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贈り合うスプーン
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昔見たホワイト・クリスマスを、今、もう一度夢見てる
すべてのクリスマスカードに書いたように
あなたの日々が、楽しく輝きますように
そしてこれからもずっと――ホワイト・クリスマスになりますように
***
十二月に入り、街はすっかりクリスマスモードだ。
街路樹には細かな電飾が輝き、ショーウィンドウにはサンタクロースと雪だるまの飾りが並んでいる。
冷たい風に身を切られるようにしながら、湊は大学までの道のりを歩いていた。
しかしその足取りは軽やかで、頬はピンクに染まっている。
(えへへ。今年は楽しいクリスマスになるな)
母が亡くなって以来、湊にはクリスマスの思い出がない。
仕事人間の父にとって、年末年始は超の付く繁忙期だ。
(寂しいとは、思わないようにしてきたけど……)
自分で小さなケーキを焼いたこともある。
広々と使えるキッチンは、湊にとっては楽しい遊び場だ。
だから今年も――たとえ西園寺亜嵐と出会ったとはいえ、クリスマスは一人で過ごすものだと思っていた。
それが。
「……湊。二十四日の予定は?」
遡ること十八時間前。
湊は亜嵐の部屋の小さなキッチンで、ホットケーキを焼いていた。
いつものやり方で、フライパンいっぱいに大きく焼き上げる。
切り分けたケーキを皿に盛り、たっぷりのシロップをかけていると、フォークを持った亜嵐がジト目で尋ねてきた。
「二十四日?」
(なんでちょっと不機嫌?)
首を傾げる湊に、亜嵐は口を尖らせた。
「クリスマス・イヴだ!」
「……あぁ」
ホットケーキの皿を亜嵐の前に置き、湊は首を振った。
「特に予定はありません」
「そ、そうなのか?」
「はい。何か問題でも?」
湊が肩を竦めると、亜嵐はホットケーキに手を付けるより先に、慌てて口を開いた。
「ならば!ここに来るのはどうだ!?」
「あ、はい。わかりました。バイトですね」
平然と言い放つ湊に、亜嵐は焦れた口調で言葉を重ねる。
「そうではない!クリスマス・パーティーだ!料理は、翠さんが腕を振るってくれる。……どうだろう?」
思いがけない誘いに、湊は顔が赤くなるのを自覚した。
「クリスマス・パーティー……いいんですか?俺も一緒で」
「当たり前だろう。プレゼント交換もしよう。なに、高価である必要はない。ささやかなものを、互いに贈り合うのだ」
(クリスマス……プレゼント交換……)
どれほど振りだろう。
クリスマスなんて、自分にはもう縁のないイベントだと割り切っていたのに。
目の前の紳士からの提案に、湊の心はふわりと躍った。
「はい!楽しみにしています!」
「うむ。私も楽しみだとも」
湊も亜嵐も、ほかほかとした心持ちで、午後の時間をゆったりと過ごした。
***
(うーん……ちょうど良いものがなかなか見つからない)
アルバイトのない土曜日の午後。
湊は横浜の繁華街にある、古道具屋を覗いていた。
亜嵐は昨日から、遠方へ取材に出かけている。
「帰ってきたら、資料の整理を手伝ってほしい」
そう言い残して出て行った。
(亜嵐さんが喜びそうなもの、か)
高価なものはきっと受け取ってもらえないし、そもそもそんな余裕もない。
書籍――はダメだ。あの部屋の棚にない本なんて、そこらで見つかるわけがない。
菓子――もダメ。翠さんが作るローズメリーの菓子は、いつだって極上だ。
雑貨屋――却下。チープなものは、大人な亜嵐さんには似合わない。
あれもダメ、これもダメ。
そうして辿り着いたのが、繁華街の片隅にある、小さな古道具屋だった。
(……でもお古なんて、失礼じゃないかな?)
店名のロゴが洒落ていたから、ふらりと入ってみたものの。
少し場違いな気がして店を出ようとし、そのとき。
(……あれ?これ)
どこかで見たことのあるデザインの、古い大皿の隣。
木製のトレーに、それは並べられていた。
(銀色の……スプーン?)
