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第12話:囮になる令嬢
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あの奇妙な「逆尾行」以来、俺はリリアーナ・フォン・エルドラドへの警戒レベルを最大まで引き上げていた。
彼女が次に何をするか、その真の目的は何か。俺はこれまで以上に距離を取り、息を殺して監視を続けた。彼女の行動は、もはや俺の常識や経験則では測れない。予測するだけ無駄だ。彼女は、俺がこれまで対峙してきたどんな敵とも異質だった。工作員ならば目的があり、狂信者ならば思想がある。だが、彼女の行動には一貫した論理が見えない。ただ、混沌(カオス)があるだけだ。故に、俺は予測を捨てた。ただ、起こった事象を観測し、常に最悪の事態に備える。それしか、俺にできることはなかった。
そして今日、その「最悪の事態」への序曲が始まった。
昼食後のお茶会で、彼女はいつもの侍女たちを「少し一人で考え事がしたいの」という見え透いた口実で巧みに撒き、単身で学園を抜け出した。向かった先は、王都でも特に治安の悪い地区だ。石畳はひび割れ、建物の壁は煤で汚れ、路地裏からは素性の知れぬ男たちの濁った笑い声が聞こえてくる。貴族の令嬢が一人で足を踏み入れるような場所ではない。
…やはり、何か企んでいる。
俺は、屋根から屋根へと音もなく跳躍し、距離を保ちながら追跡を続けた。
彼女は、まるで誰かを待つかのように、人通りの少ない裏通りの真ん中で、ぽつんとたたずんでいた。場違いなほど華やかな薔薇色のドレス、陽の光を反射してきらめく高価な宝石の髪飾り。その姿は、汚れた灰色の街並みの中で、闇の中に咲いた毒の花のように、異様な存在感を放っている。まるで、自ら「ここに獲物がいる」と叫んでいるかのようだ。
すると、通りの角から、一台の黒塗りの馬車が音もなく姿を現した。装飾は一切なく、窓は黒いカーテンで覆われている。これまでの誘拐事件で目撃されたものと、その特徴が完全に一致する。
中から出てきたのは、商人風の外套で顔を隠した、屈強な男たち。その外套の下に隠された武具の感触と、指に光る結社の紋章が刻まれた指輪を、俺は見逃さなかった。
…ついに尻尾を現したな。
俺は、屋根瓦の影に身を潜め、いつでも飛び降りられるように体勢を低くした。ここで突入し、全員を捕縛する。それが最善手だ。
俺がタイミングを計っていた、まさにその時だ。
信じられないことに、リリアーナは、目の前の工作員たちを前にして、一切抵抗する素振りを見せなかった。恐怖に震えるでもなく、助けを求めるでもなく、ただ静かにそこに立っている。その横顔には、怯えの色すらない。
それどころか、まるで迎えの者を待っていたかのように、自ら彼らに向かって、優雅に一歩、歩み寄ったのだ。その動きには、躊躇いも迷いもなかった。
彼女は、攫われたのではない。
自ら進んで、奴らと共に行ったのだ。
男たちが、彼女にざらついた布袋を被せ、馬車の中へと乱暴に押し込む。その一連の流れは、あまりに手際が良く、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようだった。抵抗しない獲物を、ただ運ぶだけの作業。
馬車が、石畳を蹴って走り去っていくのを、俺は屋根の上から静かに見下ろしていた。そして、己の仮説が、最悪の形で正しかったことを確信した。
「やはり、結社に接触したか…!」
これは、誘拐ではない。幹部の合流、あるいは亡命だ。彼女は、自らの意志で敵の元へ向かった。
これで決定的だ。リリアーナ・フォン・エルドラドは、敵だ。
ただ、理解できないのはその動機だ。なぜ、これほどまでに回りくどく、芝居がかった方法で仲間と合流する必要がある?俺の監視を欺くためか?それとも、これも何かの陽動か?
