傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第261章 血で縛る忠誠

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フィルード軍団に厳格な長官護衛制度が存在しなければ、
――いや、正確に言えば、フィルード自身が「必ず裏切りは出る」と最初から織り込んでいなければ、
今回の事態は致命傷になっていた。
ガロは暗がりの中で、誰にも気づかれぬよう、短く息を吐いた。
(……薄氷だったな。だが、想定内だ)
捕縛された千人の中に、完全な無垢など一人もいない。
それが現実だ。
ガロは一瞬の迷いもなく、冷酷な命令を下した。
「――捕虜、全員処刑」
刃が振るわれ、数百の首が一斉に落ちる。
血が地面を濡らし、悲鳴は途中で途切れた。
その光景は凄惨で、山上に陣取る獣人兵士たちの顔色を変えた。
だが、それでいい。
恐怖は、裏切りより安い代価だ。
ガロは獣人語で、腹の底から怒声を張り上げた。
「この反逆者どもめ!
団長大人は我らに常に厚遇してくださった!
だというのに、ぬるい暮らしに慣れ、牙を忘れたか!」
彼は血に染まった地面を指差す。
「今日こそ――殺一儆百だ!
ここに宣言する!
私ガロが息をしている限り、この山頭要塞は必ず守り抜く!」
「誰であろうと、油断すれば斬る!
躊躇も、情けも、必要ない!」
そして、あえて嗤った。
「それに――この千人は、救いようのない愚か者だ!
私の首に“大部落の値段”を付けた?
本気で、権力が手に入ると思ったのか!」
「ボア・マンが約束を守る?
――笑わせるな!」
ガロの視線は鋭かった。
「お前たちも部落で生きたことがあるはずだ!
奴らが我々をどう扱ってきたか、忘れたのか!」
「族長の座は、自分の刃で掴むものだ!
団長大人に早くから従った獣人たちは、今では村長になっている!
一刀一槍で、血の中を這い上がった結果だ!」
「こんな邪道に頼れば、待っているのは死だけだ!」
最後に、ガロは命令を叩きつけた。
「これより軍は戒厳状態に入る!
すべての行動は長官に報告せよ!
無断行動を一度でも見つけたら――捕縛、即斬!
上申は不要だ!」
重い沈黙が落ちた。
獣人兵たちは互いに視線を交わし、喉を鳴らす。
効果は明白だった。
野心家たちは、一斉に息を潜めた。
―――
山下の獣人大軍も、夜間の異変には気づいていた。
だが彼らは動かなかった。
待ったのだ。
裏切りが成功するかどうか、その結果を。
翌朝。
崖に這い上がる防衛兵の姿を見て、敵は悟った。
(……失敗した)
即座に判断が下され、大軍に攻山命令が出る。
フィルードが選び抜いたこの山脈は、異様なほど険しい。
登るだけでも地獄で、攻撃など論外だ。
一度に展開できるのは、せいぜい数百人。
多すぎれば、押し合いになり――崖から落ちる。
この要塞の唯一の欠点は、補給の難しさ。
穀物は牛群で運ぶしかなく、損耗は大きい。
(……だからこそ、ここを選んだ)
ガロは理解していた。
本来なら、人間正規軍五千を置けば、さらに安定する。
だがそれはローセイの立場を露呈させる。
――その選択肢は、最初からなかった。
ガロは焦らなかった。
石を無駄に使わず、新兵を交代で前線に立たせる。
実戦経験を与える。
同時に、反骨の兆しを見極める。
精鋭は横陣に控えさせる。
裏切りが出れば、即座に撃つ。
そして――
ガロは、あえて新兵の背後に一人で立った。
(……ほら、チャンスをやる)
知らぬのは新兵だけ。
ガロの鉄甲の下には、中級見習いレザーアーマー。
普通の刃では、まず通らない。
さらに彼自身が、初級見習い超凡者だ。
新兵が突撃すると、わざと一瞬怯む。
逃げようとする者すら、あえて見せる。
――次の瞬間。
督戦の精鋭が、その者たちを斬り捨てた。
交戦の混乱の中、数名の野心家が動いた。
長槍を反転させ、ガロを刺す。
ガロは即座に背を向け、逃げる。
その途中、反手で一人を斬殺。
(……ここまでだ)
無敵を演出してはならない。
そうすれば、獣は牙を引っ込める。
残りの反逆者は、精鋭によって即座に処理された。
ガロは血に塗れたまま、わざと声を荒げる。
「危なかった!
――あと少しで、私を傷つけられるところだった!」
そう言いながら、再び新兵の背後へ戻り、叫び続ける。
この“演技”は一日続いた。
三千人が洗い出され、処理された。
やがて、賢い者たちは悟る。
(……罠だ)
同じ手は、使いすぎれば効かない。
ガロは残った兵に、限定的な信頼を与えた。
次は、方法を変える。
残り五千を試す段で、ガロは正面から新兵陣列へ突入した。
先ほどまでは、防具の正体を見せていない。
彼らはまだ、
「この男が殺せない存在だ」
とは知らない。
さらに千人を試し、数十名を摘発。
ここで、新兵の半数以上がふるいにかけられた。
――これらすべては、フィルードが事前に教えた手法だった。
隊列に反骨があるのは、想定内。
ない方が、異常だ。
この余裕は、地形のおかげだ。
フィルードが山脈を隅々まで探し、選び抜いた場所。
水源が少ない以外、欠点はほぼない。
この要塞は、獣人大軍を半月も足止めした。
その間、ガロの損失は二千未満。
しかも大半は粛清によるもの。
敵の攻撃で死んだのは、数百に過ぎない。
相手の指揮官も、明らかに焦り始めていた。
一日の兵糧消費は、天文学的数字。
――このままでは、戦えない。
その夜、ボア・マン将は超凡者小隊による夜襲を決断した。
皮肉にも、フィルードから学んだ戦法だ。
五百人。
上位中級超凡者一名、上位超凡者十五名。
恐るべき戦力。
彼らが静かに山へ向かった、その途中――
瓦罐が割れる音がした。
フィルードの指示通りだ。
次の瞬間、号角が鳴り響く。
夜襲部隊は悟った。
(……露見した)
――戦いは、次の段階へ入る。
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