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第13話:敵アジト潜入
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リリアーナを乗せた馬車を追い、俺は港の古い倉庫街にたどり着いた。潮風に錆びついた鉄の扉、積み上げられたまま放置され、腐りかけた木箱。夜の闇に紛れて、悪党どもが巣食うにはうってつけの場所だ。間違いない、ここが結社の誘拐計画のアジトだ。
外の見張りを、影から影へと移動し、音もなく処理する。一人目の注意を、遠くに投げた小石で逸らし、背後から忍び寄って首筋に手刀を落とす。二人目が仲間が崩れ落ちる音に気づく前に、その口を塞ぎ、意識を刈り取る。俺の仕事に、音はない。ただ、静かな結果があるだけだ。
重い鉄の扉に、そっと耳をつける。中の様子を窺うためだ。突入前に、内部の状況を可能な限り把握する。それが、俺たち暗部の騎士の鉄則だ。
だが、中から聞こえてきたのは、俺が予測していた怒号や悲鳴、あるいは人質を尋問するような声ではなかった。
「ゲホッ、ゴホッ…!」
「うぐっ…息が…できん…」
断続的な、湿った咳き込み。それは、まるで肺に水が溜まったかのような、おぞましい音だった。息を詰まらせる苦悶の声、そして、何かを必死に嘔吐くような音…。壁に体を打ち付ける鈍い音も混じっている。尋問や戦闘の音とは明らかに異質だ。これは、一方的な苦痛の音だ。
まるで、強力な毒ガスでも充満しているかのような、異常な状況だ。内部で仲間割れでも起きたのか? それとも、奴らが行っていた非道な魔術実験が、暴走でもしたというのか? リリアーナ嬢を実験台にでもして、失敗したか? いや、それにしては静かすぎる。抵抗の跡が見られない。
いずれにせよ、躊躇している時間はない。中の連中がどのような状況であれ、リリアーナ嬢の身柄を確保し、情報を引き出す必要がある。
俺は扉の蝶番のあたりに体重をかけ、一気に蹴破った。轟音と共に、俺は内部に突入した。
中は、地獄絵図だった。
結社の屈強な工作員たちが、床に倒れ伏し、あるいは壁際で泡を吹いて悶えている。ある者は喉を掻きむしり、ある者は虚空を掴むように痙攣していた。部屋には、鼻を突き、思考を麻痺させるほどの強烈な異臭が立ち込めていた。甘ったるい花の香りと、何かを焼いたような焦げ臭さが混じった、吐き気を催す匂いだ。俺は咄嗟に呼吸を浅くし、体内に毒を取り込まないよう警戒する。
「何が起きている…?」
これは、騎士団が開発した最新の化学兵器でも使われた後のようだ。だが、一体誰が? 何のために? 俺の知らないところで、別の部隊が動いていたというのか? いや、この任務は俺の単独のはずだ。
その惨状の真ん中、ポツンと置かれた椅子に、一人の人物が縛り付けられていた。
そして、その人物は、この異様な状況下で、ただ一人平然としていた。涼しい顔で…いや、むしろどこか誇らしげな顔で、目の前の地獄絵図を、まるで自分の作品でも眺めるかのように見つめている。
リリアーナ・フォン・エルドラド。
彼女の薔薇色のドレスは乱れ一つなく、その表情には恐怖の色など微塵もない。この阿鼻叫喚の中で、彼女だけが、まるで別の世界の住人のように、静かに、そして優雅にそこにいた。その姿は、あまりにも場違いで、不気味ですらあった。
まさか、この毒ガスは彼女が?
