傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

文字の大きさ
275 / 345

第279章 火薬という切り札

しおりを挟む
これらの奴隷は、かつてフィルードが魔石鉱脈を掘らせていた一団だった。
外界との接触はほとんど断たれ、長年にわたって密命専門の労働に従事している。

フィルードは彼らに対して、表向きにはかなりの厚遇を与えていた。
それぞれに妻となる女をあてがい、生活水準も一般の奴隷より高い。
だが――その分、管理と監視は徹底されていた。

(この連中は“資産”だ。
 だが同時に、“秘密”でもある)

硫黄の結晶をすべて削り落とし、秤にかける。
結果は、わずか六ポンド強。

フィルードは眉をひそめた。

(……手間の割に、少ないな)

とはいえ、これは初期実験段階に過ぎない。
工程を改良すれば、産量は確実に上がる。
短期間での増産は難しいが――入手経路を確立できたこと自体が最大の成果だった。

これで、炸薬包や小規模な爆裂兵器の製作は可能になる。

フィルードは硫黄を農奴たちに引き渡し、
同じ手法で精錬を続けるよう命じた後、大鳥に掴ませて峡谷領へ戻った。

領地へ戻るなり、彼は倉庫から硝石の袋を一つ担ぎ出した。

この期間、土法による精製で、すでに一万ポンド以上の硝石を備蓄している。
とはいえ、それは効率の悪い煮沸精錬によるものだ。

(前世の工業規模には、ほど遠い)

加えて、公共便所に溜まった硝土の多くは、まだ手つかずだ。
すべて精錬すれば、さらに相当量が得られるだろう。

本格的な拡大を狙うなら――
工程革新か、硝石鉱の発見が必要だ。

現状では、後者のほうが現実的だとフィルードは判断していた。

(大規模な火器運用は……まだ先だな)

彼は硝石・硫黄・木炭を並べ、調合を始めた。
比率は1:2:3。
前世で学んだ、ほぼ反射的に出てくる数字だ。

ただし、細かな最適比率は感覚頼みになる。

その後の数日間、フィルードは峡谷奥の密林で実験を繰り返した。

爆音が何度も響き渡り、領民たちは騒然とした。
腹心たちが様子を見に来たが、すべて追い返した。

やがて、人々も音に慣れ始める。

執念の試行錯誤の末、
フィルードは最適解に辿り着いた。

硝石:六割五分

硫黄:一割五分

木炭:二割

均一に混ぜれば、威力は侮れない。

この実験で硫黄はすべて使い切ったが、
再び峡谷へ赴き、今度は三十ポンド以上を確保した。

戻ってから、すべてを火薬へ加工する。

フィルードは前世の知識を思い出し、
卵白を加えて粒状火薬へと昇華させた。

成形し、天日で乾燥。
最終的に――百ポンド。

彼はようやく手を止めた。

続いて、特殊な陶罐を製作する。
二重構造で、内層に火薬、外層に大量の鉄釘。

(……破片効果は十分だ)

その頃、ローセイからの報せが届いた。

ミノタウロスとの交渉は決裂寸前。
相手は傲慢で、ジャッカルマンを骨の髄から蔑視している。

理由は明白だった。
彼らの配下には、大量のジャッカルマン眷属がいる。

ミノタウロス獣皇は命令口調で言い放ったという。

――南からボア・マンを攻めろ。
――勝てば封地を与える。
――拒めば、滅ぼした後でお前も始末する。

フィルードは眉間に皺を寄せた。

(……なるほどな)

しばらく考え、彼は理解した。

ジャッカルマンが対等になれば、
配下の眷属たちが異心を抱く。

それは、ミノタウロスの支配基盤そのものを揺るがす。

(豚頭族を切り崩すのと同じだ。
 老本を掘り返されるのを、何より恐れている)

納得したフィルードは、即座にライドンを呼んだ。

ローセイへ伝えよ。
ボア・マン王庭と交渉せよ。

条件は変えない。

牛(全量)

ジャッカルマン(全員)

羊は三分の一

領土は多少譲ってもいい。

数値は誇張しろ。
具体数ではなく、総量に対する割合で要求せよ。

牛とジャッカルマンは絶対に譲歩不可。
羊のみ調整可。

承諾されれば、和平を結べ。

ライドンは重くうなずき、
魔獣に乗って耀獣城へと飛び立った。

その夜、ローセイはドクガ老者を招き、条件を伝えた。

老者は口を開けたまま、しばらく固まった。

「……無理だ。
 ボア・マンは牛肉を何より好む。
 成牛をすべて要求するなど、命を奪うに等しい」

ローセイは首を横に振った。

「好みで生きていけるほど、状況は甘くない。
 生き延びるために、何を捨てるかだ」

そして、静かに告げた。

「拒めば、ミノタウロスと組む。
 その場合でも、俺の目的は果たせる」

ドクガ老者は沈黙し、
やがて力なくうなずいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

追放されたけど実は世界最強だった件 〜異世界でスローライフを満喫してたら、元婚約者が泣きついてきた〜

にゃ-さん
ファンタジー
王国一の魔術師と呼ばれながらも、冤罪で追放された青年レオン。 田舎でのんびり暮らすつもりが、助けた村娘が実は聖女、拾った猫が神獣、弄った畑が伝説の大地に!? やがて彼の存在は国を超えて伝説となり、かつて彼を見下した者たちが次々とひざまずく――。 ざまぁあり、無自覚ハーレムありの、スカッと系異世界リベンジ譚。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...