君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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孟夏の深更

8-紅龍

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 眠りに落ちた慧斗の頬を撫で、白糸に礼と電話する許可を取って玲司に連絡をする。

「玲司か?」
「それは僕宛に架けてるのなら、僕しか出ませんよね。それでどうしたんですか?」
「慧斗が例のアルファの威圧で倒れた」
「はっ?」

 腸が煮えくり返るのを抑えて、紅龍は玲司に説明をする。確か慧斗の上司もオメガだったはずだ。こんな場所で威圧を発散なんてさせたら、先ほどの愚者の二の舞だ。
 命に別状はないこと、少し相談したいことがあるから、慧斗の息子を連れて来て欲しい旨を伝えて電話を切る。

「寒川さんたちがいらっしゃるのなら、学園の通行証を頼まないといけませんね。一応、桔梗さんはこの学園の出身なので大丈夫だと思いますが、念のため」
「すまない、お手数をかけるが頼む」

 いいえ、と引き受けた白糸はどこかへ電話を架けだす。多分警備かそのあたりだろう。
 そういえば、あの峯浦という男を放置してきたが、どこかに逃げてないだろうな。
 なんとか早々に確保しておかないと、と考えていると、扉が勢いよく開き誰かが飛び込んでくる。もしや峯浦か、と身構えるものの、そこにいたのは息を荒げて真っ青な顔をした秋槻理事の姿だった。

「慧斗君はっ」
「しっ、今寝たところだ。少し静かに願おう」

 紅龍が人差し指を口元に当ててそう言えば、バツの悪そうに「すまない」と秋槻理事が顔をしかめる。

「それで慧斗君は」
「慧斗は、峯浦という保育士のアルファの威圧に襲われた」
「峯浦が?」

 それで彼はどこに、という秋槻理事の疑問に、紅龍は「知らん」と投げやりに返した。

「この棟と校舎を繋ぐ途中にいないのなら、逃げたか隠れたかのどちらかだろう」
「す、すぐに調べます」

 慌てたように自身のスマートフォンでどこかに連絡を取る秋槻理事を横目に、こんなことなら慧斗が嫌がろうとも傍にいるべきだったと消沈する。
 普段あれだけ拒絶する慧斗の隣にいたのに、大事な時に不在とは。何が「守る」と言えるのか。自分が不甲斐ない。

「今、彼の行方を警備の者たちに探させています。現時点では学園を出た様子はないので大丈夫でしょう」
「それは確実に言えることなのか?」
「ええ、この学園は卒業生を含めてひとりひとりにIDが発行されます。もちろん、ゲストであるあなたも、映画のスタッフにも全員。これらは全て学園のホストサーバーで管理され、IDを通さない限り学園から出られないような仕組みです」
「これだけの広大な山の中なんだ。どこか抜け道があるとかは?」
「それもないと言えるでしょう。各区画ごとに監視カメラと警備が警邏しています。自衛隊か忍者でない限り、包囲網をくぐり抜けるのは難しいかと」

 肩を竦めて学園のセキュリティを説明する秋槻理事に「まるで要塞のようだ」と揶揄がこぼれる。
 この学園が一定の水準を満たした良家の子息が通うと聞いてはいるが、もっと自由度のある場所だと思っていたのだ。

「当然ですよ。我が校の生徒から次の総理や大臣が生まれるかもしれないんですから。とはいえ、あからさまに厳つい部分を見せると、生徒も不安になりますからね。そのあたりはご内密に願いますよ」

 紅龍は諾と首を縦に動かして示す。叔父だという前理事から引き継いで数年と聞いているが、しっかり学園を掌握してるところが優秀ともいえる。おかげでこちらも撮影に邪魔も入らず快適にできている。

「それで、あの男の処分をどうするつもりだ。話では奴の親が多額の寄付金を納めてるから、簡単に処分ができないと聞いてる」
「その件ですけど、寒川さんが来たら一緒に話をしたいのですが」
「玲司を?」

 なにを企んでいるのか、秋槻はにやりと笑い口を開く。

「なあに、峯浦を処分する算段ですよ」


 それからほどなく慧斗の息子を連れた玲司と桔梗が、息をせききって教授室に飛び込んできた。
 確かクオンという名前だったか、彼は慧斗が眠ってる姿を見るなり。

「おかーさぁんしんじゃいやあああああ!」

 大きな赤い瞳からボロボロ涙を流しては慧斗に飛びついた。彼の心情を考えれば致し方ないだろう。たったひとりの家族が青ざめた顔で眠っているのだから。
 わんわん泣くクオンを白糸と桔梗が挟むようにして座り、必死で宥めている。子供の泣き声は胸に迫るものがある。
 子供が泣いている横で秋槻は嫌な顔ひとつせず、どこからか架かってきた電話に対応していた。

