傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第267章 漁夫の利は許さない ――背後を突く銀狼と、草原の野心

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「……ふん、臆病風に吹かれたか」
丘の上で、フィルードは撤退していく獣人大軍の背中を冷たく見送った。 
圧倒的な騎兵を擁する平原での決戦を避け、持久戦に持ち込もうとした矢先、敵の総退却。 
一見、拍子抜けするような幕切れだが、フィルードの脳内では即座に状況が再計算(リビルド)される。
(ボア・マンの獣皇ともあろう者が、二万程度の損害で逃げ出すはずがない。
……となれば、答えは一つ。
奴らの内情は、外から見える以上にボロボロだということだ。
もはや、これ以上の損失には耐えられないほどに)
確信を得たフィルードの唇が、愉悦に歪む。 
「絶好のチャンスだ。……徹底的に食いつぶしてやる」
獣人大軍の撤退は迅速だった。
後方で嫌がらせを続けていたガロは、敵の逃げ足の速さに一瞬呆然としたが、深追いはせず要塞へと帰還した。 
略奪した莫大な物資を確実に確保するためだ。
獣人側も、中途半端な監視兵を残せばフィルードやローセイの餌食になることを理解していたのだろう。
彼らはガロの要塞付近に兵を置くことすら断念し、北の丘陵の向こうへと消えた。
「掃除を始めるぞ、ローセイ」 
「承知しております、団長」
敵主力が去った今、この地域はフィルードたちの狩り場と化した。 
南部の掃討作戦に要した期間は一ヶ月。 
将来の統治を見据え、かつてのような無差別な殺戮は控え、貴族を捕らえ、民衆を収容する「管理された征圧」を行った。
結果、西はモニーク城から東は草原伯国の辺境まで、広大な国境地帯から敵対勢力は一掃され、事実上ローセイの勢力圏となった。 
今回の遠征で略奪・収容した獣人は合計二十万。 
五万を超える青壮年、五万の少年、そして将来の労働力となる幼子。 
(……この人口こそが、次の戦争への最大の武器になる)
フィルードが次なる「獣人本拠地への侵攻」を計画していた、その時だ。
――緊急報告が入る。ケビンからの伝令だ。 
「草原伯国が五万の軍でカールトン領を奇襲! 三つの男爵領が陥落、敵主力はすでにカールトン子爵城を包囲しています!」
王国の命令は「一万の兵で救援に向かえ」というもの。
だが、その裏には「カールトン領の放棄」という冷酷な意図が透けて見えた。
「自滅行為だな、草原伯国……。あの一矢の仇、忘れたわけではないぞ」 
フィルードの瞳の奥に、凍てつくような殺意が宿る。 
彼は即座に撤退を指示し、略奪品をローセイに分配させた後、彼を呼び寄せた。
「ローセイ、北の戦火は一度収まる。
ボア・マンは衰退した。奴らはいずれお前を懐柔しに来るだろうが、今は放っておけ。
我々の次の獲物は、西の草原伯国だ」
フィルードは地図を指で叩く。 
「明日、お前は四万の獣人兵を率い、敵の背後を衝け。
捕らえたばかりの戦士たちを使え。
……ただし、殺すな。物は奪っても、人間は傷つけず捕虜として連れて帰れ。私に『使い道』がある」
「ハッ、仰せのままに」 
「私は主力で奴らの正面を釘付けにする。あいつらには、地獄を見せてやらねばならないからな」

――百里ほど離れた戦場。 
草原伯国のシウスは、そびえ立つカールトン子爵城の壁を見上げ、忌々しげに眉を寄せた。
「……陛下、この城はもはや子爵級の防御力ではありません。
十数メートルの高壁、そしてあの独特な投槍の雨……。力押しでは、あまりに損害が大きすぎます」
「フィルードの発明か。
……模造品を作らせたが、奴のものほど威力が出ん。
訓練の質が違うのか」 シウスは苦々しく吐き捨てた。 
(アモン王国が弱体化した今、ここを落とさねば我らに未来はない。
ボア・マンを叩き伏せたあの男がさらに成長すれば、草原伯国すら呑み込まれる……。ここで、芽を摘んでおかねば!)
数日間に及ぶ草原伯国の猛攻。 
だが、カールトンは耐えた。
フィルードの助言に従い、城壁を嵩上げし、十分な丸太と石を蓄えていたからだ。 
「国境を守る」という、長年の用心が実を結んだ形だ。
三日後。 
ついにフィルードが領地へと帰還。
休む間もなく、二万五千の兵を率いてカールトン領へ向け進軍を開始した。 敵は強力な騎兵を誇る。
ゆえに、フィルードは平原を避け、山脈沿いの行軍を選択した。
補給は牛群で行い、全戦力を注ぎ込んだ強行軍。 
二日後、山あいの要所に陣を敷いたフィルードは、静かに命じた。 
「ライドン、行け。奴らの配置をすべて暴け」
やがて、巨牛に跨ったライドンが、戦場の砂塵を切り裂いて戻ってくる。
フィルードのチェス盤に、すべての駒が揃いつつあった。
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