傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

文字の大きさ
159 / 345

第159章 過去を断つ手

しおりを挟む
フィルードは即座にうなずき、しゃがみ込んでいる数人の騎士たちへと視線を向けた。そのうち二人の顔を見た瞬間、彼の脳裏に遠い記憶がよぎる。
――フェイン、そしてウォーカー。
初陣で、自分は彼らの指揮下にあったのだ。まさかこうして逆の立場で再会するとはな。
ひどく皮肉な巡り合わせだが、これも自分が歩いてきた道の結果だ。
フィルードは表情こそ柔らかくしたが、内心では冷静に二人の価値と今後の使い道を計算していた。
「ウォーカー騎士、お久しぶりです。そしてフェイン騎士……今でも、あなたが馬上で戦った雄姿を覚えていますよ」
二人は顔を上げ、無理に笑顔を作った。
かつての部下である“自由民上がりの低級傭兵”が、今や自分たちよりはるかに高い場所にいる――その現実が彼らの胸に複雑な感情を生んでいるのが、フィルードには手に取るようにわかった。
ウォーカー騎士が先に口を開いた。
「男爵閣下……あなたのご達成には驚嘆するばかりです。かつて私は傲慢にも、あなたに私の従者になるよう命じましたが……今思えば、なんという愚かさだったか。どうか、男爵様、私のような者の言葉などお気になさらぬよう……」
隣でフェインも慌てて取り繕うように頭を下げる。
「ウォーカーは、昔から人を見る目だけはありませんでした。あの日、男爵様と戦った折、すでにあなたには凡ならざる器量を感じていたものです」
――口がよく回る。だが、利用価値はまだある。
フィルードは軽く手を振った。
「イワンクにも言った通り、あなた方にも同じ条件を与えましょう。私の軍で十年働けば自由の身だ」
三人は安堵と感激を入り混じらせた表情でそれを受け入れた。
フィルードはすぐに人を遣って牢屋を開かせ、囚われていた者たち全員を解放した。
もちろん、ルビン鎮には置かない。
――彼らには北方の開拓領を固めてもらう。防衛戦力の補充にもなる。
フィルードはすでに「どこに誰を配置し、どこまで利用できるか」を細かく脳内で振り分けていた。
立ち去ろうとしたその時、イワンクが急いで引き止めてきた。
「男爵様……この度の慈悲、心より感謝申し上げます。礼として差し上げられるものは何もありませんが……私の末娘は男爵様と同年代で、魔法の資質がございます。資源不足で未だ突破できておりませんが、もうすぐです。お傍に給仕する侍女もいらっしゃらないようですので……どうか、娘を側仕えとして、お茶汲みや水運びをさせていただけませんか」
そう言って、彼は隣の少女を引き寄せた。
フィルードは一瞥し、すぐに彼女の外見から数値を弾き出すように評価した。
――容姿は悪くない。歯は白い。肌は平民ではあり得ないほど綺麗だな。
煤で顔を汚して隠していたか……となれば、イワンクは最初から“このカード”を温存していたのか。
少女は恥ずかしそうにうつむいていた。
イワンクが自分との関係を深めようとしているのは明らかだった。
断るのは簡単だが、イワンクの忠誠心を損なうのは損失だ。
フィルードは一瞬だけ迷い、そして淡々と結論を下した。
「よかろう。今後、彼女を私の傍に仕えさせよう。できる限り、超凡者に昇格させてやる」
イワンクは涙ぐみながら深く頭を下げた。
「男爵様……! メイヴ、早くお礼を!」
少女は怯えたように、しかしはっきりと声を出した。
「あ……ありがとうございます、旦那様……」
フィルードはぶっきらぼうに手を振った。
「私の副団長も女性だ。まずは彼女について学ぶといい」
その言葉を聞いた瞬間、イワンクの目にごく僅かに失望の色が浮かんだ。
――思い通りにはいかない、と理解したようだ。
フィルードはメイヴを連れて軍へ戻った。
