秘密はいつもティーカップの向こう側 ―TEACUP TALES―

天月りん

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年の初めの紅茶時間

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🎍 あけましておめでとうございます 🎍

 昨年九月末に『秘密はいつもティーカップの向こう側』をスタートしてから、まだ日も浅いのですが。
 読みに来てくださる皆さまのおかげで、温かな時間を積み重ねることができました。
 本当にありがとうございます。

 今年も湊や亜嵐たちと一緒に、紅茶の香りと笑顔が広がる物語をお届けできたら嬉しいです。

 どうぞ、ゆるりとお楽しみください☕
 本年も『秘密はいつもティーカップの向こう側』をよろしくお願いいたします。


 天月りん


 ◇・◇・◇


「ん~、いい香り……」

 ミントが香る紅茶に鼻を近づけて、美緒はうっとりと声を上げた。

「ふふっ。朝はね、これがいいのよ」

 朝――というには遅い時間だが、美緒と翠は部屋着のままでモーニングティーを楽しんでいる。

 昨夜はいつものメンバーで年越し詣でに行き、美緒は翠のマンションに泊めてもらった。
 ただ――亜嵐と一緒に調子に乗って屋台グルメを満喫し過ぎたせいで、まだあまり空腹を感じていない。

「あら、そう? 軽めにクランペットを用意してあるんだけれど」
「く……クランペット?」

 藤宮湊に連れられてローズメリーを訪れてから、美緒の世界は一変した。
 それまではティーバッグだった紅茶は、茶葉を使ってポットで淹れたものに。
 小腹を満たすための菓子パンは、翠手製の風味豊かな焼き菓子になった。

(……丁寧な暮らし、か……)

 それは存外、身近なところにあった。

 両親は仕事に誇りを持ち、責任感も人一倍だ。その姿を否定するつもりはない。
 けれど――。

 お気に入りのカップを用意して紅茶を飲むとか、
 いただきます、ごちそうさまの言葉に、ちょっとの感謝を込めるとか。

(それだけで、毎日に彩りって加わるんだなぁ……)

 かみしめる美緒の目の前に、華やかな皿に盛られた、丸いパンケーキのようなものが差し出された。
 表面にはぷつぷつと小さな穴が空いていて、軽く焼き色がついている。
 上に乗った四角いバターはとろりと溶けて、じんわりと染み込んでいく。

「これが……クランペット、ですか?」
「ええ、そうよ。イーストで発酵させた生地を、グリルパンで焼き上げるの」

 翠は微笑んで、琥珀色の液体が入った瓶を差し出した。
 これをかけて食べろ、ということらしい。
 瓶を傾けると、黄金の雫がたらりとクランペットに落ちた。

(……あれ?)

 メープルシロップかと思ったが、匂いが違う。
 首を傾げる美緒に、翠はクスクス笑って「これはゴールデンシロップっていうのよ」と言った。

「せっかく美緒ちゃんが泊まりに来てくれたけれど、ボリュームたっぷりのイングリッシュ・ブレックファーストは、今日は無理だものね。それはまた、次の機会にしましょう」
「……ふぁい。ほひしひでふ、ほへ……」

 ハフハフとクランペットを頬張る美緒に、翠の表情が緩む。

(ふふっ、可愛いわね)

 翠は美緒を、とても気に入っている。
 亜嵐相手でも物怖じしないし、何を言われてもめげずに言い合ってくれる。

 そしてもちろん湊も、同じくらい大切に思っている。
 優しい彼がいてくれたから、今の賑やかさがあるのだ。

(……亜嵐さんにも、光が当たり始めたみたいね)

 彼らはきっと、亜嵐の大切な人になる。

(今年はいい年になるわね)

 胸の内に希望を感じてしみじみしていると、皿を空にした美緒が、張り切った様子で口を開いた。

「翠さん、泊めてもらった上に、こんな美味しいものまでご馳走になったんで。せめて後片付けは、私にやらせてくださいね!」
「……え? あー……えっと……」

 それまでの晴れやかな気持ちが、一気に萎んでいく。

(元旦だから、お気に入りのお皿を使っちゃったのよね……)

 美緒には既に何枚か、皿を割られている。これ以上は御免被りたい。

「……美緒ちゃんはお客さまなんだから。そんなこと、気にしなくていいのよ?」
「いいえ、大丈夫です! 初詣で神様に『ニュー・美緒爆誕!』ってお願いしたんで。今年の私はひと味違いますよ!」

 そう言ってガッツポーズを決める美緒は、やる気マックスだ。
 けれど――。

(……大丈夫、じゃない予感しかないわぁ……)

 ニュー・美緒と言われても、まったく期待はそそられない。
 元旦早々ピンチを悟った翠は、溜め息代わりにミントティーを飲み干した。


 ◇・◇・◇


「……ノー……ストップイッ……美緒……!」

 かっと目を見開く。
 見慣れた天井を瞳に映し、亜嵐は荒い息を吐いていた。

「……恐ろしい。まさか今のが初夢ではないよな?」

 ベッドに座り込み、頭をがしがしとかく。
 まさか美緒がナスを片手に富士山で――。

(……いや、思い出すのも憚られるな。忘れよう)

 深く息を吐いた亜嵐は、次の瞬間、鼻をひくつかせた。

(……紅茶の香り?)

