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第5章:オペレーション・ジェネシス
第140話:アドミニストレーター権限の在り処
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ルリエルが紡いだ鎮魂歌の、最後の優しい響きが神の記憶装置の静寂に溶けていく。彼女の杖の先から放たれた温かい光が、世界から「削除」された哀しい魂たちの最後の涙を拭うかのように空間を穏やかに満たし、ゆっくりと消えていった。
後に残されたのは、完全な静寂。怨嗟も、悲しみも、後悔も、すべてが浄化された後の、どこまでも清らかで、そしてどこまでも空虚な静けさだった。仲間たちは、より一層その絆を強くし、ただ黙ってその光景の余韻に浸っていた。彼らはこの最終ダンジョンの、最初の最も過酷な試練を、確かに乗り越えたのだ。
その覚悟を祝福するかのように、一行の前には新たな道が現れた。
それは、これまで進んできた世界の傷跡を縫うような不安定な道ではない。絶対的な虚無の暗闇の中を、この巨大なデータ結晶体の心臓部へとまっすぐに伸びる、蒼白い光の道。その表面は滑らかな水晶のようでありながら、一歩踏み出すと、まるで静かな水面を歩いているかのように柔らかな波紋が広がる。一切のノイズも歪みもなく、完璧なまでの安定と秩序に満ちていた。
「…行きましょう」
ケンジの声が、静寂を破った。疲労の色が濃く残る彼の瞳には、最終目的地を前にしたリーダーの揺るぎない決意が宿っていた。仲間たちは力強く頷き返し、一列となり、あまりにも神聖で無機質な光の道へと静かに足を踏み入れた。
城の内部は、彼らが想像していたどの光景とも違っていた。
そこはダンジョンではなかった。玉座の間でもなければ、回廊でもない。ただどこまでも続く、上下左右、そして奥行きさえも曖昧な、巨大なドーム空間。内壁は磨き上げられた黒曜石のように滑らかで、宇宙の星々のように無数の光の線が走り、明滅を繰り返していた。まるで、世界のすべての情報が記録された、神の巨大な記憶装置(ストレージ)の内部に迷い込んでしまったかのようだった。
そして、その空間を満たしていたのは、無数の光の粒子だった。雪のように静かに舞い降り、蛍のように儚く明滅し、そしてシャボン玉のようにふわりと浮かび上がる。その一つ一つが異なる色と輝きを放っていた。あるものは生命を思わせる温かい緑色に、あるものは神秘的な紫色に、またあるものは失われた感情を思わせる哀しい蒼色に。
「…なんて…美しい…」
ルリエルが、畏敬の念に満ちた声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、この空間がただの魔力で満たされているのではないことを告げていた。この光の粒子の一つ一つが、かつてこの世界に存在した「何か」の、情報の断片なのだと。
「…静かすぎる…」
シーナが、フードの奥で低い声で唸る。最高セキュリティ責任者(CSO)としての鋭敏な感覚が、この完璧すぎる静寂に言いようのない違和感を覚えていた。罠も敵意もない。だからこそ不気味だった。まるで巨大な墓地。無数の魂が、ただ声もなく眠っているような、死の静けさ。
ゴードンは何も言わなかった。だが、最高技術責任者(CTO)としてのその職人の目が、この空間の異常なまでの「秩序」に気づいていた。光の粒子は決して互いに衝突しない。完璧な法則に基づき、調和を保っている。それは、自然の産物などではありえない。あまりにも高度な「システム」によって管理された、人工的な静寂だった。
ケンジもまた、その静寂の正体を理解していた。
(…ここは、システムの心臓部。そして、同時に…)
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考が、この空間に最も相応しい名前を与えた。
「…世界の、ごみ箱だ」
彼らがその荘厳で不気味な光景に圧倒されていた、その時だった。それまで穏やかなハーモニーを奏でるように舞っていた無数の光の粒子が、ぴたりと動きを止めた。絶対的な静寂。その静寂を破るように、光の粒子が意志を持ったかのように動き始めたのだ。
一行の目の前で、黄金色の光の粒子が集まり始めた。まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、一つの点へと収束していく。光の密度が増し、やがて人の輪郭を形作り始めた。
最初に現れたのは、白銀に輝く美しい意匠の鎧。次に、その鎧をまとう屈強な肉体。そして最後に、気高く、しかしどこか哀しげな表情を浮かべた、壮年の騎士の顔。その姿はあまりにもリアルで、まるで生きた人間がそこに立っているかのようだった。だが、その身体は実体を持たない。ただ光の粒子の集合体でできた、半透明の幻影だった。
「…なんだ、こいつは…」
シーナが短剣を構える。だが、現象はそれだけでは終わらなかった。
騎士の隣で、今度は純白の光の粒子が集まり、一人の無邪気な子供の姿を形作る。その子供は声もなく、楽しそうに笑いながら一行に手を振っていた。その足元では、虹色の光の粒子が、見たこともないほど美しい、巨大な花を咲かせる。その花は、数秒後にはかなく散り、光の塵となって消えていった。
