秘密はいつもティーカップの向こう側 ―TEACUP TALES―

天月りん

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贈り合うスプーン

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 昔見たホワイト・クリスマスを、今、もう一度夢見てる
 すべてのクリスマスカードに書いたように
 あなたの日々が、楽しく輝きますように
 そしてこれからもずっと――ホワイト・クリスマスになりますように

 ***

 十二月に入り、街はすっかりクリスマスモードだ。
 街路樹には細かな電飾が輝き、ショーウィンドウにはサンタクロースと雪だるまの飾りが並んでいる。

 冷たい風に身を切られるようにしながら、湊は大学までの道のりを歩いていた。
 しかしその足取りは軽やかで、頬はピンクに染まっている。

(えへへ。今年は楽しいクリスマスになるな)

 母が亡くなって以来、湊にはクリスマスの思い出がない。
 仕事人間の父にとって、年末年始は超の付く繁忙期だ。

(寂しいとは、思わないようにしてきたけど……)

 自分で小さなケーキを焼いたこともある。
 広々と使えるキッチンは、湊にとっては楽しい遊び場だ。

 だから今年も――たとえ西園寺亜嵐と出会ったとはいえ、クリスマスは一人で過ごすものだと思っていた。
 それが。

「……湊。二十四日の予定は?」

 遡ること十八時間前。
 湊は亜嵐の部屋の小さなキッチンで、ホットケーキを焼いていた。

 いつものやり方で、フライパンいっぱいに大きく焼き上げる。
 切り分けたケーキを皿に盛り、たっぷりのシロップをかけていると、フォークを持った亜嵐がジト目で尋ねてきた。

「二十四日?」

(なんでちょっと不機嫌?)

 首を傾げる湊に、亜嵐は口を尖らせた。

「クリスマス・イヴだ!」
「……あぁ」

 ホットケーキの皿を亜嵐の前に置き、湊は首を振った。

「特に予定はありません」
「そ、そうなのか?」
「はい。何か問題でも?」

 湊が肩を竦めると、亜嵐はホットケーキに手を付けるより先に、慌てて口を開いた。

「ならば!ここに来るのはどうだ!?」
「あ、はい。わかりました。バイトですね」

 平然と言い放つ湊に、亜嵐は焦れた口調で言葉を重ねる。

「そうではない!クリスマス・パーティーだ!料理は、翠さんが腕を振るってくれる。……どうだろう?」

 思いがけない誘いに、湊は顔が赤くなるのを自覚した。

「クリスマス・パーティー……いいんですか?俺も一緒で」
「当たり前だろう。プレゼント交換もしよう。なに、高価である必要はない。ささやかなものを、互いに贈り合うのだ」

(クリスマス……プレゼント交換……)

 どれほど振りだろう。
 クリスマスなんて、自分にはもう縁のないイベントだと割り切っていたのに。
 目の前の紳士からの提案に、湊の心はふわりと躍った。

「はい!楽しみにしています!」
「うむ。私も楽しみだとも」

 湊も亜嵐も、ほかほかとした心持ちで、午後の時間をゆったりと過ごした。

 ***

(うーん……ちょうど良いものがなかなか見つからない)

 アルバイトのない土曜日の午後。
 湊は横浜の繁華街にある、古道具屋を覗いていた。

 亜嵐は昨日から、遠方へ取材に出かけている。

「帰ってきたら、資料の整理を手伝ってほしい」

 そう言い残して出て行った。

(亜嵐さんが喜びそうなもの、か)

 高価なものはきっと受け取ってもらえないし、そもそもそんな余裕もない。
 書籍――はダメだ。あの部屋の棚にない本なんて、そこらで見つかるわけがない。
 菓子――もダメ。翠さんが作るローズメリーの菓子は、いつだって極上だ。
 雑貨屋――却下。チープなものは、大人な亜嵐さんには似合わない。

 あれもダメ、これもダメ。
 そうして辿り着いたのが、繁華街の片隅にある、小さな古道具屋だった。

(……でもお古なんて、失礼じゃないかな?)

 店名のロゴが洒落ていたから、ふらりと入ってみたものの。
 少し場違いな気がして店を出ようとし、そのとき。

(……あれ?これ)

 どこかで見たことのあるデザインの、古い大皿の隣。
 木製のトレーに、それは並べられていた。

(銀色の……スプーン?)

