傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第254章 種族至上という名の刃

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そう言いながら、フィルードはわずかに目を細めた。
その視線は感情ではなく、盤面全体を見渡す指揮官のものだった。
(純粋すぎるほどの種族主義者……扱い方を誤れば刃になるが、使いこなせば最良の楔にもなる)
「この点を、最大限に活かせ」
フィルードの声は低く、落ち着いていた。
「できる限り彼と距離を詰めろ。
可能であれば、今後は頻繁に書簡を交わせ。そうすれば獣人内部の情勢を、常にこちらで把握できる」
指を一本立て、淡々と続ける。
「思いがけない“副産物”が得られる可能性もある。
ただし――絶対に、私たちの関係は明かすな」
ローセイは即座に理解し、静かに頷いた。
「お前はただの開拓部落の首領だ。
強制徴発で人間と戦わされ、配下の多くを失い、怨恨から流寇を率いて蜂起した――それでいい」
「必要であれば、お前自身の素性を明かしても構わん。
だが、それはお前の判断次第だ。不利になるなら、無理に語る必要はない」
ローセイは迷いなく答えた。
「団長閣下、隠すつもりはありません。
私には、もはや守るべき家族も、戻る場所もない」
少し言葉を選びながら、続ける。
「それに、あの老者……ドクガは、偽っているようには見えませんでした。
彼は本気で、ジャッカルマンという種族そのものを想っている。
帰ったら、腹を割って話してみます」
フィルードは小さく頷いた。
「ただし、あまり露骨にやるな。
相手が聡い分、警戒されやすい」
「同時に――適度に“力”を見せろ。
我々の関係は、あくまで扶持を伴う盟友関係だ。
私の目的は、獣人地域を恒常的に不安定にすること。そのために、私は出兵もするし、食料と装備も供給する」
一拍置き、意味を含ませて言った。
「この点を、彼は必ず利用しようとする。
だからこそ、お前はその中で“主導権”を握れ」
ローセイは力強く頷き、夜の闇へと溶けるように去っていった。

山脈縁辺の営地へ戻ったローセイは、すぐにドクガ老者を呼び出した。
簡素だが十分な宴席を設け、二人が向かい合って腰を下ろす。
ローセイは盃を置き、先に口を開いた。
「我が族の長老よ。
まずは名を聞かせてほしい。お前は、私が会った中で最も賢いジャッカルマンの一人だ。
無名の存在ではあるまい」
ドクガ老者は羊の脚に齧りついたまま、にやりと笑った。
「名はドクガだ」
骨を噛み砕き、平然と続ける。
「身分はそれほど高くない。
もっとも……お前も、いずれ私と同じ立場になるだろうがな」
ローセイは思わず目を細めた。
「私は“超大型部落”の族長だ。
配下の部衆は……そうだな、十数万はいるはずだ」
(……桁が違う)
ローセイは内心で驚きを覚えたが、表には出さなかった。
その後、二人は酒を酌み交わしながら雑談を続けた。
話題は、ジャッカルマン部族のしきたり、古い伝承、かつての英雄譚。
まるで若輩が長老の教えを受けるかのような、穏やかな時間だった。
だが――話題がボア・マンに移った瞬間、空気が変わった。
ドクガは羊の脚を机に置き、顔を歪めた。
「ボア・マンは……我々を“人”として見ていない」
声には、抑えきれない憤りが滲んでいた。
「ただの使い捨ての奴隷だ。
私も若い頃は、部落族長の側近だった」
彼の目が遠くを見つめる。
「ある時、兄が首領の座を狙った。
その連座で、私は追放された」
「最初から反叛するつもりなどなかった。
だが……ボア・マンはあまりにも酷かった」
ドクガの拳が、静かに握り締められる。
「私が連れ出した族人は、全員が強制徴兵され、攻城戦に駆り出された。
……誰一人として、生きては戻らなかった」
沈黙。
「その瞬間、私は誓った。
少なくとも、他人の炮灰になるくらいなら、牙を剥くと」
「それから各地で流民を集めた。
本来なら、大した波にはならなかったはずだ……」
彼は、ローセイを見据えた。
「フィルード子爵――王庭が“騎牛貴族”と呼ぶ、あの人間に出会うまではな」
ローセイは黙って聞いていた。
「私は彼に、自分の考えをすべて話した。
陰険だが……不思議と、胸のすく男だった」
「彼は捕らえた獣人を、すべて私にくれた。
それを基盤に、私は急速に力を伸ばした」
ドクガは苦笑する。
「彼にも目的があるのは分かっている。
獣人の南側を、混乱させ続けることだ」
「だが、その望み通り、私は南で大騒ぎを起こした。
この数度の勝利も、すべて彼のおかげだ」
「今後も、食料と武器を継続的に提供すると約束してくれている。
必要とあらば、彼自身が出兵して、私を助けるともな」
この話を聞いた瞬間、ドクガの表情が一変した。
「……ほう」
興奮が、はっきりと浮かぶ。
「その騎牛貴族、王庭でも噂になっている。
“狡猾如狐”だと」
「知略に優れるとされるボア・マンの軍師すら、彼に算計されたという」
ドクガは声を潜め、囁くように続けた。
「もし、その男が本気でお前たちを支援するなら……
確かに、ここで足場を固めるのは容易い」
そして、目がゆっくりと回転する。
「実はな……今、ボア・マン内部では、その騎牛貴族を歯ぎしりして憎んでいる」
「もしお前が内部と通じ、
その男を誘い出し、獣皇に天羅地網を敷かせて捕らえ、殺せば――」
「間違いなく、大功だ。
莫大な賞賜も与えられ、お前は一気に地位を固められるだろう」
その瞬間。
ローセイは、即座に首を振った。
「それはできません」
声は低く、しかし一切の迷いがなかった。
「ドクガ大叔……
お前は、まだボア・マンに期待しているのですか?」
「この人間貴族は、私に恩がある。
恩を仇で返すことなど、私にはできない」
さらに、冷静に言い切る。
「仮に裏切ったとして、本当に利益が手に入ると思いますか?
私は叛賊出身です。ケンタウロスとの戦争が終われば、私の価値は残るでしょうか?」
ローセイは、静かに結論を述べた。
「私は、左右逢源こそが最善だと思う。
この世界で、小勢力が生き残り、最大の利益を得るには――それしかない」
その言葉は、種族至上という激情に、冷水を浴びせるようだった。
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