俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第19話:暗号解読の混乱

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リリアーナが持ち去ったあの書簡は、間違いなく結社『ノクティス』の最重要機密である可能性が高い。俺は、任務失敗という屈辱的な報告と共に、その旨を上層部へと伝えた。俺が屋根の上から遠目に記憶し、不完全に書き写した暗号の写しを添えて。それは俺の騎士としてのプライドが許す限り最も正確な模写だったが、それでも現物には遠く及ばない。紙の質感、インクのわずかな滲み、そこに込められた魔力の痕跡…重要な手がかりのほとんどが失われている。

俺からの報告を受け、王城の暗部は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。上層部は直ちに王宮最高の頭脳を集めた暗号解読班を総動員。歴史学者、言語学者、元スパイまで、国中のエキスパートたちが薄暗い一室に缶詰になっていた。彼らは、俺が持ち帰った不完全な写しだけを頼りに、王国の命運をかけて不眠不休で解析を進めている。蝋燭の灯りが消えることのない解読室の緊迫した空気は、分厚い扉を隔てて俺の元にまで伝わってくるようだった。「どの古代言語にも一致しない」「失われた悪魔崇拝の儀式で使われた記号ではないか」「いや、これは単なる文字ではなく、それ自体が一つの術式を形成している…」…聞こえてくるのは、困難を極める作業への呻き声ばかり。国家の存亡がかかった、まさに一刻を争う作業だ。

一方で、その最重要証拠の現物を握っている張本人、リリアーナ・フォン・エルドラドは、一体何を考えているのか。俺は、彼女が設立したという狂気の集団『ゼノン護衛騎士団』のメンバーの一人を、少々の金子で買収し、情報源としていた。その学生からの報告によると、あの女は仲間内で「暗号解読会議」なるものを開いているらしい。侍女と、確かもう一人の公爵令嬢を巻き込んで。優雅なティーセットを並べ、お菓子をつまみながら、国家機密を前に井戸端会議でも開くつもりか。

(…まさか、自力で解読するつもりか?)

あの、常人には理解不能な古代文字を?馬鹿な。王国の最高頭脳ですら苦戦しているというのに、素人の令嬢に何ができる。奴らが遊び半分で書簡を汚したり、最悪の場合、暖炉の焚き付けにでもしてしまわないか、それだけが心配だった。だが、彼女のこれまでの行動を鑑みれば、常識で測ること自体が間違いなのかもしれない。彼女は、俺の理解の外側で、常に最悪の結果と最高の結果を同時に引き起こす。俺は、嫌な予感を覚えながら、続報を待った。

そして、もたらされた報告は、俺の想像を、そして悪夢を、遥かに絶するものだった。

報告によれば、リリアーナは、その暗号を「敵の陰謀を記したものではなく、恋愛の詩である」と、何の根拠もなく断定したという。そして、王家の学者ですら見たこともないというその古代文字を、おとぎ話か、あるいはどこかの恋愛小説の知識を使って、勝手に別解釈しているらしい。情報源の学生が言うには、「前世のゲーム知識によれば、このパターンは…」などという、全く意味の分からない言葉を口走っていたそうだ。「ゲーム知識」とは何だ?新たな暗号か?それとも結社内部の符丁か?

彼女の解読結果は、こうだ。
「黒鷲=孤高の騎士」
「真紅の薔薇=秘めたる想い」
「北天の星=約束の場所」
そして、それらを繋ぎ合わせた最終的な解読結果は「我が薔薇へ。孤高の騎士は、星の許で待つ。この想いを、君に託す」。…現実離れした、支離滅裂な妄想の産物だ。国家機密が、三流詩人のポエムに成り下がっている。

だが、最大の問題は、彼女自身がその妄言を、一点の曇りもなく真実だと信じ込み、その解読結果に基づいて、次なる行動に移ろうとしていることだった。「約束の場所で、ゼノン様が待っている」と、目を輝かせていたという。俺が、だと?冗談ではない。

俺は、報告書を握りしめ、背筋が凍るのを感じた。結社『ノクティス』が企む本当の計画も、無論危険だ。だが、それは予測が可能であり、対策も立てられる。敵の行動には、目的があり、論理があるからだ。しかし、あの女が、その支離滅裂な解読結果を信じて暴走すれば、どうなる?「星の許」が王城の天文台を指すと考えれば、王族の観覧中に乱入するかもしれない。「薔薇」が王妃の紋章だと解釈すれば、王妃陛下のお茶会に土足で踏み込むかもしれない。その全てを、「愛のため」という、誰にも止められない大義名分のもとに。

「…あいつが解読したら、逆に危険だ」

結社のテロ計画よりも、彼女の善意の暴走の方が、よほど王都に混乱を招き、被害が拡大する可能性がある。俺は、警戒レベルを最大にまで引き上げた。あの女が、「約束の場所」とやらで「孤高の騎士」を待ち始める前に、何としてでもあの書簡を回収しなければならない。王国の危機とは別に、もう一つの、より個人的で、より理不尽な時限爆弾のスイッチは、すでにもう押されているのだ。俺は、二つの全く異なる脅威を、同時に相手にしなければならなくなった。そして、より予測不能な脅威は、間違いなく後者だった。
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