そして、一行の頭上を、深紅の光の粒子でできた、翼を持つ巨大な獣が、音もなく滑空していく。
鎧の騎士、無邪気な子供、見たこともない動植物たち。失われた世界の記憶が次々と再生されていくかのような、幻想的で、そしてどこまでも哀しい光景だった。
仲間たちがその不可解な現象に言葉を失う中、ケンジだけがその正体を理解していた。彼のスキル【プロジェクト管理】が、彼らの「仕様」を無慈悲に解析していたからだ。
ケンジの視界に、分析結果が表示される。
【オブジェクト名:ガベージ・データ(残骸)】
【ステータス:削除済み(DELETED)】
【詳細:世界の恒常性を維持するため、魔王プロセス、およびその他のシステムエラーによって、存在そのものを『削除』された情報の残滓。物理的な実体を持たず、対象の精神に直接干渉する特性を持つ】
ケンジは戦慄した。
目の前にいる者たちは、モンスターではない。幻影でもない。彼らは、幽霊だ。この世界のシステムによって、その存在そのものを「なかったこと」にされた、無数の魂の残骸。
―――生命は欠陥なり、故に大いなる消去を始めよ。
彼らは、そのあまりにも理不尽な宣告によって、世界から消し去られた者たちだった。ケンジの心に、深い哀しみと、そして、この世界の理を歪めた「改竄者」への、静かで燃えるような怒りが込み上げてきた。
「…なんて、哀しい…」
ルリエルが震える声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、光の粒子から放たれる声なき慟哭を感じ取っていた。喜びも、悲しみも、怒りさえも、すべてを奪われ、ただ情報としてのみ存在することを許された、魂の残響。
ゴードンは、光の騎士の姿をただ黙って見つめていた。CTOとしての彼の目が、その鎧の様式から、彼が数百年前の伝説の戦いで命を落とした英雄であることを読み取る。だが、その魂は安らかに眠ることなく、今もこのデータの墓場を彷徨っている。そのあまりにも無念な姿に、ゴードンは戦士として深い共感と、そして同情を覚えていた。
シーナは、笑う子供の幻影から目を逸らすことができなかった。その無邪気な笑顔が、彼女が守ろうとしたミレット村の子供たちの笑顔と重なって見えた。もし自分たちが間に合わなかったら。あの子たちもまた、こうしてただの情報として、この冷たい空間を永遠に彷徨うことになっていたのかもしれない。その想像が、彼女の心を氷のように冷たくした。
彼らは、敵ではなかった。
彼らは、この世界のシステムのあまりにも大きな悲劇が生み出した、被害者だったのだ。一行は、ただその哀しい魂たちに、かけるべき言葉も見つけられないまま、立ち尽くすことしかできなかった。
後に残されたのは、完全な静寂。怨嗟も、悲しみも、後悔も、すべてが浄化された後の、どこまでも清らかで、そしてどこまでも空虚な静けさだった。仲間たちは、より一層その絆を強くし、ただ黙ってその光景の余韻に浸っていた。彼らはこの最終ダンジョンの、最初の最も過酷な試練を、確かに乗り越えたのだ。
その覚悟を祝福するかのように、一行の前には新たな道が現れた。
それは、これまで進んできた世界の傷跡を縫うような不安定な道ではない。絶対的な虚無の暗闇の中を、この巨大なデータ結晶体の心臓部へとまっすぐに伸びる、蒼白い光の道。その表面は滑らかな水晶のようでありながら、一歩踏み出すと、まるで静かな水面を歩いているかのように柔らかな波紋が広がる。一切のノイズも歪みもなく、完璧なまでの安定と秩序に満ちていた。
「…行きましょう」
ケンジの声が、静寂を破った。疲労の色が濃く残る彼の瞳には、最終目的地を前にしたリーダーの揺るぎない決意が宿っていた。仲間たちは力強く頷き返し、一列となり、あまりにも神聖で無機質な光の道へと静かに足を踏み入れた。
城の内部は、彼らが想像していたどの光景とも違っていた。
そこはダンジョンではなかった。玉座の間でもなければ、回廊でもない。ただどこまでも続く、上下左右、そして奥行きさえも曖昧な、巨大なドーム空間。内壁は磨き上げられた黒曜石のように滑らかで、宇宙の星々のように無数の光の線が走り、明滅を繰り返していた。まるで、世界のすべての情報が記録された、神の巨大な記憶装置(ストレージ)の内部に迷い込んでしまったかのようだった。
そして、その空間を満たしていたのは、無数の光の粒子だった。雪のように静かに舞い降り、蛍のように儚く明滅し、そしてシャボン玉のようにふわりと浮かび上がる。その一つ一つが異なる色と輝きを放っていた。あるものは生命を思わせる温かい緑色に、あるものは神秘的な紫色に、またあるものは失われた感情を思わせる哀しい蒼色に。
「…なんて…美しい…」
ルリエルが、畏敬の念に満ちた声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、この空間がただの魔力で満たされているのではないことを告げていた。この光の粒子の一つ一つが、かつてこの世界に存在した「何か」の、情報の断片なのだと。
「…静かすぎる…」
