俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

文字の大きさ
11 / 40

第11話:逆尾行

しおりを挟む
リリアーナ・フォン・エルドラドが、一連の誘拐事件の首謀者であるという仮説。状況証拠は、ほぼ黒に近い灰色を示している。俺は、彼女の本格的な尾行を開始した。学園を出た彼女が、王都のどこかで結社の仲間と接触する、その決定的な瞬間を抑える。今日の任務は、それだけだ。単純明快、俺がこれまで幾度となくこなしてきた類の仕事に過ぎない。

俺は、騎士の気配を完全に殺し、街の影と化した。足音は石畳に吸われ、呼吸は風に紛れる。通行人の視線は俺の体を滑り落ち、誰の記憶にも残らない。それが、俺たち暗部の騎士が叩き込まれる、基本的な技術だ。群衆の中にいても、誰にも認識されない幽霊となる。対象に気づかれず、その全てを監視する。簡単な任務のはずだった。…対象が、常識の範疇にある人間であれば。

だが、対象…リリアーナ嬢の行動は、どうにも不可解だった。
彼女は、学園を出ると、まるで目的があるかのように大通りをまっすぐ歩いていた。その背筋の伸びた優雅な歩き方は、紛れもなく高位貴族のものだ。だが、突然、何の前触れもなく、広場の大きな噴水の裏にさっと身を隠したのだ。その動きは、訓練された斥候のように滑らかでありながら、豪奢なドレスの裾が隠しきれずにはみ出しているという、致命的な詰めの甘さがあった。…誰かをやり過ごしたのか? いや、周囲に怪しい人影はない。彼女が隠れたことで、逆に鳩の群れが驚いて飛び立ち、周囲の注目を集めている始末だ。

しばらくすると、彼女は再び歩き始めた。今度は、店のショーウィンドウに自分の姿を映しては、しきりに後方を確認している。その動きは、明らかに尾行を警戒する者のそれだ。だが、そのやり方がまたおかしい。本物の工作員なら、一瞬の、誰にも気づかれぬ視線の動きで後方を確認する。だが彼女は、まるで恋する乙女が鏡の前で髪を直すかのように、うっとりとした表情でショーウィンドウを覗き込み、その瞳だけが必死に背後を窺っている。不自然極まりない。
…おかしい。彼女が尾行している相手は誰だ? 俺の監視に気づいているのか? いや、それにしては、俺のいる方向とは全く違う場所を気にしている。まるで、存在しない幽霊でも追っているかのようだ。

彼女の行動は、諜報のセオリーに則っているようで、その実、全くのでたらめだった。プロの動きと、素人の奇行が、奇妙に混ざり合っている。俺の長年の経験則が、目の前の現象を分析できずに悲鳴を上げていた。これは何かの陽動か? それとも、俺を混乱させるための高等戦術なのか?

一度、状況を整理する必要がある。
俺は、彼女の視線から完全に逃れるため、狭い路地裏へと身を滑り込ませた。石壁の冷たさが、火照った思考をわずかに冷ましてくれる。この奇妙な行動の意図は何か。彼女の最終的な目的はどこにあるのか。
俺が、壁の角からそっと顔を出し、彼女の様子を窺った、その時だ。
信じられない光景が、目に飛び込んできた。

道の向こう側、別の建物の陰から、あの公爵令嬢が、こちらを…俺がいる路地裏を、じっと窺っていたのだ。
そして、俺と目が合った瞬間、彼女はなぜか、全てが計画通りだとでも言いたげな、満足げな微笑みを浮かべた。その笑みは、勝利を確信した将軍のようでもあり、探し物を見つけた子供のようでもあった。

…まさか。
この女が尾行している相手は…俺か?

理解が、追いつかない。俺の思考が、完全に停止した。
俺が彼女を尾行し、彼女が俺を尾行している。これは一体、何の茶番だ? メビウスの輪のように、終わりのない追いかけっこ。
俺の監視に気づき、逆にこちらを監視することで、揺さぶりをかけるための高等戦術か? だとしたら、彼女は俺が想像する以上に手練れの工作員だ。俺の完璧な隠密行動を、いとも簡単に見破ったことになる。
それとも、ただの偶然か? いや、それにしては、あまりにもタイミングが良すぎる。俺が身を隠したこの場所を、なぜ彼女が正確に把握できた?

俺は、ずきりと痛むこめかみを押さえた。
国家の存亡をかけた、プロフェッショナルであるはずの諜報任務が、いつの間にか、滑稽な追いかけっこに成り下がっている。俺の積み上げてきた経験も、技術も、この女の前では何の意味もなさない。

「この女、本当に何者だ…?」

俺の口から、呆れと、そして疲労に満ちた呟きが漏れた。
もはや、彼女の行動を分析すること自体が無意味に思えてきた。彼女は、俺の常識の外側にいる。俺は、ただ、頭を抱えるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

幼子家精霊ノアの献身〜転生者と過ごした記憶を頼りに、家スキルで快適生活を送りたい〜

犬社護
ファンタジー
むか〜しむかし、とある山頂付近に、冤罪により断罪で断種された元王子様と、同じく断罪で国外追放された元公爵令嬢が住んでいました。2人は異世界[日本]の記憶を持っていながらも、味方からの裏切りに遭ったことで人間不信となってしまい、およそ50年間自給自足生活を続けてきましたが、ある日元王子様は寿命を迎えることとなりました。彼を深く愛していた元公爵令嬢は《自分も彼と共に天へ》と真摯に祈ったことで、神様はその願いを叶えるため、2人の住んでいた家に命を吹き込み、家精霊ノアとして誕生させました。ノアは、2人の願いを叶え丁重に葬りましたが、同時に孤独となってしまいます。家精霊の性質上、1人で生き抜くことは厳しい。そこで、ノアは下山することを決意します。 これは転生者たちと過ごした記憶と知識を糧に、家スキルを巧みに操りながら人々に善行を施し、仲間たちと共に世界に大きな変革をもたす精霊の物語。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

元商社マンの俺、異世界と日本を行き来できるチートをゲットしたので、のんびり貿易商でも始めます~現代の便利グッズは異世界では最強でした~

黒崎隼人
ファンタジー
「もう限界だ……」 過労で商社を辞めた俺、白石悠斗(28)が次に目覚めた場所は、魔物が闊歩する異世界だった!? 絶体絶命のピンチに発現したのは、現代日本と異世界を自由に行き来できる【往還の門】と、なんでも収納できる【次元倉庫】というとんでもないチートスキル! 「これ、最強すぎないか?」 試しにコンビニのレトルトカレーを村人に振る舞えば「神の食べ物!」と崇められ、百均のカッターナイフが高級品として売れる始末。 元商社マンの知識と現代日本の物資を武器に、俺は異世界で商売を始めることを決意する。 食文化、技術、物流――全てが未発達なこの世界で、現代知識は無双の力を発揮する! 辺境の村から成り上がり、やがては世界経済を、そして二つの世界の運命をも動かしていく。 元サラリーマンの、異世界成り上がり交易ファンタジー、ここに開店!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...