ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第5章:オペレーション・ジェネシス

第139話:惑わされるな、これは敵の罠だ

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あまりにも哀しい魂たちの存在に一行が立ち尽くしていた、その時だった。

それまで静かに記憶の残滓を再生するだけだった光の幻影たちが、ぴたりと動きを止める。まるで一つの意思に操られたかのように、すべての幻影が一斉に、ゆっくりと侵入者である彼らへと顔を向けた。その瞳の奥に宿る光だけが明確にその性質を変えていた。それはもはや無念の響きではない。自分たちをこの虚無へと追いやった、生きているすべての存在に対する、静かで底なしの怨嗟の光だった。

「…来るぞッ!」

シーナの鋭い警告が響き渡る。ゴードンが巨大な盾を構え、ルリエルが杖を握りしめる。ケンジは即座にスキルを発動させ、敵の行動パターンを予測しようとした。だが彼らの戦闘準備は、何の意味もなかった。

ガベージ・ゴーレムたちは襲い掛かってはこなかった。彼らはただ、すぅっと、まるで霧が立ち込めるかのように、一行の身体を通り抜けていったのだ。

物理的な衝撃は一切ない。だが、その半透明な身体が仲間たちの肉体を透過した瞬間、彼らの精神はあまりにも無防備な状態で、世界の悲劇そのものと直結させられた。

最初に悲鳴を上げたのはルリエルだった。

光の騎士の幻影が彼女の身体を通り抜けた瞬間、彼女の視界から神の記憶装置の光景は消え失せる。代わりに現れたのは、懐かしくそして忌まわしい王立魔術院の大講堂。幻影のシルヴィアが涙ながらに彼女を詰問する。

「…なぜあなたは、わたくしの誇りを、あんなにも無残に踏みにじったのですか…?」

その言葉がルリエルの心の奥底に封じ込めていた罪悪感を抉り出す。そうだ。あの時、ただ負けただけではない。友としてライバルとして、彼女の魔法を称賛してやればよかったのに。その傲慢さが一人の人間の心を確かに傷つけた。アイドスで手に入れた自信が、脆い砂の城のように崩れ落ちていく。

「…ごめんなさい…。わたくしが…わたくしが、悪かったのですわ…」

ルリエルは膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らすことしかできなかった。

ゴードンの悲哀
次に、その精神攻撃の牙はゴードンへと向けられた。

無邪気に笑っていた子供の幻影。それが彼の身体を通り抜けた瞬間、その姿はゴードンの記憶の最も深い場所に封印されていた、一人の少女へと変わっていた。赤銅色の三つ編み。兄を慕う、屈託のない笑顔。

「…兄さん…」

幻影の妹がか細い声で彼を呼ぶ。その瞳には深い哀しみが浮かんでいた。

『どうして、来てくれなかったの…?』

それは彼を責める声ではない。純粋な子供の、どうしようもない悲しみの問いだった。ゴードンは戦斧を握る手に力を込めたが、指先がひどく震える。あと数秒この手が早く動いていれば。あの時、妹を守れなかった戦士としての無力感が、鉛のように彼の全身を固まらせていた。

シーナの恐怖
シーナもまた、自らの心の闇と対峙していた。彼女の周りを、ミレット村の子供たちの幻影が取り囲む。彼らは笑っていない。ただ、うつろな瞳で彼女を見つめている。

『…シーナ姉ちゃん…。お腹、すいたよ…』

『…寒いよ…。もう、歩けないよ…』

それは彼女が最も恐れていた未来。もし自分の力が及ばなかったら、あの子たちを待つあまりにも悲惨な結末。その恐怖がプロの冷静さを奪い、手足を重くする。シーナは短剣を握りしめようとするが、震える指先に力が入らない。

パーティは完全に、その機能を停止した。

ケンジの叫び
その地獄の中心で、ただ一人立っている男がいた。ケンジだった。

彼の周りにも、無数の幻影が群がっていた。それは前世の、あのデスマーチの果てに倒れていった、同僚たちの姿だった。彼らは生気の失われた瞳でケンジを見つめている。

『…どうして、逃げたんですか、佐藤さん…』

『…俺たちを、見捨てて…』

『…あなただけが、楽になったんですね…』

その声なき怨嗟がケンジの心を締め付ける。だが彼の瞳は揺らがなかった。

彼のスキル【プロジェクト管理】が、この不可解な攻撃の正体を冷徹に分析していたからだ。

【攻撃タイプ:精神干渉】
【脆弱性ターゲット:罪悪感、後悔、恐怖】
【目的:対象の精神にエラーを誘発させ、行動不能に陥らせる】

ケンジはすべてを理解した。これは幽霊の呪いなどではない。この世界のシステムが、侵入者である彼らを排除するために仕掛けた、冷徹な「罠」なのだ。人の心を仲間との絆を、ただの「データ」として扱い、それを弄ぶ。そのあまりにも冒涜的な行為が、彼のプロジェクトマネージャーとしての、そして一人の人間としての矜持を激しく揺さぶった。

彼は歯を食いしばった。

(…ふざけるな…ッ!)