デザインの異なるスプーンが、五本ほど。
どれも丁寧に磨かれ、ほのかに光を帯びている。
(これ、いいな)
凝った意匠は、日本製とは思えない。
柄の部分がハートになっているもの、小鳥が枝にとまっているもの、馬の頭が飾られたもの――どれも個性がある。
その中でひときわ目を引いた一本を、湊は手に取った。
柄にツタのような植物が絡むデザイン。
それが、亜嵐の部屋の窓辺に伸びるツタを思わせたから。
「あの、すみません!これ、プレゼント用に包装できますか?」
店員を呼ぶ湊の瞳は、喜びに輝いていた。
***
亜嵐にとって特別なクリスマスなど、もう覚えてもいない昔の話だ。
ツリーを飾り付けた部屋で、幼い自分を囲み、祖父母や両親、親戚たちが笑っている写真。
今残っているのは、その写真を見返したときの、ぼんやりとした記憶だけだった。
日本に来てからも、この時期は取材の対象になる特別メニューが目白押しで、クリスマスそのものを楽しんだことはない。
それが今年はどうだろう。
「亜嵐さん。チキンを焼くから、藤宮くんたちを誘ってパーティーをしない?」
そんな提案を翠がするのは、今年が初めてだ。
さっそく亜嵐が湊を、翠が美緒を誘った。
美緒は「珍しく両親が在宅だから、悔しいけれど諦めます」と言っていたそうだが――その声にはどこかうれしそうな響きがあったと、翠は話していた。
(湊のお父上は……仕事人間だと言っていたな)
比べるわけではないが、美緒の不参加を湊はどう思うだろう?
それを考えて、亜嵐は首を振った。
血の繋がりはなくても、心で繋がった人と過ごすクリスマス――それもきっと、温かいに違いない。
新幹線を降りた亜嵐は、冷たい雨が降り始めた街を、取材先へと急いだ。
「……ふむ。悪くない」
取材は順調に進んだ。
デジタルもアナログも、取材で得た資料はたっぷりだ。
横浜に戻ったら、湊に手伝ってもらってまとめよう――そう思いながら、灯り始めたイルミネーションの通りを歩く。
翠へのプレゼントは、もう準備済みだ。
ヴィンテージの赤いロンドンバス。
ローズメリーの棚に飾れば、きっと似合うに違いない。
(あとは湊へのプレゼント、か)
ここで亜嵐は二の足を踏んでいる。
学生らしく、参考書?――何の面白みもない。
翠のような小物類?――湊の部屋に似合うものがわからない。
洋服や装飾品?――高価なものはダメと言ったのは、他の誰でもない自分だ。
(さて……どうしたものか)
雨はすでに止んでいる。
取材用のタブレットが入ったバッグを手に、亜嵐は辺りを見回した。
(地元では出会えないものに、旅先で巡り会う――)
そんな小さな奇跡が起きるには、クリスマスは打って付けだ。
コートの襟を深く合わせて、亜嵐は一歩を踏み出した。
***
十二月二十四日。クリスマス・イヴの昼下がり。
クローズドの札が下げられたローズメリーの店内には、楽しげなクリスマスソングが流れている。
「はーい、お待たせしました!」
翠はいつになく上機嫌な様子で、照り良く焼けた鶏の丸焼きをテーブルに置いた。
ソースポットはグレイビーで満たされ、ほっくりと焼けたジャガイモとニンジンも並んでいる。
「うわぁ!美味しそう!」
「ふふっ。――さて。伝統に則れば、カットは亜嵐さんにお願いするんだけれど。せっかくのチキンを台無しにしたくないから、私がカットしちゃうわね」
ブロッコリーのクリーム煮をよそっていた亜嵐が、「んんっ!」と喉を詰まらせる。
湊と翠は、顔を見合わせて笑った。
「この人数ですからね、さすがにターキーは食べきれないから。チキンでも、気分だけは味わえるでしょう?」
取り分けた肉にグレイビーとクランベリー、二種類のソースを添えて、各々の前にサーブする。
想像以上の本格さに、湊の瞳は星空の様に輝いた。
楽しい食卓だった。
メインも、野菜も、スープも、パンも。どれもがとびきり美味しい。
食後は全員で片付けをして、トランプやボードゲームで時間を過ごした。
途中、小腹が空くと、翠お手製のプディングや焼き菓子がテーブルに並んだ。
