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第25話:暗殺未遂の舞踏会
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舞踏会の警護任務中、俺は警戒を最大レベルにまで引き上げていた。華やかな音楽、貴族たちの空虚な笑い声、無数の蝋燭とシャンデリアが放つ息苦しいほどの光と熱。その全てが、これから起こるであろう惨劇を覆い隠すための、悪趣味な舞台装置にしか思えなかった。俺の神経は一本一本が張り詰めた鋼線のように、周囲のあらゆる情報を拾い上げていた。グラスの触れ合う音、ドレスの擦れる音、そしてその裏に潜む、僅かな不協和音を。この場の誰一人として、この優雅な空間が孕む、研ぎ澄まされた殺意に気づいてはいない。それが彼らの幸福であり、俺たちの責務だ。
結社『ノクティス』の狙いは、反主流派の旗頭である国王陛下の甥御殿下。政治には疎いが、その血筋だけで神輿に担ぎ上げられた、人の良い若者だ。それゆえに、敵にとっては格好の駒であり、排除すべき障害でもある。俺は、殿下の数歩後ろに影のように控えながら、その視線は常に、ホール全体の闇をスキャンしていた。柱の陰、分厚いカーテンの裏、給仕たちの動きの一つ一つに、俺は敵の兆候を探す。あの男は武器を隠しているか?あの女の視線はどこを向いている?グラスを持つ指が不自然に震えていないか?全ての人間が、容疑者だった。
やがて、殿下がホールの喧騒を嫌ったのか、「少し風にあたる」と呟き、月明かりが差し込むテラスへと移動を始めた。…来たか。開けたホールよりも、庭の闇に紛れやすいテラスの方が、奴らにとっては好都合なはずだ。俺は、殿下に気づかれぬよう、しかし確実に、庭の闇に潜む、微かな殺気を捉えた。それは、獣が獲物を前に息を殺すような、濃密で、粘りつくような気配だった。訓練された者だけが放つ、無駄のない殺意。俺は内心で舌打ちし、全身の筋肉を戦闘態勢へと移行させた。
暗殺者は、毒塗りの短剣を手に、音もなく庭の茂みから接近してくる。その動きには一切の無駄がない。足元の小枝一本すら鳴らさぬその練度は、奴がただの使い捨ての駒ではないことを示していた。手練れだ。俺は、殿下の死角となる位置に、さりげなく、しかし完璧に陣取った。奴が飛び出してくるであろう軌道、踏み込んでくるであろう歩数、その全てが、俺の頭の中ではっきりと予測できていた。奴が踏み込むと同時に、俺は奴の腕を掴み、関節を外し、短剣を奪い、喉元に突きつける。完璧な無力化の手順だ。生け捕りにし、情報を引き出す。その後の尋問計画まで、俺の思考はすでに数手先を読んでいた。あとは、奴が仕掛けてくる、その一瞬を待つだけ。俺の心臓は、氷のように静かだった。
暗殺者が、ついに闇から飛び出した。その動きは、鍛え上げられた獣のように俊敏で、無駄がない。月光に煌めいた刃が、最短距離で殿下の心臓へと向かう。完璧なタイミングだ。俺が迎撃のために腰の剣に手をかけ、計画通りに奴を制圧すべく踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
視界の端から、夜空色のドレスの塊が、「きゃあ!」という甲高い悲鳴と共に、信じられない速度で突っ込んできたのだ。
リリアーナだ。
なぜ。どうして。この、完璧に計算され尽くした、プロフェッショナルのための戦場に、お前という最大の混沌が存在する。俺と殿下の間に、まるで城壁を破壊するための砲弾のように、馬鹿みたいに転がり込んでくる。その動きは、もはや悲劇を通り越して喜劇だった。俺の完璧だったはずの迎撃体勢は、彼女という予測不能な災害の乱入によって、完全に崩壊した。俺の思考が、一瞬、白く染まる。計画も、予測も、全てが無意味と化した。
俺は、咄嗟に殿下の背中を突き飛ばし、足元に転がり込んできたリリアーナを避けながら、無理やり体勢を立て直す。思考よりも先に、体が動いていた。守るべき対象と、排除すべき障害物。その二つが、最悪の形で俺の前に現れた。
俺たちの間に突如として現れた、ドレス姿の障害物(リリアーナ)に、手練れであるはずの暗殺者は一瞬、その動きを止めた。その目に、明らかな困惑の色が浮かんでいる。無理もない。奴の周到な計画にも、こんな馬鹿げた乱入は想定されていなかっただろう。プロの暗殺者が、素人のドジによって、その牙を止められたのだ。俺は、その千載一遇の好機を逃さなかった。剣を抜き放ち、奴の毒塗りの短剣を、火花を散らしながら弾き飛ばす。暗殺者は、忌々しげに舌打ちすると、体勢を立て直して闇の中へと消えていった。
殿下は、無事だ。任務は、結果だけ見れば成功した。
