月の雫と地の底の誓い

YY

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第33話:砕け散る覚悟

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血塗られた回廊を進む私たちの数は、もはや数えるほどにまで減っていた。至る所に仕掛けられた巧妙な罠、角を曲がるたびに待ち伏せる魔物の群れ。戦いは絶望的な消耗戦と化していたが、それでも私たちは進み続けた。

そしてついに、玉座の間へと続く最後の扉の前にたどり着いた。その巨大な扉を守っていたのは、一体の漆黒の鎧を纏った騎士。「アビス・ナイト……魔王の近衛か」マルクス卿が絶望に顔を歪ませる。「勇者様、あなた方だけでも先へ! ここは我らが食い止めます!」マルクス卿をはじめ、残った兵士たちは互いに目配せをすると、最後の力を振り絞り、アビス・ナイトへと突撃した。「我らの死を無駄にはなさらないでください!」

壮絶な戦いが始まった。駆け寄ろうとした私を、タイヨウが強く腕を引く。「行くな! 彼らの覚悟を無駄にすることになる!」その命懸けの抵抗が騎士の足にわずかな隙を生み出していた。「今だ、行けえええっ!」マルクス卿の最後の絶叫を背に、私たちは玉座の間の扉へと走った。扉を抜け、なだれ込むように玉座の間へ。生き残ったのは、タイヨウと私、そしてバルガス、ルナリア、カイリの五人だけだった。

その先に広がっていたのは、想像を絶するほど広大で静寂に満ちた空間。天井は闇に溶け込み、どこまでも続いているようだった。そして広間の遥か奥。巨大なおぞましい骨を組み上げて作られた玉座には、一体の人影が静かに鎮座していた。

魔王。

「……よくぞ、ここまで来た。余の退屈しのぎの駒どもよ」魔王は顔を上げず、静かに呟いた。「褒美として一瞬で終わらせてやろう」彼が指を一本ゆっくりと持ち上げる。次の瞬間、黒い炎の波が私たちへと牙を剥く。「散開!」タイヨウが叫ぶ。「言われるまでもありませんわ!」ルナリアの杖が輝き、私たちの前に半透明の魔力障壁が展開される。しかし魔王の炎はその障壁に触れた瞬間、ガラスにひびが入るように凄まじい音を立てて亀裂を走らせた。「ぐっ…! 支えきれん!」バルガスがその亀裂の前に巨大な盾を構え、衝撃を受け止める。「シェフ、右から来るぞ!」カイリの鋭い声。タイヨウは彼の警告に従い、私の腕を引いてその場から飛びのいた。直後、私たちがいた場所に闇の槍が突き刺さり、黒曜石の床を粉砕する。完璧な連携だった。この一瞬の判断と行動こそが、私たちをただの駒ではないと証明していた。

その事実に、魔王は初めてその美しい顔を上げ、私たちを値踏みするように見つめた。「ほう…。虫けらにしては、よく躾けられている」そして、その視線が私に注がれた瞬間、彼の唇が愉悦に歪んだ。「……なるほど。あの小さな光が、虫けらどもの生命線か」彼の指先が、再びゆっくりと持ち上げられる。今度の狙いは明確だった。これまでとは比較にならないほど濃密で、禍々しい破滅の魔力が、その指先に収束していく。世界の終わりを凝縮したかのような、小さな黒い太陽。「まずい…!」ルナリアの声が震える。誰もが絶望的な顔で、その黒い太陽が私へと放たれるのを、ただ見ていることしかできなかった。

「――セレスティアアアアアッ!!」タイヨウの絶叫が響いた。彼は疲弊しきった体で最後の最後の力を振り絞った。彼は私を突き飛ばすのではなく、その腕で強く、強く抱きしめた。そして私の盾となるように、その背中で破滅の全てを受け止める。

轟音。世界が白と黒に染まる。彼の英雄の証であった白銀の鎧が、まるで薄い硝子のように粉々に砕け散る。光が収まった時、彼はまだ立っていた。私を守るように抱きしめたまま。しかしその体はもう限界だった。彼はゆっくりと私を見下ろす。その瞳には、あの夜と同じ痛ましいほどの優しさが浮かんでいた。「……すまない……。また、間に合わなかったな……」いつもの後悔の言葉。しかし、彼の唇の端が、本当に微かに、安らかな笑みの形に持ち上がるのを、私は見逃さなかった。まるで、守りたかったものをようやく守りきれたかのように、救われた表情だった。そして彼は、その穏やかな笑みを浮かべたまま、私の腕の中へ崩れ落ちた。

「タイヨウ!」私の悲痛な叫び。しかし、私は一人ではなかった。「タイヨウ!」「シェフ!」仲間たちの絶叫がすぐそばで響く。バルガスが「魔王め…ッ!」と雄叫びを上げ、盾を構え直す。カイリは涙を流しながらもダガーを抜き放ち、ルナリアは憎悪に燃える瞳で、杖の先端に最大級の魔力を込め始めていた。彼らはまだ、戦うことを諦めていない。だが、魔王はそんな彼らの抵抗を鼻で笑うと、とどめを刺すために、ゆっくりと歩み寄ってきた。

絶体絶命。その時だった。私は、タイヨウの穏やかな最期の顔を思い出し、絶望の淵から込み上げてくる何かを感じた。私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、彼の冷たくなっていく頬に触れた、その瞬間。

世界が、温かい光に包まれた。
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