傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第202章 撤退を選ぶ知将、崩れゆく北方の現実

二人はその報告を聞いた瞬間、言葉を失った。
驚愕の表情を浮かべたまま、やがて顔を真っ赤に染め、胸中では呪詛を吐き続けていたが――それでもなお、ウェリアムの非を公然と糾弾する勇気を持つことはできなかった。
その様子を横目に、フィルードの胸中には、はっきりとした感情が湧き上がっていた。
――もう十分だ。
自分は前線で血を流し、必死に局面を立て直してきた。
その一方で、後方の「仲間」は、積み上げた優位を嬉々として帳消しにしていく。
――こんな指導者に従う意味が、どこにある?
フィルードは声を抑え、静かに、しかし断定的に告げた。
「今夜、我々は撤退する。持ち出せない物資はすべて燃やせ」
一同が息を呑む中、彼は続ける。
「ダービー城外にいるボア・マンは、間違いなくさらなる援軍を送ってくる。そう遠くない未来だ。
もう一万、獣人が増えたら、我々では支えきれない。戦闘以前に、疲労だけで潰れる」
視線を巡らせながら、冷静に状況を切り分ける。
「何より、我々の強みだった遠距離用の投槍は、大部分を失っている。
これ以上は、正面からの肉弾戦しか残されていない」
カールトンは歯を食いしばり、真っ先に口を開いた。
「団長……撤退先はどちらへ?
この獣人どもは、再び戦場の主導権を握った後、略奪を続けるのでしょうか?」
フランクも同様に、深刻な表情でフィルードを見つめている。
同じ疑問を抱いていることは明らかだった。
フィルードは短く息を吐いた。
「必然だ。だから君たちは、周辺に散らばる農奴の壮年者を可能な限り集め、食料もすべて確保し、城を満杯にしておけ」
淡々と、だが重い事実を告げる。
「ウェリアムが敗北した瞬間から、北方の食料の多くは奪われる運命にある」
一瞬の沈黙。
フィルードは視線を落とした。
「正直に言おう。今は……もう考える気力すらない」
顔を上げ、現実を突きつける。
「これだけ獣人を討ち、王国への義理は果たした。
だが、私の軍団は限界だ。五千で出てきたが、今残っているのは三千余り。
損害は、もはや半数を超えている」
――これ以上は、無謀だ。
「私は峡谷へ戻る。態勢を立て直し、時が来るまで待つ」
フランクはしばし考え込み、真剣な面持ちで尋ねた。
「団長は……この戦の後、北方の情勢をどう見ておられるのですか?」
その問いに、フィルードの怒りは頂点へと達した。
口調には、わずかな皮肉すら混じる。
「どう見る、だって?」
「君たちが想像している最悪の結果を、さらに数倍深刻にした未来だ」
淡々と、だが残酷な現実を並べる。
「北域は、あの叔父甥の二度の大敗で、壮年者の大半を失った。
加えて、ディオ討伐、シウス遠征だ。どれも人手を喰い尽くす戦だった」
鋭い視線が二人を貫く。
「信じられないなら、帰って農奴の名簿を数え直せ。
夫も息子も戦死していない家が、いくつ残っている?」
沈黙が落ちる。
「北方人口は、致命的な打撃を受けた。
前回、陛下が援軍を送っていなければ、北域はとっくに崩壊していた」
最後に、静かに言い放つ。
「……伝手があるなら、南を考えろ」
その言葉は、居合わせた者すべてを凍りつかせた。
超凡者であるボブールとベーカーも、同様に驚愕している。
ボブールが低い声で口を開いた。
「若造……少々大げさではないか?
もし王国が再び北方へ援軍を送れば――」
フィルードは迷いなく首を横に振った。
「来ない。南のタロン王国が、ずっと狙っている。
私の推測が正しければ、既に戦は始まっているだろう」
理由を明確に示す。
「大規模戦争は、常に秋の収穫に合わせて起こる。
南がどうであれ、北でこの事態が起きた以上――」
一同を見回し、覚悟を込めて言い切った。
「今のアモン王国は、転覆の瀬戸際にある」
その一言は、重い金槌のように場を打ち据えた。
誰一人、すぐには言葉を発せなかった。
やがて、上位超凡者ベーカーが問いかける。
「……では、あなたはどう動くおつもりですか?」
フィルードは即答した。
「良い方法などない。峡谷に戻り、入口を閉じる。
情勢が落ち着くまで、外には出ない」
再び沈黙。
そこへカールトンが提案する。
「我々三家は近接しています。いっそ同盟を結び、互いに助け合うのは?」
フランクも即座に頷いた。
「三家とも獣人と接しています。団結すれば、無視できない力になります」
フィルードは、二人の思惑を即座に見抜いた。
自分の軍勢と、防御力の高い領地。
それを当てにしているのだ。
彼は首を振った。
「同盟は不要だ。私の手が届く範囲なら助ける。
だが、それ以上は約束できない」
拒絶は明確だったが、二人は不満を口にしなかった。
その時、山の下で獣人が動いた。
今度は違う。
ボア・マンも前列にいた。
フィルードは眉をひそめる。
「……来たか」
距離が詰まるまで引きつけ、十数メートルで投槍が唸りを上げた。
だが、次の瞬間――ボア・マンが盾を掲げ、突進する。
――まずい。
これほど狡猾なボア・マンは初めてだった。
「弩砲手!ボア・マンを狙え!豚頭族は放置しろ!」
フィルードとエレナも同時に弓を引き絞る。
矢は盾の死角――足首、太腿へと正確に突き刺さった。
戦闘は凄惨を極めた。
投槍を抜けた者も、長槍に貫かれ、崖下へと落ちていく。
フィルードはすべての超凡者を前線に配置し、ボア・マンを封じ込める。
突破されれば、陣列が崩壊するからだ。
黄昏までの激戦で、さらに二千以上の獣人を撃破。
その中には、数百のボア・マン精鋭も含まれていた。
夜。
フィルードは撤退準備を命じる。
二百基の重弩砲は、泣く泣く焼却した。
重荷を捨て、軽装で進む。
兵の多くは、薄暗闇でも進軍可能な視力を得ていた。
――食事と環境改善の成果だ。
それこそが、彼が築いてきた「本当の戦力」だった。
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