俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第3話:魔物の気配

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学園での一件以来、俺はリリアーナ・フォン・エルドラドという名の公爵令嬢を「関わるべきではない厄介な存在」として、意識的に思考の外へ追いやっていた。だが、俺の意思とは無関係に、事態は常に最悪の方向へと転がっていく。

王城の暗部執務室。上官から渡された新たな命令書には、結社『ノクティス』に関する最新の情報が記されていた。
「――校外演習に、結社の息がかかった者が紛れ込む。確実だ」
奴らの目的は何か。学生の中に潜む協力者との接触か、あるいは新たな計画の準備か。いずれにせよ、これは尻尾を掴むまたとない好機だ。
俺への命令は、前回同様、潜入調査だった。
「警護騎士として演習に同行し、その人物を特定・監視せよ」
学生たちの安全を守るという大義名分は、俺のような影の存在が白昼堂々うろつく上で、好都合な隠れ蓑となる。俺は命令を受諾し、作戦の概要に目を通し始めた。

今回の演習に参加する学生と、帯同する教員、そして警護騎士団のリスト。俺は、その羊皮紙に記された名前を一つ一つ、指でなぞりながら確認していく。敵は誰だ。どの名が、偽りの仮面を被っているのか。
全ての名前を検分し、要注意人物を頭に叩き込んでいく。だが、そのリストの最後に、俺は信じられない名前を発見した。

「……リリアーナ・フォン・エルドラド」

思わず、低い声が漏れる。あの厄介な公爵令嬢の名が、そこにあった。なぜよりによって彼女が。断罪イベントの後、しばらくは大人しくしているものと思っていたが、全くこちらの常識が通用しないらしい。
ただでさえ、学生たちの集団行動の中で、密かに対象を監視するという神経を使う任務だというのに。あの女のような、予測不能な攪乱要因の存在は、頭が痛いどころの話ではない。彼女がひとたび奇行に走れば、俺の慎重な計画は全て台無しにされるだろう。

俺は、深く、重いため息をついた。
そして、自らの手で、監視対象リストの末尾に、彼女の名前を書き加える。結社の協力者とは別に、もう一人。俺が常にその動向を警戒せねばならない人物が増えた瞬間だった。

演習出発の前日、俺は警護を担当する騎士たちとの最終打ち合わせに参加していた。作戦区域の地図を広げ、部隊の配置や緊急時の連携について、隊長が淡々と説明を進めていく。俺は、その説明を聞きながらも、思考の半分は別の場所にあった。どうやって、あの女の奇行を事前に察知し、阻止するか。

「――ゼノン」

不意に、隣に座っていた同僚の騎士、マルクスが肘で俺をつついてきた。
「どうした」
「いや、お前、今回の任務で一番厄介なのが誰か分かってるか?」
マルクスは、俺が内心で考えていることなど知る由もなく、悪戯っぽく笑いながら言った。
「公爵令嬢だ。リリアーナ嬢には、特に気を配れよ」
「……どういう意味だ」

俺の問いに、マルクスは周囲に聞かれぬよう、声を潜めた。
「最近、妙な噂が流れてるんだ。結社は、身代金目的で高位貴族の子弟を攫う計画を立てている、ってな。あんな派手で目立つ令嬢は、奴らにとって格好の的だぞ」

……標的、だと?

その言葉は、俺にとって完全に予想外のものだった。
俺はこれまで、リリアーナ・フォン・エルドラドという女を、二つの可能性でしか見ていなかった。一つは、「結社の協力者」。もう一つは、「ただの思考が読めない奇人」。
だが、マルクスの言葉で、第三の可能性が生まれた。「被害者」になるかもしれない、という可能性が。

確かに、彼女は公爵家の令嬢だ。その身柄の価値は計り知れない。そして、あの無防備さと、危機感の欠如。誘拐犯からすれば、これほど御しやすい獲物もいないだろう。
俺の思考が、混乱する。
協力者か、妨害者か、あるいは護衛すべき対象か。
もし彼女が協力者なら、俺は彼女を欺き、捕縛せねばならない。
もし彼女がただの奇人なら、俺は彼女を無視し、距離を置くべきだ。
そして、もし彼女が標的なら――俺は、彼女を守らねばならない。

判断材料が、あまりにも少なすぎる。
だが、一つだけ確かなことがある。騎士である以上、学生を危険に晒すわけにはいかない。たとえそれが、どれだけ理解不能で、どれだけ厄介な人物であろうとも。

打ち合わせが終わり、俺は一人、窓の外に広がる夜の闇を見つめていた。
俺の任務は、結社の影を追うこと。そして、もう一つ。
あの公爵令嬢、リリアーナ・フォン・エルドラドから、一瞬たりとも目を離さないこと。

敵と、そして味方かもしれない最大の不確定要素。二重の警戒態勢を敷かねばならない今回の任務は、これまで以上に困難なものになるだろう。俺は、静かに覚悟を決め、校外演習の地へと向かう準備を始めた。
面倒事に巻き込まれる、いつもの嫌な予感だけが、胸の中に渦巻いていた。
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