馬上のエレナがにやりと口角を上げる。
「フィルード様、領地を手に入れた途端、もう側室を迎えるおつもりですか?」
「まあな。これだけ苦労してきたんだ、少しくらい楽しんでも罰は当たらんだろ? それに、この娘は準超凡者だ。まずはお前が指導しろ。育てたら、私の侍女に連れてこい」
エレナは白目をむいたが、何も言わずに馬を降り、メイヴの隣に歩み寄った。
「なんて綺麗な子なの。さあ、これからは私についてきて」
メイヴは怯えながらも頷いた。
同じ女性であるエレナに対する信頼は、フィルードへのそれより明らかに高かった。
――まあ、それでいい。俺に媚びるより、まず力をつけさせる方が先だ。
二日後、兵士たちは領地をくまなく捜索し、最終的に1600人以上の農奴を発見した。
以前からの者と合わせると人口は3600人。そのうち青壮年は3割で、男は600人。
――この比率では即戦力としては薄いが……土地開拓には十分だ。
フィルードは全員に土地を割り当て、同時に領内の農地も徹底的に統計させた。
自由民が勝手に開いた畑もすべて強制的に登記させ、耕作は許可するが賦役は減らさない。
――これで“コネ”を使って好き勝手していた連中は、全員一掃だ。
イワンクの義弟、大叔母、妹婿、執事の叔父、大伯父、従弟……
いわゆる既得権層は全て切り捨てられた。
ルビン鎮は辺鄙な地だが、土地は広い。素性不明の者も多い。
合わせて三万ムーの土地があり、大半は粗悪な畑で収穫は低いが、それでも資源だ。
平均収穫量は100ポンド前後。良くても200。悪ければ数十。
作物の大半はライ麦で、少量の小麦はルビンの周辺に植えられていた。
領主府が独占する二万ムーは最良の土地で、残り五千ムーは農奴が勝手に開いた山地である。
フィルードは二日をかけ領地全体を巡り、詳細な地図を作成した。
――ここは15,000ムーだけ耕す。残りの5,000ムーはアルファルファだ。水源がない土地に穀物を植えるのは無駄。家畜飼料として活用する方が利益が出る。
耕作可能な15,000ムーは四つの地域に集中していた。
最大の地域はルビン鎮周辺で半分以上。
残りの三つのうち一つは千ムー程度、もう二つは三千ムー超で、どちらもルビンから馬車で30分以上。
――ならば二つの大きな地域に砦を築く。住民をそこへ集め、支配密度を高める。
元から村もあったが、フィルードはその中でも比較的大きい三つを選び、改築を命じた。
人的資源が少ないため、まずは木柵で応急的に囲う。
――建設速度を上げるために、ケビンにも獣人奴隷を派遣させよう。
さらに、15,000ムーの土地をすべて区画石で細かく一ムー単位で区切らせた。
脆い石材を使い、掘り返すと破壊される仕様にすることで、不正な地目変更を防ぐためだ。
――領地改革は力で押し通す。だが、それができるのは俺が強いからだ。
フィルードは冷静に、しかし確かな手ごたえを胸の奥で感じていた。
“この地は、今日を境に俺の領地になる。”
その確信とともに、彼は新たな支配体制を着々と固めていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

追放されたけど実は世界最強だった件 〜異世界でスローライフを満喫してたら、元婚約者が泣きついてきた〜

にゃ-さん
ファンタジー
王国一の魔術師と呼ばれながらも、冤罪で追放された青年レオン。 田舎でのんびり暮らすつもりが、助けた村娘が実は聖女、拾った猫が神獣、弄った畑が伝説の大地に!? やがて彼の存在は国を超えて伝説となり、かつて彼を見下した者たちが次々とひざまずく――。 ざまぁあり、無自覚ハーレムありの、スカッと系異世界リベンジ譚。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

処理中です...