ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第5章:オペレーション・ジェネシス

第138話:ガベージコレクション

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神のファイアウォールが沈黙した後に現れたのは、道だった。
それは石や土でできた物理的な道ではない。絶対的な虚無の暗闇の中を、ただ一本、巨大なデータ結晶体の心臓部へと向かってまっすぐに伸びる、蒼白い光の道。その表面は滑らかな水晶のようでありながら、足を踏み出すと、まるで水面を歩いているかのように、柔らかな波紋が広がった。

「…行くぞ」

ケンジの短い号令に、仲間たちは力強く頷き返す。彼らは一列となり、そのあまりにも神聖で、そしてどこまでも無機質な光の道へと、静かに足を踏み入れた。

城の内部は、彼らが想像していたどの光景とも違っていた。
そこは、ダンジョンではなかった。玉座の間でもなければ、回廊でもない。
ただ、どこまでも続く、無限の空間。
上下も左右も奥行きさえも曖昧な、静寂に満ちた巨大なドーム。その内壁は磨き上げられた黒曜石のように滑らかで、そこには宇宙の星々のように、無数の光の線が走り、明滅を繰り返していた。それはまるで、世界のすべての情報が記録された、神の巨大な記憶装置(ストレージ)の内部に迷い込んでしまったかのようだった。

そして、その空間を満たしていたのは、無数の、本当に無数の、光の粒子だった。
雪のように静かに舞い降り、蛍のように儚く明滅し、そしてシャボン玉のようにふわりと浮かび上がる。その一つ一つが、異なる色と輝きを放っている。あるものは生命の息吹を思わせる温かい緑色に、あるものは古代の魔法を思わせる神秘的な紫色に、またあるものは失われた感情を思わせる哀しい蒼色に輝いていた。

「…なんて…美しい…」

ルリエルが、畏敬の念に満ちた声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、この空間がただの魔力で満たされているのではないことを告げていた。この光の粒子の一つ一つが、かつてこの世界に存在した「何か」の、情報の断片なのだと。あまりにも膨大で、そしてあまりにも美しい、知識の海。彼女は、魔術師として、その根源的な美しさに魂を奪われていた。

「…静かすぎる…」
シーナが、フードの奥で低い声で唸る。CSOとしての彼女の鋭敏な感覚が、この完璧すぎる静寂に、言いようのない違和感を覚えていた。罠の気配はない。敵意もない。だが、それ故に不気味だった。まるで、巨大な墓地。無数の魂が、ただ声もなく眠っているかのような、死の静けさ。

ゴードンは何も言わなかった。だが、CTOとして、その職人としての目が、この空間の異常なまでの「秩序」に気づいていた。光の粒子は、決して互いに衝突することがない。それぞれが完璧な法則に基づいて動き、調和を保っている。それは、自然の産物などではない。あまりにも高度な「システム」によって管理された、人工的な静寂だった。

ケンジもまた、その静寂の正体を理解していた。
(…ここは、システムの心臓部。そして、同時に…)
彼のプロジェクトマネージャーとしての思考が、この空間に最も相応しい名前を与えた。
(…世界の、ごみ箱だ)

彼らがその荘厳で不気味な光景に圧倒されていた、その時だった。
それまで、穏やかなハーモニーを奏でるように舞っていた無数の光の粒子。その動きが、ぴたり、と止まった。
絶対的な静寂。
そして、その静寂を破るように、光の粒子が、まるで意志を持ったかのように、動き始めたのだ。

最初に、一行の目の前で、黄金色の光の粒子が集まり始めた。それは、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、一つの点へと収束していく。光の密度が増し、やがて、人の輪郭を形作り始めた。

最初に現れたのは、白銀の輝きを放つ、美しい意匠の鎧だった。次に、その鎧をまとう屈強な肉体。そして最後に、気高く、しかしどこか哀しげな表情を浮かべた、壮年の騎士の顔。その姿はあまりにもリアルで、まるで生きた人間がそこに立っているかのようだった。だが、その身体は実体を持たない。ただ、光の粒子の集合体でできた、半透明の幻影だった。

「…なんだ、こいつは…」
シーナが短剣を構える。

だが、現象はそれだけでは終わらなかった。
騎士の隣で、今度は純白の光の粒子が集まり、一人の無邪気な子供の姿を形作る。その子供は、声もなく、楽しそうに笑いながら、一行へと手を振っていた。
その足元では、虹色の光の粒子が、見たこともないほど美しい、巨大な花を咲かせる。その花は、数秒間だけその完璧な美しさを誇ると、はかなく散り、光の塵となって消えていった。
そして、一行の頭上を、深紅の光の粒子でできた、翼を持つ巨大な獣が、音もなく滑空していく。

鎧の騎士、無邪気な子供、見たこともない動植物たち。
それらは、まるで失われた世界の記憶が、次々と再生されていくかのような、幻想的で、そしてどこまでも哀しい光景だった。

仲間たちが、そのあまりにも不可解な現象に言葉を失う中、ケンジだけが、その正体を理解していた。彼のスキル【プロジェクト管理】が、それらの存在の「仕様」を、無慈悲に解析していたからだ。

ケンジの視界に、分析結果が表示される。

【オブジェクト名:ガベージ・データ(残骸)】
【ステータス:削除済み(DELETED)】
【詳細:世界の恒常性を維持するため、魔王プロセス、およびその他のシステムエラーによって、存在そのものを『削除』された情報の残滓。物理的な実体を持たず、対象の精神に直接干渉する特性を持つ】

ケンジは戦慄した。
目の前にいる者たちは、モンスターではない。幻影でもない。
彼らは、幽霊だ。
この世界のシステムによって、その存在そのものを「なかったこと」にされた、無数の魂の残骸。
仕様書に記されていた、あの冷徹な一行が、今、現実のものとなって目の前に現れたのだ。

―――生命は欠陥なり、故に大いなる消去を始めよ。

彼らは、そのあまりにも理不尽な宣告によって、世界から消し去られた者たちだった。
ケンジの心に、深い哀しみと、そして、この世界の理を歪めた「改竄者」への、静かで、しかし燃えるような怒りが込み上げてきた。

「…なんて、哀しい…」
ルリエルが、震える声で呟いた。リードエンジニアとしての彼女の感覚が、光の粒子から放たれる、声なき慟哭を感じ取っていた。喜びも、悲しみも、怒りさえも、すべてを奪われ、ただ情報としてのみ存在することを許された、魂の残響。

ゴードンは、光の騎士の姿を、ただ黙って見つめていた。CTOとしての彼の目が、その鎧の様式から、彼が数百年前の、伝説の戦いで命を落としたはずの英雄であることを読み取っていた。だが、その魂は安らかに眠ることなく、今もなお、このデータの墓場を彷徨っている。そのあまりにも無念な姿に、ゴードンは、戦士として、深い共感と、そして同情を覚えていた。

シーナは、笑う子供の幻影から、目を逸らすことができなかった。その無邪気な笑顔が、彼女が守ろうとしたミレット村の子供たちの笑顔と重なって見えた。もし、自分たちが間に合わなかったら。あの子たちもまた、こうして、ただの情報の残骸として、この冷たい空間を永遠に彷徨うことになっていたのかもしれない。その想像が、彼女の心を氷のように冷たくした。

彼らは、敵ではなかった。
彼らは、この世界のシステムの、あまりにも大きな悲劇が生み出した、被害者だったのだ。
一行は、ただ、その哀しい魂たちに、かけるべき言葉も見つけられないまま、立ち尽くすことしかできなかった。
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