静かだが燃えるような怒りの炎が灯る。(俺の痛みまで、このクソッタレなシステムに弄ばれてたまるかッ!)

ケンジは自らを苛む同僚たちの幻影を、その強い意志の力で振り払った。そして過去の悪夢に囚われ、崩れ落ちる仲間たちの中心で、魂からの叫びを上げた。

「―――惑わされるなッ! これは、俺たちの感傷(バグ)を誘う、敵の罠だッ!!」

ケンジの、リーダーとしての、魂からの絶叫。それは仲間たちの精神を縛り付けていた悪夢の呪縛を、まるで聖なる光のように内側から打ち破った。

覚醒
最初に我に返ったのはルリエルだった。

ケンジの叫びが彼女を責め続けるシルヴィアの幻影の言葉をかき消していく。ハッと顔を上げた。そうだ。私はもう一人ではない。ケンジさんが、仲間たちが、私の弱さごと受け入れてくれた。彼女は涙に濡れた瞳で幻影をまっすぐに見つめ返す。

「…ええ、そうですわ。わたくしは、あなたを傷つけた。それは紛れもない事実。ですが…もう、あの頃の未熟なだけのわたくしではないのですわ!」

その揺るぎない決意に、シルヴィアの幻影はまるで納得したかのように静かに微笑んだ。

「…そう。あなたなら、きっと……」

その言葉がか細く安らかに響いた後、幻影は光の粒子となって消え失せた。

次に、ゴードンがその鋼鉄の身体をゆっくりと起こした。

ケンジの言葉が彼を責め続ける妹の幻影の哀しみを振り払ってくれた。そうだ。俺はもう無力ではない。この手には守るべき仲間がいる。彼は哀しげに佇む妹の幻影に、初めて言葉をかけた。

「…すまなかった」

その声はひどく震えていた。

「あの時、お前を守れなかった。それは俺が一生背負っていく十字架だ。だが…だからこそ、俺はもう二度と、この手を離さないと誓った」

彼は仲間たちがいる方向へ、巨大な戦斧を構え直す。

「見ていてくれ。俺は俺の新しい家族を、今度こそ必ず守り抜いてみせる」

その決意に、妹の幻影は穏やかに微笑むと、温かい光となって彼の心の中へと溶けていった。

シーナもまた、歯を食いしばりその場に立ち上がっていた。

「…そうだよな。メソメソしてる暇があったら、てめえらをこんな目に遭わせたクソッタレを、ぶちのめすのが先だ」

彼女は二本の短剣を構え直した。その切っ先はもはや震えてはいない。

仲間たちは正気に戻った。彼らは自らの過去のトラウマを完全に克服したのだ。これまでの旅路で、仲間と共に痛みを分かち合った経験が、この最も過酷な精神攻撃に対する、最強の「ワクチン」となっていた。

彼らは再び、目の前で哀しげに佇む、無数のガベージ・ゴーレムたちへと向き直った。その瞳にはもはや同情も恐怖もなかった。あるのはただ、この哀しい魂たちを、この永遠の苦しみから解放するという、静かでそして気高い決意だけだった。

魂の解放
ケンジは仲間たちの前に進み出た。そしてこのデータの墓場に眠る、すべての魂たちに語りかける。

「あなたたちを消したのは私たちじゃない。あなたたちの無念は痛いほど分かる。だがその悲しみを、生きている我々にぶつけるのは筋違いだ」

彼の声は静かだったが、その響きには世界の理そのものに語りかけるかのような荘厳さがあった。

「だから私たちは進む。この悲しみの連鎖を生み出した、本当の元凶を断ち切るために」

ケンジは仲間たちへと向き直る。「皆さん。彼らを、解放してあげましょう」

その言葉にルリエルが静かに頷く。彼女は杖を天に掲げた。唇から紡ぎ出されるのは、もはや攻撃の呪文ではない。それは彷徨える魂を、あるべき場所へと導くための鎮魂歌。彼女自身の決意と、この旅で得た仲間たちへの想いが込められた、彼女だけの歌だ。

「彷徨える魂よ、安らかに眠れ。あなたの苦しみはもう終わった。私たちが、あなたたちの悲しみを未来へと繋ぐから…」

ルリエルの杖の先から、温かい黄金色の光が、慈愛に満ちた雨のようにガベージ・ゴーレムたちへと降り注いでいく。

ゴーレムたちはその光を浴びて、苦しむでもなく抵抗するでもなく、ただその哀しみに満ちた表情を、ゆっくりと和らげていった。彼らの身体は光の粒子へと還っていく。

少女の魂は無邪気に花を摘み微笑んで消えた。騎士の魂は誇り高く剣を振るい光へと還った。

永きにわたる魂の苦しみは今、終わりを告げた。

後に残されたのは完全な静寂と、その中心でより一層その絆を強くした四人の仲間たちの姿だけだった。

彼らはこの最後のダンジョンの、最初のそして最も過酷な試練を乗り越えたのだ。

彼らの前にはシステムの心臓部へと続く、光の道が再びまっすぐに伸びていた。
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