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第113章 燃ゆる谷に策を巡らせて
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投石機の援護を受けながら、暗夜小隊は迅速かつ静かに行動を開始した。
彼らはロープを伝って城壁の下へ降り、獣人たちの死体や丸太、瓦礫を外に放り投げていく。
腐臭が漂う闇の中、無言で作業を続ける彼らの姿は、まるで影そのものだった。
――これが戦場の現実だ。英雄的な戦いなど存在しない。勝つ者は、汚れを恐れぬ者だけ。
フィルードは炎に照らされた闇夜の中で、冷徹にそう思った。
丸一晩の作業の末、ようやく清掃が完了すると、暗夜小隊は死体の山に木炭と乾いた草を詰め込み、さらに油を注ぎ込んだ。
フィルードはその上から自らの手で油を塗り広げ、無言で火を放つ。瞬間、轟音と共に炎が立ち上がった。
炎の波が闇を切り裂き、峡谷全体を真昼のように照らす。
死体と丸太、そして焼け落ちる脂――凄惨な臭気が辺りに満ちた。
それでもフィルードの眼は一片の揺らぎもなく、炎をただ計算するように見つめていた。
「……これでしばらくは、火を使った攻めは封じられるな。」
翌日の正午、ようやく炎は鎮火した。
燃え尽きた死体の山を見て、対岸のボア・マン首領は獣じみた怒号を上げる。
続く二日間、獣人たちは攻城を中止し、崖の登攀に集中した。
しかし、距離が高くなるにつれて、高所恐怖症の獣人が次々と足を滑らせ、谷底へと落下していく。
その最中、モニーク城へ向かった伝令兵が戻ってきた。
四人のうち生きて戻ったのはわずか二人――血にまみれた姿だった。
「団長様……モニーク城も包囲されています。
北側の谷で大戦が起き、王国軍は壊滅。生還者は三万人にも満たないとのことです。」
報告を聞いた瞬間、フィルードの全身に冷たい痺れが走った。
――モニークですら、持たないか。ならば俺たちはどうなる?
たとえこの群れを撃退したとしても、その先に待つのはさらなる地獄だ。
秋の収穫は終わり、冬は近い。
王国が反攻を組織するには、もはや時が足りない。
この小領地は孤立無援。わずかな兵と物資で、どこまで持ちこたえられる?
「……だが、絶望に沈む時間はない。」
フィルードは小さく呟き、視線を鋭くした。
「帰路で他の開拓領を見たか?」
「いいえ、敗残兵は見ましたが、獣人は発見されませんでした。」
「よし、下がって休め。」
その瞬間、両側の山壁から狼煙が上がった――獣人が十メートル以内に迫った合図だ。
思考を切り替え、フィルードは即座に行動に移る。
崖上に登ると、マイクが駆け寄ってきた。
「団長様、射程圏内です。攻撃を?」
フィルードは下を覗き込み、無数の獣人が崖をよじ登るのを確認した。
高さ五、六十メートル。人間なら尻込みするような断崖を、彼らは鑿と木杭、縄だけで登っている。
「……まるで蟻の群れだな。」
皮肉げに呟くと、マイクに命じた。
「攻撃開始。向かいのブルースにも同時に合図を送れ。」
丸太が次々と落下し、悲鳴と共に獣人が叩き落とされていく。
だが、それでも残る者は多かった。
――想定通りだ。損耗率三割。予想範囲内。
「マイク、命令を変更だ。奴らが鑿を使って穴を穿つ時だけ狙え。
丸太を無駄にするな、あれを運ぶのも命懸けだ。」
命令を終えると、フィルードは再び崖を降り、ケビンの元へ向かった。
「レンガ窯の進捗は?」
「すでに完成していますが、生産量は一日1800個ほどです。」
「十分だ。捕虜の豚頭族を200名使え。レンガを山脊まで運ばせろ。
丸太はもったいない。代わりにレンガを投げろ。重いが壊れにくい。」
彼の声は淡々としていたが、その中には確かな勝算があった。
それから数日間、レンガの雨が獣人たちを打ちのめし、登攀計画は完全に崩壊した。
包囲は十日目を迎え、獣人たちの士気は地に落ち、逃亡者が続出している。
その夜、フィルードは小屋に戻り、静かに魔力点(リザーブ・ポイント)の凝結を行った。
――六つ目が完成したか。順調だ。この調子なら、完全凝結も遠くない。
そこへ、慌ただしくケビンが駆け込んでくる。
「団長様、城外に一人の人間の伝令が現れました。あなたに会いたいと。」
「どこの者だ?」
「身分は明かしていません。」
やがて、城壁の上にその伝令が通された。
フィルードは冷ややかな眼差しで相手を見据える。
「お前はどこの勢力の者だ?」
「ハロルド子爵の使いです。あなたの戦いぶり、すべて見ておりました。」
「……見ていた、だと?」
思わず眉をひそめた。
モニークに向かうはずのハロルドが、なぜこちらを見ている?
