俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第15話:監視強化命令

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アジトでの一件について、俺は事実のみを記した報告書を提出した。
蝋燭の灯りが揺れる執務室で、俺は羽ペンを走らせる。インクが羊皮紙に染みていく様を、どこか他人事のように眺めていた。報告書の作成は慣れた作業だ。だが、これほど筆が進まないのは初めてだった。どうすれば、あの混沌とした現実を、この四角い羊皮紙の上に論理的に再構築できるというのだ。
『敵幹部一名を捕縛。アジト内にいた他の構成員は、原因不明の化学兵器により無力化』
『首謀者と思われるリリアーナ・フォン・エルドラド嬢を、現場にて保護』

そこまで書き、俺は一度ペンを置いた。問題は、ここからだ。
彼女の、あの理解不能な言動をどう報告すべきか。
『対象は確保時、「愛の試練を乗り越えましたわ!」などと意味不明な供述を繰り返しており…』
…駄目だ。こんな報告書、正気の沙汰ではない。上官が読めば、まず俺の精神状態を疑うだろう。化学兵器の影響で、俺の頭がおかしくなったと思われるのが関の山だ。

俺は、別紙の極秘添付資料という形で、彼女の言動について客観的な事実のみを、会話形式で記すことにした。そして、報告書の末尾に、俺個人の所見として、こう書き添えた。
『対象は、結社との関連が強く疑われる一方、その行動原理は極めて非論理的。精神的にも不安定な状態にある可能性あり。取り扱いには、最大限の注意を要す』
これが、俺にできる最大限の、誠実な報告だった。俺は、この報告書が引き起こすであろう混乱を予感しながら、重いため息と共それに封をした。

俺の報告、特にあの極秘添付資料は、上層部に凄まじい衝撃を与えたらしい。
数日後、俺が呼び出された王城最奥の会議室の空気は、これまでになく重苦しいものだった。居並ぶのは、王国暗部の最高責任者たち。彼らは皆、俺の報告書と添付資料を、まるで解読不能な古代文献でも読むかのように、何度も何度も読み返していた。
敵のアジトに自ら赴き、謎の化学兵器で屈強な工作員たちを無力化し、救出(という名の確保)をされても、恍惚とした表情で意味不明な言動を繰り返す公爵令嬢…。
おまけに、世間ではその事件の顛末が、なぜか「勇敢なる令嬢の英雄譚」として祭り上げられ、吟遊詩人によって面白おかしく歌われている始末。
彼らにとっても、そして何より俺にとっても、悪夢のような状況だった。

「この女、もはや結社の協力者というだけでは説明がつかん」
上官は、俺の報告書を睨みつけながら、呻くように言った。
「報告によれば、彼女の使う魔道具は、我々の知らない術式で構成されている。そしてその行動は、我々の諜報活動を助けることもあれば、根底から破壊することもある。まるで、気まぐれな神か悪魔だ」
「危険すぎる。あまりにも、予測がつかなすぎる…。放置すれば、結社以上の脅威になりかねん」

そして、俺が最も恐れていた事態が、現実となった。
上官から、国王陛下の御璽が押された、新たな命令書が手渡されたのだ。そこに記されていたのは、簡潔かつ、絶望的な一文だった。

「公爵令嬢を、徹底監視せよ」

これまでの「動向を探れ」というレベルではない。四六時中、彼女の一挙手一投足を見張り、可能であればその思考の欠片まで探り出せという、事実上の専属監視命令だ。それは、もはや騎士の任務の範疇を超えていた。

最悪だ。
俺は、あの理解不能な厄災の塊に、国家命令という、決して断ち切ることのできない鎖で縛り付けられたのだ。
俺の本来の任務である、結社本隊の追跡も、全て彼女の監視と並行して行わなければならない。ただでさえ困難な任務が、不可能に近い難易度へと跳ね上がった。
ますます、面倒なことに巻き込まれる…。俺の人生は、この女によって、完全に狂わされようとしていた。

俺が重い溜息をつきながら、新たな任務を開始すべく学園の中庭に足を運ぶと、遠くで友人たちと楽しげに談笑するリリアーナの姿が見えた。
彼女は、ふとこちらに気づくと、ぱあっと顔を輝かせ、まるで太陽のような、満面の笑みを浮かべた。そして、小さく、しかし嬉しそうに、こちらに手を振っている。その姿は、何の憂いもない、ただ幸福なだけの令嬢にしか見えなかった。

…あの女は、自分が今、どれほど巨大な厄介事の中心にいて、国家レベルの監視対象になっているのか、全く分かっていない。
俺は、その無邪気な笑顔に、ただ、深い疲労を覚えるだけだった。
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