ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第5章:オペレーション・ジェネシス

第131話:創造の玉座、あるいは魔王城

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創造の玉座、魔王城。

彼らが目指すべき最後の目的地。その巨大で矛盾に満ちた存在が、司令室の地図の中心で嘲笑うかのように鎮座していた。

部屋の空気は鉛のように重い。
だが、沈黙を最初に破ったのは、このパーティーのリードエンジニア、ルリエルの凛とした声だった。彼女の瞳にもはや恐怖はない。ただ解くべき巨大な謎を前にした、研究者としての静かで熱い探究心だけが宿っていた。

「場所が特定できたのであれば話は早いですわ」

彼女は杖の先端で地図の上の魔王城を指し示す。
「わたくしの空間転移魔法を使えばここから直接城の目前まで跳躍可能です。大規模な転移には多少の準備時間が必要ですが……」

絶望的な状況における唯一の希望。だが、その提案をケンジは静かにきっぱりとした首の振りで否定した。

「いえ、それは不可能ですルリエルさん」

ケンジの声は冷徹だった。
その瞳は地図の上に広がる、禍々しい螺旋状のアノマリーの渦を見据えている。それはまるで、世界のシステムにできた巨大な傷跡のようだった。

「なぜですの!」

ルリエルが声を荒らげる。
「これ以上の時間的猶予は……!」

「だからこそです」

ケンジは彼女の言葉を遮った。
「あなたの空間転移魔法は、この世界の安定した物理法則と魔力循環の上に成り立っている。ですが我々が向かう場所は、その法則そのものが完全に『崩壊』している領域なのです」

彼は仲間たち一人ひとりの顔を見回し、これから足を踏み入れようとしている場所の恐ろしさを淡々と告げた。

「あの魔王城は、この世界のあらゆる『移動』という概念を拒絶する。空間転移魔法を使えば、座標そのものがバグを起こし、我々は文字通り虚空へ分解されることになるでしょう」

あまりにも無慈悲な分析結果。
それは彼らの前に立ちはだかる第二の絶望だった。敵の本拠地は分かっている。だが、そこへたどり着くための道がどこにも存在しない。

「……じゃあどうしろってんだよ……」

シーナが絞り出すように呟く。ゴードンは言葉を失い、その鋼鉄の篭手を血が滲むほど固く握りしめている。

仲間たちの間に、どうしようもない無力感が広がっていく。

その出口のない暗闇の中に、たった一つの狂気じみた光を灯したのは、やはりこのチームのリーダーだった。

ケンジは地図の上に広がる絶望の象徴――『削除領域』の螺旋を、その指先でゆっくりとなぞっていた。彼の瞳には恐怖も絶望もない。ただ誰もが見落としていたシステムの「穴」を見つけ出したハッカーのような、冷たい光が宿っていた。

「……いいえ、道はあります」

ケンジの静かでしかし確信に満ちた声に、仲間たちがハッと顔を上げた。

「道がないのなら作ればいい。ですが、我々が作る道は物理的な道ではありません。皆さん、思考の前提を変えてください」

ケンジの声が静かな司令室に響き渡る。

「我々がこれまで『障害物』として認識してきたこの『削除領域』。これを我々が利用すべき唯一の『道』として再定義するのです」

削除領域が、道。
ルリエルは思わず口元を押さえる。

「ケンジさん、正気ですの!?あの場所は存在そのものが消去されかねない世界の傷跡ですわ!?」

「ええ。ですが、その傷跡にこそ活路がある」

ケンジは頷いた。
「削除領域とは、この世界の巨大なプログラムに空いた無数の『穴』です。ほとんどは存在しないページへの壊れたリンク――足を踏み入れれば『404 Not Found』として、我々はエラー処理され消去されるでしょう」

