傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第297章 血に酔う牙――残暴な新兵

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数十体の鉄甲ミノタウロスが味方の陣列へ突入した瞬間、後方の敵軍もその裂け目から両翼へ浸透し始めた。
新兵側は刀盾兵が足りない。
穴が空けば塞げない。互いの補完が効かない。
時間が経つほど突破口は広がり、戦場はさらに苛烈になる。
山頂から眺めるフィルードの目には、味方の獣人が次々と斬り倒される光景が映っていた。
それでも――まだ崩れていない。
(……しぶとい。
いや、“しぶとい”じゃない。強い)
フィルードは内心で舌を巻いた。
想定では、とっくに崩壊が始まっているはずだった。
だが現実は逆だ。戦うほどに、むしろ形が締まっていく。
ちょうどその時、ローセイが険しい顔で駆け寄ってきた。
「団長大人! ベッドクロス兵に支援を!
この新兵たちは立派です。ここまで耐えて、まだ崩れていない!
……見捨てるべきではありません!」
フィルードは両拳を握り、歯を噛みしめた。
(俺の狙いは“深く誘う”ことだ。
ここで引き上げて決戦に切り替えたら……勝算が薄い)
今まで前に出てきたミノタウロスは、せいぜい二千。
本隊が押し寄せれば、何が起こるか分からない。
――だが、この新兵が“想定外に持つ”なら話が変わる。
フィルードは短く息を吐き、頷いた。
「支援を命じろ。
だが忘れるな。目的はあくまで“誘い込み”だ。
正面決戦で、まだ我々は勝てない。常に胸に刻め」
ローセイは深く頷くと、小走りで下山し、ベッドクロス兵へ命令を飛ばした。
次の瞬間。
密集した破空音。
前線で暴れていたミノタウロスが、まとめて倒れる。
鉄甲は破甲矢の前では紙のように裂けた。
支援を見た新兵の士気は爆発し、逆に押し返す勢いさえ見せ始める。
敵ミノタウロス将校は眉をひそめた。
(なぜだ……。
我が軍のジャッカルマンに、こんな力はない。
長年抑えつけすぎたか……)
自責は三秒で終わった。
憎悪がその穴を埋める。
将校は大きく腕を振り上げた。
「全ミノタウロス聖族、前線へ!
正午までに敵を崩壊させろ!」
秩序維持を担っていたミノタウロスが甲冑を着込み、複数方向から突進してくる。
その参戦で、圧力は再び跳ね上がった。
敵が分散し始めたことで、ベッドクロス兵は無差別射撃ができなくなる。
味方誤射の危険がある。
二十分。
ついに新兵陣形が貫通された。
それでも抵抗は凄まじい。
まるで狂犬の群れだ。
フィルードは、その異様さに一瞬だけ思考が止まった。
(……抑圧が長すぎたのか。
それとも、俺の教義も契約もないからこそ――
命を捨ててでも“解放”だけで戦えるのか)
胸の奥で何かが動いた。
“道具”として見ていたはずの駒が、予想外の熱を持ち始めた。
フィルードは即座に命じた。
「撤退角笛を吹け。
できるだけ多く生き残らせろ」
この戦いを経れば、この新兵の戦闘力は質的に跳ね上がる。
角笛が鳴り響き、新兵は撤退を開始した。
――ただし。
血に酔った一部は、なおも死闘を続けた。
そして、ミノタウロスに斬り倒された。
敵は迷わず追撃に移る。
ローセイ配下はすでに三万強。
新兵は軽装で速い。だが追う側も狂っていた。目的を果たすまで止まらない。
追う者と逃げる者。
二十分以上が過ぎ――
ついに、フィルードが仕込んだ伏兵地点へ到達した。
山の上。数千の獣人兵が息を殺している。
ローセイも意図的に距離を詰め、追撃を“誘う”速度に調整していた。
後方のミノタウロスは追撃に夢中だ。
さっきの戦闘に演技の匂いなどない。
敗走が偽装だと疑う余地もない。
味方が峡谷を抜ける。
その瞬間、ミノタウロス大軍が勢いよく突っ込んだ。
――大半が入り込んだ、その時。
両側の崖から轟音。
崖全体が崩れるように、巨石が雪崩れ落ちた。
反応する暇もない。
押し潰され、ひっくり返され、潰れ、砕ける。
中央のミノタウロス首領が目を剥く。
信じられない、という顔のまま――巨大な岩が迫る。
響いたのは一瞬の絶叫だけ。
次の瞬間、首領は肉塊になった。
土煙が峡谷を満たし、山頂から谷底ははっきり見えない。
だが、下から響く絶叫と悲鳴が答えだった。
(……よし。
これで主力の脚を折った)
やがて土煙が晴れる。
フィルードが見下ろした谷底は、ただ“惨”だった。
三万を超える敵のうち、二万以上が巨石の下敷きになっている。
峡谷外に残った数千と、運良く生き残った者だけが立ち尽くしていた。
魂を抜かれたように、何をすればいいのか分からない顔で。
ローセイは即座に軍団を停止させ、怒号を放った。
「引き返せ!
この奴隷主どもを皆殺しにしろ!
ミノタウロスは一人も生かすな! 突撃!」
新たに加わった新兵が先頭に立ち、咆哮しながら谷へ突っ込んでいく。
抵抗はほとんどない。生存者は崩れていた。
降伏する敵ジャッカルマンもいたが、新兵は投降の機会すら与えず、槍で刺し倒した。
ローセイはジャッカルマン語で叫ぶ。
「降伏したジャッカルマンは殺すな!
奴隷にされていた同胞だ!
命令違反は即斬首!」
捕虜殺害は減った。
だが、命令を無視して斬り続ける傲慢な新兵もいる。
ローセイは迷わなかった。
精鋭に命じ、その場で斬首。
数十名を処刑して、ようやく残りは大人しくなる。
掃討は残酷だった。
巨石で死ななかったミノタウロスは囲まれ、生きたまま殴り殺され、四つ裂きにされる。
フィルードは山頂で、冷たい目のままそのすべてを見下ろした。
(残酷? 違う。
“必要”だ。
慈悲で兵は動かない。
恐怖と利益と――勝利だけが、秩序を作る)
そして心の奥で、次の一手を静かに組み立て始めていた。
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