傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第70章 劣悪な魔弓

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「尊敬なる子爵さま――」
フィルードは一歩前へ出て、いつもの調子で口を開いた。
「先ほどお使いになっていた弓……いやぁ、実に見事な効き目でしたね。実を言うと、私、ちょうど強弓を欠いておりまして」
その言葉にフランク子爵の眉がわずかに動く。だがフィルードは構わず続けた。
「もしよろしければ、その一本を私に譲っていただけないでしょうか。それに……」
彼は少し間を置いて、淡々と告げる。
「我が部下も大きな損害を被りました。千か八百の金貨ほどを、見舞金としていただければ助かります」
「もちろん、今日ここで起こったことは――絶対に誰にも話しません。兵たちにも口止めいたします」
「つまり……普通の傭兵団が、あなたのような高貴な子爵様を助けたことなど、誰も知ることはないわけです」
――静寂。
言い切った直後、場の空気が重くなる。
「……強欲な奴ね!」
鋭い声が割り込んだ。
軍服姿の女性――フランクの傍らにいた少女が、嘲笑を浮かべて言い放つ。
「私たちの弓がどれほどの価値を持つかも知らずに、よくもそんなことを言えるわね!」
「これはオークションで、何百枚もの金貨を積んでようやく手に入れたのよ!」
彼女はさらに言葉を重ねる。
「それに――この弓は超凡者でなければ真の力を発揮できない。あなたの弓術は……まぁ、合格ギリギリってところかもしれないけど、使うなんて無駄よ!」
「それにあなた方、ほとんど死者を出していないじゃない! それで千とか八百とか、図々しいにも程があるわ! 私たちが弱いと思っているの?」
フィルードは内心で苦笑する。
(……うん、言いたいこと全部ぶちまけられたな)
一方のフランク子爵は、横で聞いていて少し顔をしかめた。
本心では「面倒な相手」と思っていたが、それを口にはできない。
「エリナ!」
厳しい口調で一喝する。
「助けてくれた相手に、そのような言い方はするな」
「……でも!」
「戻れ。砦に帰れ」
一瞬、少女はなおも反論したそうにしたが、フランクがさらに睨みを利かせると、エリナは憤慨した顔のまま馬に飛び乗り、その場を去っていった。
(……なかなか気の強い娘だな)
場の空気がようやく落ち着いたところで、フランクが向き直る。
「フィルードさん。あなたが提示した条件、私には受け入れられません」
「私は感謝の証として支払うつもりはあります。しかし……私は金蔓ではない」
彼は財布を取り出しながら続ける。
「せいぜい200金貨。それ以上は無理だ」
「もちろん、弓が欲しいというなら、それもいいだろう。この弓は私がダービーの地下オークションで手に入れたものだ。二本で四百六十金貨以上を費やした」
「胴体は魔力を帯びた木材で作られている。今ではもう入手困難だ。弓弦は貴重な魔獣の皮。娘の言ったことは正しい。この弓は超凡者でなければ扱えない」
「……君からは戦士の気配を感じない。だが、その高度な技術を借りて、これほどの獣人を射抜いたのだろう」
(……なるほど、つまり俺は「ただの器用な傭兵」扱いか)
フランクが言葉を切る前に、フィルードは口を開いた。
「子爵さま――私は弓を選びます」
「……なに?」
「弓を私に下さるなら、それで借りは清算です。互いに、何も残りません」
フランクは呆然とした。
(……説明しただろう? 超凡者じゃなきゃ扱えないって……それでも固執するのか?)
しかし、一度口にした以上、引き下がることはできない。
「……わかった」
彼は背中の弓を外し、徹甲矢の入った矢筒ごとフィルードに手渡した。
「これで終わりだ」
その後、兵士たちに戦場の掃除を命じる。
両軍はそれぞれ一団の獣人を倒していたため、戦利品の分配について大きな争いは起きなかった。
フィルードが得たのは――鉄甲六十着。
そのうち五十着は野猪人から剥ぎ取ったもので、猪頭人のものはわずか十着。
(……やっぱり格の差が露骨だな)
彼は眉をひそめ、フランクに問いかけた。
「子爵さま。この野猪人たちは、どうやってこれほど多くの鉄甲を?」
「彼らが鍛冶に長けた種族とは思えませんが」
フランクは躊躇せず答える。
「――憎きドワーフのせいだ」
「獣人たちは家畜を差し出し、彼らから鎧を得たのだ。でなければ、軽々しく攻めてくることもなかっただろう」
「……愚かな侏儒ども。遅かれ早かれ、その代償を払うことになる」
(……この世界にもドワーフがいるのか!)
フィルードは驚愕しつつも心の奥で決意する。
(……なら、機会を見つけて何人か捕まえて、自分のために鉄を打たせるのも悪くないな)
戦場の清掃はまもなく終わった。
――戦死者21名、重傷25名。合計46名。
正規傭兵は15名が死傷、そのほとんどが野猪人戦士によるものだった。
だが、新たに62名が正規の傭兵に昇格した。
フィルードは負傷者を領地に残すと、フランクに別れを告げ、商隊と共に再び旅を始めた。
今回は――いつも以上に慎重に。
豺狼人と人間の傭兵を組ませ、四方へ偵察を飛ばす。
人間には人間を、獣人には獣人を当てる。
(臨機応変、これが一番だ)
さらに騎兵も分け、商路沿いの偵察を徹底させた。
こうして細心の注意を払って三日後、商隊はドヴァ城に到着。
積み荷は瞬く間に買い占められた。
大豆の価格は一ポンド六銅ファニー。
(……驚かないさ。原産地でも値が上がっていたからな)
合計六十六金貨の売上、利益はほぼ半分。
続けて家畜市場へ。馬車の値段は一台九金貨。
(車台が高いのか……まぁ仕方ない)
計算の末、四台を購入。
蛮牛の皮も一枚十二銀貨で買い付ける。
――十二台の馬車に満載の貨物。費やした金貨は二百枚以上。
手元に残った金貨は五十枚を切った。
(……危険水域だな)
それでも十六台の馬車は堂々と街を出発した。
道中、幾度も人と獣の戦闘を目にしたが、関与はしなかった。
こちらの戦力は圧倒的。中規模の部族ですら手を出してこない。
特に――七十名以上の鉄甲兵。
さらにドワーフ製の鎧を纏った兵までいる。冗談ではない。
子爵が占領していた鉄鉱の木寨に着いたとき、負傷兵たちの多くはまだ回復途上だった。
彼らをそこに残し、完治した後に領地へ戻るよう命じる。
商隊は休むことなく進み、峡谷領地では一晩だけ滞在。
そこからさらに十二日――ようやくモニーク城へ到着した。
予定より二日遅れ。だが、安全を優先した結果だ。
到着後、牛皮をすべて売却。価格は一枚一金貨と十銀貨。
――合計六百金貨近く。
利益は倍増。
この商路に競合がほとんどいないおかげだった。
(……ふぅ。やっぱり、商売は堅実にやるのが一番だな)
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