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ローズメリーの年越し
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いつもお読みくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
『秘密はいつもティーカップの向こう側』の連載を始めてまだ日も浅いのですが、読んでくださる方がいることが、何よりの励みになっています。
感謝の気持ちを込めて、今回は年の瀬の特別編をお届けします。
寒い夜に、紅茶と甘い香りを添えて――。
来年も、湊と亜嵐、そしてローズメリーの仲間たちをどうぞよろしくお願いいたします。
天月りん
***
「もうっ!食べるのはお参りの後ですってば、師匠!」
「しかしだな、美緒……」
屋台から漂う甘い香りに、亜嵐さんがふらりと吸い寄せられる。
それを白石さんは、慌てて引っぱり戻した。
「ほらほら、二人とも。人が多いんだから、はぐれちゃいますよ。……ね、藤宮くん」
困ったように笑う翠さんも、どこかふわふわと楽しそうだ。
俺たちは今、電車を降りて、参道へと続く夜道を歩いている。
すべての始まりは、翠さんのひと言だった。
「――ねぇ。それならいっそ、みんなで初詣に行かない?」
***
十二月二十八日。今日はローズメリーの仕事納めだ。
年末の挨拶に訪れると、そこには既に白石さんがいて、二人掛けのテーブルでミルクティーを飲んでいた。
「やっほー、藤宮くん!」
先日のクリスマス・パーティーに不参加だった白石さん。
とても残念がっていたというが、それはこちらも同じで、俺たちは白石さんにもプレゼントを用意していた。
翠さんが預かったそれを、今日は取りに来たとのことで、白石さんはいつにも増して上機嫌だ。
「みんな、プレゼントのセンス良すぎだよ!翠さんのは可愛いし、藤宮くんのは機能的だし、師匠のは……うん、とにかくうれしいよ。ありがとう!」
……亜嵐さん、何をプレゼントしたんだろう?
俺と翠さんは顔を見合わせて苦笑した。
「あーあ。翠さんのチキン、私も食べたかったなぁ。せめて今日はサンドウィッチをたくさん食べておかないと、年末年始は栄養不足間違いなしだよ」
「え?どうして?」
向かいに座り、運ばれてきたミルクティーに砂糖をひとつ入れて、こくりと飲み込む。
――ああ、この味。やっぱりホッとする。
「うちの両親、明日から夜勤込みの連続勤務なのよ。私が小さかった頃は、多少の配慮もあったんだけど。今じゃ『大学生なんだから、自分で何とかできるでしょ』って放置よ、放置!」
「あら、そうなの……」
白石さんのカップにおかわりを注ぎながら、翠さんは眉を下げた。
「藤宮くんのところは?お父さん、忙しいんでしょ?」
「ああ、うん。うちは年末年始は基本的に帰ってこないから。でも、もう慣れたよ」
肩を竦めると、白石さんは憮然とした表情で「そういうのは慣れちゃダメ!」と言った。
反論もできずにミルクティーを啜っていると、チリン、と軽やかに鳴るベルが来客を知らせた。
「いらっしゃ――あら、亜嵐さん!よかった、飛行機に乗れたのね」
店の入り口に立っていたのは、食文化研究家兼フードライターの西園寺亜嵐、その人だった。
控えめに見てハンサム、大仰に言えば類を見ない美男は、しかしちょっと煤けていた。
白石さんも同意見だったようで、その姿を見て驚きの声を上げた。
「師匠、どうしたんですか!?なんか……よれよれですよ?」
「的確な表現だな、美緒。私は今、よれよれのしおしおだ」
クリスマスを過ぎ、亜嵐さんは北海道へ取材旅行に出かけた。
初日こそ『カニが美味い』というメッセージをもらったが、翌日から大寒波が押し寄せ、大雪のため予定は全てキャンセルとなった。
その上帰りの飛行機も予定通りに飛ばず、結果、くたびれた紳士が完成したというわけだ。
「亜嵐さん、俺、いつでもバイトしますからね?」
「ありがとう、湊。助かる」
「師匠、私も!いつでも手伝えますよ!」
元気よく手を上げた白石さんを一瞥し、亜嵐さんは小さく呟いた。
「……とりあえず、今は休ませてくれ」
足取りも重くカウンター脇をすり抜ける背中を、全員で見送る。
翠さんは、深くため息をついた。
「あの様子じゃあ、年末年始は寝て過ごしそうね……」
その声音は本当に心配そうで、翠さんがいかに亜嵐さんを大切にしているかを物語っていた。
