傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

文字の大きさ
40 / 345

第40章 脅威を退ける

しおりを挟む
 沼地に阻まれたフィルードは、これ以上の探索は無理だと判断し、やむなく引き返すことにした。
 ただ――沼地に面するこの森の土壌は驚くほど肥沃らしく、根を張りめぐらせた大木が幹を太く成長させていた。
 「焼き払ってしまうか?」
 一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、火事は規模が大きくなりすぎる。下手をすれば周囲の部族に気づかれる危険があったし、地下に広がる根を完全に取り除くのも骨が折れる。
 前世の記憶がふと甦る。スラブ民族が西ヨーロッパの土地を開発した手法――幹の皮をぐるりと剥いで自然に枯死させ、数年で木を倒す方法だ。枯れ木となれば根も水分を失い、ほどなく腐り落ち、開拓の難度は一気に下がる。
 (だが、今はまだ時期じゃない。谷間の入口に木壁が完成してからだ。他人に労力を横取りされるような真似はごめんだ)
 ◇◇◇
 十日後。
 遠征していたマイクが隊を率いて戻ってきた。フィルードは領地建設の細々とした事柄をケビンに任せると、新たに一つの任務を下した。
 「フェランテに石臼の製作を急がせろ。粉が自給できれば、傭兵団の経費は大きく削れる」
 さらに木工の弟子たちには塀の建設を手伝わせる。領地を形にする準備は着実に進んでいた。
 その後、フィルードは四十一人の正規傭兵、一〇八人の補佐兵、そしてジャッカルマン戦士十人を率いて商隊を編成した。二台の馬車には干し草を満載し、道中はジャッカルマンたちを奴隷風に縛り上げる。人間の領地で武装したまま堂々と歩かせれば、小貴族の目に余り、余計な騒動を招きかねないからだ。夜になると縄を解いて自由にさせた。
 わずか二日でダービー城に到着。手持ちの金貨は残り三十六枚。無駄遣いは許されない。だが今回は、ジャッカルマン部族との交易で得た家畜を連れてきていた。家畜市場に売れば、二十枚前後の金貨になるだろう。
 家畜を売り払った資金で、大豆を馬車五台分、馬の飼料を二台分買い占め、さらに金貨八枚と十五銀貨で半月分の食料を確保する。残金は二十四枚。まさに緊急時用の心許ない蓄えだ。
 それでも七台の大荷馬車を連ねた商隊は、見た目にも十分な規模を誇っていた。城外を出ると、すぐに背後から貪欲な視線が商隊を追うのを、フィルードは感じ取った。
 ◇◇◇
 国境付近に到達したのは日暮れ時。製粉所で特注したパンの仕上がりを待ったため、時間を食ってしまったのだ。夕食を終えると早々に幕営し、フィルードはいつものように瞑想に入る。
 一日六時間が限界。それ以上は集中が続かない。だが、確かに自身の力がゆっくりと伸びているのを感じていた。瓶頸を突き破る時も近いだろう――。
 翌朝。兵たちは麦粥をかき込み、再び出発する。
 しかし、森を抜けかけたところで、突如として百人ほどの集団が飛び出してきた。痩せこけてはいるが、全員が血走った目で、命知らずの雰囲気をまとっている。
 「ボ、ボス! やばいっすよ……ブラッディ・クリスの隊です!」
 ゾーンの声が震える。
 貴族すら襲うことで悪名高い強盗団。その頭目は一度も失敗したことがないとも噂される。
 (こちらは人数で勝っているが……新兵ばかりだ。士気では奴らに劣るかもしれん。だが、ジャッカルマンがいる以上、怯むわけにはいかん)
 フィルードは一歩前に出て叫ぶ。
 「おそらく、あなたがクリスだな。通りすがりか? それとも俺たちを待っていたのか?」
 クリスの目が細まる。相手の隊は五十人以上多く、全員が鉄武器を携え、整然とした装備だ。
 「チッ……忌々しいバニックめ。犬の目は節穴か? こいつら、カモじゃなくてハリネズミじゃねぇか……」
 それでも後には退けない。歯を食いしばり、悪党じみた笑みを浮かべる。
 「まあいい。荷の半分を置いていけ。それで命は助けてやる!」
 フィルードは嘲るように高らかに笑った。
 「せっかくの縁だ。噂のブラッディ・クリスの腕前、試させてもらおうじゃないか!」
 「荷を下ろせ! 隊列を組め!」
 号令一下、三人の小隊長がそれぞれ五十人前後の兵をまとめ、三列の密集隊形を組む。大地を震わせる足音に、ジャッカルマンたちも武器を構えた。
 その威容にクリスの顔色が変わる。
 「ま、待て……あいつら、正規軍の偽装か!?」
 次の瞬間、彼は地面に膝をつき、声を張り上げた。
 「退却だ! 全員逃げろ! 相手は軍隊だ!」
 クリスは馬首を返して真っ先に逃げ出し、部下たちも一斉に散り散りになる。
 フィルードは心中で冷や汗を流しつつ、安堵の息を吐いた。
 (……張り子の虎でも、十分に通じるものだな)
 実際の戦闘になれば被害は免れなかっただろう。半年あればまともな軍を育てられる――そう思いつつ、彼は隊を前進させた。
 だが午後、森の奥から再び悲鳴のような声が響いた。
 今度は百体を超えるゴブリンが、馬を見て狂ったように飛び出してきたのだ。
 「くそっ……今度は本物か!」
 兵たちの顔が青ざめる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

追放されたけど実は世界最強だった件 〜異世界でスローライフを満喫してたら、元婚約者が泣きついてきた〜

にゃ-さん
ファンタジー
王国一の魔術師と呼ばれながらも、冤罪で追放された青年レオン。 田舎でのんびり暮らすつもりが、助けた村娘が実は聖女、拾った猫が神獣、弄った畑が伝説の大地に!? やがて彼の存在は国を超えて伝説となり、かつて彼を見下した者たちが次々とひざまずく――。 ざまぁあり、無自覚ハーレムありの、スカッと系異世界リベンジ譚。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

処理中です...