷却弁も、安全装置も、何一つ作動しない! このままでは…、このままではコアが暴走する…ッ!」
ボルガンのパニックに満ちた報告。それは、彼がこれまで絶対の真理として信じてきた、伝統と経験則に裏打ちされたグリムフォージの完璧な「レガシーシステム」が、今、完全にその機能を停止したことを意味していた。
「長老たちが古文書に記された緊急停止の儀式を試している! だが、それも時間の問題だ!」
ボルガンは乱れた息を整えるのももどかしく、続けた。その視線はもはやケンジたちを「よそ者」として見てはいなかった。ただ、藁にもすがるような思いで、目の前の、自分たちとは違う知識を持つ者たちへと向けられていた。
「原因が、分からんのだ…! 何が起きているのか、我々には、さっぱり…!」
その悲痛な叫び。
仲間たちが、そのあまりの事態の急変に言葉を失う中、最初に動いたのはゴードンだった。
彼の心から、兄への個人的な確執は完全に消え失せていた。ただ一人のドワーフとして、職人として、故郷の危機を前にして、その血が騒いでいた。
「…圧力計の数値は!?」
ゴードンが、鋭く、そして専門的な問いを投げかける。
「エネルギーの逆流は確認したか!? 予備の排熱口は開いているのか!?」
そのあまりにも的確な問いに、ボルガンはハッとしたように弟の顔を見つめた。そうだ。目の前のこの男は、掟を破った裏切り者である前に、この国で最も地熱コアの構造に精通した、天才的な技術者だったのだ。
「…ダメだ! すべて試した! だが、圧力が下がるどころか、指数関数的に上昇し続けている…!」
「何だと…!?」
兄弟が専門家として危機的な問答を交わす。その横で、ケンジの思考はプロジェクトマネージャーとして超高速で回転していた。
(原因不明の機能不全…。伝統的な対応策が、すべて通用しない…)
彼の脳裏に、これまでの経験がアラートを鳴らす。
(…これは、単なる故障ではない。システムそのものが、予測不能な矛盾を起こしている…!)
ケンジは一歩前に出ると、絶望に顔を歪めるボルガンへと、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで告げた。
「ボルガン殿。我々を、その地熱コアの制御室へ案内してください」
そのあまりにも冷静な言葉。ボルガンは、驚いたようにケンジの顔を見つめ返した。
「…何を言っている! あそこは今、いつ爆発してもおかしくない危険地帯だぞ!」
「だからです」
ケンジは静かに答えた。
「このままでは、あなたの故郷は確実に失われる。ですが、僕たちならば、まだやれることがあるかもしれない」
その言葉には、一切の感情も、根拠のない希望もなかった。ただ、未知のシステムトラブルを前にした、プロジェクトマネージャーとしての揺るぎない自信だけが宿っていた。
ボルガンはそのケンジの、そしてその後ろに立つゴードンの、真剣な瞳に一瞬だけ躊躇した。
だが、彼にはもう選択肢は残されていなかった。
「……分かった」
彼は絞り出すように言った。
「…来い! ぐずぐずするな!」
ボルガンはそう吐き捨てると踵を返し、再び地獄と化した自らの故郷へと駆け出していった。
それは、彼が自らの誇りである伝統の完全な敗北を認めた瞬間。そして、彼が最も危険視していたはずの革新という名の異分子に、国の、そして民のすべての命運を託した苦渋の決断だった。
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