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第五話:氷の公爵と輝く至宝
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舞踏会の夜、王宮の大広間は、期待と熱気に満ちていた。公爵が王への報告を終え、その功績が称えられるたびに、拍手が沸き起こる。その全てが、リリアの錬金術による成果だった。リリアは公爵の隣で、毅然とした態度で立っていた。もう、あの頃の怯えた自分はいない。
公爵が王との談笑を終え、リリアの隣に戻ったその時、広間の隅から甲高い声が響いた。
「公爵閣下!このような公の場で、怪しげな女を侍らすとは、一体どういうご冗談でしょうか!」
ユリウスが、顔を真っ赤にしてこちらへ向かってくる。その隣には、アメリアが薄ら笑いを浮かべていた。彼らの後ろには、王都錬金術ギルドの主席であるバルザック子爵と、数名の貴族が控えている。リリアの心に、一瞬、冷たい影がよぎった。
(やはり、こうなるのね……)
だが、恐怖はすぐに決意に変わった。もう、逃げない。
「ユリウス男爵。私が誰を伴おうと、貴殿に口を挟む権利はない」
公爵の冷え切った声が、広間に響き渡る。その威圧感に、ユリウスは一瞬怯んだが、バルザック子爵に目をやり、再度声を荒げた。
「しかし閣下!この女は、先日男爵家を追放された無能な庶子であり、錬金術の腕も怪しい詐欺師にございます!公爵閣下は、惑わされているに違いありません!」
ユリウスの言葉に、貴族たちがざわめき立つ。アメリアが前に進み出た。
「そうよ!私の兄が言う通りよ!この女の錬金術など、ただのまやかし!現に、彼女の作った美容ポーションは、肌荒れを引き起こしたわ!これは私の名誉にかかわることなのよ!」
アメリアはそう叫ぶと、バルザック子爵に合図を送った。子爵は傲慢な笑みを浮かべ、杖を床に打ち鳴らした。
「静粛に!公爵閣下。我々錬金術ギルドは、このリリアという女の錬金術を『異端』と断定いたしました。彼女の術は、古来より伝わる錬金術の理を無視した危険なものであり、王国に災厄をもたらしかねません!」
バルザック子爵が差し出したのは、リリアが王都で失敗作とされた美容ポーションの「残骸」と、それによって肌荒れを起こした貴婦人からの「証言」をまとめた書類だった。巧妙に偽造されたその書類は、リリアが意図的に粗悪なポーションを製造したかのように示唆していた。
「この女は、我々錬金術師の誇りを汚す存在!即刻、逮捕し、裁きにかけるべきです!」
彼らは、リリアの「科学的錬金術」が既存の体系を揺るがしかねないことを恐れ、彼女を排除しようと画策したのだ。そして、彼らがリリアの錬金術の「真の仕組み」を全く理解していないからこそ、こんな浅はかな策を思いつくのだと、リリアは冷静に見ていた。
会場の視線が、一斉に公爵とリリアに注がれる。公爵は静かにその成り行きを見ていたが、ユリウスとアメリアの言葉、そしてバルザック子爵の糾弾を聞くうちに、その顔に微かな変化が現れた。普段の氷のような表情は消え去り、瞳の奥に、静かな怒りの炎が燃え盛るのが見えた。彼の周囲の空気が、かすかに歪むほどの魔力が発せられる。
「黙れ、愚か者め」
公爵の低い声が、広間の喧騒を一瞬にしてかき消した。その声には、一切の慈悲も、迷いもなかった。
「彼女は我が公爵領の錬金術師であり、我が至宝だ。そして――お前のような下衆が、彼女の光を二度と汚すことなど、この私が断じて許しはしない!」
公爵が、激しい音を立てて近くのテーブルを叩いた。その衝撃で、テーブルの上のグラスが震え、広間のシャンデリアがかすかに揺れる。彼の背後に控えていたアルバスが、低く唸りを上げ、その漆黒の瞳がユリウスたちを威嚇する。公爵が感情を露わにする姿に、会場の貴族たちは息を呑んだ。
「公爵閣下……何を!」
ユリウスが狼狽する。公爵は冷たい視線をユリウスとアメリア、そしてバルザック子爵に向ける。
「彼女の錬金術が異端だと?愚にもつかない。ならば、その『異端』とやらが、この王国の地にもたらした真の奇跡を、今ここで貴様らに見せてやろう」
公爵はそう言うと、リリアの手から、予め用意していた小さな小瓶を手に取った。それは、リリアが改良した土壌活性ポーションだった。
「リリアの錬金術は、土壌の微生物を活性化させ、生命力を引き出す。枯れた大地を蘇らせる、真の奇跡だ」
公爵は、会場に飾られていた枯れかけた巨大な鉢植えに、そのポーションを数滴垂らした。
その瞬間――。
枯れた土から、まばゆい緑の光が溢れ出した。見る見るうちに、枝の先から新たな芽が吹き出し、鮮やかな花々が咲き乱れる。広間いっぱいに、芳醇な花の香りが満ち溢れた。それは、公爵の魔力によるものではなく、ポーションが引き起こした純粋な化学反応と生命力の爆発だった。
会場は静まり返った。貴族たちは、目の前の信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「この光景が、貴様らの言う『異端』か?」
公爵の声が、冷徹に響く。バルザック子爵は顔を青ざめさせ、ユリウスとアメリアは震え上がった。
「そ、そんなはずは……!あ、あれは、偶然だ!きっと、公爵様の魔力で……!」
ユリウスが喚き散らすが、公爵は彼を一瞥もせず、リリアを自分の腕の中に引き寄せた。
「そして、私は今、公衆の面前で宣言する」
公爵の声は、澄み切った鐘の音のように広間に響き渡った。
「彼女は我が妻となる存在だ」
会場に、再びどよめきが走る。
「公爵様……!?」
リリアが驚いて顔を上げると、公爵は彼女の瞳を見つめ、微かに口角を上げた。その顔に浮かんだのは、初めて見る、優しげな微笑だった。
「彼女は、私が人生で初めて、心から求めた光だ。この光を隠す必要など、どこにもない。君は、ありのままの君で、私にとっての至宝だ」
その言葉は、リリアの心に深く根付いていた「嘘」を、完全に打ち砕いた。完璧でなくても、ありのままの自分でも、こんなにも深く愛され、必要とされるのだと。彼女の目から、一筋の涙が溢れ落ちた。
ユリウスとアメリア、そしてバルザック子爵は、その場で完全に凍り付いた。リリアの錬金術が本物であり、それがどれほどの価値を持つかを、彼らはこの場でまざまざと見せつけられたのだ。彼らがリリアの才能を「誰にでも真似できる簡単なもの」と過信し、利用できる道具としか見ていなかった傲慢さが、今、彼ら自身の首を絞めていた。
「ま、まさか……あの女の錬金術が……本物だと……?」
ユリウスが呻く。アメリアは、その場に崩れ落ち、震える声で呟いた。
「ありえない……なぜ、私ではないの……っ!私が、もっと、きちんと……」
彼女の目に宿るのは、リリアへの嫉妬だけでなく、自らの選択の誤り、そして、もしリリアを正しく評価し、共存していれば、男爵家も、そして彼女自身も、もっと違う未来があったかもしれない、という微かな、しかし確かな「もしも」の絶望だった。
会場の貴族たちの視線は、もはやユリウスたちには向けられていなかった。彼らは、リリアを蔑み、公爵を愚弄した者たちを、軽蔑の眼差しで見つめていた。その表情には、男爵家への嘲笑と、公爵への畏敬が混じり合っていた。
公爵は、リリアを腕に抱いたまま、ユリウスたちを一瞥した。その視線は、もはや怒りさえ感じさせない、ただの“無”だった。公爵に命じられた衛兵たちが、ユリウスたちを連行していく。彼らの哀れな姿は、二度と社交界に顔を出すことはないだろう。
リリアは、かつての彼らの姿を冷めた目で見つめた。もはや彼らに対して憎しみも悲しみも抱かない。むしろ、彼らの愚かさに憐れみすら覚える。公爵の腕の中で、リリアはただ、深く、安堵の息を漏らした。
(私はもう、あの『嘘』に囚われていない。彼らが私をどう見ようと、私の価値は揺るがない)
彼女の心は、完全に解き放たれていた。ありのままの自分を、公爵は受け入れてくれた。そして、彼女の隣には、かけがえのない公爵と、愛らしいアルバスがいる。
公爵はリリアの頭を優しく撫でた。アルバスもまた、その大きな体でリリアの足元にそっと寄り添い、安心させるように喉を鳴らした。
輝く至宝は、もう二度と、闇に埋もれることはない。
公爵が王との談笑を終え、リリアの隣に戻ったその時、広間の隅から甲高い声が響いた。
「公爵閣下!このような公の場で、怪しげな女を侍らすとは、一体どういうご冗談でしょうか!」
ユリウスが、顔を真っ赤にしてこちらへ向かってくる。その隣には、アメリアが薄ら笑いを浮かべていた。彼らの後ろには、王都錬金術ギルドの主席であるバルザック子爵と、数名の貴族が控えている。リリアの心に、一瞬、冷たい影がよぎった。
(やはり、こうなるのね……)
だが、恐怖はすぐに決意に変わった。もう、逃げない。
「ユリウス男爵。私が誰を伴おうと、貴殿に口を挟む権利はない」
公爵の冷え切った声が、広間に響き渡る。その威圧感に、ユリウスは一瞬怯んだが、バルザック子爵に目をやり、再度声を荒げた。
「しかし閣下!この女は、先日男爵家を追放された無能な庶子であり、錬金術の腕も怪しい詐欺師にございます!公爵閣下は、惑わされているに違いありません!」
ユリウスの言葉に、貴族たちがざわめき立つ。アメリアが前に進み出た。
「そうよ!私の兄が言う通りよ!この女の錬金術など、ただのまやかし!現に、彼女の作った美容ポーションは、肌荒れを引き起こしたわ!これは私の名誉にかかわることなのよ!」
アメリアはそう叫ぶと、バルザック子爵に合図を送った。子爵は傲慢な笑みを浮かべ、杖を床に打ち鳴らした。
「静粛に!公爵閣下。我々錬金術ギルドは、このリリアという女の錬金術を『異端』と断定いたしました。彼女の術は、古来より伝わる錬金術の理を無視した危険なものであり、王国に災厄をもたらしかねません!」
バルザック子爵が差し出したのは、リリアが王都で失敗作とされた美容ポーションの「残骸」と、それによって肌荒れを起こした貴婦人からの「証言」をまとめた書類だった。巧妙に偽造されたその書類は、リリアが意図的に粗悪なポーションを製造したかのように示唆していた。
「この女は、我々錬金術師の誇りを汚す存在!即刻、逮捕し、裁きにかけるべきです!」
彼らは、リリアの「科学的錬金術」が既存の体系を揺るがしかねないことを恐れ、彼女を排除しようと画策したのだ。そして、彼らがリリアの錬金術の「真の仕組み」を全く理解していないからこそ、こんな浅はかな策を思いつくのだと、リリアは冷静に見ていた。
会場の視線が、一斉に公爵とリリアに注がれる。公爵は静かにその成り行きを見ていたが、ユリウスとアメリアの言葉、そしてバルザック子爵の糾弾を聞くうちに、その顔に微かな変化が現れた。普段の氷のような表情は消え去り、瞳の奥に、静かな怒りの炎が燃え盛るのが見えた。彼の周囲の空気が、かすかに歪むほどの魔力が発せられる。
「黙れ、愚か者め」
公爵の低い声が、広間の喧騒を一瞬にしてかき消した。その声には、一切の慈悲も、迷いもなかった。
「彼女は我が公爵領の錬金術師であり、我が至宝だ。そして――お前のような下衆が、彼女の光を二度と汚すことなど、この私が断じて許しはしない!」
公爵が、激しい音を立てて近くのテーブルを叩いた。その衝撃で、テーブルの上のグラスが震え、広間のシャンデリアがかすかに揺れる。彼の背後に控えていたアルバスが、低く唸りを上げ、その漆黒の瞳がユリウスたちを威嚇する。公爵が感情を露わにする姿に、会場の貴族たちは息を呑んだ。
「公爵閣下……何を!」
ユリウスが狼狽する。公爵は冷たい視線をユリウスとアメリア、そしてバルザック子爵に向ける。
「彼女の錬金術が異端だと?愚にもつかない。ならば、その『異端』とやらが、この王国の地にもたらした真の奇跡を、今ここで貴様らに見せてやろう」
公爵はそう言うと、リリアの手から、予め用意していた小さな小瓶を手に取った。それは、リリアが改良した土壌活性ポーションだった。
