俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第23話:不穏な社交界

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上層部から新たな情報がもたらされた。それは、王都の社交界に深く潜り込み、情報を集めている結社『ノクティス』の協力者がいるという、確度の高いものだった。名前はとある子爵夫人が挙がっている。夫を亡くした後、その莫大な遺産を元手に派手な夜会を繰り返しては各方面に顔を繋いでいる、噂の絶えない女だ。その金の流れの一部が、結社に繋がっているという。

今夜、侯爵家で開かれる夜会は、彼女が仲間と接触する絶好の機会。俺は、王城からの警護騎士という表の顔を使い、その瞬間を抑えるべく潜入し、監視を開始した。

シャンデリアの光が降り注ぎ、華やかな音楽が流れるホール。だが、俺にとってここは戦場と何ら変わりない。笑顔の仮面の裏には、欲望と策略が渦巻いている。誰もが腹に一物を抱え、互いの腹を探り合っている。このきらびやかな空間こそ、影の者たちが最も活動しやすい場所なのだ。俺は壁の花となり、存在感を消しながら、ホール全体を俯瞰する。誰が誰と話し、誰が誰にどんな視線を送っているのか。その全てが、俺にとっては情報だった。

そして、その情報の渦の中心に、俺の最重要監視対象であるリリアーナ嬢も当然のように同じ夜会に出席していた。夜空色のドレスを身に纏い、まるで水を得た魚のように楽しげに談笑している。その無邪気な笑顔が、逆に俺の警戒心を煽る。あの笑顔の裏で、彼女は一体何を考えているのか。俺は、彼女が新たな騒動を起こさないかという頭痛をこらえながら、本来の標的である子爵夫人に意識を集中させた。

案の定、夫人はホールの隅で、グラスを片手に誰かを待つような素振りを見せている。その目は、獲物を待つ蛇のように冷たく、計算高い。時折、周囲に鋭い視線を走らせるその動きは、明らかに素人のそれではない。…接触する気だ。俺は、柱の影から影へと音もなく移動し、会話を盗み聞ける距離まで慎重に移動しようとした。給仕の動き、客たちの会話の流れ、その全てを計算に入れ、俺は最適な潜入ルートを導き出す。あと数メートル。そこまで近づけば、奴らの声が拾える。

だが、その全てをあの女が台無しにした。

子爵夫人が、標的であろう初老の男爵に近づこうと一歩踏み出した、まさにその瞬間。リリアーナが、まるで突風のように夫人の前に割り込み、わざととしか思えない完璧なタイミングで、その純白のドレスに赤ワインをぶちまけたのだ。「あら、ごめんなさいまし!」という甲高い声が、やけにホールに響き渡る。周囲の注目が一斉に集まり、夫人は顔をひきつらせてその場を離れるしかなかった。偶然か?いや、あの動きはあまりにも不自然だ。まるで、夫人の一歩目を予測していたかのような、完璧な妨害だった。リリアーナは少しも悪びれる様子もなく、ただ純真な顔で「お足元がふらついてしまいまして」などと言っている。その演技力、並の工作員以上だ。

一度はドレスを着替えに下がった子爵夫人だったが、執念深い女らしい。しばらくして戻ってくると、今度は別の男…貿易商を名乗る、見るからに胡散臭い男と、壁際でひそひそと密談を始めた。今度こそ、聞き逃すわけにはいかない。俺が、さらに距離を詰めようとした、その時だ。

リリアーナが、今度は楽団の指揮者に何事か囁いた。公爵令嬢の頼みとあっては、指揮者も断れないのだろう。次の瞬間、それまで流れていた優雅なワルツが突如として止み、二人が密談をしていたすぐ隣で、けたたましいトランペットの音と共に、陽気で、しかし耳をつんざくほど騒々しいポルカの演奏が始まったのだ。密談どころか、通常の会話すら不可能になるほどの轟音。貿易商は顔をしかめ、夫人は怒りに肩を震わせている。

あれは、ただの嫌がらせなどではない。明確な意図を持った、完璧な妨害工作だ。一度ならず、二度までも。これは、偶然では説明がつかない。俺が子爵夫人を監視していることに気づき、その任務を妨害しているとしか考えられない。

結局、子爵夫人は何も成果を上げられないまま、怒りで顔を真っ赤にしながら、会場を後にしてしまった。俺の、貴重な情報収集の機会は、完全に潰えた。俺は、遠くで「わたくしの完全勝利ですわ!」とでも言いたげに、満足げに微笑むリリアーナを、冷たい怒りと共に睨みつけた。その笑みは、俺には悪魔のそれのように見えた。

…間違いない。あの女は、子爵夫人が俺の監視対象であることを、何らかの方法で知っていた。そして、俺の任務を妨害するために、仲間である夫人を、意図的に守ったのだ。俺の動きを読み、俺の目的を理解した上で、この妨害を行った。もはや、疑う余地はない。リリアーナ・フォン・エルドラドは、やはり敵だ。俺の、そしてこの国の。
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