傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

文字の大きさ
295 / 345

第299章 牙を研ぐ首領――ローセイの変化

しおりを挟む
今や彼からは、かつての孤高な雰囲気はすっかり消えていた。
以前、ローセイを部族から追放した時――父は「もう死んだも同然だ」と思っていた。
まさか末息子がここまで出世し、ここまでの大騒動を巻き起こすとは。
最初から分かっていれば、追い出しなどしなかっただろう。
部族に残し、後を継がせていれば、部族はもう一段階上へ行けたはずだ。
だが今、父と息子の関係は――どうしようもなく気まずい。
ローセイの父親は、言葉を慎重に選んで切り出した。
「息子よ……正直に言ってくれ。
お前は、あの人間貴族の手下なのか?
なぜあいつは、そこまでお前に力を貸すんだ?」
隣のドクガ老人も、厳しい表情でローセイを見つめている。
もう隠す意味はない。
ローセイは淡々と本音を吐いた。
「二人の想像通りだ。俺は確かに、彼の手下だ。
彼の軍団で千夫長を務めている。
ここで起きていることは全部、団長大人の計画だ。
俺はただの駒。――それで、満足か?」
二人は言葉を失った。
深い繋がりがあることは予想していた。
手下である可能性も、頭では分かっていた。
だが――最初から最後まで、ここまでの全てが“たった一人の人間”の設計だったとは。
(……恐ろしい)
背筋が凍る。
現実が薄く、足元が浮くような感覚さえあった。
長い沈黙の末、父親が深く息を吐いた。
「……お前は、お前の兄貴より一万倍優れている。
全部があの人間の計画だったとしても、お前の能力が大きかったのは間違いない。
これからどうする?
まだ、あの人間の鼻息をうかがって生きるのか?」
父は、視線を城外――小寨群へ向ける。
「俺が見る限り、各小寨には人間が配置されている。
“調整役”と言っても、実質は管理だ。
しかも獣人の傷兵も何人もいる……お前の戦友だろう。
あの傷兵たちは人間に忠誠が高い。地位も高い。
駐在している人間の命令には従っている。
それだけじゃない。最近捕まえた青壮も、山脈の縁に沿って寨を築かせて住まわせている。
そうやって、あいつは次々と管理担当を送り込む。
これでは……俺たちに独立の機会など、永遠に来ない」
ドクガ老人も深く頷いた。
ローセイは、薄く笑った。冷たい笑みだ。
「独立? なぜ俺が独立しなきゃならない。
父親よ、もう俺を“管理できる首領”だと思うな。
今この勢力の実質的な話者は俺だ。
仮に俺が地位をお前に譲っても、お前は絶対に保てない。
俺が団長大人の元へ戻った瞬間、周囲の寨は崩壊する。
お前は俺の下で一将として働け。
不必要な野心は捨てろ」
ローセイは声を落とし、噛んで含めるように続けた。
「人口が増えたからって、すぐ独立できると思ってるのか?
団長大人の支援が切れたら、俺たちはミノタウロスとボア・マンの攻撃に耐えられない。
今使っている鉄器は全部、彼が出したものだ。
それ以上に致命的なのは――ここでは食糧が生産できない。
この人口を家畜だけで養えば、すぐ食い尽くす。
これで分かったか?」
父もドクガ老人も、言い返せない。
沈黙の後、ドクガ老人が低く言った。
「ローセイ首領……怒らないでくれ。
老首領の言うことも、理はある。
俺たちジャッカルマンが、永遠に誰かに支配され続けるのは……違う。
人間に支配されていたのと同じ状態が続くなら、何のために努力したのか分からない。
今はまだ足りないのは分かる。
いずれ時が熟したら、独立のことを――」
ローセイの表情が、一瞬で氷になる。
「俺が言ったのは『永遠』だ。聞こえなかったのか?」
(……やっぱりだ。増えた瞬間、欲が出る)
胸の奥で、嫌なものが蠢いた。
「団長大人の思想は、多種族の連合を作ることだ。
種族単独の独立なんて考えは、絶対に持つな。
それは軍団で最も忌み嫌われる。
勢力が膨張したから、ついに不届きな野心を抱いたか」
ローセイは、はっきりと言い切った。
「父親もドクガおじさんも、隠居してくれ。
もう軍を率いるな。
お前たちは、その野心でジャッカルマン全体を滅ぼしかねない。
団長大人の恐ろしさを、お前たちは分かってない」
そして――声が少しだけ柔らかくなる。
「俺は最初から、“ジャッカルマン単独の国”を作るつもりなんてない。
ジャッカルマンには突出した点がない。
団長大人に頼らなければ、安寧に暮らすことすらできない。
俺が望むのは、せめて幼児が毎年大量に餓死しないこと。
公平に生きる機会があること。
それくらいなら、団長大人なら……実現できる」
父親とドクガ老人は顔を見合わせた。
やがて父が深いため息をつく。
「……お前はもう一人前だ。
今の俺に条件を突きつける資格はない。お前がそう思うなら、俺は支持する。
ただ……どんな人間であれ、特にあの団長には慎重になれ。
この世に無償の親切などない。
あいつがなぜそこまで無私なのか、俺には信じられん。
よく考えて動け」
そう言い残し、父は腰を曲げたまま城堡を出ていった。
ドクガ老人も慌てて後を追う。
ローセイは二人の背中を見送りながら、胸の奥で激しく揺れた。
権力の味を知ってしまった。
正直に言えば、心の底に“不埒な芽”が生え始めている。
だが――フィルードの実力を、ローセイは誰より知っている。
相手が凡庸なら、独立に踏み切ったかもしれない。
しかしフィルード相手には、どうしても踏み切れない。
あの団長には、得体の知れない不気味さがある。
今に至るまで、ローセイは彼を完全に理解できていない。
(……感謝? 違う。もう……怖いんだ)
本人は気づいていない。
だが感情はゆっくりと「感謝」から「恐怖」へ移り始めていた。
このまま進めば、いつか衝動が理性を追い越す――そんな危うさがある。
もちろん、それはまだ先の話だ。
今は、ただ牙を研いでいるだけ。
――そして、その頃。
フィルードは領地に戻ると、手に入れたばかりの素材の研究に取りかかった。
主に木心と黒精鉄。
書に記された手順通り、上位魔法木材を燃やし、黒精鉄を溶かしていく。
わずかな乱れが、素材そのものを殺す。
(この一回で、数年分の工程が決まる……焦るな)
黒精鉄がじわじわと溶けると、フィルードは魔力を導き、成形を開始した。
魔力消費は桁違い。
指ほどの太さのドリルビットが、ようやく形になる。
そこで作業を止めた。
次の瞬間、フィルードは迷いなく刻む。
鋭利のルーン。堅固のルーン。
(……これでいい。
“穴”が開けば、世界が変わる)
冷静に、確信だけを握って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

追放されたけど実は世界最強だった件 〜異世界でスローライフを満喫してたら、元婚約者が泣きついてきた〜

にゃ-さん
ファンタジー
王国一の魔術師と呼ばれながらも、冤罪で追放された青年レオン。 田舎でのんびり暮らすつもりが、助けた村娘が実は聖女、拾った猫が神獣、弄った畑が伝説の大地に!? やがて彼の存在は国を超えて伝説となり、かつて彼を見下した者たちが次々とひざまずく――。 ざまぁあり、無自覚ハーレムありの、スカッと系異世界リベンジ譚。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...