傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件

篠の目

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第345章 誘い出された六千騎――罠を仕掛けるのはどちらだ

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たった一波。
それだけで、これだけの戦果。
マイクは戦果を確認し、思わず口元を吊り上げた。
「十分だ。撤退だ」
手を振ると同時に、伝令兵が号角を鳴らす。
甲高い音が平原に響き渡る。
騎兵たちは狼の群れのように素早く集結し、滑らかに方向転換を完了させた。
長期の平定戦で鍛えられた騎乗技術。
あの程度の機動など、もはや呼吸と同じだ。
後方へ急速に退却。
二里ほど離れた地点で一旦停止。
弓弩騎兵は素早く下馬し、弦を張り直す。
整備の速さもまた戦力だ。
マイクは遠くの敵陣を見やる。
敵騎兵は歩兵にがっちり守られ、まるで鶉のように縮こまっている。
「出てこないか……」
ならば――出させる。
マイクは即断する。
騎兵一万を二分。
五千は自ら率い、正面で継続的に襲擾。
残る五千はユリアンに任せ、敵後方の補給・運糧隊を狙わせる。
目的は一つ。
敵騎兵を誘い出すこと。
一万騎がまとまっていれば、相手は恐れて動かない。
だが分兵すればどうか。
「五千ならいける」
そう思わせれば勝ちだ。
ユリアンは南方へ直進。
途中の村で補給を取る。
……略奪だが、命令は厳しい。
「奪うのは貴族の財だけ。民を傷つけるな」
あの方らしい。
憎まれる支配は長続きしない。
ユリアンが去ると、マイクは再び突撃を繰り返した。
敵農奴兵は怯え、固まり、動けなくなる。
精鋭刀盾兵が両翼を固め、農奴を守る。
前列の精鋭も盾を高く掲げ、防御を強化。
隊列の進軍速度は一気に鈍る。
亀の歩み。
「いいぞ……止まれ」
止まった軍は、死ぬ。
エドモンは苛立ちを隠せない。
周囲の将軍と同盟軍を見回す。
視線がウェイン侯爵に止まる。
「昔の親友だろう? 何か策はないのか?」
嘲る声。
ウェインは首を振る。
「すべては陛下のご意向での交誼。今や情誼はありません。機会があれば私自ら奴の首を取ります」
エドモンは鼻を鳴らす。
疑心は消えていない。
再び全体へ向き直る。
「この騎兵どもが付きまとえば、ダービー城にいつ着けるか分からん。
 しかも分兵した。南へ向かった部隊は補給を狙っている。
 好機だ。
 ショウカ侯爵、貴国の騎兵は三千。我が軍も三千。合わせて六千。
 敵は五千に過ぎん。
 叩けば終わる」
タロン王国の将軍ショウカは即座に首を振る。
「相手の騎乗技術は上です。しかも長弩を多数装備。軽甲の我らには致命的です」
冷静な判断。
だが欲は人を鈍らせる。
そこへ現れたのがウェリアム。
自信満々に言う。
「差を埋めるには歩兵の補助。
 騎兵は決戦せず足止めだけ。
 体力抜群の歩兵一万を軽装で編成し、最速で突入。包囲できれば殲滅可能です」
ショウカは眉をひそめる。
「相手が逃げたら?」
ウェリアムは笑う。
「優位を持つ以上、どこかで殲滅を狙うはず。止まった瞬間に歩兵が到着します」
……希望的観測だな。
エドモンが背中を押す。
「成功すれば戦馬の七割を譲ろう」
戦馬。
南方では貴重品。
ショウカは迷い、そして頷いた。
「貴軍が先頭を。我らは側面支援。異常があれば即撤退します」
エドモンは安堵した。
こうして敵陣中央に隙間が生まれる。
厳重に守られていた騎兵六千が飛び出す。
その様子を遠くから見たマイクは、口角を上げた。
「釣れたな」
伝令兵に号角を吹かせる。
五千騎は即座に転回。
全力で退却開始。
フィルード配下の戦馬は獣人からの鹵獲品。
荒い。
だが耐久力と瞬発力は桁違い。
あっという間に距離を取る。
後方の六千騎は必死に追う。
五里、六里。
それでも止まらない。
ショウカ侯爵は焦り始める。
「ウェリアム侯爵、止まらぬぞ。決戦の気配がない。引き返すべきでは?」
――その頃。
後方で報告を受けた俺は、静かに地図を見下ろしていた。
六千騎が突出。
歩兵一万は後方。
分断成功。
「欲に目が眩んだな」
騎兵は速い。
だが速さだけでは勝てない。
速さを制御できる者が勝つ。
マイクは逃げているのではない。
導いている。
決戦の場所へ。
俺の選んだ地形へ。
平原のその先には、緩やかな丘陵と湿地帯。
機動が制限される区域。
そこで反転すれば――。
六千騎は孤立する。
歩兵は追いつけない。
退路は細い。
「さて……どちらが罠にかかったか」
俺はゆっくりと笑った。
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