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
あの馬車を追え。
奴らのアジトを突き止め、首謀者であるあの女を、この手で捕らえる。
俺は、闇の中へと消えていく馬車を追って、屋根の上を疾走した。
彼女が次に何をするか、その真の目的は何か。俺はこれまで以上に距離を取り、息を殺して監視を続けた。彼女の行動は、もはや俺の常識や経験則では測れない。予測するだけ無駄だ。彼女は、俺がこれまで対峙してきたどんな敵とも異質だった。工作員ならば目的があり、狂信者ならば思想がある。だが、彼女の行動には一貫した論理が見えない。ただ、混沌(カオス)があるだけだ。故に、俺は予測を捨てた。ただ、起こった事象を観測し、常に最悪の事態に備える。それしか、俺にできることはなかった。
そして今日、その「最悪の事態」への序曲が始まった。
昼食後のお茶会で、彼女はいつもの侍女たちを「少し一人で考え事がしたいの」という見え透いた口実で巧みに撒き、単身で学園を抜け出した。向かった先は、王都でも特に治安の悪い地区だ。石畳はひび割れ、建物の壁は煤で汚れ、路地裏からは素性の知れぬ男たちの濁った笑い声が聞こえてくる。貴族の令嬢が一人で足を踏み入れるような場所ではない。
…やはり、何か企んでいる。
俺は、屋根から屋根へと音もなく跳躍し、距離を保ちながら追跡を続けた。
彼女は、まるで誰かを待つかのように、人通りの少ない裏通りの真ん中で、ぽつんとたたずんでいた。場違いなほど華やかな薔薇色のドレス、陽の光を反射してきらめく高価な宝石の髪飾り。その姿は、汚れた灰色の街並みの中で、闇の中に咲いた毒の花のように、異様な存在感を放っている。まるで、自ら「ここに獲物がいる」と叫んでいるかのようだ。
すると、通りの角から、一台の黒塗りの馬車が音もなく姿を現した。装飾は一切なく、窓は黒いカーテンで覆われている。これまでの誘拐事件で目撃されたものと、その特徴が完全に一致する。
中から出てきたのは、商人風の外套で顔を隠した、屈強な男たち。その外套の下に隠された武具の感触と、指に光る結社の紋章が刻まれた指輪を、俺は見逃さなかった。
…ついに尻尾を現したな。
俺は、屋根瓦の影に身を潜め、いつでも飛び降りられるように体勢を低くした。ここで突入し、全員を捕縛する。それが最善手だ。
俺がタイミングを計っていた、まさにその時だ。
信じられないことに、リリアーナは、目の前の工作員たちを前にして、一切抵抗する素振りを見せなかった。恐怖に震えるでもなく、助けを求めるでもなく、ただ静かにそこに立っている。その横顔には、怯えの色すらない。
それどころか、まるで迎えの者を待っていたかのように、自ら彼らに向かって、優雅に一歩、歩み寄ったのだ。その動きには、躊躇いも迷いもなかった。
彼女は、攫われたのではない。
自ら進んで、奴らと共に行ったのだ。
男たちが、彼女にざらついた布袋を被せ、馬車の中へと乱暴に押し込む。その一連の流れは、あまりに手際が良く、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようだった。抵抗しない獲物を、ただ運ぶだけの作業。
馬車が、石畳を蹴って走り去っていくのを、俺は屋根の上から静かに見下ろしていた。そして、己の仮説が、最悪の形で正しかったことを確信した。
「やはり、結社に接触したか…!」
これは、誘拐ではない。幹部の合流、あるいは亡命だ。彼女は、自らの意志で敵の元へ向かった。
これで決定的だ。リリアーナ・フォン・エルドラドは、敵だ。
ただ、理解できないのはその動機だ。なぜ、これほどまでに回りくどく、芝居がかった方法で仲間と合流する必要がある?俺の監視を欺くためか?それとも、これも何かの陽動か?
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
あの馬車を追え。
奴らのアジトを突き止め、首謀者であるあの女を、この手で捕らえる。
俺は、闇の中へと消えていく馬車を追って、屋根の上を疾走した。
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