上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき

文字の大きさ
15 / 16

柚希だから好きなのであって、他の男とかお断りなんだよね

しおりを挟む




 訳も分からぬまま、元恋人に引きずられる。掴まれた手を振り切って逃げたいものの、昨夜の激しい情交のせいで腰が痛み、すぐに捕まってしまうだろう。
 何とか嵯峨に連絡したいが、見つかって捨てられてしまったら本末転倒だ。柚希は言葉で抵抗を続けながらも、早く嵯峨が自分の不在に気づいてくれたらと願っていた。

 柚希は自分が他者とは違う性的嗜好のせいで、いつしか他人に寄り掛かろうといった気持ちが薄れていった。
 それをいとも簡単に打ち砕いたのは嵯峨だった。
 柚希の頑なな鎧を捨て去り、素顔の柚希を真っ直ぐに愛してくれた人。
 自然と嵯峨に寄りかかる事を憶えてしまった柚希は、きっと嵯峨に捨てられたら生きていけないと自覚していた。

 柚希の内部を暴き、楔を打ち込んだ嵯峨以外の誰かに同じような事をされたら、自分はきっと嵯峨に顔を見せるなんてできないだろう。
 男が自分に不埒な態度を見せた時点で舌を噛んでしまおう、と柚希が古風な決意を固めていると、強く腕を引かれてどこかの壁に強く背中を叩きつけられた。
 どうやら、人気のない公園の公衆トイレの壁に押し付けられたようだ。

「い、っつぅ」

 したたかに背中を打ち付け、柚希は苦痛に顔をしかめる。男はそんな柚希を気遣う事なく、柚希の両手をひとつにまとめ頭上で纏めて押さえつけた。

「昨日のメッセージは一体何のつもりだ。あれから何度もこっちから送ったのに、既読すら付きやしないし、通話すれば繋がらないとか、お前ふざけてんのか、あぁ?」
「何のつもりって、内容まんまだよ! オレが知らないと思ってるのか? 昨日、ラブホで別の男と過ごしてただろ。ちゃんと、この眼で見てた。言い訳なんてできないからな!」

 恫喝めいた男の言葉に、柚希は毅然と事実のみを告げる。
 男はそれが事実と認めるように、ぐっ、と言葉を詰まらせ、「あれは」や「違うんだ」と言い訳をしていたが、逆に柚希の心は冷ややかになっていくのを感じた。

「もういい。そっちが何と言おうとも、オレの中では終わった事だ。複数掛け持ちできるヤツとは付き合えない。潔癖と言われても、オレはこうだから。お互いが不幸になる前に終わりにしよう」

 淡々と別れを告げ、柚希は拘束された手を振り解くように身をよじる。しかし、男の拘束は弱まるどころか更に強くなっていった。

「はっ! いいぜ、別れても。その代わり、これからお前は商品として扱ってやる。お前キレイな顔してるから、きっとイイ値がつくと思うぜ」
「……は? どういう……」
「だから、お前には体を売ってもらうんだよ。勿論、ギャラも出してやるぜ。オトコなしじゃいられないように、淫らに腰を振るためのクスリを、な」

 男のねっとりとした声が耳から不快に入り、柚希は全身の血が引くのを感じた。
 冗談じゃない。嵯峨以外の男に抱かれるなんて、死ぬほどの裏切り行為だ。

「お断りだ! それから、オレはもう処女じゃない。残念だったな!」

 ジタバタと暴れながら嵯峨によって開かれた事実を伝えると、男はピクリと眉をしかめ、不機嫌を全身から滲ませる。

「もしかして、さっき一緒に居た男かよ。アレ、柚希の会社の上司じゃないのか。上役がゲイとか、お前の会社ではスキャンダルだよなぁ」
「……っ」
「俺のは柚希だから好きなのであって、他の男とかお断りなんだよね」

 緊迫した空気を割って入ってきたのは、呑気とも思える声で。

「柚希、食事の途中に席を立つのは、マナー違反だよ」
「零一さん……」

 かくゆう俺のが先に離席しちゃったんだけどね、と苦笑する嵯峨の姿を認め、安堵からポロリと涙が転げ落ちる。

「あまりにも遅いから迎えに来たよ。おいで、柚希」
「零一さんっ」

 あれ程強く拘束されていたのが、男が呆気に取られてたせいで今度は簡単に逃げ出せ、柚希は一目散に嵯峨の胸へと飛び込んだ。

「ごめん、なさいっ」
「無事で良かった。こっちこそごめんね。その男が俺達を監視してたのは気付いてたんだけど、あれだけの人の中で何かするとは考えてなかった。慢心もいいところだね」

 宥めるように髪を優しく梳く嵯峨の消沈した声が、柚希の強張っていた心を氷解していく。柚希は嵯峨のせいではないと、彼の胸の中で何度も首を振って否定していたが。

「零一、こいつを高邑《たかむら》さんに引き渡すが問題ないか?」

 と、やけに艶のある声が聞こえ、ヒクリと柚希の肩が震える。

「ああ、俺も付き合いたいけど、柚希が不安定になってるし、そっちは蓮也に任せる。後から状況だけは教えてくれる?」
「了解。正直、俺だって可愛いお嫁さんとイチャイチャしたいんだけどなぁ。ま、零一に恩を売っておくのもメリットあるから、今日は従う事にするよ」

 そろりと嵯峨の肩越しに窺えば、長身の色気ある男性がにんまりと微笑んで立っていた。
 元恋人は、蓮也と嵯峨が呼んだ男性が手配した黒服の男達によって捕縛され、傍にある黒塗りの車へと押し込まれているのが見えた。

 急展開した状況に困惑した柚希だったが、嵯峨の安心する温もりに包まれて「もう大丈夫」だと何故かそう思っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。

叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。 幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。 大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。 幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

双子のスパダリ旦那が今日も甘い

ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

処理中です...