 デザインの異なるスプーンが、五本ほど。
 どれも丁寧に磨かれ、ほのかに光を帯びている。

(これ、いいな)

 凝った意匠は、日本製とは思えない。
 柄の部分がハートになっているもの、小鳥が枝にとまっているもの、馬の頭が飾られたもの――どれも個性がある。

 その中でひときわ目を引いた一本を、湊は手に取った。
 柄にツタのような植物が絡むデザイン。
 それが、亜嵐の部屋の窓辺に伸びるツタを思わせたから。

「あの、すみません!これ、プレゼント用に包装できますか?」

 店員を呼ぶ湊の瞳は、喜びに輝いていた。

 ***
 
 亜嵐にとって特別なクリスマスなど、もう覚えてもいない昔の話だ。
 ツリーを飾り付けた部屋で、幼い自分を囲み、祖父母や両親、親戚たちが笑っている写真。
 今残っているのは、その写真を見返したときの、ぼんやりとした記憶だけだった。
 
 日本に来てからも、この時期は取材の対象になる特別メニューが目白押しで、クリスマスそのものを楽しんだことはない。
 それが今年はどうだろう。

「亜嵐さん。チキンを焼くから、藤宮くんたちを誘ってパーティーをしない?」

 そんな提案を翠がするのは、今年が初めてだ。
 さっそく亜嵐が湊を、翠が美緒を誘った。
 美緒は「珍しく両親が在宅だから、悔しいけれど諦めます」と言っていたそうだが――その声にはどこかうれしそうな響きがあったと、翠は話していた。

(湊のお父上は……仕事人間だと言っていたな)

 比べるわけではないが、美緒の不参加を湊はどう思うだろう?
 それを考えて、亜嵐は首を振った。

 血の繋がりはなくても、心で繋がった人と過ごすクリスマス――それもきっと、温かいに違いない。
 新幹線を降りた亜嵐は、冷たい雨が降り始めた街を、取材先へと急いだ。

「……ふむ。悪くない」

 取材は順調に進んだ。
 デジタルもアナログも、取材で得た資料はたっぷりだ。
 横浜に戻ったら、湊に手伝ってもらってまとめよう――そう思いながら、灯り始めたイルミネーションの通りを歩く。

 翠へのプレゼントは、もう準備済みだ。
 ヴィンテージの赤いロンドンバス。
 ローズメリーの棚に飾れば、きっと似合うに違いない。
 
(あとは湊へのプレゼント、か)

 ここで亜嵐は二の足を踏んでいる。
 学生らしく、参考書?――何の面白みもない。
 翠のような小物類?――湊の部屋に似合うものがわからない。
 洋服や装飾品?――高価なものはダメと言ったのは、他の誰でもない自分だ。

(さて……どうしたものか)

 雨はすでに止んでいる。
 取材用のタブレットが入ったバッグを手に、亜嵐は辺りを見回した。

(地元では出会えないものに、旅先で巡り会う――)

 そんな小さな奇跡が起きるには、クリスマスは打って付けだ。
 コートの襟を深く合わせて、亜嵐は一歩を踏み出した。

 ***

 十二月二十四日。クリスマス・イヴの昼下がり。
 クローズドの札が下げられたローズメリーの店内には、楽しげなクリスマスソングが流れている。
 
「はーい、お待たせしました!」

 翠はいつになく上機嫌な様子で、照り良く焼けた鶏の丸焼きをテーブルに置いた。
 ソースポットはグレイビーで満たされ、ほっくりと焼けたジャガイモとニンジンも並んでいる。
 
「うわぁ!美味しそう!」
「ふふっ。――さて。伝統に則れば、カットは亜嵐さんにお願いするんだけれど。せっかくのチキンを台無しにしたくないから、私がカットしちゃうわね」

 ブロッコリーのクリーム煮をよそっていた亜嵐が、「んんっ!」と喉を詰まらせる。
 湊と翠は、顔を見合わせて笑った。

「この人数ですからね、さすがにターキーは食べきれないから。チキンでも、気分だけは味わえるでしょう?」

 取り分けた肉にグレイビーとクランベリー、二種類のソースを添えて、各々の前にサーブする。
 想像以上の本格さに、湊の瞳は星空の様に輝いた。

 楽しい食卓だった。
 メインも、野菜も、スープも、パンも。どれもがとびきり美味しい。
 
 食後は全員で片付けをして、トランプやボードゲームで時間を過ごした。
 途中、小腹が空くと、翠お手製のプディングや焼き菓子がテーブルに並んだ。

「こんなクリスマス、俺、初めてです!」

 少し豪華な夕飯と、食後のデコレーションケーキ――幼い日に体験した日本のクリスマスを湊が説明すると、亜嵐は苦笑した。

「どのような形であれ、アレンジして取り入れる順応性の高さは称賛に値する。だが本式も悪くはないだろう?」

 片目を眇めて唇の端を上げる亜嵐に、湊は「はい!」と頷いた。


 壁の時計をちらりと確認し、亜嵐は「こほん」と咳払いをした。

「――さて。楽しい時間ほど、早く過ぎてしまうものだ。お開きとする前に、プレゼント交換といこうではないか」

 その声に合わせて、翠はカウンターの裏にしゃがみ込み、湊はバッグをごそごそと漁る。
 そして三人で顔を突き合わせ、それぞれにプレゼントを差し出した。

「まあ、可愛いバスね!早速飾らせてもらうわ。こっちの砂時計も素敵よ!」
「わっ!このエプロン、カッコいいですね!」
「北海道産小麦粉のホットケーキミックス!?湊、焼いてくれるか?」

