秘密はいつもティーカップの向こう側 ~郷愁の山帰来~

天月りん

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第一話 その男、来襲

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「なんだなんだ、暗いなぁ。明かりくらいつけたらどうだ?」

 突然響いた陽気な声が、重く淀んだ空気を鮮やかに切り裂く。
 亜嵐さんは弾かれるように顔を上げ、俺は声のした方向――部屋の入口へ視線を向けた。

 そこに立っていたのは、まるで陽射しをそのまま連れてきたような、異国の青年。

 金糸のような長髪を無造作にまとめ、シャツの袖は肘まで捲られている。
 そこから覗く腕は少し筋肉質で、身長は亜嵐さんより少し高いだろうか。
 タイトなパンツには大胆な和柄の刺繍が施され、足元のレザーブーツはしっかりと磨き込まれている。

 一言で表すなら――眩しいほど『絵になる』人。

「やぁ、アラン。久し振りだな!」

 華麗なウィンクを決めた明るい空色の瞳は、陽が射す夏空のように煌めいている。
 その顔は、美麗と呼ぶに相応しい亜嵐さんとベクトルは異なるが、飛び切りのハンサムだ。

「……オリー?どうしてあなたが……」
「つい先日、絵はがきを受け取ったのよ」

 オリーと呼ばれた青年の後ろから、翠さんが姿を現した。

「こっちに来るとは書いてあったけれど……メールで正確な日取りを教えてくれれば、ちゃんとお迎えできたのに」
「ノー、ノー、翠。あんなものは味気ない。アナログにこそ、思いは宿るのさ」
「……相変わらずね、オリーさん」

 ため息を吐きつつ、翠さんの目には喜びが滲んでいる。
 
 亜嵐さんと翠さん、そしてオリー。
 その三人の間に流れる空気は、まるで昔から続く時間のようだった。

 それに対し。今この場にあって、俺こそが『異質なもの』として存在している。
 
(この人たちには、俺の知らない時間がたくさんある……)

 それを理解した途端、俺は一気に心細くなった。

「あ、あの……俺、もう帰りますね……」

 堪らず立ち去ろうとすると、オリーと呼ばれた青年は破顔一笑で俺の行く手を塞いだ。

「おっと待った。君はアランの友人かな?もしそうならぜひ自己紹介をさせてくれ。私はオリヴァー・ウェストフィールド。親しい人たちには、オリーと呼ばれている」
「……ウェストフィールド……?」

 心当たりのある名前。
 先ほど亜嵐さんがひったくった、エアメールに書いてあったのと同じではないか。

「もしかして……」
「オリーさんは、亜嵐さんの従兄なのよ」

 翠さんの言葉に驚き、俺はつい、まじまじと異国の青年を眺めた。

「ははっ。いくら私がハンサムだからって、そんなに見つめられたら照れてしまうな。――ところで、君の名前は?」

 問われてハッとした俺は、姿勢を正して口を開いた。

「ごめんなさい。俺は藤宮湊です。亜嵐さんのところで、アルバイトをさせてもらっています」
「……ふーん、アルバイトねぇ?」

 今度はオリヴァーさんが、無遠慮に俺を眺め始めた。

「日本人は若く見えるからなぁ。それを考慮して――ハイスクールだ!当たってる?」

 悪戯っぽく笑う顔までハンサムじゃないか。
 ――この野郎。
 
「これでも成人済みの大学生です!」
「オゥ、これは失礼した!カワイイからてっきり、ね」

 思いきり睨みつけてやったが、効果はまるでなさそうだ。
 陽気な笑みを浮かべたまま、オリヴァーさんは亜嵐さんに視線を移した。

「私が悪いのかな、アラン。でも藤宮くんのベビー・フェイスにも、原因の一端はあると思うがね?」
「……いい加減、その失礼な口を閉じろ、オリー」

 地を這うような低い声に、オリヴァーさんは大げさに震えてみせた。

「オォ、コワイ!――なるほど、彼はお前にとって……」
「オリーさん」

 亜嵐さんより冷たい声で呼びかけられ、オリヴァーさんはぎくりと背を伸ばした。

「立ったままでするお話でもありませんよ?」
「そ、ソーリー、翠……」

 有無を言わさぬ翠さんの迫力に、オリヴァーさんだけでなく、俺や亜嵐さんまでもが冷や汗をかく。

「下へ行きましょう。お茶を淹れるわ」

 お茶――その一言に、部屋の空気がようやく息を吹き返した。

 ***

「――それで。何をしに来たんだ?オリー」

 ミルクティーをひと口含みながら問う亜嵐さんの声は、とても冷ややかだ。
 初対面であれば、その声音だけで席を立ってしまうだろう。

「やだなぁ、アラン。久し振りに会うお兄ちゃんに、その態度はないだろう?」

 しかしオリヴァーさんは、それを右から左にきれいに受け流した。
 そしてオーバーリアクションで肩を竦める。
 亜嵐さんはその姿を、ぎろりと睨んだ。

「一体いつの話をしている?少なくともこの二十年、私はあなたを兄などと呼んだことはないはずだが」
「寂しいことを言うなよ。幼い頃はあんなに可愛かったのになぁ。どうしてそんなに捻くれてしまったんだか……」

 二人の応酬を見る俺の内心は、とても複雑だ。

(……あの亜嵐さんが、「お兄ちゃん」って呼んでた人、か……)

 俺にきょうだいはいない。

 俺にとって亜嵐さんは頼れる大人で、いろいろなことを教えてくれる人生の先輩だ。
 兄という言葉で括れる感情ではないが、間違いなく俺は亜嵐さんを崇敬している。
 そんな相手が『兄』と慕った人の出現は、俺の心を強くかき乱した。

「そもそも私とあなたは、一つしか年が違わないだろう」
「その一つが重要なのさ!大切な我が弟よ!」

 軽妙な掛け合いが、酷く羨ましい。
 その気持ちが表情に出ていたのだろうか、翠さんが二人に声をかけた。

「もう。二人とも、いい加減にしなさい。藤宮くんが困っているでしょう?」

 その言葉に対する二人の表情は、対照的なものだった。

「すまない、湊。君を置いてけぼりにするつもりはなかった」

 眉を寄せて、神妙な面持ちになる亜嵐さん。
 対して、オリヴァーさんの笑顔には一点の曇りもない。

「これは失礼。いやはや、それにしても。この場で一緒にお茶を飲んでいるということは、アルバイトである君は、私たちの関係を正確に知っているということかな?」
「……っ、オリー!!」

 突然の爆弾投下に亜嵐さんは腰を上げ、俺は目を剝いた。

「しっ……知りません!けど、知らなかったらここにいちゃいけないんですか!?」

 思わず声を荒げてしまう。
 確かに俺が亜嵐さんや翠さんと出会ったのは、つい最近の出来事だ。
 詳しい過去も知らされていない。

 けれど、たとえ短い時間であっても、そこには温かな交流があって、俺たちは心から笑い合った。
 たとえ亜嵐さんの従兄であろうとも――その時間を軽んじられる謂れはない。

「湊、この男の言うことなど、気にするな!」
「でも――!」

 次の瞬間。
 割り込んできた静かな声は、俺の心を大きく揺さぶった。

「私たち三人は――血が繋がっているのさ」
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