俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第24話:舞踏会警備計画

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舞踏会前夜。

王城の一室、作戦会議室の空気は、まるで凍てついたかのように張り詰めていた。俺は警護を担当する騎士団の精鋭たちと共に、長テーブルを囲んでいた。机に広げられた舞踏会場の見取り図には、無数の書き込みと、兵士の配置を示す駒が、まるで戦場の兵棋盤のように置かれている。

隊長が、低い、よく通る声で説明を続ける。その声には一切の感情が乗っていない。

「情報部によれば、結社『ノクティス』の残党が、明日、この舞踏会を狙っている可能性が極めて高い。考えうる脅威は、第一に国王陛下および隣国王子への直接的な暗殺。第二に、高位貴族の子弟の誘拐による混乱の助長。そして最悪のケースは、会場地下に仕掛けられた魔道具による大規模なテロだ」

誰もが、緊張した面持ちでその言葉に聞き入っていた。唾を飲み込む音すら、この静寂の中では大きく響く。俺たちの任務は、この国の平和そのものを守ることに等しい。失敗は許されない。

配置の確認、緊急時の連携方法、合図の手段、避難経路の確保……。議題は、滞りなく、そして淡々と進んでいく。騎士たちの間には、プロフェッショナルとしての静かな闘志が満ちていた。「テラスの警備は三重にする」「食料には常に二重の毒見を」「楽団員も全員身体検査を行う」。具体的な対策が、次々と決まっていく。

やがて、結社に対する全ての協議が終わった。誰もがこれで解散かと思った、その時だった。

隊長が重々しく咳払いを一つして、口を開いた。

「……さて、最後の議題だ」

その場の空気が、先ほどまでとは違う、奇妙な、そしてどこか疲労感を伴った緊張感で一層張り詰める。結社との戦いとは、明らかに質の違う緊張感だった。

隊長はゆっくりと立ち上がると、壁に立てかけられた黒板に、チョークで一つの名前を書き出した。その、流れるような美しい筆記体で書かれた名前に、俺は胃のあたりに鈍い、しかし慣れ親しんだ痛みを感じた。

『リリアーナ・フォン・エルドラド』

俺がこれまで提出してきた、数々の報告書。その結果、彼女は公式に「予測不能な最大のリスク要因」として、騎士団の上層部に認定されていた。俺の個人的な悪夢が、ついに国家レベルの脅威として認知された瞬間だった。隊長は、黒板をコツ、とチョークで叩き、集まった騎士たちを見渡して言った。その目は、結社のテロリストを語る時よりも、よほど真剣だった。

「これより、『リリアーナ嬢が突っ込んでくる場合の対応策』について協議する」

その瞬間、会議室に、歴戦の騎士たちの疲れたような、しかし心の底から真剣な声が響き渡った。それはもはや、軍事会議というよりは、自然災害への対策会議に近かった。

「彼女が、国王陛下や隣国の王子に突撃しようとした場合、どうやって穏便に拘束する? プランA:近くの者が『偶然』飲み物をこぼして進路を妨害。プランB:楽団に合図を送り、突如として別の曲を演奏させて注意を逸らす」
「待て、相手は公爵令嬢だぞ。下手に触れれば、国際問題になりかねん。物理的な拘束は最終手段だ。まずは会話による足止めを試みるべきだ。誰か、彼女が興味を持ちそうな話題を提供できる者はいるか?」
「彼女が、突然意味不明な魔道具を起動させ、会場で爆発を起こした場合、それを陽動と見て本命のテロに備えるべきか? それとも、ただの事故として処理し、速やかに証拠隠滅を図るべきか?」
「そもそも、彼女の行動に意図などあるのか? 台風のようなものだと考え、被害を最小限に抑えることを最優先すべきではないか? 彼女の進路上から、高価な調度品や重要な人物を事前に避難させておく、というのはどうだ」

結社のテロ対策と、ほとんど同じくらいの時間をかけて、たった一人の令嬢への対策が、真剣に、そして詳細に練られていく。俺の個人的な悪夢が、ついに騎士団の公式議題にまでなってしまった。そして、その元凶を作ったのが、他ならぬ俺自身の、正確すぎる報告書であるという事実が、俺の胃をさらに締め付けた。「ゼノン、貴官が一番彼女との接触経験が豊富だ。何か意見は?」と隊長に問われ、俺はただ「予測は不可能です」と答えるしかなかった。

明日の夜、俺たちは結社という、明確な悪意を持つ組織と戦う。そして同時に、リリアーナ・フォン・エルドラドという名の、善意と勘違いだけで構成された混沌(カオス)とも戦わねばならない。どちらがより厄介な敵か、今の俺には判断がつかなかった。

俺は静かに目を閉じ、これから始まるであろう、あまりにも長い夜に思いを馳せた。
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