 そのとき。

 コンコン、コン。

 寝室の扉を、控えめにノックする音。それに続いて――。

「亜嵐さん。起きてますか?」
「湊!?」

 夜更けに別れたはずの彼が、なぜここに!?
 慌てふためいていると、ドアの向こうからほっとしたような声が届いた。

「よかった、起きたんですね。あの、食事を用意したんで、一緒に食べませんか?」
「はっ!?……あ、ああ!すぐに……いや、少ししてから行く!」

 乱れた髪と、だらしなく着崩れたパジャマを慌てて整えながら、亜嵐は大きな声を出した。

 ***

「……待たせて済まない、湊」
「えへへ。おそようございます、亜嵐さん」

 身なりを整えて事務所に行くと、いつも通り明るい笑顔の湊に迎えられた。

「すみません、勝手に上がり込んじゃって」
「……いや、それは構わないが……」

 ローテーブルの上には、やや小ぶりな重箱と、紅茶で満たされた揃いのマグカップ。
 首を傾げる亜嵐に、湊はやや焦ったような口調で告げた。

「翠さん、今日は白石さんと一緒にいるし。放っておいたら、亜嵐さんがお腹空かしちゃうと思って。簡単におせちもどきを作ってきたんです」
「……おせち……?」

 知識として持ち合わせていても、これまでの人生でまったく接点のなかった言葉だ。
 途端、亜嵐の好奇心がむくむくと湧き上がった。

「ありがとう、湊! それは楽しみだ!」

 小躍りしそうな勢いで、しかし行儀よくソファに収まった亜嵐の前で、湊は重箱の蓋を開けた。

「……おぉ!」

 詰められた料理の数々に、亜嵐は感嘆の声を上げた。

 つやつやの黒豆。
 美しく切りそろえられた紅白なます。
 栗きんとんは見るからにしっとりとしている。

 湊はそれらを手際よく取り皿に盛り付け、亜嵐に手渡した。

「お口に合わないかもしれませんけど……」
「そんなこと、あるはずがない!」

 手の震えを堪え、口に入れたおせち料理は――。

「……美味い」

 それは、これまで感じたことのない新年の味がした。

 ***

「……えっ!? 白石さんが!? そんな……」
「まったく、夢にまでしゃしゃり出てきて……困ったものだ」

 先ほどまで見ていた夢の内容を、亜嵐は湊に説明した。
 湊が「悪い夢は人に話すと逆夢になるんですよ!」と言うのでそうしたのだが……。

 なぜだろう。話しているうちに、だんだんおかしく思えてきた。
 初めは神妙な面持ちで聞いていた湊も、口元をむずむずと動かしている。

「鷹の羽を頭に差して……ナスを……ぷっ!」
「……ふはっ!」

 ――あははは、ははは!

 二人で腹を抱えて、ひとしきり笑う。
 目尻に溜まった涙を指先で拭った湊は、「けど……」と言った。

「一富士二鷹三茄子、全部揃ってますね、その夢」
「ん? ……まぁ、そう言えないこともない、か……?」
「だったら、きっといい夢ですよ!」

 湊はパッと笑顔になった。

「良かったですね、亜嵐さん!」

 まるで自分が吉夢を見たように、満足げな笑みを浮かべる湊。
 その笑顔に、亜嵐の胸の奥はほっこりと温かくなった。

「今年はきっと、白石さんがラッキーパーソンになるんですよ」
「いや。それはない」

 真顔で即答する亜嵐に、湊はちょっとだけ安心した。
 亜嵐が吉夢を見たのは喜ばしいが、そこに自分が登場しなかったことに、ちょっとだけがっかりしたのだ。

(残念なんて言えないし……でも、いつも通りの亜嵐さんでよかった!)

 夜半のプラットホームで耳打ちされた言葉は、今も湊の胸に息づいている。
 
 何かが変わってしまうのではないか――。
 期待半分、怖さ半分で、今日はこの部屋にやってきた。

「……あ、でも亜嵐さん。初夢って確か、元旦の夜に寝て、二日の朝に覚えているものをいうんですよ?」
「そうなのか? だが私が眠ったのは、年が明けてからだぞ」
「そっか……その場合は、どうなるのかな?」

 腕を組んで考える湊を見て、亜嵐はポンと手を打った。

「ではこうしよう。美緒の夢は『プレ・初夢』だ。本番は今夜の夢とする」
「えぇ!? でも夢なんて、必ず見るってわけでも……」
「いや、見る」

 湊をまっすぐに見つめ、亜嵐は言い切った。

「今夜は湊の夢を見る。必ずだ。鷹の羽を頭に差し、ナスを持った湊が富士山で……」
「わーっ! 止めてください! そんな夢、見ないでください!」

 はしゃぐ二人の隣――。
 揃いのマグカップに満たされた紅茶は、笑い声に包まれながら、ゆっくりと冷めていった。



 秘密はいつもティーカップの向こう側 TEACUP TALES
 年の初めの紅茶時間 / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 本編もアルファポリスで連載中です☕
 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
  シリーズ本編番外編
 ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
  シリーズSS番外編
 ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
  シリーズのおやつ小話
 よろしければ覗いてみてください♪

 

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感想 1

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みんなの感想(1件)

トッコ
2025.11.29 トッコ

はじめましてです。
湊くんのおにぎりがすごく美味しそうで、コメントしました。
亜嵐さんの反応も可愛くて、このシリーズが大好きです。
これからも読み続けたいです!頑張ってください!

2025.11.29 天月りん

トッコさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。

湊くんのおにぎりを気に入っていただけて、とても嬉しいです。
亜嵐さんの反応は、これからもっと過激になる……かもしれないので、これからも是非よろしくお願いいたします。

解除

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