俺の完璧な潜入作戦が、いつも謎の令嬢にめちゃくちゃにされる件について

YY

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第38話:本拠地突入

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ついに、王都の地下に広がる結社の本拠地への、突入の時が来た。古びた書庫の隠し扉の向こうには、カビ臭く、湿った空気が淀む石造りの通路が、まるで冥府への入り口のように、どこまでも続く闇を広げている。俺の部隊は、王国最高の精鋭揃いだ。松明の灯りに照らされた彼らの顔には、死地へ赴く前の、極限の緊張の中にも、確かな闘志が浮かんでいる。言葉はなくとも、視線の交錯だけで意思疎通ができる。その引き締まった雰囲気だけで、彼らがこの日のためにどれだけの訓練を積んできたかが分かる。我々は、静かなる死の刃だ。

…問題は、その俺たち精鋭部隊の隣に、当然という顔で陣取る、キラキラとした鎧の素人集団だった。リリアーナ・フォン・エルドラド率いる、『ゼノン様護衛騎士団』とやら。彼らの、公爵家の財力で揃えられたであろう高価な武具は、松明の光を無秩序に乱反射して、これから始まる隠密作戦には致命的すぎるほどに輝いている。その瞳は、戦場に向かう兵士のそれではなく、まるで祝祭の行列に参加する前の、遠足前の子供のように、無邪気な期待と興奮に満ちていた。「ついに、我々の愛を示す時が来た!」などと、ひそひそと囁き合っているのが聞こえる。

このまま一緒に突入すればどうなるか。考えるまでもない。同士討ち、誤爆、罠への無警戒な突入、そして自滅。敵と刃を交える前に、味方のせいで我々の部隊が壊滅するだろう。彼らは、この作戦における最大のノイズであり、制御不能な爆弾だ。

俺は深く、重いため息を一つついて、リリアーナを呼び寄せた。彼女は、作戦の重要人物に指名されたとでも思ったのか、ぱあっと顔を輝かせ、ドレスの裾を翻しながら駆け寄ってくる。その能天気さが、俺の神経を逆撫でする。俺は、広げられた地下迷宮の地図の一点を、無感情に指さした。

「リリアーナ嬢。貴官の部隊には、陽動を任せる」
「まあ!陽動ですって!なんて重要なお役目!」
「そうだ。この別ルートから侵入し、できるだけ派手に立ち回り、敵の注意を引け。その隙に、本隊である我々が中枢を叩く。この作戦の成否は、君たちの働きにかかっている。重要な任務だ、頼んだぞ」

…もちろん、嘘だ。俺が示したのは、地図の隅に記された、おそらくは敵の警戒網からも外れているであろう、ただの古い地下水道。ネズミと汚水しか流れていない、安全なだけの袋小路だ。ここにあの連中を隔離し、その間に俺たちだけで作戦を完遂する。それが、この作戦を成功させる唯一の方法だった。非情な判断だが、やむを得ない。

「お任せくださいまし!ゼノン様のために、最高の陽動を行ってみせますわ!」と胸を張る彼女に背を向け、俺は部隊に合図を送った。

我々は二手に分かれて、闇の中へと突入した。俺の部隊は、壁の染みとなり、床の影となり、静かに、そして迅速に敵の斥候を、悲鳴を上げる間もなく排除しながら、迷宮の奥深くへと進んでいく。順調だ。この静寂、この緊張感こそが、俺の本来の戦場だ。ようやく、俺は自分の仕事に集中できていた。

…だが、その時だった。

側面の、分厚いはずの石壁の向こうから、凄まじい爆発音と、それに続くけたたましい、そして致命的に調子の外れた歌声が聞こえてきたのだ。『ああ、漆黒の騎士よ、その剣は正義の光!わたくしの愛と共に、悪を討つのです!』

…あの女、俺が教えたルートを完全に無視して、なぜか最短距離で敵の兵力が最も集中している区画に迷い込んだらしい…!馬鹿か!あの地下水道から、どうやったらここにたどり着けるんだ!方向音痴にもほどがある!

だが、その馬鹿げた行動が、信じられない状況を生み出していた。俺が、部下と共に角を曲がると、信じがたい光景が広がっていた。敵の陣形は、完全に混乱していたのだ。

正面からは、俺たち精鋭部隊による、統率の取れた静かなる死の刃。そして、全く予期していなかったであろう側面からは、リリアーナたちが引き起こす、予測不能な爆発と、不協和音の歌と、視界を奪うキラキラ粒子。結社の兵士たちは、プロの攻撃と、理解不能なカーニバルに同時に襲われ、完全にパニックに陥っていた。

全く息の合わない、二つの全く異質な攻撃が、偶然にも、戦術上は完璧な挟撃となり、鉄壁のはずだった結社の防衛網を、いとも簡単に圧倒していた。

俺は、戦況を有利に進めながらも、この理解不能な現実に、ただ頭を抱えるしかなかった。俺の立てた完璧な作戦が、あの女の、天災のような方向音痴と勘違いによって、さらに完璧なものになってしまった。これ以上の皮肉が、この世にあるだろうか。
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