「こんなクリスマス、俺、初めてです!」
少し豪華な夕飯と、食後のデコレーションケーキ――幼い日に体験した日本のクリスマスを湊が説明すると、亜嵐は苦笑した。
「どのような形であれ、アレンジして取り入れる順応性の高さは称賛に値する。だが本式も悪くはないだろう?」
片目を眇めて唇の端を上げる亜嵐に、湊は「はい!」と頷いた。
壁の時計をちらりと確認し、亜嵐は「こほん」と咳払いをした。
「――さて。楽しい時間ほど、早く過ぎてしまうものだ。お開きとする前に、プレゼント交換といこうではないか」
その声に合わせて、翠はカウンターの裏にしゃがみ込み、湊はバッグをごそごそと漁る。
そして三人で顔を突き合わせ、それぞれにプレゼントを差し出した。
「まあ、可愛いバスね!早速飾らせてもらうわ。こっちの砂時計も素敵よ!」
「わっ!このエプロン、カッコいいですね!」
「北海道産小麦粉のホットケーキミックス!?湊、焼いてくれるか?」
それぞれのチョイスに笑顔が浮かぶ。
そして湊は亜嵐からの、亜嵐は湊からのプレゼントを開けた。
「……えっ?」
「……おや?」
「……あら?」
出てきた小さな銀色の輝きに、六つの瞳が注がれる。
「湊……これは」
「亜嵐さんこそ」
二人の手のひらに載っているのは、よく似た銀色のスプーン。
「まぁ、さすがね。二人とも気が合っているわ」
鈴を転がすように翠が笑うと、湊も亜嵐も真っ赤になって固まった。
やがて、ギギッと音が鳴りそうな動きで、湊が口を開いた。
「あの、それ……亜嵐さんの部屋から見えるツタに似てて。いいな、って思ったんです」
「そうね、似ているかもしれないわ。でもこれ、ブドウよ?藤宮くん」
「えっ?ブドウ?」
亜嵐の手元のスプーンには、確かに小さな粒々がいくつかあしらわれていた。
しかし――。
「俺、てっきりそういう飾りだと思ってました……ごめんなさい」
「謝ることではない、湊!」
意識を取り戻した亜嵐が、慌てて首を振る。
「ブドウは……豊穣の印だ。とても良いものをいただいた、礼を言う」
「そうなんだ。えへへ、よかった」
紳士的に微笑んで礼を言う亜嵐の顔を、翠はじっと見つめた。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
「え?何かあるんですか?」
「いやいや、それにしても美しいスプーンだ!」
首を傾げる湊の声に被せるように、亜嵐が大きな声を出す。
翠は肩を竦めるだけで、それ以上は何も言わなかった。
「こっちのは、変わったデザインですね。紐のようなものが絡み合って……あ、ここは結び目になってる!」
「気に入ってもらえただろうか?」
「はい!すごく!」
満面の笑みを浮かべる湊に、亜嵐はほっと安堵の息を吐いた。
「さて、ではプレゼント交換も済んだことだし、そろそろお開きにしよう。――湊、駅まで送っていく」
優しい眼差しを向けられ、湊は赤い顔を左右に振った。
「いいですよ!女の子じゃないんだし」
「いいから。翠さん、ちょっと出てきます」
「はいはい。――じゃあまたね、藤宮くん。今日はありがとう」
手を振って見送る翠を背に、二人はローズメリーを後にした。
夜の街には、雪のようなイルミネーションが瞬いていた。
***
「今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせてもらった」
並んで住宅街を歩く。
いつもならローズメリーへ続く秘密の階段――あのメタセコイアの横を通るのに、「暗いと危険だ」と亜嵐が言うので、今日は遠回りをしている。
派手なイルミネーションを飾り付けている家が何軒かあり、湊と亜嵐はそれを楽しみながら駅までの道のりを歩いた。
「母さんが死んでから、クリスマスを誰かと過ごすなんてなかったんです。だからって父さんに怒ってるとか、そういうのもないんですけど……やっぱり、誰かと一緒にお祝いをするのっていいですね」
にこにこと歩を進める湊に、亜嵐は一瞬言葉を飲み込んで、小さく呟いた。
