33 / 46
第33話:砕け散る覚悟
しおりを挟む
血塗られた回廊を進む私たちの数は、もはや数えるほどにまで減っていた。至る所に仕掛けられた巧妙な罠、角を曲がるたびに待ち伏せる魔物の群れ。戦いは絶望的な消耗戦と化していたが、それでも私たちは進み続けた。
そしてついに、玉座の間へと続く最後の扉の前にたどり着いた。その巨大な扉を守っていたのは、一体の漆黒の鎧を纏った騎士。「アビス・ナイト……魔王の近衛か」マルクス卿が絶望に顔を歪ませる。「勇者様、あなた方だけでも先へ! ここは我らが食い止めます!」マルクス卿をはじめ、残った兵士たちは互いに目配せをすると、最後の力を振り絞り、アビス・ナイトへと突撃した。「我らの死を無駄にはなさらないでください!」
壮絶な戦いが始まった。駆け寄ろうとした私を、タイヨウが強く腕を引く。「行くな! 彼らの覚悟を無駄にすることになる!」その命懸けの抵抗が騎士の足にわずかな隙を生み出していた。「今だ、行けえええっ!」マルクス卿の最後の絶叫を背に、私たちは玉座の間の扉へと走った。扉を抜け、なだれ込むように玉座の間へ。生き残ったのは、タイヨウと私、そしてバルガス、ルナリア、カイリの五人だけだった。
その先に広がっていたのは、想像を絶するほど広大で静寂に満ちた空間。天井は闇に溶け込み、どこまでも続いているようだった。そして広間の遥か奥。巨大なおぞましい骨を組み上げて作られた玉座には、一体の人影が静かに鎮座していた。
魔王。
「……よくぞ、ここまで来た。余の退屈しのぎの駒どもよ」魔王は顔を上げず、静かに呟いた。「褒美として一瞬で終わらせてやろう」彼が指を一本ゆっくりと持ち上げる。次の瞬間、黒い炎の波が私たちへと牙を剥く。「散開!」タイヨウが叫ぶ。「言われるまでもありませんわ!」ルナリアの杖が輝き、私たちの前に半透明の魔力障壁が展開される。しかし魔王の炎はその障壁に触れた瞬間、ガラスにひびが入るように凄まじい音を立てて亀裂を走らせた。「ぐっ…! 支えきれん!」バルガスがその亀裂の前に巨大な盾を構え、衝撃を受け止める。「シェフ、右から来るぞ!」カイリの鋭い声。タイヨウは彼の警告に従い、私の腕を引いてその場から飛びのいた。直後、私たちがいた場所に闇の槍が突き刺さり、黒曜石の床を粉砕する。完璧な連携だった。この一瞬の判断と行動こそが、私たちをただの駒ではないと証明していた。
その事実に、魔王は初めてその美しい顔を上げ、私たちを値踏みするように見つめた。「ほう…。虫けらにしては、よく躾けられている」そして、その視線が私に注がれた瞬間、彼の唇が愉悦に歪んだ。「……なるほど。あの小さな光が、虫けらどもの生命線か」彼の指先が、再びゆっくりと持ち上げられる。今度の狙いは明確だった。これまでとは比較にならないほど濃密で、禍々しい破滅の魔力が、その指先に収束していく。世界の終わりを凝縮したかのような、小さな黒い太陽。「まずい…!」ルナリアの声が震える。誰もが絶望的な顔で、その黒い太陽が私へと放たれるのを、ただ見ていることしかできなかった。
「――セレスティアアアアアッ!!」タイヨウの絶叫が響いた。彼は疲弊しきった体で最後の最後の力を振り絞った。彼は私を突き飛ばすのではなく、その腕で強く、強く抱きしめた。そして私の盾となるように、その背中で破滅の全てを受け止める。
轟音。世界が白と黒に染まる。彼の英雄の証であった白銀の鎧が、まるで薄い硝子のように粉々に砕け散る。光が収まった時、彼はまだ立っていた。私を守るように抱きしめたまま。しかしその体はもう限界だった。彼はゆっくりと私を見下ろす。その瞳には、あの夜と同じ痛ましいほどの優しさが浮かんでいた。「……すまない……。また、間に合わなかったな……」いつもの後悔の言葉。しかし、彼の唇の端が、本当に微かに、安らかな笑みの形に持ち上がるのを、私は見逃さなかった。まるで、守りたかったものをようやく守りきれたかのように、救われた表情だった。そして彼は、その穏やかな笑みを浮かべたまま、私の腕の中へ崩れ落ちた。
「タイヨウ!」私の悲痛な叫び。しかし、私は一人ではなかった。「タイヨウ!」「シェフ!」仲間たちの絶叫がすぐそばで響く。バルガスが「魔王め…ッ!」と雄叫びを上げ、盾を構え直す。カイリは涙を流しながらもダガーを抜き放ち、ルナリアは憎悪に燃える瞳で、杖の先端に最大級の魔力を込め始めていた。彼らはまだ、戦うことを諦めていない。だが、魔王はそんな彼らの抵抗を鼻で笑うと、とどめを刺すために、ゆっくりと歩み寄ってきた。
絶体絶命。その時だった。私は、タイヨウの穏やかな最期の顔を思い出し、絶望の淵から込み上げてくる何かを感じた。私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、彼の冷たくなっていく頬に触れた、その瞬間。
世界が、温かい光に包まれた。
そしてついに、玉座の間へと続く最後の扉の前にたどり着いた。その巨大な扉を守っていたのは、一体の漆黒の鎧を纏った騎士。「アビス・ナイト……魔王の近衛か」マルクス卿が絶望に顔を歪ませる。「勇者様、あなた方だけでも先へ! ここは我らが食い止めます!」マルクス卿をはじめ、残った兵士たちは互いに目配せをすると、最後の力を振り絞り、アビス・ナイトへと突撃した。「我らの死を無駄にはなさらないでください!」
