傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第271章 因縁の矢

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ウェリアムは、フィルードの言葉を聞くと、わずかに逡巡の色を見せた。
「フィルード子爵……この騎兵は、我々北方が動員できるほぼすべてだ。
しかも、その中には多くの貴族が含まれている。一度でも大きな損失を出せば、アモン王国全体にとって致命的だ」
彼は慎重に言葉を選びながら続ける。
「純粋な騎兵の質で言えば、正直に言って相手の方が上だ。
救援に失敗し、逆に絡み取られでもしたら……その損害を、私は陛下に説明できない」
その言葉を聞いた瞬間、フィルードの胸の奥に、冷たい記憶が蘇った。
敵陣の中で、自分を執拗に追い回してきた――あの上位超凡者。
フィルードは歯を食いしばり、低く、しかし強い声で言った。
「侯爵閣下。今が、彼らを殲滅するのに最も近い瞬間です。
これを逃せば、同じ条件は二度と訪れません」
一瞬、間を置き、視線をまっすぐウェリアムに向ける。
「ご安心ください。私の配下の戦兵は鈍足ではありません。
我々の騎兵が、ほんのわずかでも相手を絡め取れれば……必ず追いつきます」
ウェリアムの表情が揺れた。
理性と責任、そして戦場に立つ者としての本能が、せめぎ合っている。
やがて、彼もまた歯を食いしばった。
「……やろう。君の言う通りにする。
今回は君と一緒に賭ける。ただし、失敗したら――陛下の咎めは、君と共に背負うぞ」
フィルードは、即座に厳かに頷いた。
「問題ありません。
この策を提案したのは、私です」
二人は短く視線を交わすと、すぐさま城壁下に潜んでいた騎兵へ出動命令を下した。
フィルードとエレナもまた魔獣に跨り、追撃に加わる。
敵騎兵は、自軍の騎兵が“巣”から飛び出してくるとは、露ほども思っていなかった。
その驚愕は一瞬で、致命的な隙となる。
――だからこそ、分兵してまで追撃などしたのだ。
不意を突かれた敵騎兵は、次々と斬り伏せられた。
それを見たシウスは、怒りに満ちた咆哮を上げ、即座に前方への撤退を命じる。
その時、指揮を執っていたマイクが怒鳴った。
「全兵士! 密集隊形を取れ!
前進しろ、この呪われた騎兵どもを必ず追い立てるぞ!
床弩はすべて上弦!
発射装置を閉じ、中隊中央で担げ!」
号令と同時に、円陣は崩れ、軍は敵の退路へと押し出された。
しばらくの追撃の後、主戦場を外れかけた地点で、シウスはようやく部隊を止め、整列させた。
魔獣に跨るウェリアムは、明らかに高揚していた。
――逃げる敵を叩く好機など、そう何度もあるものではない。
彼は一気呵成に騎兵を進め、敵に立て直す時間を与えなかった。
だが――やはり、相手の騎術を侮っていた。
奔走の最中、敵は素早く再編を終え、半周回って反転。
二方向から、同時に突撃を仕掛けてきた。
その瞬間、フィルードとエレナは、かつて自分たちを追い詰めた上位超凡者を視界に捉える。
――逃がさない。
交錯する刹那、二人は同時に弓を引いた。
魔力を限界まで高め、狙いを定め、放つ。
上位超凡者は危険を察知し、即座に首を引き、盾を構えた。
「バンッ!」
盾は貫通され、続く一矢が鎧を叩く。
だが――砕けたのは矢の方だった。
フィルードの口元が歪む。
――上位鎧か。
……なければ、今ので終わっていた。
怒りと殺意が、同時に燃え上がる。
二人は間髪入れず、再び矢を放った。
見習い級の矢が四本。
盾はついに崩壊し、上位超凡者は大きく体勢を崩す。
その瞬間を逃さず、フィルードとエレナはほぼ同時に上位矢を取り出した。
呼吸を殺し、最大の魔力を注ぎ込む。
「シュッ――」
二つの鋭い破空音。
上位超凡者は回避を試み、馬から跳び退こうとしたが――
間に合わない。
「プチッ、プチッ」
二本の矢が、ほぼ同時に身体へと突き立った。
一本は胸、もう一本は下腹。
鎧がなければ即死だっただろう。
それでも、矢はわずかに肉を捉え、鮮血が鎧を伝って流れ落ちる。
悲鳴と共に、上位超凡者は落馬した。
フィルードは追撃を試みようとしたが、倒れた男は瞬く間に馬群の中へと埋もれた。
――死んではいない。
だが、戦線からは確実に脱落した。
そう判断したフィルードは、ようやく周囲へと視線を向ける。
そして、息を呑んだ。
技量だけを見れば、農耕民族の騎兵が、遊牧の騎兵に正面から抗うのは難しい。
わずか一合で、こちらは数百騎を失い、相手の損失は百に満たない。
損耗比は、ほぼ三対一。
それでも――時間が経つにつれ、戦場は混戦へと移行していった。
馬上で長槍を突き交わす近接戦。
それは、フィルードが最初から望んでいた形だった。
自軍の騎兵も、自分たちが不利だと理解している。
だからこそ、敵の背後に張り付き、方向転換を許さない。
やむを得ず、敵も速度を殺し、停滞したまま刺し合いを始めた。
――騎兵が、歩兵のようになる。
その光景に、シウスは内心で舌打ちした。
加速を封じられ、騎兵の利点を奪われている。
これは、意図的な“潰し合い”だ。
隊列が乱れた、その時だった。
フィルードとエレナに、再び好機が訪れる。
フィルードは弓を収め、聚魔槍を握り、大黒に跨って加速した。
視線の先には――
人に支えられ、戦場外周へと退こうとする、あの上位超凡者の姿。
逃がす理由など、どこにもない。
エレナもまた、ほぼ同時に追いつく。
二人の意図を察したシウスが、慌てて叫んだ。
「あの二人を止めろ!
戦場から離すな!」
敵兵が殺到する。
だが、この時のフィルードの視界には、逃げる仇しか映っていなかった。
彼は大黒の背を叩き、低く命じる。
「――突っ込め」
大黒は咆哮し、頭を下げ、一気に加速する。
魔力がその全身から溢れ出し、明確な“突撃”の気配を帯びた。
フィルードは長槍を高く掲げ、振り回す。
刺突ではなく、叩き落とすための動き。
加速した大黒の前では、立ち塞がる敵騎兵は、まるで柔らかな大地だった。
踏み砕かれ、薙ぎ払われ、深い溝を刻まれていく。
――因縁は、ここで断ち切る。
フィルードの眼は、ただ一つの獲物を追っていた。
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