だが、俺の怒りは頂点に達していた。計画は台無しにされ、本来不要だったはずのリスクを負わされた。全て、この女のせいだ。これまでの全ての心労が、この一瞬のためにあったかのように、俺の中で黒い感情となって渦巻いた。俺は、床でへたり込み、なぜか満足げな顔をしている元凶…リリアーナを、心の底からの怒りと共に睨みつけた。
「なぜお前がここにいる!?」
俺の喉から、抑えきれない怒声が迸った。それは、俺の理性が、ついに限界を超えた音だった。
結社『ノクティス』の狙いは、反主流派の旗頭である国王陛下の甥御殿下。政治には疎いが、その血筋だけで神輿に担ぎ上げられた、人の良い若者だ。それゆえに、敵にとっては格好の駒であり、排除すべき障害でもある。俺は、殿下の数歩後ろに影のように控えながら、その視線は常に、ホール全体の闇をスキャンしていた。柱の陰、分厚いカーテンの裏、給仕たちの動きの一つ一つに、俺は敵の兆候を探す。あの男は武器を隠しているか?あの女の視線はどこを向いている?グラスを持つ指が不自然に震えていないか?全ての人間が、容疑者だった。
やがて、殿下がホールの喧騒を嫌ったのか、「少し風にあたる」と呟き、月明かりが差し込むテラスへと移動を始めた。…来たか。開けたホールよりも、庭の闇に紛れやすいテラスの方が、奴らにとっては好都合なはずだ。俺は、殿下に気づかれぬよう、しかし確実に、庭の闇に潜む、微かな殺気を捉えた。それは、獣が獲物を前に息を殺すような、濃密で、粘りつくような気配だった。訓練された者だけが放つ、無駄のない殺意。俺は内心で舌打ちし、全身の筋肉を戦闘態勢へと移行させた。
暗殺者は、毒塗りの短剣を手に、音もなく庭の茂みから接近してくる。その動きには一切の無駄がない。足元の小枝一本すら鳴らさぬその練度は、奴がただの使い捨ての駒ではないことを示していた。手練れだ。俺は、殿下の死角となる位置に、さりげなく、しかし完璧に陣取った。奴が飛び出してくるであろう軌道、踏み込んでくるであろう歩数、その全てが、俺の頭の中ではっきりと予測できていた。奴が踏み込むと同時に、俺は奴の腕を掴み、関節を外し、短剣を奪い、喉元に突きつける。完璧な無力化の手順だ。生け捕りにし、情報を引き出す。その後の尋問計画まで、俺の思考はすでに数手先を読んでいた。あとは、奴が仕掛けてくる、その一瞬を待つだけ。俺の心臓は、氷のように静かだった。
暗殺者が、ついに闇から飛び出した。その動きは、鍛え上げられた獣のように俊敏で、無駄がない。月光に煌めいた刃が、最短距離で殿下の心臓へと向かう。完璧なタイミングだ。俺が迎撃のために腰の剣に手をかけ、計画通りに奴を制圧すべく踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
視界の端から、夜空色のドレスの塊が、「きゃあ!」という甲高い悲鳴と共に、信じられない速度で突っ込んできたのだ。
リリアーナだ。
なぜ。どうして。この、完璧に計算され尽くした、プロフェッショナルのための戦場に、お前という最大の混沌が存在する。俺と殿下の間に、まるで城壁を破壊するための砲弾のように、馬鹿みたいに転がり込んでくる。その動きは、もはや悲劇を通り越して喜劇だった。俺の完璧だったはずの迎撃体勢は、彼女という予測不能な災害の乱入によって、完全に崩壊した。俺の思考が、一瞬、白く染まる。計画も、予測も、全てが無意味と化した。
俺は、咄嗟に殿下の背中を突き飛ばし、足元に転がり込んできたリリアーナを避けながら、無理やり体勢を立て直す。思考よりも先に、体が動いていた。守るべき対象と、排除すべき障害物。その二つが、最悪の形で俺の前に現れた。
俺たちの間に突如として現れた、ドレス姿の障害物(リリアーナ)に、手練れであるはずの暗殺者は一瞬、その動きを止めた。その目に、明らかな困惑の色が浮かんでいる。無理もない。奴の周到な計画にも、こんな馬鹿げた乱入は想定されていなかっただろう。プロの暗殺者が、素人のドジによって、その牙を止められたのだ。俺は、その千載一遇の好機を逃さなかった。剣を抜き放ち、奴の毒塗りの短剣を、火花を散らしながら弾き飛ばす。暗殺者は、忌々しげに舌打ちすると、体勢を立て直して闇の中へと消えていった。
殿下は、無事だ。任務は、結果だけ見れば成功した。
だが、俺の怒りは頂点に達していた。計画は台無しにされ、本来不要だったはずのリスクを負わされた。全て、この女のせいだ。これまでの全ての心労が、この一瞬のためにあったかのように、俺の中で黒い感情となって渦巻いた。俺は、床でへたり込み、なぜか満足げな顔をしている元凶…リリアーナを、心の底からの怒りと共に睨みつけた。
「なぜお前がここにいる!?」
俺の喉から、抑えきれない怒声が迸った。それは、俺の理性が、ついに限界を超えた音だった。
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