壮絶な戦いが始まった。駆け寄ろうとした私を、タイヨウが強く腕を引く。「行くな! 彼らの覚悟を無駄にすることになる!」その命懸けの抵抗が騎士の足にわずかな隙を生み出していた。「今だ、行けえええっ!」マルクス卿の最後の絶叫を背に、私たちは玉座の間の扉へと走った。扉を抜け、なだれ込むように玉座の間へ。生き残ったのは、タイヨウと私、そしてバルガス、ルナリア、カイリの五人だけだった。
その先に広がっていたのは、想像を絶するほど広大で静寂に満ちた空間。天井は闇に溶け込み、どこまでも続いているようだった。そして広間の遥か奥。巨大なおぞましい骨を組み上げて作られた玉座には、一体の人影が静かに鎮座していた。
魔王。
「……よくぞ、ここまで来た。余の退屈しのぎの駒どもよ」魔王は顔を上げず、静かに呟いた。「褒美として一瞬で終わらせてやろう」彼が指を一本ゆっくりと持ち上げる。次の瞬間、黒い炎の波が私たちへと牙を剥く。「散開!」タイヨウが叫ぶ。「言われるまでもありませんわ!」ルナリアの杖が輝き、私たちの前に半透明の魔力障壁が展開される。しかし魔王の炎はその障壁に触れた瞬間、ガラスにひびが入るように凄まじい音を立てて亀裂を走らせた。「ぐっ…! 支えきれん!」バルガスがその亀裂の前に巨大な盾を構え、衝撃を受け止める。「シェフ、右から来るぞ!」カイリの鋭い声。タイヨウは彼の警告に従い、私の腕を引いてその場から飛びのいた。直後、私たちがいた場所に闇の槍が突き刺さり、黒曜石の床を粉砕する。完璧な連携だった。この一瞬の判断と行動こそが、私たちをただの駒ではないと証明していた。
その事実に、魔王は初めてその美しい顔を上げ、私たちを値踏みするように見つめた。「ほう…。虫けらにしては、よく躾けられている」そして、その視線が私に注がれた瞬間、彼の唇が愉悦に歪んだ。「……なるほど。あの小さな光が、虫けらどもの生命線か」彼の指先が、再びゆっくりと持ち上げられる。今度の狙いは明確だった。これまでとは比較にならないほど濃密で、禍々しい破滅の魔力が、その指先に収束していく。世界の終わりを凝縮したかのような、小さな黒い太陽。「まずい…!」ルナリアの声が震える。誰もが絶望的な顔で、その黒い太陽が私へと放たれるのを、ただ見ていることしかできなかった。
「――セレスティアアアアアッ!!」タイヨウの絶叫が響いた。彼は疲弊しきった体で最後の最後の力を振り絞った。彼は私を突き飛ばすのではなく、その腕で強く、強く抱きしめた。そして私の盾となるように、その背中で破滅の全てを受け止める。
轟音。世界が白と黒に染まる。彼の英雄の証であった白銀の鎧が、まるで薄い硝子のように粉々に砕け散る。光が収まった時、彼はまだ立っていた。私を守るように抱きしめたまま。しかしその体はもう限界だった。彼はゆっくりと私を見下ろす。その瞳には、あの夜と同じ痛ましいほどの優しさが浮かんでいた。「……すまない……。また、間に合わなかったな……」いつもの後悔の言葉。しかし、彼の唇の端が、本当に微かに、安らかな笑みの形に持ち上がるのを、私は見逃さなかった。まるで、守りたかったものをようやく守りきれたかのように、救われた表情だった。そして彼は、その穏やかな笑みを浮かべたまま、私の腕の中へ崩れ落ちた。
「タイヨウ!」私の悲痛な叫び。しかし、私は一人ではなかった。「タイヨウ!」「シェフ!」仲間たちの絶叫がすぐそばで響く。バルガスが「魔王め…ッ!」と雄叫びを上げ、盾を構え直す。カイリは涙を流しながらもダガーを抜き放ち、ルナリアは憎悪に燃える瞳で、杖の先端に最大級の魔力を込め始めていた。彼らはまだ、戦うことを諦めていない。だが、魔王はそんな彼らの抵抗を鼻で笑うと、とどめを刺すために、ゆっくりと歩み寄ってきた。
絶体絶命。その時だった。私は、タイヨウの穏やかな最期の顔を思い出し、絶望の淵から込み上げてくる何かを感じた。私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、彼の冷たくなっていく頬に触れた、その瞬間。
世界が、温かい光に包まれた。
10
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ
O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。
それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。
ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。
彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。
剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。
そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる