傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第6章 狙われた

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第六章 狙われた
 フィルードは盾の隙間から、再び戦場の様子をうかがった。
 両軍の歩兵はすでに十メートル以内まで迫っており、もはや衝突寸前だ。戦場の東側では、ウォーカー卿とフェイン卿が従者を引き連れて馬上で乱戦を繰り広げている。人数はわずか六人──だが、馬の威圧感もあって、その存在は周囲の戦場を支配していた。誰も近づこうとはせず、あの一角だけが異様な空白地帯になっている。
 同時に、農民兵たちが鬨(とき)の声を上げて突進していった。一方で、傭兵たちは驚くほど冷静だ。しかし距離はあまりに近い。もはや止まれず、両軍が足踏みした、その瞬間だった。
「勇者たちよ! 突撃せよ!」
 フェリエル執事の甲高い声が響いた。「卿がお見ておられる! お前たちの武勇はすべて報告するぞ! 功績を上げた者には褒美を惜しまない! だが、怠けて給料だけ貪る虫けらは絶対に許さぬ!」
 その叫びが終わらぬうちに、敵側の執事も似たような檄を飛ばす。両者ともに「執事」とは名ばかりで、実際は主君の親族に過ぎない。小領主に専任の執事を雇う余裕などないのだ。
 フィルードはその声を聞きながら、自分はすでに傭兵一人と農民兵一人を倒していることを思い出した。六枚の銅貨の雇い賃分は十分に稼いだ、と。
 それでも檄に応じるように、傭兵たちは互いに力の抜けた叫びを上げた。味方の中年傭兵が怒鳴る。
「ニースの町のゴロツキども! 偉大なるウォーカー卿に逆らうか! 勇気があるなら来てみろ、頭を粉々にしてやる!」
 敵側も負けじと応酬する。「ルビン村の小人ども! 臆病なモルモットめ! お前たちに俺たちと張り合う力があるのか? 今すぐ逃げ帰らなきゃ、神様のもとへ送ってやるぞ!」
 怒号と罵声が飛び交い、まるで互いに宿命の仇敵であるかのように戦場全体を覆い尽くす。フェリエルの声すらかき消され、しばらく傭兵同士の戦闘は始まりそうにない。フィルードは農民兵の方へと視線を移した。
 そこではすでに乱戦が繰り広げられていた。二人の農民兵が倒れ、苦しげにうめいている。腕の帯の色からしてフェイン卿の兵だ。フィルードが仕留めた一人を加えれば、すでに敵は三人脱落。残り七人も押され気味で、勝敗は決しつつあった。フィルード自身、この勝利に大きく貢献していると自覚する。
 ──このまま終わってくれればいい。
 そう思った矢先、傭兵側で思わぬ事態が起きる。互いの精神攻撃の最中、経験の浅い新米二人が限度を越えてしまったのだ。とくに一人の若者は口達者なベテランに言い負かされ、感情を爆発させてしまう。木槍を構え、衝動のまま突撃。それが雪崩のように連鎖し、兵士たちを押し出して一気に乱戦へと突入した。
 木槍は鋭くはないが、人を殺すには十分だ。フィルードの目の前で三人が刺され、地に倒れて呻き声を上げる。
 組み合いになれば、長槍は役に立たない。多くは素手に近い距離で揉み合い、古参傭兵は短い棍棒で新米を容赦なく叩きのめす。悲鳴を上げる若者たちを見て、フィルードは改めて心に刻む。
 ──古参兵には、常に警戒せねばならない。
 夢中で観戦していたその時、一人の敵傭兵がこちらに突進してきた。木槍を構え、十メートルほど手前で叫ぶ。
「小僧! その弓を寄こせ!」
 フィルードは目を丸くした。こいつ……観察力がある。戦いが始まったときから狙っていたのだろう。傭兵の中で弓を持っているのは自分だけで、しかも若く後ろ盾もない。
「……あ、兄さん。俺たちみんな、飯のために戦ってるんだ。互いを困らせても仕方ないだろ? この弓は俺の全財産なんだ。見逃してくれないか?」
 たくましい体格の若者は、鼻で笑った。「ガキ、俺をなめるな。選べる道は二つだ。弓を渡すか、ここで死ぬか。俺の我慢は長くないぞ」
 フィルードは盾越しに相手を観察する。力では勝てない。鎧も着ていない自分が真正面から攻撃を受ければ、無事では済まないだろう。
「……わ、わかった。じゃあ、取りに来てくれ」
 あっさりとした返答に、若者は一瞬言葉を失った。しかし用心深さを崩さない。
「投げろ。投げればすぐに立ち去ってやる」
 フィルードは相手がそう簡単に騙される相手ではないと悟り、わざと声を荒げた。
「嫌だ! 投げるには盾から身を乗り出さなきゃならない。そんなことしたら、お前がルール無視して突き刺してきたら、俺に避ける時間なんてないだろ! 欲しいなら取りに来い!」
 若者は反論しかけたが、味方の農民兵が五人しか残っておらず、状況は崩壊寸前なのに気づいた。
「……いいだろう。自分で取りに行く。お前はもっと後ろに下がれ」
「兄さん、俺は初めての戦場なんだ。この血まみれの光景を見て足がすくんでる。動けないんだ。安心しろ、あんたが来ても俺は動かない」
 だが、若者もそこまで愚かではなかった。フィルードが時間稼ぎをしていると悟り、怒号を上げる。
「この汚いミミズめ! ぶち殺してやる!」
 木槍を構えて突撃してくる。フィルードにとって、これが初めての正面決戦。恐怖で胸がいっぱいになるが、もう退けない。この弓を渡せば終わりだ。たとえ戦いに勝っても、相手が逃げれば二度と取り戻せない。
 ──落ち着け。ここで引けば、全部失う。
 舌を噛んで自らを奮い立たせる。若者が槍で盾を突くと、衝撃で数歩よろめいた。続けざまにむき出しの足を狙って突き込んでくる。フィルードは後退し、辛うじてかわした。二度、三度。いずれも紙一重。
 攻撃を外し続けた若者は苛立ちを募らせ、力を込めて再び突きを繰り出した。
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