彼の言葉に、ゴードンの顔から血の気が引く。シーナは息をのんで硬直した。

「ですが、その無数の壊れたリンクの中に、ごく稀に本来繋がっているはずのない別のページへと通じる『裏口』が存在するはずです」

それはもはや冒険者の発想ではなかった。システムのバグを逆に利用し、セキュリティを突破しようとするクラッカーの思考そのものだった。

「我々は点在する『削除領域』から『削除領域』へと、その空間の歪みの狭間を縫うようにして跳躍を繰り返す。そして最終的に、システムの心臓部へとたどり着くのです」

あまりにも壮大で狂気じみた計画の全貌。
仲間たちはただ言葉を失い、その途方もない危険性に戦慄していた。

「……冗談じゃねえ……」

シーナの声がかすかに震える。
「一歩でも踏み外せば、俺たちは落ちるんじゃねえ。『消える』んだ……!」

ゴードンは自らの巨大な斧を見つめ、低い声で唸った。「我が盾も斧もそこでは何の意味もなさんだろうな」

ケンジは仲間たちの恐怖をすべて受け止めた上で、静かにしかし力強く宣言する。

「ええ。これは最も危険なミッションです。ですが、これしか道はない」

彼のその揺るぎない覚悟。
それが仲間たちの心に巣食う恐怖を、わずかにしかし確実に上回った。
彼らはこのリーダーを信じるともう決めているのだ。
たとえその道が地獄へと続いていようとも。

彼らの最後の旅路が定まった。
それは世界の傷跡そのものを道とする、あまりにも過酷で気高い巡礼の旅だった。

司令室の空気はもはや絶望ではなく、極限の緊張感によって支配されていた。仲間たちの視線が、ケンジという名の羅針盤へと注がれる。

「……始めます」

ケンジの静かな宣言が、最後の、そして最も困難な準備作業の始まりを告げた。

司令室の中央のテーブルに、二つの巨大な水晶が置かれる。
アイドスの『マナ・レギュレーター』の観測データと、グリムフォージの『地熱コア』の稼働ログ。世界の理を司るソフトウェアとハードウェア。ケンジは自らのスキル【プロジェクト管理】によって、それら二つの膨大なログを完全に同期させた。

彼の目の前の空間に、蒼い光で描かれた半透明のスクリーンがいくつも展開されていく。そこには世界の物理法則の基礎パラメータと、大陸全土のアノマリー発生地点の座標データが混在していた。

ケンジは情報の奔流の中心で、神のオーケストラを指揮するように両腕を舞わせ始める。彼の頭脳は人間の思考速度を超えていた。

一昼夜が過ぎた。
ケンジがその場に崩れ落ちるように膝をついた時、彼の目の前の空間には一枚のあまりにも異様な「地図」が完成していた。

それは静的な地図ではない。無数の光の線が生き物のように形を変え、明滅を繰り返している。赤い線は触れた瞬間に存在が消去される致命的な航路。その網目の中を縫うように、わずかに存在する青白い光の線。

「……できました」

ケンジの声はひどくかすれていた。
その顔は血の気を失い真っ白だったが、瞳だけは確かな成果を掴み取った者だけが持つ力強い光を宿している。

「これが、魔王城へと至るための唯一のナビゲーションマップです。……ただし」

ケンジの声が希望に冷たい現実の影を落とす。

「これは完璧な計画ではありません。あくまで僕のスキルが弾き出した『確率予測』に過ぎない。このルートを辿った場合の生存確率は……」

彼は非情な数値を告げる。

「……63.4%です」

あまりにも具体的で、あまりにも低い生存確率。
だが、仲間たちの誰一人としてその顔に絶望の色を浮かべる者はいなかった。
彼らは知っていた。この63.4%という数字が、本来であれば0%であったはずのこの旅に、この男がその命を賭してこじ開けた奇跡の確率なのだということを。

「……上等じゃねえか」

シーナがフードの奥で不敵に笑う。
「コイントスよりはマシだ」

「うむ。道があるのなら進むまでだ」

ゴードンが力強く頷く。

「ええ。ケンジさんが示した道ですもの。信じますわ」

ルリエルが微笑んだ。

彼らの心はもう揺るがない。
一行は最後の準備を整える。それは、コンマ一秒の狂いも許されない完璧な連携のための精神的な同調(シンクロ)だった。

数時間後。
王都の遥か西。
彼らがかつて目撃した最初の『削除領域』のその境界線に、四人の姿があった。

目の前の空間はぐにゃりと歪み、ピクセルのようなノイズとなって明滅を繰り返している。その向こう側は、ただ存在が消え失せた絶対的な虚無。

ケンジはその世界の傷跡を前にして、静かに仲間たちへと向き直った。

「これより最終プロジェクトを開始します。目的地は『創造の玉座』」

彼の静かな号令に、仲間たちは力強く頷き返した。
彼らは一列に並ぶ。
先頭はケンジ。
彼がこの絶望的な航海の唯一の道標。

彼はゆっくりと、その一歩を世界の傷跡へと踏み出した。

それは彼らのあまりにも長く、そしてあまりにも過酷だった冒険の、本当の最後の始まりだった。
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