 それぞれのチョイスに笑顔が浮かぶ。
 そして湊は亜嵐からの、亜嵐は湊からのプレゼントを開けた。

「……えっ?」
「……おや?」
「……あら?」

 出てきた小さな銀色の輝きに、六つの瞳が注がれる。

「湊……これは」
「亜嵐さんこそ」

 二人の手のひらに載っているのは、よく似た銀色のスプーン。

「まぁ、さすがね。二人とも気が合っているわ」

 鈴を転がすように翠が笑うと、湊も亜嵐も真っ赤になって固まった。
 やがて、ギギッと音が鳴りそうな動きで、湊が口を開いた。

「あの、それ……亜嵐さんの部屋から見えるツタに似てて。いいな、って思ったんです」
「そうね、似ているかもしれないわ。でもこれ、ブドウよ?藤宮くん」
「えっ?ブドウ?」

 亜嵐の手元のスプーンには、確かに小さな粒々がいくつかあしらわれていた。
 しかし――。

「俺、てっきりそういう飾りだと思ってました……ごめんなさい」
「謝ることではない、湊!」

 意識を取り戻した亜嵐が、慌てて首を振る。

「ブドウは……豊穣の印だ。とても良いものをいただいた、礼を言う」
「そうなんだ。えへへ、よかった」

 紳士的に微笑んで礼を言う亜嵐の顔を、翠はじっと見つめた。

「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
「え?何かあるんですか?」
「いやいや、それにしても美しいスプーンだ!」

 首を傾げる湊の声に被せるように、亜嵐が大きな声を出す。
 翠は肩を竦めるだけで、それ以上は何も言わなかった。

「こっちのは、変わったデザインですね。紐のようなものが絡み合って……あ、ここは結び目になってる!」
「気に入ってもらえただろうか?」
「はい!すごく!」

 満面の笑みを浮かべる湊に、亜嵐はほっと安堵の息を吐いた。

「さて、ではプレゼント交換も済んだことだし、そろそろお開きにしよう。――湊、駅まで送っていく」

 優しい眼差しを向けられ、湊は赤い顔を左右に振った。

「いいですよ!女の子じゃないんだし」
「いいから。翠さん、ちょっと出てきます」
「はいはい。――じゃあまたね、藤宮くん。今日はありがとう」

 手を振って見送る翠を背に、二人はローズメリーを後にした。
 夜の街には、雪のようなイルミネーションが瞬いていた。

 ***
 
「今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせてもらった」

 並んで住宅街を歩く。
 いつもならローズメリーへ続く秘密の階段――あのメタセコイアの横を通るのに、「暗いと危険だ」と亜嵐が言うので、今日は遠回りをしている。

 派手なイルミネーションを飾り付けている家が何軒かあり、湊と亜嵐はそれを楽しみながら駅までの道のりを歩いた。

「母さんが死んでから、クリスマスを誰かと過ごすなんてなかったんです。だからって父さんに怒ってるとか、そういうのもないんですけど……やっぱり、誰かと一緒にお祝いをするのっていいですね」

 にこにこと歩を進める湊に、亜嵐は一瞬言葉を飲み込んで、小さく呟いた。

「私も同じだ。温かいクリスマスなんて、もうすっかり忘れていた」
「え?もしかして、亜嵐さんのご両親も……?」

 その問いに、亜嵐は答えなかった。
 ただ遠くを見つめる亜嵐に、湊も黙って隣を歩く。
 ――と、ふいに立ち止まった亜嵐が、ゆっくりと口を開いた。

「湊。来年もこんなふうに過ごせると思うか?」
「来年?」

 先のことなんて、誰にもわからない。
 当たり前にあった幸せが、手のひらからこぼれてしまうこともある――湊はそれを知っている。
 けれど。

「過ごせるかどうかじゃなくて……俺は、過ごせるようにしたいです」

 真っ直ぐな瞳に射貫かれて、亜嵐は思わず息を呑んだ。
 誰かがお膳立てをしてくれるから、ではない。
 自分がその道を選んで進む――その強さが、湊の瞳には宿っていた。

「ふっ、その通りだ。私も、そうしたいと強く願う」

 気が付けば、最寄り駅の前に着いていた。
 湊と亜嵐は向かい合うと、自然に互いの手を握り合っていた。

「亜嵐さん、これからもよろしくお願いします」
「私も。よろしく頼む」

 手を解いて、湊は駅舎へと足を踏み入れた。
 その背を亜嵐が見送っていると、勢いよく振り返った湊は、満面の笑みで言った。

「とりあえず次に事務所に行ったら、北海道小麦のホットケーキを焼きますね!」
「ああ。楽しみにしている」

 何度も振り返り手を振る姿が見えなくなるまで、亜嵐はその場に立ち尽くした。
 ――と、冷たいものが頬に当たる。

「……雪、か?」

 風花だろう。小さな雪の結晶は、地面に落ちると途端に消えてしまった。
 それを眺めながら、亜嵐は小さく呟いた。

 あなたの日々が、楽しく輝きますように。
 そして、これからもずっと――ホワイト・クリスマスでありますように。



 秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
 贈り合うスプーン / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 本編もアルファポリスで連載中です☕
 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
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