「リリアの錬金術は、土壌の微生物を活性化させ、生命力を引き出す。枯れた大地を蘇らせる、真の奇跡だ」
公爵は、会場に飾られていた枯れかけた巨大な鉢植えに、そのポーションを数滴垂らした。
その瞬間――。
枯れた土から、まばゆい緑の光が溢れ出した。見る見るうちに、枝の先から新たな芽が吹き出し、鮮やかな花々が咲き乱れる。広間いっぱいに、芳醇な花の香りが満ち溢れた。それは、公爵の魔力によるものではなく、ポーションが引き起こした純粋な化学反応と生命力の爆発だった。
会場は静まり返った。貴族たちは、目の前の信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「この光景が、貴様らの言う『異端』か?」
公爵の声が、冷徹に響く。バルザック子爵は顔を青ざめさせ、ユリウスとアメリアは震え上がった。
「そ、そんなはずは……!あ、あれは、偶然だ!きっと、公爵様の魔力で……!」
ユリウスが喚き散らすが、公爵は彼を一瞥もせず、リリアを自分の腕の中に引き寄せた。
「そして、私は今、公衆の面前で宣言する」
公爵の声は、澄み切った鐘の音のように広間に響き渡った。
「彼女は我が妻となる存在だ」
会場に、再びどよめきが走る。
「公爵様……!?」
リリアが驚いて顔を上げると、公爵は彼女の瞳を見つめ、微かに口角を上げた。その顔に浮かんだのは、初めて見る、優しげな微笑だった。
「彼女は、私が人生で初めて、心から求めた光だ。この光を隠す必要など、どこにもない。君は、ありのままの君で、私にとっての至宝だ」
その言葉は、リリアの心に深く根付いていた「嘘」を、完全に打ち砕いた。完璧でなくても、ありのままの自分でも、こんなにも深く愛され、必要とされるのだと。彼女の目から、一筋の涙が溢れ落ちた。
ユリウスとアメリア、そしてバルザック子爵は、その場で完全に凍り付いた。リリアの錬金術が本物であり、それがどれほどの価値を持つかを、彼らはこの場でまざまざと見せつけられたのだ。彼らがリリアの才能を「誰にでも真似できる簡単なもの」と過信し、利用できる道具としか見ていなかった傲慢さが、今、彼ら自身の首を絞めていた。
「ま、まさか……あの女の錬金術が……本物だと……?」
ユリウスが呻く。アメリアは、その場に崩れ落ち、震える声で呟いた。
「ありえない……なぜ、私ではないの……っ!私が、もっと、きちんと……」
彼女の目に宿るのは、リリアへの嫉妬だけでなく、自らの選択の誤り、そして、もしリリアを正しく評価し、共存していれば、男爵家も、そして彼女自身も、もっと違う未来があったかもしれない、という微かな、しかし確かな「もしも」の絶望だった。
会場の貴族たちの視線は、もはやユリウスたちには向けられていなかった。彼らは、リリアを蔑み、公爵を愚弄した者たちを、軽蔑の眼差しで見つめていた。その表情には、男爵家への嘲笑と、公爵への畏敬が混じり合っていた。
公爵は、リリアを腕に抱いたまま、ユリウスたちを一瞥した。その視線は、もはや怒りさえ感じさせない、ただの“無”だった。公爵に命じられた衛兵たちが、ユリウスたちを連行していく。彼らの哀れな姿は、二度と社交界に顔を出すことはないだろう。
リリアは、かつての彼らの姿を冷めた目で見つめた。もはや彼らに対して憎しみも悲しみも抱かない。むしろ、彼らの愚かさに憐れみすら覚える。公爵の腕の中で、リリアはただ、深く、安堵の息を漏らした。
(私はもう、あの『嘘』に囚われていない。彼らが私をどう見ようと、私の価値は揺るがない)
彼女の心は、完全に解き放たれていた。ありのままの自分を、公爵は受け入れてくれた。そして、彼女の隣には、かけがえのない公爵と、愛らしいアルバスがいる。
公爵はリリアの頭を優しく撫でた。アルバスもまた、その大きな体でリリアの足元にそっと寄り添い、安心させるように喉を鳴らした。
輝く至宝は、もう二度と、闇に埋もれることはない。
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