「殿は途中で撤退しました。王国軍壊滅の報を受けて……」
「なるほど。」
フィルードは短く頷いた。
――つまり、王国の体制は崩壊寸前ということか。
だが、ならば逆に、俺がこの地を守り抜けば……
口元に、微かに笑みが浮かんだ。
「……それで、子爵様は俺に何を望んでいる?」
彼らはロープを伝って城壁の下へ降り、獣人たちの死体や丸太、瓦礫を外に放り投げていく。
腐臭が漂う闇の中、無言で作業を続ける彼らの姿は、まるで影そのものだった。
――これが戦場の現実だ。英雄的な戦いなど存在しない。勝つ者は、汚れを恐れぬ者だけ。
フィルードは炎に照らされた闇夜の中で、冷徹にそう思った。
丸一晩の作業の末、ようやく清掃が完了すると、暗夜小隊は死体の山に木炭と乾いた草を詰め込み、さらに油を注ぎ込んだ。
フィルードはその上から自らの手で油を塗り広げ、無言で火を放つ。瞬間、轟音と共に炎が立ち上がった。
炎の波が闇を切り裂き、峡谷全体を真昼のように照らす。
死体と丸太、そして焼け落ちる脂――凄惨な臭気が辺りに満ちた。
それでもフィルードの眼は一片の揺らぎもなく、炎をただ計算するように見つめていた。
「……これでしばらくは、火を使った攻めは封じられるな。」
翌日の正午、ようやく炎は鎮火した。
燃え尽きた死体の山を見て、対岸のボア・マン首領は獣じみた怒号を上げる。
続く二日間、獣人たちは攻城を中止し、崖の登攀に集中した。
しかし、距離が高くなるにつれて、高所恐怖症の獣人が次々と足を滑らせ、谷底へと落下していく。
その最中、モニーク城へ向かった伝令兵が戻ってきた。
四人のうち生きて戻ったのはわずか二人――血にまみれた姿だった。
「団長様……モニーク城も包囲されています。
北側の谷で大戦が起き、王国軍は壊滅。生還者は三万人にも満たないとのことです。」
報告を聞いた瞬間、フィルードの全身に冷たい痺れが走った。
――モニークですら、持たないか。ならば俺たちはどうなる?
たとえこの群れを撃退したとしても、その先に待つのはさらなる地獄だ。
秋の収穫は終わり、冬は近い。
王国が反攻を組織するには、もはや時が足りない。
この小領地は孤立無援。わずかな兵と物資で、どこまで持ちこたえられる?
「……だが、絶望に沈む時間はない。」
フィルードは小さく呟き、視線を鋭くした。
「帰路で他の開拓領を見たか?」
「いいえ、敗残兵は見ましたが、獣人は発見されませんでした。」
「よし、下がって休め。」
その瞬間、両側の山壁から狼煙が上がった――獣人が十メートル以内に迫った合図だ。
思考を切り替え、フィルードは即座に行動に移る。
崖上に登ると、マイクが駆け寄ってきた。
「団長様、射程圏内です。攻撃を?」
フィルードは下を覗き込み、無数の獣人が崖をよじ登るのを確認した。
高さ五、六十メートル。人間なら尻込みするような断崖を、彼らは鑿と木杭、縄だけで登っている。
「……まるで蟻の群れだな。」
皮肉げに呟くと、マイクに命じた。
「攻撃開始。向かいのブルースにも同時に合図を送れ。」
丸太が次々と落下し、悲鳴と共に獣人が叩き落とされていく。
だが、それでも残る者は多かった。
――想定通りだ。損耗率三割。予想範囲内。
「マイク、命令を変更だ。奴らが鑿を使って穴を穿つ時だけ狙え。
丸太を無駄にするな、あれを運ぶのも命懸けだ。」
命令を終えると、フィルードは再び崖を降り、ケビンの元へ向かった。
「レンガ窯の進捗は?」
「すでに完成していますが、生産量は一日1800個ほどです。」
「十分だ。捕虜の豚頭族を200名使え。レンガを山脊まで運ばせろ。
丸太はもったいない。代わりにレンガを投げろ。重いが壊れにくい。」
彼の声は淡々としていたが、その中には確かな勝算があった。
それから数日間、レンガの雨が獣人たちを打ちのめし、登攀計画は完全に崩壊した。
包囲は十日目を迎え、獣人たちの士気は地に落ち、逃亡者が続出している。
その夜、フィルードは小屋に戻り、静かに魔力点(リザーブ・ポイント)の凝結を行った。
――六つ目が完成したか。順調だ。この調子なら、完全凝結も遠くない。
そこへ、慌ただしくケビンが駆け込んでくる。
「団長様、城外に一人の人間の伝令が現れました。あなたに会いたいと。」
「どこの者だ?」
「身分は明かしていません。」
やがて、城壁の上にその伝令が通された。
フィルードは冷ややかな眼差しで相手を見据える。
「お前はどこの勢力の者だ?」
「ハロルド子爵の使いです。あなたの戦いぶり、すべて見ておりました。」
「……見ていた、だと?」
思わず眉をひそめた。
モニークに向かうはずのハロルドが、なぜこちらを見ている?
「殿は途中で撤退しました。王国軍壊滅の報を受けて……」
「なるほど。」
フィルードは短く頷いた。
――つまり、王国の体制は崩壊寸前ということか。
だが、ならば逆に、俺がこの地を守り抜けば……
口元に、微かに笑みが浮かんだ。
「……それで、子爵様は俺に何を望んでいる?」
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