シーナが、フードの奥で低い声で唸る。最高セキュリティ責任者(CSO)としての鋭敏な感覚が、この完璧すぎる静寂に言いようのない違和感を覚えていた。罠も敵意もない。だからこそ不気味だった。まるで巨大な墓地。無数の魂が、ただ声もなく眠っているような、死の静けさ。
ゴードンは何も言わなかった。だが、最高技術責任者(CTO)としてのその職人の目が、この空間の異常なまでの「秩序」に気づいていた。光の粒子は決して互いに衝突しない。完璧な法則に基づき、調和を保っている。それは、自然の産物などではありえない。あまりにも高度な「システム」によって管理された、人工的な静寂だった。
ケンジもまた、その静寂の正体を理解していた。
(…ここは、システムの心臓部。そして、同時に…)
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考が、この空間に最も相応しい名前を与えた。
「…世界の、ごみ箱だ」
彼らがその荘厳で不気味な光景に圧倒されていた、その時だった。それまで穏やかなハーモニーを奏でるように舞っていた無数の光の粒子が、ぴたりと動きを止めた。絶対的な静寂。その静寂を破るように、光の粒子が意志を持ったかのように動き始めたのだ。
一行の目の前で、黄金色の光の粒子が集まり始めた。まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、一つの点へと収束していく。光の密度が増し、やがて人の輪郭を形作り始めた。
最初に現れたのは、白銀に輝く美しい意匠の鎧。次に、その鎧をまとう屈強な肉体。そして最後に、気高く、しかしどこか哀しげな表情を浮かべた、壮年の騎士の顔。その姿はあまりにもリアルで、まるで生きた人間がそこに立っているかのようだった。だが、その身体は実体を持たない。ただ光の粒子の集合体でできた、半透明の幻影だった。
「…なんだ、こいつは…」
シーナが短剣を構える。だが、現象はそれだけでは終わらなかった。
騎士の隣で、今度は純白の光の粒子が集まり、一人の無邪気な子供の姿を形作る。その子供は声もなく、楽しそうに笑いながら一行に手を振っていた。その足元では、虹色の光の粒子が、見たこともないほど美しい、巨大な花を咲かせる。その花は、数秒後にはかなく散り、光の塵となって消えていった。
そして、一行の頭上を、深紅の光の粒子でできた、翼を持つ巨大な獣が、音もなく滑空していく。
鎧の騎士、無邪気な子供、見たこともない動植物たち。失われた世界の記憶が次々と再生されていくかのような、幻想的で、そしてどこまでも哀しい光景だった。
仲間たちがその不可解な現象に言葉を失う中、ケンジだけがその正体を理解していた。彼のスキル【プロジェクト管理】が、彼らの「仕様」を無慈悲に解析していたからだ。
ケンジの視界に、分析結果が表示される。
【オブジェクト名:ガベージ・データ(残骸)】
【ステータス:削除済み(DELETED)】
【詳細:世界の恒常性を維持するため、魔王プロセス、およびその他のシステムエラーによって、存在そのものを『削除』された情報の残滓。物理的な実体を持たず、対象の精神に直接干渉する特性を持つ】
ケンジは戦慄した。
目の前にいる者たちは、モンスターではない。幻影でもない。彼らは、幽霊だ。この世界のシステムによって、その存在そのものを「なかったこと」にされた、無数の魂の残骸。
―――生命は欠陥なり、故に大いなる消去を始めよ。
彼らは、そのあまりにも理不尽な宣告によって、世界から消し去られた者たちだった。ケンジの心に、深い哀しみと、そして、この世界の理を歪めた「改竄者」への、静かで燃えるような怒りが込み上げてきた。
「…なんて、哀しい…」
ルリエルが震える声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、光の粒子から放たれる声なき慟哭を感じ取っていた。喜びも、悲しみも、怒りさえも、すべてを奪われ、ただ情報としてのみ存在することを許された、魂の残響。
ゴードンは、光の騎士の姿をただ黙って見つめていた。CTOとしての彼の目が、その鎧の様式から、彼が数百年前の伝説の戦いで命を落とした英雄であることを読み取る。だが、その魂は安らかに眠ることなく、今もこのデータの墓場を彷徨っている。そのあまりにも無念な姿に、ゴードンは戦士として深い共感と、そして同情を覚えていた。
シーナは、笑う子供の幻影から目を逸らすことができなかった。その無邪気な笑顔が、彼女が守ろうとしたミレット村の子供たちの笑顔と重なって見えた。もし自分たちが間に合わなかったら。あの子たちもまた、こうしてただの情報として、この冷たい空間を永遠に彷徨うことになっていたのかもしれない。その想像が、彼女の心を氷のように冷たくした。
彼らは、敵ではなかった。
彼らは、この世界のシステムのあまりにも大きな悲劇が生み出した、被害者だったのだ。一行は、ただその哀しい魂たちに、かけるべき言葉も見つけられないまま、立ち尽くすことしかできなかった。
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