「私も同じだ。温かいクリスマスなんて、もうすっかり忘れていた」
「え?もしかして、亜嵐さんのご両親も……?」
その問いに、亜嵐は答えなかった。
ただ遠くを見つめる亜嵐に、湊も黙って隣を歩く。
――と、ふいに立ち止まった亜嵐が、ゆっくりと口を開いた。
「湊。来年もこんなふうに過ごせると思うか?」
「来年?」
先のことなんて、誰にもわからない。
当たり前にあった幸せが、手のひらからこぼれてしまうこともある――湊はそれを知っている。
けれど。
「過ごせるかどうかじゃなくて……俺は、過ごせるようにしたいです」
真っ直ぐな瞳に射貫かれて、亜嵐は思わず息を呑んだ。
誰かがお膳立てをしてくれるから、ではない。
自分がその道を選んで進む――その強さが、湊の瞳には宿っていた。
「ふっ、その通りだ。私も、そうしたいと強く願う」
気が付けば、最寄り駅の前に着いていた。
湊と亜嵐は向かい合うと、自然に互いの手を握り合っていた。
「亜嵐さん、これからもよろしくお願いします」
「私も。よろしく頼む」
手を解いて、湊は駅舎へと足を踏み入れた。
その背を亜嵐が見送っていると、勢いよく振り返った湊は、満面の笑みで言った。
「とりあえず次に事務所に行ったら、北海道小麦のホットケーキを焼きますね!」
「ああ。楽しみにしている」
何度も振り返り手を振る姿が見えなくなるまで、亜嵐はその場に立ち尽くした。
――と、冷たいものが頬に当たる。
「……雪、か?」
風花だろう。小さな雪の結晶は、地面に落ちると途端に消えてしまった。
それを眺めながら、亜嵐は小さく呟いた。
あなたの日々が、楽しく輝きますように。
そして、これからもずっと――ホワイト・クリスマスでありますように。
秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
贈り合うスプーン / 完
◆・◆・◆
秘密はいつもティーカップの向こう側
本編もアルファポリスで連載中です☕
ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。
秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
シリーズ本編番外編
・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
シリーズSS番外編
・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
シリーズのおやつ小話
よろしければ覗いてみてください♪
すべてのクリスマスカードに書いたように
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そしてこれからもずっと――ホワイト・クリスマスになりますように
***
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冷たい風に身を切られるようにしながら、湊は大学までの道のりを歩いていた。
しかしその足取りは軽やかで、頬はピンクに染まっている。
(えへへ。今年は楽しいクリスマスになるな)
母が亡くなって以来、湊にはクリスマスの思い出がない。
仕事人間の父にとって、年末年始は超の付く繁忙期だ。
(寂しいとは、思わないようにしてきたけど……)
自分で小さなケーキを焼いたこともある。
広々と使えるキッチンは、湊にとっては楽しい遊び場だ。
だから今年も――たとえ西園寺亜嵐と出会ったとはいえ、クリスマスは一人で過ごすものだと思っていた。
それが。
「……湊。二十四日の予定は?」
遡ること十八時間前。
湊は亜嵐の部屋の小さなキッチンで、ホットケーキを焼いていた。
いつものやり方で、フライパンいっぱいに大きく焼き上げる。
切り分けたケーキを皿に盛り、たっぷりのシロップをかけていると、フォークを持った亜嵐がジト目で尋ねてきた。
「二十四日?」
(なんでちょっと不機嫌?)