「王氏、それから寒川さん。すみませんがおふたりに理事室に来ていただきたいのですが」
「理事室に?」

 紅龍はすでに話を振られていたので頷くにとどめたが、事情を何も聞かされていない玲司は眉をしかめて怪訝な顔をしている。

「理事室に行くまでの途中でお話します。ご同行いただけますか?」

 慧斗を苦しめた相手を追い詰めたい紅龍と、秋槻の悪そうな笑みに興味を示した玲司は首肯した。

 慧斗と子供を白糸と桔梗に託し、三人のアルファは別棟にある理事室へと向かう。
 生徒も職員もほぼ帰り、明かりも落とされた構内は、不気味のひと言だった。それよりも初日に入った旧校舎に比べれば外灯も多く、外に目を移せばマーケットが開いてるのか煌々とライティングされていたが。

「今回慧斗君を襲った峯浦ですが……寒川さんはご存知じゃありませんか、峯浦特殊鋼鉄って会社」
「鋼や合金の製造と販売を行ってる上場企業でしたっけ。慧斗君を襲ったのが、そこの身内だと?」
「はい、彼は直系の三男です。むかしから子供が好きで、家族の猛反対の末資格を取ってうちの保育園に就職しました。とはいえ父親は親バカなのでしょう。峯浦家は息子が在学中から卒業して保育園に入った現在まで、多額の寄付金を我が校に納めてくれました。慧斗君から写真の話が峯浦の仕業と訴えられましたが、正直証拠もないあやふやな根拠で咎めるわけにもいかなかったのは、それが理由です」
「つまり、下手につつけば寄付金の収入はなくなり、最悪の場合慧斗君が峯浦に訴えられた可能性もあった、と」
「そういうことです」

 秋槻と玲司の会話を耳にしながら、それがどういう風に峯浦の処分に繋がるのかと、黙して聞いていた紅龍だったが。

「ですが、今回は峯浦が慧斗君に対して、威嚇行動を起こして服従させようとした。十分解雇理由になります。ただ、彼を解雇すれば我が校の寄付金は大幅に減ってしまう」
「なるほど。だから学園側としては悩んでいるということですね」
「ええ、それで提案です。おふたりに、峯浦がこれまで寄付していた金額を、我が校に納める気持ちはありますか?」
「ちなみに金額は?」
「そうですね。だいたい十億ほどでしょうか」
「なんともまあ、結構な額ですね」
「でも、寒川さんは『La maison』以外にも会社を経営されてますし、寒川家といえば名家中の名家。半額の五億でも痛くはないでしょう?」
「残りの五億は俺が払え、と言ってるように聞こえるが」

 明け透けな秋槻の提案に渋面を浮かべる紅龍は、飄々と話す秋槻をじっと見る。

「王氏も悪い話ではありませんよ。現在休園している紅音君も峯浦が消えれば復園できますし、なにより慧斗君が安心して我が校で働ける。ああ、そうそう。紅音君ですが、保育園を卒園したら、うちの初等部に入学が決まっているんですよね。これは慧斗君からの提案だったんですけど」
「慧斗が?」
「はい、我が校は基本的に名家の子息や優秀な子供のみ入学を許しています。それは職員の子供であろうが、平凡な子はうちには必要ないので。ですが、紅音君は別です。彼は将来我が校の名誉のひとつとして名を残すでしょうね。寒川さんは気づいてますよね」
「ええ、凛を通して一度寒川総合病院で知能検査と発達検査をしたいと言われてますから」

 淡々と話す玲司の言葉に紅龍は瞠目する。

「どういうことだ、玲司」
「まあ、それはおいおい話しますよ。で、寄付金でしたっけ。五億、いいですよ」
「玲司」
「どうしてかお聞きしても?」
「うちもそれなりの家なので、桔梗君との間に子供ができれば入学させたいんですよね。それに桔梗君が在学していた学校ですし」

 にっこり微笑む玲司と、にんまり笑う秋槻。ふたりの思惑が一致した。だが自分は、と紅龍は唸る。

「わかった、と言いたいが、返事は少々待って欲しい。悪いようにはしない」

 どちらにしても慧斗とクオンのためなら支払ってもいい。でも今は峯浦の方をどうにかするかが先だ。
 紅龍の気持ちを読んだのか「良い返事を期待しています」と秋槻は言うだけで、その後は誰も口を開くことなく理事室へと入っていった。

 結局、真っ青な顔をして現れた峯浦の父親と、警備に確保された峯浦の前で、秋槻は即日解雇を言い渡した。その代わり事件にしないこと、寄付金ももう必要ないと加えた上で。
 まだ興奮状態だった峯浦は色々喚いてたが、父親の方は寒川の子息と国際俳優の紅龍が同席している状況で察したのか、渋々ながらも頷いていた。

「ちなみに、警察案件にしないのは学園の中だったからです。もし、外で御崎君に何かした場合は、彼の番である王紅龍氏が噛み付くと思ってくださいね」

 満面の笑みを浮かべ爆弾を落とす秋槻に、紅龍はしてやられた感で精根尽き果てていた。
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