いつもは憎まれ口を叩き合う白石さんも、眉を寄せてキッチン奥を見つめている。
「……あの。俺、本当に暇なんで。ちょこちょこ亜嵐さんの様子を見に来ます」
「あっ!私、今同じこと言おうと思ってた!」
「そうねぇ。放っておくわけにはいかないわね……」
休業中も、なんだかんだでローズメリーに集まりそうな気配――。
翠さんは少しの間、紅茶のカップを見つめていた。
やがて顔を上げると、柔らかく微笑んで言った。
「――ねぇ。それならいっそ、みんなで初詣に行かない?」
***
「だからといって、なぜこんな時間に!?」
寒い寒いと文句を言い続ける亜嵐さんに、翠さんはピシャリと言い放った。
「昼夜が逆転するほど寝たあなたに、みんなが合わせてくれたんですよ!」
――そうなのだ。
よれよれのしおしおになった亜嵐さんは、あれから二日間、ほぼ寝たきりだった。
必要最低限の食事とトイレとシャワー。生活の全てが――それっきり。
そうして今朝起きてきたとき、やっとのことで完全復活していた。
「それに夜中の参拝って、お祭り感覚で楽しそうじゃないですか!」
綿菓子の屋台に近付こうとした亜嵐さんの首根っこを引っ張って、白石さんが笑う。
「ほら、見えてきましたよ――って、うわぁ……」
ここまでの道程も人は多かったが……。
鳥居をくぐった先の混雑ぶりは、それを遥かに凌ぐものだった。
それを見た瞬間、亜嵐さんは辟易とした表情を浮かべ、回れ右をしようとした。
けれど翠さんと白石さんが両腕を掴み、そうはさせない。
「私は湊とここで待っている!翠さんと美緒だけで行けばいいだろう!?」
「えー!こんな夜中に、女子だけで行けっていうんですか!?――師匠、酷いです!」
うーん、さすがは白石さんだ。そう言われては、亜嵐さんの中の『紳士』が否と言えるはずもない。
――と思ったら。
「私は君をレディ扱いしないと言ったはずだ!」
「……あらあら。今日はしぶといわね、亜嵐さん」
凄みのある笑みを浮かべた翠さんは、「最後の手段ね」と呟いて俺の顔をじっと見た。
「藤宮くん。せっかくここまで来たのにお参りできないの――残念じゃない?」
なるほど、そうきたか。
俺はことさら大きく頷いてみせた。
「はいっ!俺も初詣、したかったなあ!」
ちょっとわざとらしかったか……?
しかし亜嵐さんは、弱々しい表情でこちらを窺った。
「……湊は、初詣がしたいのか?」
「はい。そりゃあもう。できれば亜嵐さんと並んでお参りしたいし、その後は一緒に屋台グルメを味わいたいです!」
すると亜嵐さんはすっと背を伸ばし、女性陣の手を優しく解いた。
「……ふっ、仕方あるまい。さあ、諸君。初詣にいざ行かん!」
そう言って胸を張ると、意気揚々と人の流れに向かっていく。
その後ろ姿を眺めて、俺たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。
***
手の中で、湯気がほわりと立ち上がる。
「あまーい!あったかーい!」
「うむ。懐かしい気がする味だ」
白石さんと亜嵐さんが楽しんでいるのは、田舎しるこだ。
俺と翠さんは、残り少なくなった甘酒を手に、はしゃぐ二人を眺めていた。
ちなみに甘味大好き師弟の胃袋には、既に甘酒が収まっている。
「師匠っ、口の中が甘くなったから、次はしょっぱいものいきましょうよ!」
「あちらの屋台から、何やらいい匂いがするぞ、美緒」
「あっ、焼きそば!ソースの焼ける匂いは最強ですよね!」
ぴゅーっと屋台の方へ飛んでいく二人に、翠さんは心配そうに声をかけた。
「ほどほどにするのよ?二人とも」
「はーい!」
結局その後、亜嵐さんと白石さんはいか焼きとたこ焼きの行列にも並び、俺と翠さんはそのおこぼれにあずかった。
「わー……お腹いっぱいだぁ」
満足げにお腹をさする白石さんの隣で、亜嵐さんは綿菓子の屋台を見つめている。
「湊、あれならテイクアウェイできるだろう?」
「うーん、どうかな。時間が経つと、萎んじゃうんですよね」
砂糖が溶ける甘い匂いに抗いがたいのだろう。けれど今夜はもう、十分に食べた。
亜嵐さんもその自覚があるのか、しぶしぶ屋台に背を向けた。
行きは高揚していた足取りも、目的を果たしたからか、帰りはどこか散漫だ。
漆黒の夜空を見上げながら歩いていると、隣の亜嵐さんが声をかけてきた。
「神社で願ったことは、人に話さないほうが叶うというのは、本当だろうか?」
参拝前の、亜嵐さんと白石さんの会話を思い出す。