首を傾げる湊に、亜嵐は口を尖らせた。
「クリスマス・イヴだ!」
「……あぁ」
ホットケーキの皿を亜嵐の前に置き、湊は首を振った。
「特に予定はありません」
「そ、そうなのか?」
「はい。何か問題でも?」
湊が肩を竦めると、亜嵐はホットケーキに手を付けるより先に、慌てて口を開いた。
「ならば!ここに来るのはどうだ!?」
「あ、はい。わかりました。バイトですね」
平然と言い放つ湊に、亜嵐は焦れた口調で言葉を重ねる。
「そうではない!クリスマス・パーティーだ!料理は、翠さんが腕を振るってくれる。……どうだろう?」
思いがけない誘いに、湊は顔が赤くなるのを自覚した。
「クリスマス・パーティー……いいんですか?俺も一緒で」
「当たり前だろう。プレゼント交換もしよう。なに、高価である必要はない。ささやかなものを、互いに贈り合うのだ」
(クリスマス……プレゼント交換……)
どれほど振りだろう。
クリスマスなんて、自分にはもう縁のないイベントだと割り切っていたのに。
目の前の紳士からの提案に、湊の心はふわりと躍った。
「はい!楽しみにしています!」
「うむ。私も楽しみだとも」
湊も亜嵐も、ほかほかとした心持ちで、午後の時間をゆったりと過ごした。
***
(うーん……ちょうど良いものがなかなか見つからない)
アルバイトのない土曜日の午後。
湊は横浜の繁華街にある、古道具屋を覗いていた。
亜嵐は昨日から、遠方へ取材に出かけている。
「帰ってきたら、資料の整理を手伝ってほしい」
そう言い残して出て行った。
(亜嵐さんが喜びそうなもの、か)
高価なものはきっと受け取ってもらえないし、そもそもそんな余裕もない。
書籍――はダメだ。あの部屋の棚にない本なんて、そこらで見つかるわけがない。
菓子――もダメ。翠さんが作るローズメリーの菓子は、いつだって極上だ。
雑貨屋――却下。チープなものは、大人な亜嵐さんには似合わない。
あれもダメ、これもダメ。
そうして辿り着いたのが、繁華街の片隅にある、小さな古道具屋だった。
(……でもお古なんて、失礼じゃないかな?)
店名のロゴが洒落ていたから、ふらりと入ってみたものの。
少し場違いな気がして店を出ようとし、そのとき。
(……あれ?これ)
どこかで見たことのあるデザインの、古い大皿の隣。
木製のトレーに、それは並べられていた。
(銀色の……スプーン?)
デザインの異なるスプーンが、五本ほど。
どれも丁寧に磨かれ、ほのかに光を帯びている。
(これ、いいな)
凝った意匠は、日本製とは思えない。
柄の部分がハートになっているもの、小鳥が枝にとまっているもの、馬の頭が飾られたもの――どれも個性がある。
その中でひときわ目を引いた一本を、湊は手に取った。
柄にツタのような植物が絡むデザイン。
それが、亜嵐の部屋の窓辺に伸びるツタを思わせたから。
「あの、すみません!これ、プレゼント用に包装できますか?」
店員を呼ぶ湊の瞳は、喜びに輝いていた。
***
亜嵐にとって特別なクリスマスなど、もう覚えてもいない昔の話だ。
ツリーを飾り付けた部屋で、幼い自分を囲み、祖父母や両親、親戚たちが笑っている写真。
今残っているのは、その写真を見返したときの、ぼんやりとした記憶だけだった。
日本に来てからも、この時期は取材の対象になる特別メニューが目白押しで、クリスマスそのものを楽しんだことはない。
それが今年はどうだろう。
「亜嵐さん。チキンを焼くから、藤宮くんたちを誘ってパーティーをしない?」
そんな提案を翠がするのは、今年が初めてだ。
さっそく亜嵐が湊を、翠が美緒を誘った。
美緒は「珍しく両親が在宅だから、悔しいけれど諦めます」と言っていたそうだが――その声にはどこかうれしそうな響きがあったと、翠は話していた。
(湊のお父上は……仕事人間だと言っていたな)
比べるわけではないが、美緒の不参加を湊はどう思うだろう?