仲間であるはずの工作員ごと、口封じのために? 俺が突入してくることを見越して、証人を全て消し去ろうと? だとしたら、彼女の冷徹さと計画性は、俺の想像を遥かに超えている。
謎が多すぎる。だが、今は確保が最優先だ。この女は、俺の常識が通用する相手ではない。もはや人間としてではなく、未知の脅威として対処すべきだ。
俺は剣を構え、この理解不能な混乱の中心にいる彼女へと、一歩、また一歩と、慎重に歩を進めた。
外の見張りを、影から影へと移動し、音もなく処理する。一人目の注意を、遠くに投げた小石で逸らし、背後から忍び寄って首筋に手刀を落とす。二人目が仲間が崩れ落ちる音に気づく前に、その口を塞ぎ、意識を刈り取る。俺の仕事に、音はない。ただ、静かな結果があるだけだ。
重い鉄の扉に、そっと耳をつける。中の様子を窺うためだ。突入前に、内部の状況を可能な限り把握する。それが、俺たち暗部の騎士の鉄則だ。
だが、中から聞こえてきたのは、俺が予測していた怒号や悲鳴、あるいは人質を尋問するような声ではなかった。
「ゲホッ、ゴホッ…!」
「うぐっ…息が…できん…」
断続的な、湿った咳き込み。それは、まるで肺に水が溜まったかのような、おぞましい音だった。息を詰まらせる苦悶の声、そして、何かを必死に嘔吐くような音…。壁に体を打ち付ける鈍い音も混じっている。尋問や戦闘の音とは明らかに異質だ。これは、一方的な苦痛の音だ。
まるで、強力な毒ガスでも充満しているかのような、異常な状況だ。内部で仲間割れでも起きたのか? それとも、奴らが行っていた非道な魔術実験が、暴走でもしたというのか? リリアーナ嬢を実験台にでもして、失敗したか? いや、それにしては静かすぎる。抵抗の跡が見られない。
いずれにせよ、躊躇している時間はない。中の連中がどのような状況であれ、リリアーナ嬢の身柄を確保し、情報を引き出す必要がある。
俺は扉の蝶番のあたりに体重をかけ、一気に蹴破った。轟音と共に、俺は内部に突入した。
中は、地獄絵図だった。
結社の屈強な工作員たちが、床に倒れ伏し、あるいは壁際で泡を吹いて悶えている。ある者は喉を掻きむしり、ある者は虚空を掴むように痙攣していた。部屋には、鼻を突き、思考を麻痺させるほどの強烈な異臭が立ち込めていた。甘ったるい花の香りと、何かを焼いたような焦げ臭さが混じった、吐き気を催す匂いだ。俺は咄嗟に呼吸を浅くし、体内に毒を取り込まないよう警戒する。
「何が起きている…?」
これは、騎士団が開発した最新の化学兵器でも使われた後のようだ。だが、一体誰が? 何のために? 俺の知らないところで、別の部隊が動いていたというのか? いや、この任務は俺の単独のはずだ。
その惨状の真ん中、ポツンと置かれた椅子に、一人の人物が縛り付けられていた。
そして、その人物は、この異様な状況下で、ただ一人平然としていた。涼しい顔で…いや、むしろどこか誇らしげな顔で、目の前の地獄絵図を、まるで自分の作品でも眺めるかのように見つめている。
リリアーナ・フォン・エルドラド。
彼女の薔薇色のドレスは乱れ一つなく、その表情には恐怖の色など微塵もない。この阿鼻叫喚の中で、彼女だけが、まるで別の世界の住人のように、静かに、そして優雅にそこにいた。その姿は、あまりにも場違いで、不気味ですらあった。
まさか、この毒ガスは彼女が?
仲間であるはずの工作員ごと、口封じのために? 俺が突入してくることを見越して、証人を全て消し去ろうと? だとしたら、彼女の冷徹さと計画性は、俺の想像を遥かに超えている。
謎が多すぎる。だが、今は確保が最優先だ。この女は、俺の常識が通用する相手ではない。もはや人間としてではなく、未知の脅威として対処すべきだ。
俺は剣を構え、この理解不能な混乱の中心にいる彼女へと、一歩、また一歩と、慎重に歩を進めた。
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