「美緒、精々しっかり願っておくんだな。今年こそ粗忽が治りますように、と」
「そんなお願いはしません~!」
「ほう、では何を願うんだ?」
そう問われた白石さんは、つんとそっぽを向いた。
「お願い事は、人に話しちゃダメなんですよ!叶わなくなっちゃうから」
俺は(うーん……)と考えて、亜嵐さんの方を見た。
「そういう話も聞きますけど、むやみやたらに言わないほうがいいだけ、っていう説もありますよ」
「……そうなのか」
それっきり、亜嵐さんは黙り込んでしまった。
駅のホームに、電車が滑り込んでくる。
もう夜も遅いから、と、白石さんは翠さんのマンションに泊まっていくそうだ。
なので俺だけが、三人とは別の電車に乗る。
「藤宮くん、気を付けて帰るのよ」
「またね、藤宮くん」
「うん、また。今日はありがとうございました」
見送ってくれるみんなに頭を下げて、電車に乗り込もうとした、そのとき――。
亜嵐さんが俺の手を引いて、耳元でそっと囁いたた。
「……では、湊。また会おう」
「はい……おやすみなさい」
閉まる扉の向こうで、亜嵐さんが小さく手を振っている。
次第に遠くなるその姿を眺める――そんな俺の頭の中を、今しがた聞いた声がくるくると回る。
『来年も君と一緒に――それを願った』
――神様じゃなくて、本人に言うのは反則だろう。
人の多い電車でぶつからないように立ちながら、俺は赤くなっているであろう顔を手で覆った。
(俺も……同じことをお願いしたって言ったら、亜嵐さんは叶えてくれるのかな……?)
トタタン、トタタン――。
電車の走行音に重なって、俺の鼓動は静かに早くなっていった。
秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
ローズメリーの年越し / 完
***
秘密はいつもティーカップの向こう側シリーズ
新章が始動します!
「囀(さえず)るパイバード」
どうぞよろしくお願いいたします☕
◆・◆・◆
秘密はいつもティーカップの向こう側
本編もアルファポリスで連載中です☕
ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。
秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
シリーズ本編番外編
・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
シリーズSS番外編
・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
シリーズのおやつ小話
よろしければ覗いてみてください♪
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感謝の気持ちを込めて、今回は年の瀬の特別編をお届けします。
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来年も、湊と亜嵐、そしてローズメリーの仲間たちをどうぞよろしくお願いいたします。
天月りん
***
「もうっ!食べるのはお参りの後ですってば、師匠!」
「しかしだな、美緒……」
屋台から漂う甘い香りに、亜嵐さんがふらりと吸い寄せられる。
それを白石さんは、慌てて引っぱり戻した。
「ほらほら、二人とも。人が多いんだから、はぐれちゃいますよ。……ね、藤宮くん」
困ったように笑う翠さんも、どこかふわふわと楽しそうだ。
俺たちは今、電車を降りて、参道へと続く夜道を歩いている。
すべての始まりは、翠さんのひと言だった。
「――ねぇ。それならいっそ、みんなで初詣に行かない?」
***
十二月二十八日。今日はローズメリーの仕事納めだ。
年末の挨拶に訪れると、そこには既に白石さんがいて、二人掛けのテーブルでミルクティーを飲んでいた。
「やっほー、藤宮くん!」
先日のクリスマス・パーティーに不参加だった白石さん。
とても残念がっていたというが、それはこちらも同じで、俺たちは白石さんにもプレゼントを用意していた。
翠さんが預かったそれを、今日は取りに来たとのことで、白石さんはいつにも増して上機嫌だ。
「みんな、プレゼントのセンス良すぎだよ!翠さんのは可愛いし、藤宮くんのは機能的だし、師匠のは……うん、とにかくうれしいよ。ありがとう!」
……亜嵐さん、何をプレゼントしたんだろう?