それを考えて、亜嵐は首を振った。
血の繋がりはなくても、心で繋がった人と過ごすクリスマス――それもきっと、温かいに違いない。
新幹線を降りた亜嵐は、冷たい雨が降り始めた街を、取材先へと急いだ。
「……ふむ。悪くない」
取材は順調に進んだ。
デジタルもアナログも、取材で得た資料はたっぷりだ。
横浜に戻ったら、湊に手伝ってもらってまとめよう――そう思いながら、灯り始めたイルミネーションの通りを歩く。
翠へのプレゼントは、もう準備済みだ。
ヴィンテージの赤いロンドンバス。
ローズメリーの棚に飾れば、きっと似合うに違いない。
(あとは湊へのプレゼント、か)
ここで亜嵐は二の足を踏んでいる。
学生らしく、参考書?――何の面白みもない。
翠のような小物類?――湊の部屋に似合うものがわからない。
洋服や装飾品?――高価なものはダメと言ったのは、他の誰でもない自分だ。
(さて……どうしたものか)
雨はすでに止んでいる。
取材用のタブレットが入ったバッグを手に、亜嵐は辺りを見回した。
(地元では出会えないものに、旅先で巡り会う――)
そんな小さな奇跡が起きるには、クリスマスは打って付けだ。
コートの襟を深く合わせて、亜嵐は一歩を踏み出した。
***
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クローズドの札が下げられたローズメリーの店内には、楽しげなクリスマスソングが流れている。
「はーい、お待たせしました!」
翠はいつになく上機嫌な様子で、照り良く焼けた鶏の丸焼きをテーブルに置いた。
ソースポットはグレイビーで満たされ、ほっくりと焼けたジャガイモとニンジンも並んでいる。
「うわぁ!美味しそう!」
「ふふっ。――さて。伝統に則れば、カットは亜嵐さんにお願いするんだけれど。せっかくのチキンを台無しにしたくないから、私がカットしちゃうわね」
ブロッコリーのクリーム煮をよそっていた亜嵐が、「んんっ!」と喉を詰まらせる。
湊と翠は、顔を見合わせて笑った。
「この人数ですからね、さすがにターキーは食べきれないから。チキンでも、気分だけは味わえるでしょう?」
取り分けた肉にグレイビーとクランベリー、二種類のソースを添えて、各々の前にサーブする。
想像以上の本格さに、湊の瞳は星空の様に輝いた。
楽しい食卓だった。
メインも、野菜も、スープも、パンも。どれもがとびきり美味しい。
食後は全員で片付けをして、トランプやボードゲームで時間を過ごした。
途中、小腹が空くと、翠お手製のプディングや焼き菓子がテーブルに並んだ。
「こんなクリスマス、俺、初めてです!」
少し豪華な夕飯と、食後のデコレーションケーキ――幼い日に体験した日本のクリスマスを湊が説明すると、亜嵐は苦笑した。
「どのような形であれ、アレンジして取り入れる順応性の高さは称賛に値する。だが本式も悪くはないだろう?」
片目を眇めて唇の端を上げる亜嵐に、湊は「はい!」と頷いた。
壁の時計をちらりと確認し、亜嵐は「こほん」と咳払いをした。
「――さて。楽しい時間ほど、早く過ぎてしまうものだ。お開きとする前に、プレゼント交換といこうではないか」
その声に合わせて、翠はカウンターの裏にしゃがみ込み、湊はバッグをごそごそと漁る。
そして三人で顔を突き合わせ、それぞれにプレゼントを差し出した。
「まあ、可愛いバスね!早速飾らせてもらうわ。こっちの砂時計も素敵よ!」
「わっ!このエプロン、カッコいいですね!」
「北海道産小麦粉のホットケーキミックス!?湊、焼いてくれるか?」
それぞれのチョイスに笑顔が浮かぶ。
そして湊は亜嵐からの、亜嵐は湊からのプレゼントを開けた。
「……えっ?」
「……おや?」
「……あら?」
出てきた小さな銀色の輝きに、六つの瞳が注がれる。
「湊……これは」
「亜嵐さんこそ」
二人の手のひらに載っているのは、よく似た銀色のスプーン。
「まぁ、さすがね。二人とも気が合っているわ」
鈴を転がすように翠が笑うと、湊も亜嵐も真っ赤になって固まった。
やがて、ギギッと音が鳴りそうな動きで、湊が口を開いた。
「あの、それ……亜嵐さんの部屋から見えるツタに似てて。いいな、って思ったんです」
「そうね、似ているかもしれないわ。でもこれ、ブドウよ?藤宮くん」
「えっ?ブドウ?」
亜嵐の手元のスプーンには、確かに小さな粒々がいくつかあしらわれていた。
しかし――。
