傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第225章 時間を買う者、刈り取る者

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フィルードは大黒の背に座りながら、眼前の光景を見つめ、胸の奥が重く締めつけられるのを感じていた。
――数字は、あまりにも残酷だ。
敵の弓箭手は、少なく見積もっても数千。
対して、前進を強いられているのは、粗末な皮甲を身につけただけの農奴兵たちだった。
(防げるはずがない……)
あれでは、矢を受け止めることなどできない。
これは戦術でも戦略でもない。
人命を使って、時間を稼いでいるだけだ。
エドモンも、その現実を理解していないわけではなかった。
だが、この農奴たちには選択肢が存在しない。
彼らの家族は、すでに貴族の手の中にある。
全面崩壊なら、まだ救いがある。
だが――誰が最初に逃げたか。
それだけで、戦後の扱いは天と地ほど変わる。
逃げた者だけでなく、家族までもが連座で苦しむことになる。
だから彼らは、残り少ない悍気をかき集めるようにして前進するしかなかった。
降り注ぐ矢は、まるで死神の鎌だ。
一振りごとに、命が刈り取られていく。
農奴の大群は、無数の死体を背後に残しながら、ようやく敵陣の最前線へと辿り着いた。
だが、そこに待ち構えていたのは、鋭く研ぎ澄まされた長槍と、最精鋭の部隊だった。
敵の精鋭兵のほとんどは鉄甲を纏っている。
農奴兵の長槍では、ほとんど効果がない。
そもそも、彼らの多くは体が弱く、鉄甲を貫く膂力を持っていなかった。
対照的に、敵の精鋭兵は力を持て余している。
一瞬の交錯で、最前列の農奴兵はまとめて突き倒されていった。
エドモンは、その光景を表情一つ変えずに見つめていた。
彼は理解している。
一瞬でも引き延ばせば、それだけ多くの農奴が死ぬ。
命そのものに価値はない。
だが、皆殺しにすれば、畑を耕す者がいなくなる。
だからこそ、彼はわずか十数分の間を置いただけで、精鋭兵への攻撃命令を下した。
全軍は扇形に広がり、ゆっくりと、しかし確実に敵陣へと歩を進める。
フィルード配下の軍団は、大軍の最右翼を進んでいた。
指揮を執るのはライドン。
この時点で彼はすでに中級見習いへと突破し、領地にいた比較的小柄な黒牛も完全に手懐けている。
今はその黒牛に跨り、堂々と前線に立っていた。
敵将も、この動きに気づいていないわけではない。
だが、手を打てなかった。
突っ込んでくるのが、捨て駒の農奴部隊だと分かっている。
しかし、少しでも後退すれば――その瞬間、農奴兵は功績を求める豺狼へと変わる。
功を立てれば、農奴の身分を脱する可能性がある。
それだけで、十分すぎる理由だった。
大軍が迫るにつれ、敵将はついに焦りを見せ、精鋭兵の一部を右翼へと回した。
さらに弓箭手にも射線変更を命じる。
だが、それは同時に、陣形を薄くする選択でもあった。
距離が八十メートルに詰まった瞬間、エドモンは命じた。
「弓箭手、射て!」
破空音が連なり、両軍の矢が空中で交錯する。
兵士たちは次々と射抜かれ、鉄甲兵ですら四肢を貫かれて倒れていった。
距離がさらに縮まった、その時。
ライドンの声が戦場に響いた。
「投矛手、準備!
前列は防御に専念!
第二列のみ投擲!
投げ終えたら即座に後退、新しい兵を前へ!
弓箭手は射撃継続!」
兵士たちは腰の投矛を取り出し、投矛器へと装着する。
その奇妙な動作に、周囲の友軍は目を見張った。
なぜ投矛に取っ手を付けるのか――理解できない者も多い。
一時、フィルードの部隊は戦場の注目を集めた。
両軍の距離が十数メートル。
ライドンが吼えた。
「放て!」
千を超える投矛が、唸りを上げて飛翔した。
最前線の鉄甲兵には致命傷にならなくとも、後方の軽装兵は違う。
この距離こそ、投矛の最適射程だった。
しかも、フィルード領の投矛には破甲能力がある。
敵右翼は一瞬で大量の兵を失い、激しい混乱に陥った。
その瞬間、両軍の先鋒が激突した。
鉄甲同士、長槍同士が正面からぶつかり合う。
だが、練度が違った。
フィルード配下の兵は、鉄甲を前提とした戦い方を知っている。
狙うのは胴ではない。
四肢だ。
一瞬で敵陣は歪み、大きな穴が穿たれた。
そこへ、後方の投矛手が交代で前進し、再び矢の雨が降り注ぐ。
敵兵は、この戦い方を知らなかった。
連続五回の投擲で、前線の薄い鉄甲兵を除き、後方はほぼ空白となった。
射殺された者もいるが、多くは恐怖に駆られ、他所へと押し流された。
その結果、別の地点が過密になる。
残された数列の鉄甲兵も、訓練された長槍兵の前では、皮を剥がされるように削られていった。
四肢を刺され、もはや武器を握れない。
敵将は、この時ようやく気づいた。
――数千人に過ぎないこの部隊が、戦場を破壊している。
彼は慌てて、超凡者の投入を命じた。
その様子を、エドモンは最初から最後まで見ていた。
これまで、部下の報告を誇張だと疑っていた。
フィルードは策謀家なだけで、功績は二人の侯爵が分け与えたものだと。
だが、今は違う。
(なるほど……戦争は、こうも戦えるのか)
この戦いが終わったら、必ず話をしよう。
あの投矛器と、その訓練法を。
これは、無敵の兵器だ。
敵の超凡者が動くのを見て、エドモンは冷笑し、ウェインに告げた。
「ウェイン侯爵、配下の超凡者を率いて支援に入れ。
向こうは超凡者同士の勝負を望んでいるらしい。
ならば――何で勝負するか、教えてやれ」
ウェインは待ちきれない様子で頷き、数十名の超凡者を率いて前進した。
上位だけでも十数名。
王都近辺の密度は、他地域とは比較にならない。
フィルードとエレナも、その中にいた。
フィルードは内心で舌打ちする。
――少し、目立ちすぎたな。
ライドンに、後で釘を刺しておく必要がある。
大戦場で狙われるのは、危険だ。
フィルード自身は、まだ上位ではない。
上位超凡者相手には、大黒との連携が不可欠だ。
数を見れば、味方は八十。
敵は五十にも満たず、上位はさらに半分以下。
その現実を悟った敵の超凡者リーダーは、顔色を失い、即座に撤退した。
ウェインも追撃せず、フィルード軍団の側で遊弋し、護衛に徹した。
そして――
フィルード配下の精鋭兵による、狂気じみた突きが続き、
残された敵の鉄甲兵も、間もなく地に伏せることになる。
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