俺と翠さんは顔を見合わせて苦笑した。
「あーあ。翠さんのチキン、私も食べたかったなぁ。せめて今日はサンドウィッチをたくさん食べておかないと、年末年始は栄養不足間違いなしだよ」
「え?どうして?」
向かいに座り、運ばれてきたミルクティーに砂糖をひとつ入れて、こくりと飲み込む。
――ああ、この味。やっぱりホッとする。
「うちの両親、明日から夜勤込みの連続勤務なのよ。私が小さかった頃は、多少の配慮もあったんだけど。今じゃ『大学生なんだから、自分で何とかできるでしょ』って放置よ、放置!」
「あら、そうなの……」
白石さんのカップにおかわりを注ぎながら、翠さんは眉を下げた。
「藤宮くんのところは?お父さん、忙しいんでしょ?」
「ああ、うん。うちは年末年始は基本的に帰ってこないから。でも、もう慣れたよ」
肩を竦めると、白石さんは憮然とした表情で「そういうのは慣れちゃダメ!」と言った。
反論もできずにミルクティーを啜っていると、チリン、と軽やかに鳴るベルが来客を知らせた。
「いらっしゃ――あら、亜嵐さん!よかった、飛行機に乗れたのね」
店の入り口に立っていたのは、食文化研究家兼フードライターの西園寺亜嵐、その人だった。
控えめに見てハンサム、大仰に言えば類を見ない美男は、しかしちょっと煤けていた。
白石さんも同意見だったようで、その姿を見て驚きの声を上げた。
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その上帰りの飛行機も予定通りに飛ばず、結果、くたびれた紳士が完成したというわけだ。
「亜嵐さん、俺、いつでもバイトしますからね?」
「ありがとう、湊。助かる」
「師匠、私も!いつでも手伝えますよ!」
元気よく手を上げた白石さんを一瞥し、亜嵐さんは小さく呟いた。
「……とりあえず、今は休ませてくれ」
足取りも重くカウンター脇をすり抜ける背中を、全員で見送る。
翠さんは、深くため息をついた。
「あの様子じゃあ、年末年始は寝て過ごしそうね……」
その声音は本当に心配そうで、翠さんがいかに亜嵐さんを大切にしているかを物語っていた。
いつもは憎まれ口を叩き合う白石さんも、眉を寄せてキッチン奥を見つめている。
「……あの。俺、本当に暇なんで。ちょこちょこ亜嵐さんの様子を見に来ます」
「あっ!私、今同じこと言おうと思ってた!」
「そうねぇ。放っておくわけにはいかないわね……」
休業中も、なんだかんだでローズメリーに集まりそうな気配――。
翠さんは少しの間、紅茶のカップを見つめていた。
やがて顔を上げると、柔らかく微笑んで言った。
「――ねぇ。それならいっそ、みんなで初詣に行かない?」
***
「だからといって、なぜこんな時間に!?」
寒い寒いと文句を言い続ける亜嵐さんに、翠さんはピシャリと言い放った。
「昼夜が逆転するほど寝たあなたに、みんなが合わせてくれたんですよ!」
――そうなのだ。
よれよれのしおしおになった亜嵐さんは、あれから二日間、ほぼ寝たきりだった。
必要最低限の食事とトイレとシャワー。生活の全てが――それっきり。
そうして今朝起きてきたとき、やっとのことで完全復活していた。
「それに夜中の参拝って、お祭り感覚で楽しそうじゃないですか!」
綿菓子の屋台に近付こうとした亜嵐さんの首根っこを引っ張って、白石さんが笑う。
「ほら、見えてきましたよ――って、うわぁ……」
ここまでの道程も人は多かったが……。
鳥居をくぐった先の混雑ぶりは、それを遥かに凌ぐものだった。
それを見た瞬間、亜嵐さんは辟易とした表情を浮かべ、回れ右をしようとした。
けれど翠さんと白石さんが両腕を掴み、そうはさせない。
「私は湊とここで待っている!翠さんと美緒だけで行けばいいだろう!?」
「えー!こんな夜中に、女子だけで行けっていうんですか!?――師匠、酷いです!」
うーん、さすがは白石さんだ。そう言われては、亜嵐さんの中の『紳士』が否と言えるはずもない。
――と思ったら。
「私は君をレディ扱いしないと言ったはずだ!」
「……あらあら。今日はしぶといわね、亜嵐さん」
凄みのある笑みを浮かべた翠さんは、「最後の手段ね」と呟いて俺の顔をじっと見た。
「藤宮くん。せっかくここまで来たのにお参りできないの――残念じゃない?」
なるほど、そうきたか。
俺はことさら大きく頷いてみせた。
「はいっ!俺も初詣、したかったなあ!」
ちょっとわざとらしかったか……?