「俺、てっきりそういう飾りだと思ってました……ごめんなさい」
「謝ることではない、湊!」
意識を取り戻した亜嵐が、慌てて首を振る。
「ブドウは……豊穣の印だ。とても良いものをいただいた、礼を言う」
「そうなんだ。えへへ、よかった」
紳士的に微笑んで礼を言う亜嵐の顔を、翠はじっと見つめた。
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
「え?何かあるんですか?」
「いやいや、それにしても美しいスプーンだ!」
首を傾げる湊の声に被せるように、亜嵐が大きな声を出す。
翠は肩を竦めるだけで、それ以上は何も言わなかった。
「こっちのは、変わったデザインですね。紐のようなものが絡み合って……あ、ここは結び目になってる!」
「気に入ってもらえただろうか?」
「はい!すごく!」
満面の笑みを浮かべる湊に、亜嵐はほっと安堵の息を吐いた。
「さて、ではプレゼント交換も済んだことだし、そろそろお開きにしよう。――湊、駅まで送っていく」
優しい眼差しを向けられ、湊は赤い顔を左右に振った。
「いいですよ!女の子じゃないんだし」
「いいから。翠さん、ちょっと出てきます」
「はいはい。――じゃあまたね、藤宮くん。今日はありがとう」
手を振って見送る翠を背に、二人はローズメリーを後にした。
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***
「今日は本当にありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しい時間を過ごさせてもらった」
並んで住宅街を歩く。
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派手なイルミネーションを飾り付けている家が何軒かあり、湊と亜嵐はそれを楽しみながら駅までの道のりを歩いた。
「母さんが死んでから、クリスマスを誰かと過ごすなんてなかったんです。だからって父さんに怒ってるとか、そういうのもないんですけど……やっぱり、誰かと一緒にお祝いをするのっていいですね」
にこにこと歩を進める湊に、亜嵐は一瞬言葉を飲み込んで、小さく呟いた。
「私も同じだ。温かいクリスマスなんて、もうすっかり忘れていた」
「え?もしかして、亜嵐さんのご両親も……?」
その問いに、亜嵐は答えなかった。
ただ遠くを見つめる亜嵐に、湊も黙って隣を歩く。
――と、ふいに立ち止まった亜嵐が、ゆっくりと口を開いた。
「湊。来年もこんなふうに過ごせると思うか?」
「来年?」
先のことなんて、誰にもわからない。
当たり前にあった幸せが、手のひらからこぼれてしまうこともある――湊はそれを知っている。
けれど。
「過ごせるかどうかじゃなくて……俺は、過ごせるようにしたいです」
真っ直ぐな瞳に射貫かれて、亜嵐は思わず息を呑んだ。
誰かがお膳立てをしてくれるから、ではない。
自分がその道を選んで進む――その強さが、湊の瞳には宿っていた。
「ふっ、その通りだ。私も、そうしたいと強く願う」
気が付けば、最寄り駅の前に着いていた。
湊と亜嵐は向かい合うと、自然に互いの手を握り合っていた。
「亜嵐さん、これからもよろしくお願いします」
「私も。よろしく頼む」
手を解いて、湊は駅舎へと足を踏み入れた。
その背を亜嵐が見送っていると、勢いよく振り返った湊は、満面の笑みで言った。
「とりあえず次に事務所に行ったら、北海道小麦のホットケーキを焼きますね!」
「ああ。楽しみにしている」
何度も振り返り手を振る姿が見えなくなるまで、亜嵐はその場に立ち尽くした。
――と、冷たいものが頬に当たる。
「……雪、か?」
風花だろう。小さな雪の結晶は、地面に落ちると途端に消えてしまった。
それを眺めながら、亜嵐は小さく呟いた。
あなたの日々が、楽しく輝きますように。
そして、これからもずっと――ホワイト・クリスマスでありますように。
秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
贈り合うスプーン / 完
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※初出2024年7月
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