しかし亜嵐さんは、弱々しい表情でこちらを窺った。
「……湊は、初詣がしたいのか?」
「はい。そりゃあもう。できれば亜嵐さんと並んでお参りしたいし、その後は一緒に屋台グルメを味わいたいです!」
すると亜嵐さんはすっと背を伸ばし、女性陣の手を優しく解いた。
「……ふっ、仕方あるまい。さあ、諸君。初詣にいざ行かん!」
そう言って胸を張ると、意気揚々と人の流れに向かっていく。
その後ろ姿を眺めて、俺たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。
***
手の中で、湯気がほわりと立ち上がる。
「あまーい!あったかーい!」
「うむ。懐かしい気がする味だ」
白石さんと亜嵐さんが楽しんでいるのは、田舎しるこだ。
俺と翠さんは、残り少なくなった甘酒を手に、はしゃぐ二人を眺めていた。
ちなみに甘味大好き師弟の胃袋には、既に甘酒が収まっている。
「師匠っ、口の中が甘くなったから、次はしょっぱいものいきましょうよ!」
「あちらの屋台から、何やらいい匂いがするぞ、美緒」
「あっ、焼きそば!ソースの焼ける匂いは最強ですよね!」
ぴゅーっと屋台の方へ飛んでいく二人に、翠さんは心配そうに声をかけた。
「ほどほどにするのよ?二人とも」
「はーい!」
結局その後、亜嵐さんと白石さんはいか焼きとたこ焼きの行列にも並び、俺と翠さんはそのおこぼれにあずかった。
「わー……お腹いっぱいだぁ」
満足げにお腹をさする白石さんの隣で、亜嵐さんは綿菓子の屋台を見つめている。
「湊、あれならテイクアウェイできるだろう?」
「うーん、どうかな。時間が経つと、萎んじゃうんですよね」
砂糖が溶ける甘い匂いに抗いがたいのだろう。けれど今夜はもう、十分に食べた。
亜嵐さんもその自覚があるのか、しぶしぶ屋台に背を向けた。
行きは高揚していた足取りも、目的を果たしたからか、帰りはどこか散漫だ。
漆黒の夜空を見上げながら歩いていると、隣の亜嵐さんが声をかけてきた。
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「美緒、精々しっかり願っておくんだな。今年こそ粗忽が治りますように、と」
「そんなお願いはしません~!」
「ほう、では何を願うんだ?」
そう問われた白石さんは、つんとそっぽを向いた。
「お願い事は、人に話しちゃダメなんですよ!叶わなくなっちゃうから」
俺は(うーん……)と考えて、亜嵐さんの方を見た。
「そういう話も聞きますけど、むやみやたらに言わないほうがいいだけ、っていう説もありますよ」
「……そうなのか」
それっきり、亜嵐さんは黙り込んでしまった。
駅のホームに、電車が滑り込んでくる。
もう夜も遅いから、と、白石さんは翠さんのマンションに泊まっていくそうだ。
なので俺だけが、三人とは別の電車に乗る。
「藤宮くん、気を付けて帰るのよ」
「またね、藤宮くん」
「うん、また。今日はありがとうございました」
見送ってくれるみんなに頭を下げて、電車に乗り込もうとした、そのとき――。
亜嵐さんが俺の手を引いて、耳元でそっと囁いたた。
「……では、湊。また会おう」
「はい……おやすみなさい」
閉まる扉の向こうで、亜嵐さんが小さく手を振っている。
次第に遠くなるその姿を眺める――そんな俺の頭の中を、今しがた聞いた声がくるくると回る。
『来年も君と一緒に――それを願った』
――神様じゃなくて、本人に言うのは反則だろう。
人の多い電車でぶつからないように立ちながら、俺は赤くなっているであろう顔を手で覆った。
(俺も……同じことをお願いしたって言ったら、亜嵐さんは叶えてくれるのかな……?)
トタタン、トタタン――。
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